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帝国戦記 第二章 第33話 『日本海海戦 8』


全艦敵に撃ちかかれ! 突撃だ、体当たりだ!
一艦たりとも生かして帰すな!


フランツ・フォン・ヒッパー





 1905年 5月24日 木曜日

ロシア帝国租借地、遼東半島にある旅順港、大連港、金州港、大窪港などから一大勢力と言える大艦隊が出撃を始めていた。また、ドイツ帝国の租借地である遼東半島南にある青島の膠州湾一帯でも艦艇が動き出している。 この様な下地があってこそ、大幅に膨れ上がった三国間条約軍の艦隊が運用出来ていると言っても過言でないだろう。

出撃していく艦隊をマカロフ大将が旗艦を務める戦艦レトウィザンの昼戦艦橋から感慨深く見ていると、副官のコロング大佐が声を掛けてきた。短くない付き合いからコロング大佐は司令官の心情を察したのだ。

「閣下、どうかなされましたか?」

「ああ、合同軍の難しさを痛感していただけじゃ」

「と、仰いますと?」

「今回の艦隊出撃の時期の事じゃ。
 各方面からの要望や要請などが入り混じって決められておる」

「なるほど」

「まぁそれでも作戦内容は敵味方の戦力状況を考慮しておるから
 現在採り得る事が出来る中では十分な方じゃろう。
 大軍には大軍の苦労が出てくるものじゃて」

今回の出撃はマカロフ大将の言うように多方面からの要望が大きい。特に多くの戦力を展開しているアメリカからの声が一段と大きかった。旅順要塞の一角にある条約軍司令部では政治要素が絡んだ出撃要請に難色を示すも、このまま政治情勢が悪化すれば、とんでもない作戦が命じられる可能性が大きく、条約軍艦隊司令長官に就任していたマカロフ大将は常識的な作戦を行えるうちに行動に移したのだ。

マカロフ大将が考えたのは多国籍軍で複雑な命令や作戦を行うリスクを避けたシンプルにして効果的な一点突破である。それは大艦隊によって日本帝国軍の北方方面の兵站を支えている大湊基地に対する攻撃と、その周辺海域に警戒行動を取っている2隻の葛城級を中核とする日本艦隊の撃滅にあった。

また日本艦隊の動きについてはマカロフ大将が分析し、
正確な航路を調べあげていたのだ。

この様にマカロフ提督の実力は並々ならぬものがある。

彼は史実に於いても士気が低下していた旅順艦隊を立て直しつつ、日露戦争の際に旅順艦隊司令官として日本海軍を挑発して東郷中将の出撃ルートを把握すると、劣勢時にもかかわらず、その航路上への機雷敷設を行って短期間のうちに優勢な東郷中将指揮下の戦艦「初瀬」「八島」を沈めてすらいる。

このようにマカロフ提督はコルベット艦「ヴィーチャシ」で行った世界一周航海にて身に着けた世界各地の海洋情報と、水雷艇母艦「ヴェリーキー・クニャージ・コンスタンチン」で培った魚雷と機雷を扱う戦術理論を初めとした各種の知識は相当な領域と言えよう。

また日本艦隊と遭遇しなければラザレフにて建設途中の陸上施設と陸上部隊に対する艦砲射撃行う計画になっている。

つまり条約軍の目標は20倍以上に上る戦艦の数で一気に北方戦域を優位に終わらせる事にあった。もっともこのシンプルな計画であっても艦隊運用には並々ならぬ苦労が生じるのが、高い艦隊運用能力を有するマカロフ大将は旅順方面に集結した条約軍艦隊を7群に分けることで対処している。

艦隊は黄湾近海にて終結し、それぞれの群が二列縦陣を採って作戦海域へと向かうことになるのだ。その艦隊の内訳は戦艦46隻、装甲巡洋艦20隻、巡洋艦1隻、防護巡洋艦58隻、砲艦4隻、仮装巡洋艦3隻、駆逐艦17隻という総数149隻に上る規模で、編成は次のようになっている。


条約軍艦隊第一群(ステファン・マカロフ大将)
戦艦12隻、装巡4隻、巡洋1隻、防巡12隻、砲艦4隻、駆逐8隻

 戦艦
「レトウィザン」「ツェサレーヴィチ」「ボロジノ」「クニャージ・スウォーロフ」
「ポビエダ」「アリヨール」「ペトロパヴロフスク」「ポルタヴァ」
「セヴァストポリ」「スラヴァ」 「オスラビア」「インペラートル・アレクサンドル2世」

 装甲巡洋艦
「グロンボイ」「ロシア」「ドミトリー・ドンスコイ」「ウラジミール・モノマーク」

 巡洋艦
「ネヴァ」

 防護巡洋艦
「ジェームチュク」「イズムルード」「パルラーダ」「ジアーナ」
「アルトゥール」「ガレールヌイ」「バルラータ」「ディアーナ」
「ノーウィック」「ルィーンダ」「ヴァリャーグ」「ボガトィーリ」

