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帝国戦記 第二章 第32話 『日本海海戦 7』


チェンバレン議員はアメリカにてマッキンリー大統領と会談を行っていた。流石に英国の大物議員ともなればマッキンリー大統領も代理で対応するわけにはいかず、またアメリカ側からの要請もあって大統領執務室にてマッキンリーが直接に対応している。

「で、英国はどのくらいの数の戦艦を我が国に売れるのかね?」

「そうですな……
 望むなら東洋艦隊の半数の戦艦を売る事も吝かではありません」

マッキンリー大統領の言葉にチェンバレンは礼儀正しく答えた。
傲岸不遜なチェンバレンであっても立場と礼儀を弁える事は忘れない。

「何だと!?」

マッキンリー大統領は予想以上の言葉に驚く。イギリス東洋艦隊の現状は戦艦18隻、装巡6隻、防巡12隻という有力な戦力で、その半数といえば戦艦9隻に上るのだ。例え葛城級戦艦の出現によって既存戦艦の価値が低下しても、無視し得る事は出来ない戦力と言える。

大統領の驚きに対してチェンバレンは言う。

「大統領閣下もご存じのはず、
 我が国の議会で戦艦売却の声が日々大きくなっている事を」

「それは聞き及んでいる。
 このご時世で戦艦を売る余裕があるのは羨ましい事だな」

マッキンリー大統領の言葉には少し棘があった。
それは当時の米国人が英国人に持つ感情に起因する。

アメリカ独立戦争後の19世紀初めに行われた、アメリカからの宣戦布告によって始めた米英戦争の際にイギリス帝国軍の攻撃により、首都ワシントンが焼き討ちにあってから英米間の感情は良くなかった。この時期に於いては顕著で、英米関係は第二次米英戦争が起こるのも時間の問題と思われている位だ。このように双方の不信感は根深い。

これまでの歴史の積み重ねを付け足すように、今では国際貿易をめぐる覇権争いに両国は火花を散らせている。更にはアメリカは英国人セシル・ローズが行っていたフィリピンに対する大規模な武器密輸の意趣返しとして、多くの商会を介してボーア軍に武器を売りつけていたのだ。多少なりとも苛立ちを感じるのも仕方が無いと言えるだろう。

だが両国の関係は史実よりも悪化しているとはいえ、
貿易は経済界の要望通りに史実と同じように続けられている。

このような事情もあってアメリカ帝国主義の始祖とも言えるマッキンリー本人は英国戦艦の購入は乗り気ではなかったが、議会と彼の後援者からの要望によって義勇艦隊に対する増援を派遣する必要があったのだ。いかにアメリカ大統領とは言え独裁者ではなく、後援者の意向を完全に無視する事は出来ない。

マッキンリー大統領は議会対策の一環と後援者の意向によって、不本意ながらも戦艦購入を目的とした会談を行っていたのだ。しかも会談の相手がイギリス帝国のモーティマー・デュラン特命全権大使ではなく、より大物と言えるチェンバレン議員ともなればマッキンリー大統領が直々に相手をするしかなかった。

確かにアメリカには本土近辺で訓練を終えた新鋭戦艦でもある2隻のコネチカット級戦艦、6隻のペンシルベニア級装甲巡洋艦などの有力艦艇に加えて、戦艦2隻、装巡4隻、防巡6隻からなるアジア艦隊が残ってはいたが、それを派遣してしまえば海上の安全に不安が出てくる事に加えて、占領地や周辺国に対する圧力も掛けられなくなってしまう。

そしてマッキンリー大統領は無能ではない。

対日戦の推移が並々ならぬものへと変化している事を理解しており、これ以上の艦隊戦力展開は万が一の際には自国の経済や地位にとって大きな痛手になると考え、通商路の安全を理由にこれ以上の戦力展開を避けていた。

しかし彼の願いも空しく議会からは英国が安値で売り出しを始めた一部の旧式戦艦が全てを徒労に代えていく。英国から戦艦を購入する事で海上連絡線の安全を維持するための戦力を確保し、アジア艦隊を義勇艦隊支援に回すべきという声が出始めていたのだ。マッキンリー大統領が通商路の安全を理由に必要以上の戦力展開を拒んできた大義名分が白紙になったに等しい。

これには多量のロシア戦時国債を購入していた投資家たちの動きが大きく、影響は日を経つ毎に大きくなっていった。凶悪ともいえる性能を有する葛城級戦艦の増加に加えて、各地の目撃情報から装甲巡洋艦ですら撃破してしまう予想を上回る雪風級の数、そして生還者無しと言うラザレフ戦に於ける驚愕の結果が彼らの焦りを強めている。

