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帝国戦記 第二章 第36話 『日本海海戦 11』


「新たに敵飛行船3、上空に発見!
 それぞれが我が艦隊を取り囲むように展開しつつあり!」

「奴等! 飛行船にて弾着観測を行う気か!」

飛行船による海戦支援を憂慮していたマカロフ大将は叫ぶ。

マカロフ大将は極めて性能が高い日本飛行船による弾着観測や偵察行動などの支援行動が大きな脅威になると前々から考えていたのだ。現に南太平洋海戦では飛行船に誘導を受けた日本艦隊によってドイツ東洋艦隊が全滅という被害を受けている。しかし憂慮していても、流石に射程外で行動する空を飛ぶ目標に対しては対抗しようも無く、ただ見守ることしか出来なかった。

実際のところ、これらの飛行船群は戦場に関与するのではなく、戦艦「長門」「陸奥」に搭載されているNMP(次世代マルチパラメーター)レーダーの存在を隠すアリバイとして来ている。あくまでも日本艦隊の砲撃は弾着支援を受けた目視射撃を装うのだ。

また無駄の少ない帝国重工らしく、飛行船群はついでに海戦撮影も行っていた。

しばらくして状況に変化が現れる。

「敵、大型戦艦6、戦艦4、単縦陣から…………変更を開始っ!」

見張員からの陣形変更という報告でマカロフ大将の脳裏に危険信号がともる。佐世保湾海戦で、日本艦の長射程は嫌なほどに理解しており、マカロフ大将は敵艦隊の行動を見極めるべく、自らも双眼鏡を構えた。

「あれは単横陣だな、衝角攻撃を狙うなら分かるが…解せぬ」

「ええ、あの日本軍が単横陣を行う理由が分かりません」

マカロフ大将の言葉に航海参謀は困惑しつつ同意の意見を示す。

単横陣は日清戦争時に清国海軍が採った陣形であり、日本帝国海軍の坪井航三が行った単縦陣による機動と徹底した砲撃戦で完全に時代遅れとなった陣形である。そのことが逆に条約軍側を混乱させていた。マカロフ大将もその中に含まれていたが、名将に相応しい決断力で理由よりも対処を優先する。彼は分からぬ理由を追求して時間をロスすることを避けたのだ。

「日本の坪井大将は単横陣の限界を誰よりも知っているだけに、
 この日本艦隊の行動は不可解だが、どちらにしても陣形変更の理由は限られているな」

「攻撃ですね」

敵艦隊の目前で陣形の変更から導き出される結果は大きく分けて二つしかない。 一つは航行に適した陣形による退避であったが、後方から追撃しておいて退避は無いだろう。この事から陣形変更による攻撃準備が目的の中に残る。マカロフ大将は単横陣という陣形に疑問を感じつつも咄嗟に被弾警告を発令した。例え衝角戦であろうとも攻撃は衝角だけではなく砲撃も行われるからである。

もちろん日本艦隊が単横陣という時代遅れの陣形を採った理由は衝角戦を行うためではなかった。第一、この世界の日本艦には史実と違って衝角は搭載されていない。これは短時間でも巨大戦艦による衝角戦術を思わせ、敵を混乱させるのが目的である。この時代の軍艦には衝角攻撃を行うための衝角はそれなりについている点を突いた欺瞞行動と言えよう。

「うむ、じゃがあの巨大戦艦の速力が気になる」

「…およそ23ないし24ノットと思われます…
 ですが、どんな機関を搭載すればあのような速度が出せるのでしょうか?」

「これは推測じゃが、葛城級で使われているような高出力機関を複数搭載してるのでは?
 とは言っても葛城級で使われている機関は不明。
 まぁ、どちらにしても謎のままには違いない」

航海参謀の疑問に推測で答えたマカロフ大将であったが、その推測は正鵠を得る内容だった。帝国重工は兵器生産に関しては可能な限り設計の流用を心がけており、長門級、葛城級、雪風級だけでなく飛行船においても共通部品は多く見られる。

ともあれ、日本艦隊は進行方向から向かって
戦艦「長門」「陸奥」「扶桑」「山城」「伊勢」「日向」 が並ぶ。

それだけではなかった。

6隻の長門級戦艦は単横陣への変更を終えると、各艦が互いの位置関係を変えることなく、45度へと向きを変えつつあったのだ。葛城級と雪風級もそれを援護するように陣形を整えていく。つまり第二警戒航行序列に順ずる三本の単縦陣である。日本艦隊は単横陣と単縦陣を組み合わせることで敵が得る戦訓と情報をかき乱していくのだ。

