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帝国戦記 第二章 第37話 『日本海海戦 12』


日本戦艦群によって特殊レニウム外郭徹甲弾を撃ち込まれた条約軍艦隊に所属する戦艦の艦内は目を覆う様な悲惨な状況が広がっていた。着弾した特殊レニウム外郭徹甲弾が発生させていた熱励起が原因である。熱励起が発生した特殊レニウムの頂点温度は2800度を超えている。劣化ウラン弾が発生させる1200度と比べても、その熱量の大きさが分かるであろう。また劣化ウラン弾と同じように砲弾の一部がエアロゾル化となって拡散しており着弾地点はまるで熔鉱炉のようであった。

熱励起が始まったその付近に弾薬庫があれば短時間の間で高熱によって誘爆する。
鋼材は熱を伝え易くその阻止は容易ではない。

例え付近に弾薬庫が無くとも着弾点に海水が入り込んだり、消火の為の水が放水されれば水蒸気爆発が発生し、厄介な超高温の水蒸気が通路や伝声管を通って艦内を巡っていく。その水蒸気に巻き込まれた者は、水蒸気が液体に戻る際に発生する凝縮熱によって肌が膨張して衣服は破れんばかり張りつめ、死に至る大火傷を負っていったのだ。悲惨だったのは高熱が伝わっていた伝声管を知らずに使用した水兵であろう。水兵が伝声管に顔を近づけた瞬間に声にならない形容し難い叫び声を上げて苦しみだし、やがて生命活動の維持に支障をきたしていく。これらの事から消火に当たった者や被弾箇所の付近にいた者は例外なく死亡していた。

通常の徹甲弾でも十分に対応が可能にも関わらず、
高野大将がこのような過剰な威力を有する砲弾を使用するには訳がある。

徹底的な攻撃を行うことで被害対策に関与した敵兵を逃さぬようにし、
ダメージコントロールに関する戦訓を与えない目的があったのだ。

例え爆沈でも油断は出来ない。

史実の第一次世界大戦時にて行われたユトランド沖海戦にてイギリス海軍の巡洋戦艦クイーン・メリーが弾薬庫に被弾、爆沈した際にも少数の生存者が出ていた例があり、高野はそれを憂慮していたのだ。 もちろん、海戦終了後に救出した敵兵はどのような部署の人間であろうとも最大限の努力を払って手当てを行うべく、高野は各方面に手配している。このように戦闘中と戦闘後の区別は忘れなかった。

条約軍艦隊にとっての不幸は高野は高度軍事技術を有していても少しも慢心せず、無用な争いは好まないが、必要な争いは十分な準備の下で挑む将官であった事であろう。

十分に備えられた日本統合艦隊に対して条約軍艦隊からの砲撃が次々と始まる。

戦いに備えていたのは高野だけではない。
条約軍艦隊を率いるマカロフ大将もそうだった。

彼は本国や友邦国に対して可能な限りの努力を行っている。

主力艦には従来から装備していたF.A.2型距離測定器と変距率盤に加えて、葛城級の計算速度に追いつくべく、ドール・E・フェルトが1887年に特許を取得したコンプトメーターというキーを押すだけで駆動される機械式卓上計算機や1904年末に完成したばかりの距離と進行方向の値を断続的に行う連続距離計算機であるビッカース示数盤、更にはビッカース示数盤の足りない部分を補うように自艦進路および自艦速力に加えて敵艦の目標進路と目標速力を計算するドゥマリック計算用具などの各種の新機材を導入して、主砲精度を大きく向上させていたのだ。これらの事から条約軍主力艦の射撃装置に関してはドレッドノート級戦艦に匹敵していると言えるだろう。

イギリス帝国がビッカース示数盤やドゥマリック計算用具などの機材を中立国を介したとはいえ惜しみなく三国間条約に売買したのは、ロシア戦時国債を購入した有力者層に対する配慮に加えて、旧式戦艦を改装すれば葛城級戦艦に対応できるかどうかを実戦にて知るためであった。

老獪なイギリス帝国の行いには無駄が無い。

ともあれマカロフ大将の努力はこれだけではなかった。

彼は葛城級を一気に叩くべく艦隊の1群が1隻の敵艦を集中砲火するように訓練していたのだ。 まず弾着観測を容易にするために群旗艦の砲撃を終えてから2番艦が攻撃を行い、その弾着観測を終えたのを信号旗で伝えた後に3番艦も同じように続くようになっていた。このような手間を行うのは戦艦群による一斉射撃では立ち上った水柱がどの艦艇から放たれた砲弾かが分からなくなるからである。ともあれ、沈め終えた群から次の敵艦を攻撃するという、相手が葛城級のみだったら条約軍艦隊はそれなりの戦闘ができたと思わせる準備ぶりだったであろう。