もちろんアメリカも戦艦建造に力を注いでいるが、戦艦の様な大型兵器が完成するのは当分先であり、また乗員の訓練が終わるのはもっと後になるであろう。これらの事から議会が納得する様な艦隊戦力を直ぐに得ようとするなら他国から購入するしかなかったのだ。まさに八方塞と言える状況であった。

チェンバレンは落ち着き払って言う。

「大統領閣下、これは異な事を仰いますな……
 私の記憶違いでなければ、
 昨年…貴国も日本に対して多くの戦艦を売ろうとしていたではありませんか?」

「あの時とは事情が違う」

チェンバレンは礼儀正しい言葉使いで感情ではなく事実という点をもって言い返すと、流石のマッキンリー大統領もこれ以上なにも言えなかった。悪魔のような狡猾さを有するチェンバレンのペースに完全に押さえられ始めたと言っても過言ではない。両者の経験が余りにも違いすぎるのだ。

「ふむ確かに……大統領の仰る通り、事情は大きく違いますな」

チェンバレンはコーヒーをスプーンでゆっくりとかき混ぜながら言葉を続ける。

「ともあれ…
 我々も貴国と同じように議会から出ている要望には逆らえません。
 議会制のつらいところですな」

「そうだな」

マッキンリー大統領は同意しつつも忌々しく思う。イギリス帝国は議会の意思だけでなく、軍部も新型戦艦を整備するために旧式戦艦を手放したがっていた事を知っていたからだ。イギリスとアメリカは同じような境遇に見えるも立場は大きく違う。前者は最悪の事態になってもまだ余裕があり、後者のアメリカには深入りしているだけに全く余裕が無かった。また終わりが見えない米比戦争により対日戦に参戦が出来ないという情勢も大きなマイナス要素であろう。

それを思えば思うほど、向かい側に座るチェンバレンを見ると不安がこみ上げてくる。チェンバレンの行動は一挙手一投足が計算され尽くされており、イギリスの優位を否応なしに感じさせるように見えてくるのだ。事実、世界規模の帝国と言っても過言ではないイギリス帝国はそれだけの優位を有している。

マッキンリー大統領の心境を知ってか知らずでか、チェンバレンは優雅にコーヒーを一口飲んでから、紳士的な気品すら感じさせるようにゆっくりと口を開く。

「戦艦の価格については貴国が満足する値段だと自負しております」

「ほう?」

「大統領閣下……ロイヤル・サブリン級は1隻39万ポンド、
 マジェスティック級ならば1隻51万ポンドの額で如何でしょうか?」

「ぬぅ……」

英国側が提示した戦艦の価格は旧式化を考慮しても強欲なマッキンリー大統領から見ても戦争当事国に売るにしては納得のいく価格であった。値段で折り合いが付けば旧式戦艦は新型戦艦が竣工すれば戦後には順次鉄屑にしていけばよいという判断から、マッキンリー大統領は議会対策と予備戦力の観点から、イギリス戦艦の購入を決意する。

マッキンリー大統領は新型戦艦が竣工するまでの繋ぎと考えて己を納得させた。

こうしてイギリス東洋艦隊に所属していたロイヤル・サブリン級戦艦の「ロイヤル・ソヴェリン」「エンプレス・オブ・インディア」「ラミリーズ」「レパルス」「レゾリューション」の5隻がアメリカへと売買され、マニラ湾に建設が進むスービック海軍基地をへと回航される事になる。あえて東洋艦隊に於ける戦艦の中でもマジェスティック級よりも旧式だったロイヤル・サブリン級戦艦を選択したのは外洋航行も悪くなく、それに加えて建造費の約6割という価格であった。

またこれらの売却済み戦艦の乗員は引き渡し要員を除いて、輸送船にてスービック海軍基地からシンガポールを経由して本国へと戻る事になった。また士官の一部を観戦武官として日本帝国に送り込む無駄の無さであろう。

そして米国籍となったこの5隻の戦艦は大半が新兵にて運用される事情から、購入時の予定通り訓練航海を兼ねた海上交通線の安全確保のみの従事となるのだ。



















アメリカに渡航する際に使用した装甲巡洋艦アーガイルにてイギリスへと戻ったチェンバレンはダウニング街11番地にある第一大蔵卿官邸にてバルフォア第一大蔵卿と会っていた。

「植民地人(アメリカ人)は我々から購入した戦艦をフィリピンの守りとし、
 従来から任務に就いていたアジア艦隊と本国の一部の艦隊を支援に回したようだな」

「あの状態ならば乗るしかないだろうが議会も随分と無茶をする。
 公然の秘密となった決戦に備えてか…
 なんだか少しアメリカが気の毒になってきたな」

「チェンバレンよ、心にもない事を言うものではない」

バルフォア第一大蔵卿の言葉に、それもそうだなとチェンバレン議員が心から同意する。
もちろんバルフォア第一大蔵卿も同意見であった。

二人にとって大事なのは英国の発展に過ぎず、必要ならば他国を業火の中に叩き込む事などは些細な事に過ぎない。何しろ、マッキンリー大統領が戦艦を購入しなければならない状況を作り上げたのは心にも無い台詞を言ったチェンバレン本人である。

