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帝国戦記 第二章 第34話 『日本海海戦 9』


四方の海 みな同朋(はらから)と 思う世に など波風の 立ちさわぐらん

明治天皇





 1905年 5月25日 木曜日

ロシア帝国軍、いや条約軍のアジア戦域に於ける最大の根拠地である旅順軍港から出撃を行った条約軍艦隊は黄海から東シナ海に達すると進路を東へと変更する。

条約軍艦隊の航行序列は艦隊が容易に運動できるように、中央に第一群を置いて作られた複数の平行縦陣であった。その理由は長い単縦陣に比べて複数の短い縦陣の方が迅速に回頭できる事にある。これによって航路変更の際に時間のロスを最小限に留める事ができるのだ。

戦艦レトウィザンの昼戦艦橋にいるマカロフ大将は真剣な表情で、砲術参謀と航海参謀を前に打ち合わせを行っていた。日々マカロフからの教えを受けていた彼らには侮りの心は無い。何しろ自軍が総数149隻に上る艦隊であってもマカロフ大将が実体験した日本艦との性能差から来る戦力分析からすれば、優位であっても油断は出来なかった。

希望的観測を入れずに冷静に見極めたマカロフ大将は名将と言えるるだろう。

マカロフ大将は言う。

「良いか、条約軍艦隊の戦力は数は多い。
 しかし質に優れる日本艦の戦力比率を考慮すれば、
 その優位は僅かな物と心得るのじゃ」

「ええ、葛城級戦艦の恐ろしさは我々が一番知っていますから」

「うむ」

マカロフ大将は砲術参謀の言葉に同意した。
彼もマカロフ大将と同じく佐世保湾海戦の生き残りだったのだ。

それもその筈、かつて旗艦として運用していたボロジノ級戦艦の4番艦である戦艦クニャージ・スウォーロフの主要スタッフは、この旗艦の変更に伴ってこの欧米戦艦の中でも優れた火力、航行能力、19ノットに達する高速力を有しているコネチカット級戦艦のレトウィザンに移動していた。

航海参謀が報告する。

「大湊基地への到着は二日後、 5月26日になります」

「分かった。
 敵の艦船や航空機を見かけたら報告せよ」

マカロフ大将は南太平洋海戦では紅葉と銀河による哨戒行動によってドイツ東洋艦隊が敗北した事を忘れていない。もっとも条約軍も工作員などから日本帝国軍の戦力情報を入手しており、例え飛行船に発見されたとしても自分たちの位置まで即座に展開できない事も知っていたが、マカロフ大将は油断していなかった。

通信参謀がやってくる。

「マカロフ提督、司令部より入電がありました」

「内容は?」

「日本艦隊の位置に変化はありません。
 詳細は此方になります」

マカロフ大将は分かったと答えると通信参謀から電報文を受け取る。その内容を真剣な眼差しで目を通していく。そこには日本艦隊の大まかな位置が書き記されており、内容はマカロフ大将の満足が行くものであった。

条約軍の情報収集能力は列強各国が協力しているだけあって高く、情報は限りなく正確に集められていたのだ。マカロフ大将は読み終えると思う。

(予想通りに、
 戦艦2隻、巡洋艦5隻からなる日本艦隊はラザレフ方面に張り付いたままか…

 そして佐世保と舞鶴には巡洋艦しか居ない。

 国防軍の戦艦はアメリカとオーストラリアの陽動に対応するために
 ある程度が出撃中となれば、
 残る戦艦は帝国軍と国防軍を合わせても4から6隻か……
 これならば最悪の事態になっても対応できそうだな)  

マカロフ大将の思考に出てきたアメリカとオーストラリアの陽動とは、演習による戦力吸引の事を指している。アメリカ合衆国はロシア側からの要請もあったが、それ以上に利益回収という理由が大きく、条約軍の戦勝を期待した援護であった。それに対してオーストラリア連邦の行動は、ロシア駐豪公使オレグ・ダビドフが王立オーストラリア連邦軍の国防相エドワード・ハットンと結んだ密約にある。