無意味でかつ高度な技術が必要とされる艦隊機動が含まれていたが、その一部始終を双眼鏡にて見ていたマカロフ大将は絶句した。戦場で行う艦隊運動とは思えぬ複雑な行動であり、あのような巨大戦艦でそれを何ら苦も無く実践していた日本艦隊の技量に寒気がする。これほどの錬度を見せ付けられて、砲撃錬度が低いとはとても思えなかったのだ。

「あれは衝角戦ではない!
 恐らくやトラファルガーの海戦で行われたネルソン・タッチと
 似たような戦術じゃ」

「まさか!?」

マカロフ大将の傍らに立っていた砲術参謀も、
司令官に遅れてようやく日本艦隊の目的を理解した。

ネルソン・タッチとは、イギリス帝国のホレーショ・ネルソン提督がトラファルガーの海戦で行った、敵艦隊の側面を単縦陣で横切りながら砲撃を加える戦法である。史実における日本海海戦で行われた丁字戦法に突破・分断戦術を加えたものと言えばわかり易いだろう。

航海参謀がマカロフ大将に質問する。

「陣形を変更なさいますか?」

「いや、このままで良い。
 どちらにしても我々の砲撃は後2500ほど近づかねば届かん。
 今は陣形変更で時間を浪費するよりも接近する事を優先せよ」

「了解!」

「あの巨大戦艦の速力じゃが、あれが最高ではなく、まだ出るとするならば…
 我々がどのように陣形変更を行おうにも、死角を突かれるのは避けられん。
 そして相手はあの日本ぞ? 常に最悪を考えて行動したほうが良いじゃろう」

司令官の言葉に納得した表情で航海参謀が応じた。

このようにマカロフ大将が陣形の変更を行わなかったのは
日本艦隊に含まれる未知の巨大戦艦を警戒していた事が大きい。

実際、長門級戦艦の最高速度は33.5ノットに達しており、下手な小細工は通用しなかったのだ。ここでもマカロフ大将は冴えていた。また条約軍艦隊の規模からして大規模でかつ複雑な陣形変更は混乱を生むことになると理解しており行わなかったのだ。この事から経験と戦訓からマカロフ大将は敵の能力をかなりの範囲で把握していたと言えよう。

マカロフ大将は敵軍の意図を明瞭に理解し、あの悪魔のような大型戦艦の全砲門を向けられながら突き進む事になるのを知っていたが、その心には恐れは無い。

このような状況下の中、14時25分、
6隻の長門級戦艦と4隻の葛城級巡洋艦は条約軍艦隊に対して初弾を放った。

先ほどから有効射程内に収めていたが、目視射撃を装うためと、敵艦隊を可能な限り引き付ける べく、佐世保湾海戦での砲戦距離に近い距離まで砲撃を控えていたのだ。一方的な砲撃を行う事によって敵の戦意を喪失させる事も可能だったが、それでは各艦が散らけて撤退するような事態にしかならない。

逃走を図った各艦艇を各個撃破するのと、組織的に立ち向かってきた大艦隊を撃破するのでは欧米各国が抱く印象も大きく変わる。活躍如何によって長門級による抑止効果や大型戦艦の価値も大きく向上するのだ。これらの事から損害を受ける可能性は高くなるが、今後の影響を考えれば日本にとっては必要な損害とも言えるだろう。

日本艦隊からの砲戦が始まると戦艦レトウィザンの昼戦艦橋にいた砲術参謀は日本艦の砲撃間隔を調べるためにロンジン製のストップウォッチを押す。

このような状況下の中、自ら構えている双眼鏡にて確認したマカロフ大将はなんとも言いがたい高揚感を感じていた。ステファン・オシポヴィッチ・マカロフは16才で航海士学校を首席で卒業し、そこで父の希望に反してロシア帝国海軍に入隊して海軍士官学校生徒の道を歩んだ生粋の軍人であり、彼にとって大海軍を率いて強力な敵と戦うのは武人の誉れだったのだ。

マカロフ大将は溢れんばかりの闘志を漲らせつつ思う。

(あの悪魔に接近するまでにどれだけ耐えられるかが勝負の分かれ目じゃな。
 やれやれ、これは俸給分の仕事を超えてる出来事じゃが、
 最後の奉公と考えれば、あのような強敵と戦うのは悪くないのう)

この期に及んでマカロフ大将は自分が生き残る可能性は考慮していない。
覚悟を決めており、ただ勇ましく、1艦でも多くの敵を沈める事に集中していた。

6隻の長門級の砲撃から21秒後に、それらの48発の406o主砲弾がやや時間差を置いて条約軍第三群の戦艦隊に降り注いでいく。

砲撃を行った各艦の目標は戦艦である。

長門がバージニア、陸奥がネブラスカ、扶桑と山城がジョージア、伊勢と日向がニュージャージー、4隻の巡洋艦「蔵王」「乗鞍」「葛城」「浅間」がロードアイランドを狙う。国防軍の長門と陸奥が1隻づつの戦艦を相手するのは錬度と装備の優越が理由だった。