彼はイギリス帝国が有する豊富な情報網と人脈を活用し、
社交界や各通信社を通じて巧みにアメリカ議会を誘導していたのだ。

更にはロシア帝国のプレーヴェ内務大臣がイギリス帝国を牽制するべく、ロシアの諜報機関によって英国内の議会や世論で広がりを見せていた旧式戦艦売却の案すらも逆手に取っている。チェンバレン議員はアメリカと同じようにロシアの戦時国債を購入した有力者層から上がり始めていた参戦要望を、バルフォア第一大蔵卿が押さえている間に、参戦に必要な兵力を議会からの要望に従う形で売却する事で自国の参戦を巧みに回避したのだ。

またこの謀略の流用に於ける最大の利点は、真犯人をロシアに帰する事にある。
これは謀略に長けたチェンバレンらしい回避方法と言えるだろう。

「まぁ、後はロシア人も我々の戦艦を購入してくれた。
 十分に満足の行く結果であろう」

「そうだな、多少は値切られたとはいえ、売れただけでも良しとしよう」

英国がロシアに対して売却したのは「ジュピター」「マーズ」「シーザー」「リヴェンジ」「ロイヤル・オーク」の5隻で、そのまま旅順へと回航される事となった。一部の引渡し乗員を除いて東清鉄道からシベリア鉄道に乗り継いでヨーロッパへと帰還する事になる。またロシアのプレーヴェ内務大臣は乗員なしの戦艦を購入するに当たって、戦力化を終える前に撃沈されるのを避けるべく色々な手段を講じていた。

これによって東洋艦隊に残された戦力は戦艦8隻、装巡6隻、防巡12隻であり、現在の状況からすれば自由に動かせる戦艦は2.3隻が限界である。その理由は戦争の結果が如何なる結果になるにしても、勝利側の陣営によるアジア蠢動を防ぐためには現在の戦力をある程度は維持しなければならなかった事にある。それにこれ以上の戦力を本国艦隊から抽出したくても、余剰戦力の大半を東洋艦隊として送り込んでいる事から不可能で、また残る戦力はイギリス帝国植民地の安定を支える要石であり、安易に危険に晒すわけには行かないのだ。

このようにチェンバレンにとって都合の良いように戦略環境を
構築する事はさほど苦でもなかった。

史実に於いてもロシア帝国の南下を防ぐべく加藤高明(かとう たかあき)駐在英国公使に同盟関係を示唆し、日本に戦艦を売りつけて利益すら上げつつ、派遣した観戦武官によって戦訓を得ていた。更にはロシア帝国の戦力を減らす事すら成功している。

史実における日露戦争で最大の利益を得たのはイギリス帝国と言っても過言ではない。

また、このような大規模な戦艦売却劇がスムーズに進められた背景には時代遅れの軍艦を鉄屑として売り払い、浮いた維持費と人員を用いて新鋭艦の整備に力を注いできたフィッシャー大将の尽力も忘れてはならないだろう。

葛城級の存在によって時代遅れの戦艦は機会があれば処分し、イギリス海軍は早急に新時代に対応できる戦艦を整備しなければならなかった。イギリス帝国は世界の海を支配する海洋帝国だけに葛城級の存在をより過敏に感じており、他国がこぞって戦艦を欲していた情勢は大きなチャンスだったのだ。この機会を最大限に生かしつつ、自分たちのフリーハンドを維持したのは老獪なイギリス帝国の手腕の妙と言えるだろう。

それだけに留まらず、イギリス帝国は更に手を打つ。

イギリス東洋艦隊に所属していたトラファルガー級戦艦「トラファルガー」「ナイル」の2隻は、あらゆる理由を上げて主力艦を渇望していたオーストラリア連邦に対して無償供与したのだ。トラファルガー級戦艦は沿岸で運用するなら問題なかったが、低乾舷戦艦であり航洋能力が低い。つまり地中海での運用を主眼に置いた戦艦であった。これらの事から日本帝国に敵意をむき出しにしているオーストラリア連邦のような相手でも安心して渡せる戦艦と言える。それに訓練基軸要員を残したとはいえ運用に必要な人員は最初から訓練せねばならず、海軍の母体すら貧弱なオーストラリア連邦軍では戦艦の戦力化を急いでも2年はかかるであろう。