 砲艦
「コレーエツ」「マンジュール」「ボーブル」「シヴーチ」

 駆逐艦
「グローズヌイ」「ブラーウィ」「ブイスツリ」「ウイノスリーウイ」
「ベズポンチャッツヌイ」「ブールヌイ」「ブディテルニ」「シルニ」



条約軍艦隊第二群(ニコライ・スクルイドルフ大将)
戦艦11隻、装巡2隻、防巡12隻、仮装3隻、駆逐9隻

 戦艦
「サンクトペテルブルク」「アルハンゲリスク」「ポペータ」「アドミラル・ウシャコフ」
「アドミラル・アプラクシン」「ガングート」「インペラートル・ニコライ1世」「シソイ・ヴェリキィー」
「ナワリン」「インペラートル・ピョートル・ヴェリキー」「ペレスウェート」

 装甲巡洋艦
「リヴァダヴィア」「モレノ」

 防護巡洋艦
「ヴィーチャシ」「オレーク」「ゼムチューグ」「オリョーグ」
「バヤーリン」「アルマース」「オクバコフ」「ジェムチウグ」
「カグール」「ボガチール」「リンダ」「アドミラル・コロニロフ」

 仮装巡洋艦
「ウラール」「リオン」「テレーク」

 駆逐艦
「ラジャスビクビ」「トロズベボイ」 「フサドニク」「カザルスキー」
「ヴォエヴォダ」「スラドコフ」「ガイダマーク」「アムレッツ」
「アーブレク」



条約軍艦隊第三群(チャールズ・ドワイト・シグズビー中将)
戦艦10隻、装巡4隻、防巡10隻

 戦艦
「バージニア」「ネブラスカ」「ジョージア」「ニュージャージー」
「ロードアイランド」「ミズーリ」「オハイオ」「イリノイ」
「アラバマ」「ウィスコンシン」

 装甲巡洋艦
「ペンシルベニア」「ウェストバージニア」「ブルックリン」「ニューヨーク」

 防護巡洋艦
「デンバー」「デモイン」「チャタヌーガ」「ガルベストン」
「タコマ」「クリーブランド」「オリンピア」「モンゴメリー」
「デトロイト」「マーブルヘッド」



条約軍艦隊第四群(ロブリー・D・エヴァンズ中将
戦艦4隻、装巡6隻、防巡10隻

 戦艦
「コネチカット」「ルイジアナ」「キアサージ」「ケンタッキー」

 装甲巡洋艦
「カリフォルニア」「コロラド」「メリーランド」「サウスダコタ」
「サラトガ」「ロチェスター」

 防護巡洋艦
「セントルイス」「ミルウォーキー」「シンシナティ」「ローリー」
「ニューアーク」「サンフランシスコ」「ボルチモア」「フィラデルフィア」
「コロンビア」「ミネアポリス」



条約軍艦隊第五群(ド・ボン少将)
戦艦4隻、装巡1隻、防巡6隻

 戦艦
「アンリ四世」「シャルル・マルテル」「カルノー」「ジョーレギベリ」

 装甲巡洋艦
「ハルク」

 防護巡洋艦
「ダントルカストー」「デストレ」「カティナ」「プロテ」
「ダサス」「デュ・シャイラ」




条約軍艦隊第六群(ルイージ・ディ・サヴォイア・デュカ・デリ・アブルッツィ少将)
戦艦3隻、装巡3隻、防巡4隻

 戦艦
「レ・ウンベルト」「シチリア」「サルデーニャ」

 装甲巡洋艦
「ジュゼッペ・ガリバルディ」「ヴァレーゼ」「フランチェスコ・フェルッキオ」

 防護巡洋艦
「ロンバルディア」「カラブリア」「エルバ」「エトルリア」




条約軍艦隊第七群(フランツ・ローフラー少将)
戦艦2隻、防巡4隻

 戦艦
「バベンベルク」「アルパード」

 防護巡洋艦
「カイザー・フランツ・ヨーゼフ1世」「カイゼリン・エリーザベト」「パンター」「レオパルト」


以上が条約軍艦隊の内容である。


第一群、第二群がロシア艦隊で占められており、第二群と第三群がアメリカ合衆国アジア艦隊と本国からの増援を受けて膨れ上がった義勇艦隊からなるアメリカ艦隊であった。しかもアメリカ側は新鋭艦の8割を投入しており、またアメリカ近代において始めとも言える大艦隊戦もあって、今回の出撃で一番張り切っている艦隊であろう。

第五群がフランス共和国艦隊である。また第六群のイタリア王立艦隊と第七群のオーストリア帝国艦隊は対独義勇艦隊として参加している立場からドイツ帝国海軍旗を掲げている。

これらの艦隊からなる条約軍艦隊が黄湾近海にて集結後に陣形を整え直すと、
条約軍艦隊は南下を開始し、攻撃目標へ向けて堂々たる進撃を始める。

艦隊中央に位置する第一群から周辺を見ていたマカロフ大将は思う。

(狡知に長けた日本が何の備えも無いとは思えん  だが賽は既に投げられた。
 となれば…後は戦果を得つつ、
 どれだけ損害を小さくするかに掛っているな……)