だが日本艦隊に長門級戦艦という化け物が居た事が
マカロフ大将が組み上げてきた緻密な計算を狂わせていた。

その事をマカロフ大将は理解するも戦法に変わりはない。
破壊すべき対象が強大になっただけで、戦法までが無効になったとは思わなかったからである。そして、その通りであった。例えこの時代の305o主砲弾とはいえ侮れない。この時代の徹甲弾であっても90発程で史実に於ける大和級戦艦を大破せしめる威力になる。それに徹甲弾ではなく鐵鋼榴弾のみであっても上部構造物の多くは破壊されるに違いないのだ。

ともあれ条約軍艦隊の戦艦群からの砲撃は圧巻の一言に尽きた。
何しろ160門を超える戦艦の主砲が日本戦艦群に向けられ放たれたのだ。

条約軍艦隊による第一斉射はやや遠弾もあったが、初弾としては十分な成果といえる近弾が多く見られる。欧米諸国の水準からすれば一流と言っても良い練度であった。二流や三流の海軍ならば、遠弾ばかりになる。これもマカロフ大将が念入りに行った訓練の賜物であろう。

つまり、第一群が長門を狙い、第二群が陸奥を狙うという仕組みが7群まで続く。
戦艦の数から6群と7群は同一目標を狙っている。

こうして日本統合艦隊と条約軍艦隊との砲火の応酬が始まった。

この時点で条約軍艦隊からは戦艦ニュージャージーは海面から姿を消そうとしおり、戦艦イリノイ、アラバマも修復不可能と思えるダメージを受けていた。その有様からしてニュージャージーと同じ場所に行くのも間近であろう。

しかし日本艦隊も無傷では済まない。

日本艦隊は近距離砲戦に向けて徐々に条約軍艦隊との距離を詰めていくと、それに伴って長門級戦艦には条約軍戦艦からの主砲弾が多数命中していた。

日本艦隊が安全に戦える遠距離砲戦や中距離砲戦ではなく、危険が伴う近距離砲戦を行う理由は正しい戦訓を与えないためである。欧米諸国に大艦巨砲主義を蔓延させるつもりだったが、彼らには誤った戦訓を元に欠陥品に等しい戦艦を量産して貰わねばならない。これが成功すれば欧米諸国に於いて膨大な資金と資源が無駄に使われる事になるだろう。

当然この目的の結果、条約軍艦隊の中で最大規模の戦艦隊を有する第一群からの砲撃が集中した長門には多くの主砲弾が撃ち込まれている。それでも戦闘能力には大きく影響は無かった。速度低下も無い。さゆりは条約軍戦艦から行われる砲撃コースを全てトレースし、それを艦長のレイナ大佐に伝える事で主砲弾が直撃するにしても可能な限り戦闘に影響が出ない個所になるように操舵に介入していたのだ。

国防軍の切り札の一つである戦場AI同士のリンクである。

元々、高度戦場AIである彼女達は単独で音速を超える速度で飛翔するラムジェットミサイルが幾多と飛び交う戦場で卒なく管制任務を遂行できるように作られているのだ。それらと比べればより低速な砲弾を追跡する事などは戦術ネットワークを介していれば容易いと言えるだろう。 それでも長門は12基ある95式54口径127o連装砲のうち1基が破壊され、95式62口径57o単装速射砲は3割が破壊されていた。

これは圧倒的な投射量が技術格差を埋めて成し得た成果と言える。

マカロフ大将は先頭艦の日本大型戦艦には既に10発以上の主砲弾を叩き込んでいるのを知っていたが、それにも関わらず平然と突き進んでいる様子をみて呆れかえっていた。並みの戦艦ならば損害によって速力低下は確実であろう。確かに攻撃を加えている大型戦艦の上部構造物の損傷は目立ってきたが、火力は強大なままであり速力も落ちないのでは話が違う。

そもそも長門級戦艦の装甲材は普通ではなかった。

フラットパネルディスプレイなどに使われる軽量でかつ高温強度および剛性等に優れているチタン基硬質合金を大きく発展させた六方最密充填構造チタンアルミナイド・レニウム複合材という特殊素材がバイタルパート(重要防御区画)においてふんだんに使用されているのだ。