戦艦バージニアと戦艦ネブラスカを挟み込むように95式50口径406o連装砲4基から放たれたそれぞれ8本づつ、合計16本の今まで見た事もないような巨大な水柱が次々と立つ。戦艦ジョージアとニュージャージーの周辺に極めて近弾といえる、同じような巨大な水柱が立った。

立ち上がる水柱の大きさからして条約軍も否応に155o砲のような砲ではなく、未曾有の艦載砲という事実を理解させられる。だが海戦後に日本側は長門級戦艦の主砲を305mm砲と公開し、大威力は特殊主砲弾によるものとして諸外国を欺いていくのだ。半分以上が事実なだけに各国は真剣に作れもしない新型砲弾の開発に熱を入れることになる。

また、これらの出来事により356o砲搭載の新型戦艦の出現は、
史実と似たような時期になるのだった。

海戦が進む中、戦艦ロードアイランドには4隻に上る葛城級巡洋艦から撃たれた36発の155o砲弾が降り注いでいく。高精度の砲戦能力を有する葛城級巡洋艦、4隻による一斉砲撃だけに戦艦ロードアイランドの艦尾に一発の砲弾が当たっていた。

流石のマカロフ大将も敵が次から次へと夾叉弾を出していく事態に驚きを隠せない。
だが、本当の驚きはこれから始まることになる。

「第三群戦艦隊、日本艦隊からの砲撃による夾叉弾多数!」

「敵大型戦艦、葛城級と共に連続射撃中!」

双眼鏡にて見ていたマカロフ大将は表情を険しくし、見張員から信じられないような報告を聞いた砲術参謀は絶句した。葛城級という異様な前例はあったが、それでも155o砲にすぎない。しかし、こちらは300o砲クラスを凌駕してそうな主砲なだけに理解しがたかった。

「あ、あの戦艦の給弾装置はどうなっているんだ!?」 

砲術参謀の言葉は、偶然にも初めて長門級戦艦からの砲撃を受けたドイツ東洋艦隊司令長官のインゲノール准将の言葉と同じであった。長門級は即応弾マガジン・ドラムを採用しており、巨砲にも関わらず約10秒に一発という信じられないような発射速度を有しているのだ。そして砲身の冷却に関してはペルチェ冷却と言われる電子冷却システムを採用しており、このような連続射撃でも全く問題は無いのである。

「化け物めっ!」

誰かが放った言葉は、日本の大型戦艦に対する印象を的確に表してただろう。














戦艦ネブラスカの艦長を務めるレジナルド・F・ニコルソン大佐は自分が悪夢を見ているのではないかと思った。日本艦隊からの第一斉射で旗艦の周りには夾叉弾が降り注ぎ、自分が指揮する戦艦の周辺にも極めて近くに着弾していた。しかも、第三群に属する他の戦艦も似たような状況になっていたのだ。これらの事から敵艦の光学観測は極めて優秀で、しかも計算速度も異様に優れている証明に繋がる。

もちろん、そのような事を立証されても
ニコルソン大佐にとって一欠けらも嬉しくはない。

そして悪夢がより濃厚な地獄に変わるのにそれほど時間はかからなかった。

日本艦隊からの第二斉射で全てが夾叉弾となり、第三斉射で自分の船の前を進んでいた第三群旗艦を務めている戦艦バージニアには2発が直撃している。たった、第三斉射でアメリカ軍の新鋭戦艦であるバージニアが大破したのだ。

しかも日本戦艦は禍々しい、いや破滅的と言って良い威力の主砲弾を事もあろうに一世代前の速射砲のような速度で射撃を継続していた。その異様な性能をもってして第四斉射を撃ち、そのうち1発が戦艦バージニアの第一砲塔の天幕に当たると、眩い閃光と共に第一砲塔の付け根の部分から二つに折れるようにして沈んでいく。戦艦バージニアが残したのは爆炎と共に立ち上がった周囲にどす黒い煙だけであった。あまりにも呆気ない第三群旗艦の爆沈である。

バージニア級戦艦の砲塔は開放式ではなく密閉型の装甲砲塔という当時の戦艦としては重厚な防御にもかかわらず、長門級戦艦から放たれた本海戦用に備蓄を進めていた特殊レニウム外郭徹甲弾にとっては大した意味は無かった。当然、第三群司令官のチャールズ・ドワイト・シグズビー中将とバージニア艦長のシートン・シュレーダー大佐も船と運命を共にしている。初弾夾叉という信じがたい出来事から30秒も経っていない。