チェンバレン議員は話題を変える。

「それよりもトロウブリッジ大佐からの報告は由々しきものだな」

「帝国重工の評価を更に上げなければならない」

「ああ」

トロウブリッジ大佐はブリッジ支那艦隊司令長官を務めるイギリス海軍軍人であり、その傍らで駐在武官も務めていた経歴の持ち主であった。史実に於いては観戦武官として日本の戦艦に乗船している。彼は今年に入って英国が日本帝国軍の主力艦が停泊している時期を見計らって観戦武官として日本に渡航し、葛城級の一番艦「葛城」に乗り込むことに成功していた。

トロウブリッジ大佐が葛城に乗艦できたのは英国の努力に加えて、
日本政府と帝国重工がこれ以上の秘匿は不可能と考えていた事も大きい。

「しかし、タッチパネルか……
 日本帝国軍の兵の噂や話などから集めてきた情報から
 機械式のスイッチの様な物だと考えていたが、まさか画面上で装置の操作とは……」

「技術者に聞いても、その原理が全く分からぬらしい」

「推測も出来ないとなれば、それだけ高い技術が使われている証拠だろう。
 事実、彼らが発表した商品の中で何一つとして我々は
 類似品を作り出すことに成功していない」

「帝国重工の技術か……
 彼らの技術のルーツが一切わからぬのが不気味だ」

バルフォア第一大蔵卿の暗い呟きにチェンバレンが同意を示すように頷く。

「一応はトロウブリッジ大佐に更なる調査を命じているが難しいだろう」

「恐らくな…」

艦内で行動する事が出来たトロウブリッジ大佐であったが、それでも入手する事が出来たできた情報はタッチパネルの存在だけに過ぎない。その理由はトロウブリッジ大佐の強い希望で葛城艦内の見学を案内した際に、案内役として同行した秋山真之(あきやま さねゆき)中佐の存在にある。

英国側の最大の関心部分であった葛城の機関部や砲室に関しては危険物第1類第1燃料系という資格が絶対に必要という秋山中佐の断固とした態度にあった。もちろん英国人のトロウブリッジ大佐が持っているわけも無く、また短期間で習得する事も不可能であり、帝国重工で専用の研修を受けなければ獲得できない事もあって彼の願いも空しく入室は適わなかった。

艦内各所で目に付くタッチパネルに関しての質問は、本格的な整備は帝国重工が行っており動作原理は全くの不明と伝え英国側の追求を回避している。諜報課員としての経験を持つ秋山にとっては話術で相手をはぐらかす事などは朝飯前に等しい。

現にフランス共和国もメリニット火薬の精製方法を軍事機密から公開していなかった 事もあって、軍事機密に連なる情報を守る事は別に特異な事でもないと言えるのだ。

もちろん日本側も失礼がないように、国防軍から派遣されたトロウブリッジ大佐好みの女性士官が大佐の付きっ切りとなっている。彼女は開放派であり、大佐の心象が悪くならないように最大限の努力を行うのだ。このように心配りを忘れない行いは帝国重工らしい配慮といえるだろう。

バルフォア第一大蔵卿が尋ねる。

「帝国重工の件はさておき、海戦の結果はどうなると思う?」

「そうだな…帝国軍と国防軍を合わせて確認されているだけで、
 葛城級戦艦10隻に雪風級巡洋艦32隻だな。

 それに加えて公表されていない艦艇を加味すれば、
 辛勝ながらも日本側が勝利を収めるだろう」

「同感だ。
 それに詳細は不明だが鵜来級と言われる新型駆逐艦の量産情報もあるからな」

今までの情報を考慮した上でチェンバレンが口を開く。

「しかし日本が勝ったとしてもその優位は長くは無い」

「ああ。葛城級は強大だが絶対ではない。
 それに設計段階の新型戦艦で、本当の意味で対葛城級戦艦とも言える
 セント・ヴィンセント級の起工も来年の末には始まるのだ。

 これが竣工すれば、優勢な従来型戦艦と併用すれば葛城級戦艦も物の数ではない。
 つまり時間は我々の味方と言える」

「そうだな……
 それらが揃った時、帝国重工に対する行動を始めるべきであろう」

チェンバレン議員はバルフォア第一大蔵卿に冷静に応じた。
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【あとがき】
前回の英国の参戦・不参戦に関する質問ですが、質問の結果から不参戦となりました。 それらの事から列強の上前を撥ねようとした米国は、英国から巧みに負債を押し付けられようとしています(悪)

話は変わりますが、後に知られる即応弾マガジン・ドラムは後に江戸時代から続くカラクリ技術の応用で、バイオ燃料は胡麻油の改良型と、誤った情報が海外へ伝わり、誤った方向性に基づく研究が始められることに…


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(2010年07月03日)
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