最密充填構造に達する原子配列を持つ装甲材の使用。

欧米諸国の冶金技術力の粋を集めたとしても、足元どころか同じ場所にすら存在を許されないほどに高みに達したものだった。長門級戦艦はこのサイズにも関わらず史実の大和級戦艦に匹敵する程の防御力を有する重防御戦艦として作られている。

また大量のチタンの精製に関しては金紅石(ルチル)からではなく、より入手しやすいイルメナイト(チタン鉄鉱)などの鉱石を合成ルチルに弱還元してから電気炉にて分離を行い得ていたのだ。

長門級戦艦は凶悪とも言える性能を見せつけながらもマカロフ大将は怯むどころか、闘士を漲らせていた。その姿に部下は大きく勇気付けられていく。

敵の先頭艦を双眼鏡にて見ていたコロング大佐は双眼鏡を下ろして言う。

「どうやら恐ろしく強固な素材で作られてるようですね」

「うむ、葛城級だったならば、大破ないし沈没しておるじゃろう。
 確かにあの化け物は堅牢じゃ、
 しかし効いていない訳ではない。
 見ての通り上部構造物は確実にダメージを受けておる。
 頃合いからしてそろそろじゃな」

「では水雷戦を?」

「うむ。 日本艦隊の火力が此方の戦艦に集中しているなら好都合よ」

マカロフ大将は自軍に有利になる様に次々と手段を講じていく。

大艦隊にも関わらずマカロフ大将の卓越した艦隊指揮能力によって、この時点で条約軍艦隊は回頭を終えて日本艦隊と同航戦に近い状態になっていた。すかさずマカロフ大将は敵駆逐艦排除と魚雷攻撃のために防護巡洋艦、駆逐艦に突撃命令を出す。それに装甲巡洋艦と戦艦も続く。この時代の装甲巡洋艦だけでなく戦艦ですら魚雷を装備する事は珍しい事ではない。

ともあれ、悪魔のような戦艦であろうとも
魚雷を食らえば速度が鈍るだろうとマカロフ大将は計算していた。

条約軍艦隊の動きを見た高野は即座に敵将の狙いを察知し、護衛艦群の各隊に対して命令を下す。特殊な防御機構を有する長門は数発の魚雷ならともかく、他の艦艇が魚雷攻撃を食らえば浸水により速力低下は免れない。

護衛艦「雪風」にて第一護衛艦群を率いる鈴木貫太郎(すずき かんたろう)大佐が
高野大将からの指示に対して即座に動く。

今まで昼戦艦橋で海戦状況の推移を見守っていた鬱憤を晴らすかのように、鈴木大佐は次々と己が率いる戦隊に対して命令を発しつつある。彼はこの現状に高揚感を得ていた。

彼は軍人は政治に関わるべきではないという信条を持つ良識派でもあり史実の日本海海戦に於いて持論だった高速近距離射法を実践し、自らの駆逐隊にて戦艦3隻、巡洋艦2隻を撃沈するなどの大戦果を挙げていた猛者であり闘志に不足はない。

護衛艦「雪風」「海風」「山風」「江風」「浦風」の5隻が単縦陣にて進む。他の10隻の護衛艦もそれぞれに主力艦群を守る猟犬のように行動を始める。

雪風は主の意思が反映したように、鋭く無駄の無い運動を見せ付けた。
それは研ぎ澄まされた先の先、研磨を重ねた日本刀のような鋭さを感じさせるものである。

鈴木大佐が迫りくる敵部隊に視線を向けつつ言う。

「右砲戦! 有効射程内の敵巡に連続離射法を行う。
 目標、敵先頭艦、船体中央部!
 準備はどうか?」

「第一、第二、第三砲塔、統一射撃、回路正常……
 兵装装置問題ありません!」

砲術長が応じる。
その声には艶が籠っていた。
海軍軍人として強大な敵艦隊と戦える事に砲術長は喜びを感じていたのだ。

また、連続離射法とは鈴木大佐が史実に於いて掲げていた高速近距離射法の代わりとして考案されたものである。雪風級の性能を生かすべく戦隊単位で射点を集中し、大型艦に打撃を与えるシンプルな攻撃方法だが、魚雷戦と違って遠距離から行えることが最大の特徴であった。

兵装状況を確認した鈴木大佐が次の命令を言う。

「うむ、命令!
 面舵30度、第三戦速………用意………発動!」

「宣侯!」

艦長の村上格一(むらかみ かくいち)少佐が巧みに操舵輪を操る。

雪風が針路を変更すると後続艦もそれに続く。

前甲板に2基、後甲板に1基の95式54口径127o連装砲は鈴木大佐の右砲戦の号令の時点で旋回を終えており、砲戦開始を伝える命令を今か今かと待ち焦がれていた。初動の速さから熟練度の高さが良く分かる。