損害がそれだけならば良かっただろう。

だが現実は厳しかった。

戦艦ジョージアは艦橋部にて被弾し、艦長を初めとした航海長や砲術長などを死に至らしめていたのだ。もちろん艦橋は屑鉄の山のような状態になっており、こうなってしまえば戦艦ジョージアは目と耳を封じられた状態と同じである。その後ろを進んでいた戦艦ニュージャージーにも直撃弾が生じ、その大きな衝撃から船体各所のリベットがはじけ跳び、外壁剥離による浸水によって速力を大きく低下させていた。戦艦ロードアイランドもところ構わず降り注ぐ155o砲弾により、控えめに見て中破に近い。それぞれの戦艦は日本艦隊からの第五斉射によって更に悪化する。

佐世保湾海戦と比べて聞きしに勝る出来事であろう。

「畜生、なんで日本の戦艦がここまで強いんだ……」

ニコルソン大佐は悪態をつく。
その顔には生気は無い。

恐怖によるものではなく、後部マストとその付近に受けた2発の406mm砲弾の被弾によって生じた爆風と破片の一部が昼戦艦橋の中に飛び込んできた際に受けた怪我が原因であった。その怪我の具合は右腕が肘の付け根からごっそりと消えうせており、ニコルソン大佐は艦長席にもたれ掛るようにしてなんとか立っている。だが彼はまだマシだった。ニコルソン大佐の隣にいた航海長は膝から下の片足だけを残して海上へと投げ出されていたのだ。

負傷者で溢れかえる戦艦ネブラスカの昼戦艦橋の中で奇跡的に軽傷で済んでいたのが見張員の一人だけであったが、その見張員はどこかしら様子がおかしい。

「じ、巡洋艦と思しき艦船が葛城級だった。
 ああ…なんて事なんだ……葛城級は巡洋艦だったんだぁ……」

うわ言のように言葉を繰り返す見張員。その言葉の内容は同じで、どうやら許容範囲を超える出来事に心の具合がおかしくなった様だ。しかし皮肉な事に、彼の言葉は正しくもある。日本では葛城級は戦艦ではなく巡洋艦に過ぎない。

アメリカ海軍は米西戦争や米比戦争での戦いで実戦経験は持っていても、これらの戦争に於ける海上戦の推移は一方的なものしか無く、戦訓や実戦経験と呼べるようなものは少なかった。 見張員は本当の実戦を知らないことに加えて、彼らが見下している黄色人種から受けた一方的とも言える攻撃によって精神が耐え切れず破綻していたのだった。

その様子を忌々しげに見つめつつ、ニコルソン大佐は口を開く。

「クソッタレが…………畜生……」

その言葉は小さく悪態の先が日本艦隊に対するものか狂ってしまった見張員に向けられたものかは分からなかったが、彼の続きの言葉は第四射撃によって強制的に中断とさせられた。戦艦ネブラスカは昼戦艦橋と艦首にそれぞれ1発づつの406o砲弾の直撃弾を受けて、艦橋部が全滅し、艦首が切断という損傷を受ける。本来ならば艦首損失という事態になった場合、速度を落とさねば流れ込む海水の勢いよって隔壁が損傷してしまうのだが、その速度低下を下すべき首脳部が全滅していた事がこの船の運命を決定付けた。

ダメージコントロールに必要な時間を浪費してしまい、艦首から流れ込んだ海水によって戦艦ネブラスカは激しい猛火に包まれながら急速に浮力を喪失していく。その姿は旗艦の後を追うようにも見えた。

条約軍艦隊は一発の主砲弾を撃つことなく、3隻の戦艦を撃沈され、1隻が大破、1隻が中破と言う大損害を受ける事になるも、この損害は無駄ではなかった。第三群が叩かれているうちに、条約軍艦隊は砲撃計算を進めながら日本艦隊に接近しつつあったのだ。そう彼らには、まだ40隻に上る無傷の戦艦と20隻の装甲巡洋艦という主力艦の群れがある。

戦力と戦意が十分に残る条約軍艦隊。
歴史に残る熱い艦隊戦が本当の意味で始まろうとしていた。
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【あとがき】
米国艦隊を優先的に狙うのは今後の戦略の為です。
大打撃を受ければ太平洋に対する介入も下火になるでしょう。


【Q & A :現在の損害】

撃沈
戦艦「バージニア」「ネブラスカ」「ジョージア」

大破
戦艦「ニュージャージー」

中破
戦艦「ロードアイランド」


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年07月19日)
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