ロシア帝国内務大臣のプレーヴェは戦勝後の暁には旧式戦艦1隻の無償割譲を条件にオーストラリア連邦に対して公爵領の近海で派手に演習を行うことを要請していたのだ。オーストラリア連邦も戦争には加担しなくて良い事と、どちらにしても訓練航海を兼ねられる事から了承していた。 オーストラリアも世界中の人々の例に漏れず条約軍の大艦隊を知っているだけに、日本帝国も奮戦空しく清国と同じような末路を辿ると予想していたのだ。だからこそオーストラリアは気兼ねなく挑発行動を含んだ演習が出来る。

また、その演習の内容は英国製戦艦で再編成されたアメリカ合衆国アジア艦隊の一部、戦艦4隻、砲艦1隻、防巡2隻からなる艦隊がグアム近海にて演習を行い、オーストラリア連邦はイギリス帝国から無償供与されていた戦艦2隻に、オーストラリア王立海軍が旧来から保有していた砲艦1隻、防巡2隻に4隻の武装商船を加えて編成した白豪艦隊によって行われるラバウル近海での演習であった。

白豪艦隊の編成は以下の様になる。

 戦艦
「キャンベラ」「ボタニー」

 砲艦
「サーベラス」

 防護巡洋艦
「サイキ」「パイオニア」

 武装商船
「ノーマ」「プロテクター」「アデレイド」「アーデンクレイグ」

白豪艦隊の戦艦は、それぞれ順に旧英国戦艦のトラファルガー級「トラファルガー」「ナイル」であった。一応は訓練基軸要員として残された英軍士官が居るとはいえ、乗員の多くは連邦防衛法による徴兵によって商船からかき集めてきた人員あった。唯一の救いとして、戦艦の乗員にベテラン船乗りを多く徴兵した事であろう。

それ以外にも運用には大きな不安があった。

まず小国にして農業国のオーストラリアでは造船設備どころか、満足の行く工業設備すらなく、戦艦における補修部品の全てをイギリス帝国から購入せねばならない。また2基の343mm連装砲の砲弾も引き渡し時には最小限に留められており、実戦ともなれば心許ないであろう。もちろん砲弾も輸入しかねればならず、おのずと砲撃訓練の頻度も制限されていたが、今回は演習のみなので問題は無いと判断されていた。

砲艦サーベラスは英国で建造されたデバステーション級砲艦である。254mm連装砲を前後に一基ずつ合計2基搭載した砲艦で、白豪艦隊の中では旧式艦であったが一番の熟練度を有していた。また2隻の防護巡洋艦はイギリス帝国から植民地警備用として配備されていたパラス級防護巡洋艦の2艦で、4隻の武装商船は標準的な輸送船にアームストロング式4.7インチ(120o)速射砲を甲板上にそれぞれ1門づつ搭載しただけの艦艇である。流石のオーストラリアも、この武装商船を戦力としては数えてはおらず哨戒艦を兼ねた練習艦として扱っているのだ。

オーストラリアと同じく演習にて
日本側を牽制するアメリカ演習艦隊の編成は以下のようになる。

 戦艦
「テキサス」「メイン」「アイオワ」「インデイアナ」

 砲艦
「ヴェスヴィアス」

 防護巡洋艦
「ニューオーリンズ」「オールバニ」

演習艦隊の戦艦は、それぞれ順に旧英国戦艦のロイヤル・ソヴェリン級「ロイヤル・ソヴェリン」「エンプレス・オブ・インディア」「ラミリーズ」、マジェスティック級戦艦「ヴィクトリアス」である。イギリスから購入していた残る1隻の戦艦「レパルス」はオレゴンと改名され、マニラ市防衛の為にマニラ港に停泊したままだ。 砲艦のヴェスヴィアスは381mm単装固定砲を3基を有する同型艦の無い砲艦で、フィリピン軍に対する艦砲射撃を行う任務に就いていたが、日本側の戦力を1隻でも多く牽引すべく参加していた。また防護巡洋艦の「ニューオーリンズ」「オールバニ」はかつてブラジル海軍の防護巡洋艦であったが、それぞれ1896年、1898年にアメリカ海軍によって購入された船である。