マカロフ大将の心境とは裏腹に、艦隊に乗り込んでいる条約軍の兵の多くは海を埋め尽くさんばかりの鉄の艨艟の群れを見て、勝利の栄光を思い浮かべていた。こうして白波を立てて進む条約軍艦隊は戦場へ向けて白波を立てて進んでいく。














マカロフ大将率いる条約軍艦隊が出撃する4時間前、高野はさゆりと共に青ヶ島近海にて航行する戦艦「長門」の戦艦長門にある提督の居住区に居た。長門周辺には5隻の戦艦を初めとした帝国軍と国防軍の合同艦隊が航行している。

高野とさゆりの二人は4日前から旅順方面で見られた活発な動きと、三国間条約を取り巻く政治環境から条約軍艦隊の攻勢を予見し、4式輸送機「紅葉」によって青ヶ島近海で航行している長門に先日の夜から乗艦していたのだ。 何しろ艦隊が出撃するには大きな手間が掛る補給物資の積み込みが必要で、規模が大きくなればなるほど時間がかかる。国防軍はその様を遼東半島の上空20kmに巡回させている成層圏無人飛行船(SUAV)の偵察情報から得ていたのだ。攻勢を確証する裏付けとしては十分であろう。

高野とさゆりが海戦に参加するのは戦後の戦略に関係する。

ともあれ二人は提督の居住区にて朝食をとっていた。

二人の目前には新鮮なオレンジジュース、バター風味のレーズンロール、バターと塩コショウで味付けされたスクランブルエッグ、焼きたてのウィンナーソーセージ、サニーレタスとミニトマトからなる野菜がふんだんなリースサラダの、合計5品がそれぞれのトレイが皿の上に盛られている。

また二人の食事は特別な物ではない。
軍艦に乗っている以上から使用する食材は国防軍や帝国軍と同等のものだった。
唯一の違いが高野が食べている朝食がさゆりの手作りという点であろう。

史実の日本では、ソーセージは大正時代に入っても比較的裕福な日本人しか食べられなかった品物だが、この世界の日本帝国では軽工業の発展によって帝国重工関連だけでなく帝国軍でもソーセージは一般的な食事になり始めていたのだ。

高野は手で千切ったレーズンロールの一部を口に含み、
咀嚼を終えて飲み込んでから口を開く。

「ついに条約軍艦隊に本格的に動きが出ましたか」

「はい。戦略偵察によって確認しました。
 各艦艇の機関部から発せられる熱源から判断すると、
 状況は間違いなく全戦艦の出撃でしょう」

成層圏無人飛行船(SUAV)からなる戦略偵察網から得た情報をさゆりが答える。

「あとは航路次第だが……
 北方に食いつくか南方に進出するにしても途中までのルートは決まっている」

遼寧省の遼東半島と山東半島の間にある内海状の海域である渤海と黄海の間に突き出た遼東半島の旅順軍港地帯から出撃する以上、中国大陸と東方半島(旧:朝鮮半島)に挟まれている地理上の黄海から南下しなければ、日本海にも東シナ海にも出られない。

「はい、高野さんの言うとおりです。
 条約軍艦隊の機関部の熱源から出撃予想時間は
 最短で1時間50分、最長で2時間30分です」

条約軍、いや世界の多くの戦艦は大出力が得られる蒸気機関を使用している。つまり一度機関の運転を止めてしまうとボイラーの火入れ、蒸気ピストン機関に蒸気を送り込んで艦艇を動かすまで時間が掛るのだ。

「最短で計算すれば…条約軍艦隊の巡航速度ならばほぼ21時間後に、
 航路分岐点に到達するわけか」

「そうなります」

「となると、条約軍艦隊の艦隊速度からして、
 最北端のラザレフを攻撃する場合は約4日後、
 最寄の攻撃目標として上がる佐世保基地ならば37時間後になるな」

「条約軍艦隊どちらを攻撃するにしても、
 我が方の艦隊集結は十分に間に合いますね」

「ええ、これもさゆりを初めとした皆のお陰です」

高野がそういうとさゆりは嬉しそうに微笑む。
二人の会話は作戦から雑談へと移り、楽しく朝食を進めていった。
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【あとがき】
お待たせしました。
日本海海戦がようやく始まります。

新世代の長門級戦艦を知ったオーストラリア連邦は史実よりも強く海軍力の強化に取り掛かるでしょう。北に公爵領という獲物にして仮想敵がいるし。 パラマッタ級駆逐艦の「パラマッタ」「ヤラ」「ワラゴウ」「スワン」「ダーウェント」「トレンス」も早く購入するかも(笑) オーストラリアの経済が悪化しそうだなぁ……


【Q & A :あれ、サラトガとロチェスターって…?】
仮想艦です。ペンシルベニア級装甲巡洋艦は史実よりも2隻多い8隻が建造されており、その7番艦がサラトガ、8番艦がロチェスターとなりました。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年07月06日)
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