砲術長が報告を行う。

「敵先頭艦、距離12500、方位105度45分、
 修正値受信完了、射撃解析値入力中………諸元入力良し!
 主砲発射態勢に入ります」

砲術長が設定した射撃データに従って3基の主砲の旋回度と砲身の仰角を調整していく。佐世保湾海戦と違って旗艦から射撃情報の修正値が送られてくるようになっており、命中精度は向上していた。砲術長はこれらの砲撃に必要なプロセスを終えると、端末機器に第一、第二、第三砲塔の準備完了の合図が表示されていく。

「主砲準備良し!
 中佐ぁ、この距離なら確実にやれます!」

「よぉーし、砲撃始め!
 撃って撃って撃ちまくれ!」

砲術長の報告に鈴木大佐は即座に発砲命令を出す。後続の「海風」「山風」「江風」「浦風」の射撃が続く。護衛艦群は初弾弾着測定を終えると速射砲のような勢いで第二射、第三射を放つ。

日本艦隊に接近を図っていた防護巡洋艦の中で日本艦隊に一番接近していたレオパルトは不運だった。第一射で近弾が発生し、第二射で夾叉弾となり、第三射目で4発、第四射目で18発の127o徹甲榴弾の砲弾が打ち込まれ、ミシンにかけられた様に穴だらけになる。駄目押しのように時を置かずして衝撃と誘爆によって船体が3つに割れて沈んでいった。その際に沈みゆく防護巡洋艦から投げ出された乗員も、沈没の際に生じた渦に巻き込まれていった。

目標が完全沈黙する頃には鈴木大佐は
次の敵艦に向けて砲撃プロセスを進めていく。

第二護衛艦群は防護巡洋艦ダントルカストー、第三護衛艦群は防護巡洋艦ロンバルディアを沈め、第一護衛艦群と同じように次の目標に対して砲門を向け始める。第一護衛艦群と比べて遜色のない練度と言えた。

雪風が次の船に向かって射撃を行うべく準備を進めていると艦橋に大きな振動が走る。

鈴木大佐は状況確認の確認を行うべく命令を出す。
間を置かずして見張員から報告が即座に入る。

「本艦ではありません。
 敵戦艦が爆沈の際に生じた衝撃波の模様です!」

「わかった」

鈴木大佐は意識を戦いの方に向け直した。
爆沈した艦は戦艦ケンタッキーである。

だが条約軍艦隊もやられっぱなしではない。
お互いの距離が10500に縮まる頃になると条約軍艦隊は一矢報いるのだ。

イタリア装甲巡洋艦のジュゼッペ・ガリバルディ級3番艦ヴァレーゼが装備するアームストロング製の40口径254o砲の砲撃が第二護衛艦群に所属する秋風に直撃し、控えめに表現しても中破の損害を負わせていた。最大仰角20度で射程が18000mに達する新設計の砲塔は伊達ではない。 遅らせならばと同型艦のジュゼッペ・ガリバルディとフランチェスコ・フェルッキオの砲撃も秋風に降り注ぎ、その結果、秋風の戦闘能力は完全に失われていた。一度は佐世保湾海で沈んだ秋風であったが、再び海の底へと沈みつつあった。今回は流石に引き上げて修理を受けるような事は無いだろう。

報復とばかりに第二護衛艦群は防護巡洋艦デストレを血祭りに上げていく。

もちろん条約軍艦隊もただ黙ってやられてはいない。

日本艦隊から1隻とはいえ、
明確に脱落艦が出た事によって条約軍艦隊は勢いを増す。

戦艦の主砲は長門級戦艦に向けられたままだが他は違う。装甲巡洋艦の主砲に加えて、178o砲、152o砲、140o砲、76.2o砲、75mm砲、57o砲などの中口径砲の多くが雪風級に向けられるようになっていた。これらが砲撃を始めると日本艦隊にも損害が出始める。何しろ条約軍艦隊だけでこれらの中口径砲の数は軽く1000門を超す。

巡洋艦「浅間」には3発の203o砲が撃ち込まれており、艦橋部に少なからずの損害を受けていた。それに加えて三番砲塔が台座から剥がれ落ちており砲撃能力が低下している。護衛艦「山風」が大破、「強風」が中破しており、山風は秋風の後を追うのも時間の問題であった。