他国の援護の元で構築した限定的な戦力優位という状況を確認したマカロフ大将は、数秒にも満たない時間で考えを纏めると、自分の為すべき仕事に意識を戻して命令を下していった。














帝国軍と国防軍の合同艦隊である、日本統合艦隊は長門級の巡航速度に合わせた19.5 ktにて自国と他国の商船を避けつつ航行している。統合艦隊は青ヶ島近海から太平洋を西進して鹿児島県奄美大島と種子島の間を通り、条約軍艦隊を後方から追撃するような形で東シナ海に入っていた。また統合艦隊が九州と四国の間を通過する最短ルートを使わなかったのは商船や漁船の遭遇を避けるためである。

統合艦隊の旗艦は高野大将が乗艦する戦艦長門であり、その後ろには二番艦の陸奥が航行し、その戦艦2隻の両脇には巡洋艦「蔵王」「乗鞍」と護衛艦「秋月」「照月」「涼月」「初月」「新月」が見事な陣形で続く。

そして長門から進行方向の右手には坪井大将が指揮する帝国軍第一任務艦隊に所属する戦艦「扶桑」「山城」、巡洋艦「葛城」、護衛艦「雪風」「海風」「山風」「江風」「浦風」が航行し、帝国軍第一任務艦隊の対極の位置には上村中将が率いる帝国軍第二任務艦隊を構成する戦艦「伊勢」「日向」 、巡洋艦「浅間」、護衛艦「谷風」「秋風」「野風」「夏風」「強風」が航行していた。

このように高野大将が率いる日本統合艦隊の兵力は、
戦艦6隻、巡洋艦4隻、護衛艦15隻の合計25隻に上る艦隊である。

帝国軍と国防軍を合わせればより多くの巡洋艦と護衛艦を抽出できたが、諸事情によってそれは適わなかった。第一に、帝国軍が有する巡洋艦「春日」「日進」 、護衛艦5隻からなる東郷中将が率いる第三任務艦隊は条約軍艦隊を誘き寄せる餌としてラザレフ方面から動かせず、第二に国防軍の巡洋艦「筑波」「生駒」「鞍馬」「伊吹」 はアメリカ艦隊とオーストラリア艦隊の演習を警戒しなければならなかったのだ。

演習から一転して、保障占領に転ずる可能性もゼロとは言い切れない。

史実に於いて、オスマン帝国海軍の戦艦「スルタン・オスマン1世」「レシャディエ」の2隻をイギリス帝国はオスマン帝国の了承を得ずにして強制的に接収し、戦艦「エジンコート」「エリン」として運用した例すらあった。この事から大規模な海戦を前にしても必要最低限の戦力を貼り付ける必要があった。ちなみに、この2隻の接収によってイギリス帝国はオスマン帝国からの反感を買ってしまい、オスマン帝国を中央同盟国側においやる理由の一つになるのだ。

もっとも日本側も唯では転ばず、英国側でも広がりを見せていた大規模海戦の予想を逆手に取って、日本本土に残っていた海外からの観戦武官を第三任務艦隊へ送り込んでいる。

「見事な管制能力だな」

艦隊旗艦の長門から無線を通じて伝えられた航路変更の指示に、帝国軍第二任務艦隊の旗艦を務める戦艦「伊勢」にいる上村中将は感心していた。指示を行っているのは高野大将の義娘にして天才科学者として世界に名高い高野さゆり少将である。

帝国軍を加えた統合艦隊が高野大将の元で動くことは上村中将には不満は無い。
彼が乗っている戦艦「伊勢」のみならず他の戦艦3隻を初めとした多数の巡洋艦や護衛艦は帝国重工からの提供があって初めて運用できたのだ。それに加えて多量の軍需物資すらも無償供与されている。帝国重工から提供される軍隊食によって食事が劇的に美味くなった事も大きい。このような状態で不満を持つ方が余程に難しいだろう。

また高野を総司令官にしたのは戦後の戦略の他に、万が一に備えて軍部の暴走を押さえる意味がある。遺伝処置を受けている高野の寿命は極めて長く、帝国重工の政治力に加えて戦争の英雄が現役で居る限り、軍部の暴走はあり得ないと言えた。

上官の上村中将の言葉に副官の佐藤中佐が応じる。

「瞬時に難解な計算を解いてしまうとは流石はさゆり殿です」

「うむ、航海参謀も大きなヒントを与えられているようなものだと言っている。
 その証拠に普段よりも進路変更に掛かる時間が短縮されておる」

「流石は天才科学者と言ったところでしょうか?」

「だろうな。
 彼女は数々の発明を行う能力だけでなく、計算能力の高さも一線を画している」

上村中将は理由を知っていたが、あえて惚けて見せた。

高野がさゆりを前面に押し出したのは国防軍が運用する電子計算機やレーダー測定などの存在を隠す意味があった。もちろん上村中将は最高意思決定機関に属している上村中将はともかく、他の大多数の将兵は違う。故に情報漏えいの観点から、実現できるという事実を知らしめないためにも、この先端技術は可能な限り隠さねばならなかったのだ。

そこで国防軍は一般的に認知されている、さゆりはの天才という評価を隠れ蓑に使う事にした。これで瞬間的とも言える計算時間の理由を「天才」という理由で説明する事が出来る。その仕込みとしてさゆりは前々から各方面の大学教授を相手に計算競争すら幾度か行っていた。歩く生体コンピューターと言っても過言ではなく、彼女は複雑な弾道計算すら瞬時に出すことが出来る能力からして、十分な説得力になるだろう。

ここまでの手間を掛けたのは今回の砲撃戦は佐世保湾海戦と違って砲戦距離も遠く、このような予防策が必要だったのだ。

上村中将は思う。

(もっとも艦隊航路の計算に使用している電子計算機を抜きにしても、
 さゆり殿の計算能力の高さは神懸かっているので、万が一に機材が壊れても不安は無い。

 しかし、これほど安心して戦えるのは初めてだな)

歴戦の将校である上村中将は安心はしていたが、油断がどれほど危険な事か理解しており、全くと言ってよいほどに油断はしていない。

上村中将は次の指示が無線を通して旗艦から入ると表情を引き締め、
指示の対応を終えると、艦長に向かって口を開く。

「艦長、戦闘前に最後の点検を行って欲しい」

艦長の井上敏夫(いのうえ としお)大佐は史実に於いて航海術を得意とし、日本海海戦時には津軽海峡で哨戒活動を行っていた人物であった。

やんわりとした口調であったが、直属の上官から下される理に適ったお願いは軍隊に於いて命令と同意語である。叩き上げであるる井上大佐は瞬時に上村中将に対して了解と応えると、艦内各所へと繋がっている艦内マイクの端末を手にとって命令を下す。

「各部署、状況報告を送れ」

帝国軍の艦艇ではもはや伝声管は使われておらず、このような艦内マイクによる命令伝達を行っていた。この艦内マイクは伝声管と比べて機材の小型化に優れているだけでなく簡単にかつ各部署に対して的確に命令を伝達できる事から多くの艦長が絶賛している装置である。

「この調子で行けば昼頃には海戦になりそうだな」

井上大佐が各部署から報告を受け取っている様子を見ながら、上村中将は小さく呟いた。
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【あとがき】
史実において装甲巡洋艦「日進」に乗り込んでいた高野五十六(山本五十六の旧名)少尉候補生は長門に乗り込んでおり、また自らの駆逐隊で戦艦3隻、防護巡洋艦2隻を撃沈した鈴木貫太郎も帝国軍の護衛艦群を率いて本艦隊に参加しています。


【Q & A :オーストラリアの行動って…?】
まだウェストミンスター憲章が公布されておらず、自治領では外交権はありませんが 、オーストラリアは1901年にイギリスから事実上の独立しているので問題ありません。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年07月10日)
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