もっとも正確にして強力な破壊力を持つ護衛艦からの連続射撃によって条約軍艦隊の防護巡洋艦は目を覆わんばかりの被害を受けている。既に「オリンピア」「モンゴメリー」「デトロイト」「コロンビア」 「プロテ」が大破炎上していた。

日本戦艦からの砲撃によって、戦艦「アラバマ」「ウィスコンシン」が沈みつつあり、戦艦ロードアイランドが浸水によって回復不可能な程の傾斜になりつつも条約軍艦隊の突撃は成功を迎えつつあったように見えた。

マカロフ大将は作戦が成功しつつあることに安堵を覚えたが、
その思いは一瞬にして消し飛ぶことになる。

信じられないような現象を目の辺りにしたマカロフ大将は叫ぶ。

「なっ、なんじゃっと!?」

「馬鹿な!
 あれほどの巨艦で、なぜあそこまでの速度が出せるのだ!?」

副官のコロング大佐も同じであった。
他の参謀たちは信じられないようなものを見るような目をしている。

水雷戦を仕掛けられても針路を変更せず、同航戦に近い形で接近を図っていた日本大型戦艦群が針路を変更し、艦隊進路を此方側に向けると信じられないような急加速を始めたのだ。ただの加速ではない。速度は短時間で21ノットから27ノットにまで上がっていた。一時的な加速ではなく、それが継続性のある速度であることを証明するように日本戦艦群を守ろうと条約軍艦隊の突撃部隊と縦横無尽に海上を掛け巡っていた護衛艦隊群に迫りつつあったのだ。

「やつら、第二列と第三列の間に割り込む気か!」

「まさか!?」

マカロフ大将は日本艦隊の狙いが此方の第三列の先頭艦を撃破し、
隊列を崩す事であるのを見抜いた。

(ぬぅ……だが奴等が突っ込んでくるなら好機、
 相対速度でより短時間で此方の小型艦が近づけるわい!)

すぐさま思考を切り替えたマカロフ大将は指示を下していく。

ただ分断されるつもりはないマカロフ大将は日本艦隊の策を逆手に取るべく、第一群と第二群は第二列と第三列の間の先に回り込むように回頭を始める。

このマカロフ大将の判断は戦術的に正しい。
しかし、不運な事にこの海戦では間違いでもあったのだ。

その正しい判断を間違いにしていた最大にして唯一の要因は日本統合艦隊の旗艦である長門の管制システムが常軌を逸している技術レベルにあった事であろう。

ともあれ日本艦隊は接近しつつも条約軍艦隊第三群に残る最後の戦艦であるキアサージを地獄の業火へと叩き込んでいった。強烈な砲撃によって船体各所が引き裂かれ多量の浸水によって転覆後、弾薬庫から転げ落ちた主砲弾により爆沈する。神の加護があったとしても生存者は居ないと思わせる苛烈な攻撃であった。

戦艦の主砲弾を平然と受け止め、対する欧米戦艦を容易く葬ってゆくリヴァイアサンの群れが、事もあろうに駆逐艦を凌駕するという信じられない速度で向かってくる姿を見て、これまで奮戦していた条約軍艦隊の一部に恐慌状態が広がっていく。突撃を行うのと、されるのでは意味が違う。それに加えて技術的な衝撃も大きい。

これが後世にタカノチャージとして伝えられる事になる近代海戦における
稀にみる戦艦隊を含む艦隊による突撃であった。
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【あとがき】
村上格一って先見性があるんだよなぁ…

巡洋戦艦金剛を建造する際に、無謀と思われた14インチ主砲の採用を強く訴えて実現させてるし。現にその2年先からの列国戦艦は、ことごとく356o砲クラスを採用してるからね。採用していたのが当時主流の305o砲だったら、完成と同時に旧式艦(汗)


【Q & A :これまでの損害】

▼沈没▼

【戦艦】
「バージニア」「ネブラスカ」「ジョージア」「ニュージャージー」
「ロードアイランド」「イリノイ」「アラバマ」「ケンタッキー」
「ウィスコンシン」「キアサージ」

【防護巡洋艦】
「レオパルト」「ロンバルディア」「ダントルカストー」「デストレ」

【護衛艦】
「秋風」「山風」


▼大破▼

【防護巡洋艦】
「オリンピア」「モンゴメリー」「デトロイト」「コロンビア」「プロテ」


▼中破▼

【巡洋艦】
「浅間」


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(2010年07月29日)
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