帝国戦記 第二章 第28話 『日本海海戦 3』
1904年 12月21日 水曜日
イタリア王国とオーストリア帝国からの合同艦隊が旅順軍港に隣接する大連港に到着した翌日。高野は戦略環境の変化を話し合うべく、さゆりを伴って統合軍令部の議長室に赴いていた。
議長室には統合軍令部議長の西郷従道(さいごう つぐみち)大将だけでなく明治天皇も来ていたのだ。国家の重要人物が揃っているだけにあって、議長室の周囲には防諜と警備の為の選抜された兵士が警護に就いている。
「太平洋地域に於けるフランス植民地の
保障占領は現在どの様な状況になっているのか?」
「各地に1個分隊づつのオーストラリア連邦軍が展開するだけに留まっています。
その他の変化は占領前と比べてありません」
明治天皇の質問に対してさゆりが答えた。
高野がオーストラリア連邦が行った行為を要約して言う。
「保障占領の名を騙った我が国に対する妨害工作ですね」
「はい。しかし英米伊奥の4国が承認している以上、
此方からの抗議は外交上の観点から強く行えません」
「悔しいがそれが国際社会というものだろう」
西郷大将が無念そうに言った。
オーストラリア連邦が行った保証占領は南太平洋の平和のためと各国に通達していたが、明らかに日本勢によるフランス領の占領を防ぐ措置が目的だと言うことは見え透いていた。しかし、その行為を英米に続いて伊奥清が承認したことによって、その行いが正当化されてしまったのだ。
これに異議を唱えることは、下手をすれば敵国を増やす行為にもなりかねなく、未だ欧米水準からすれば小国の域を脱していない日本帝国は黙認するしかなかった。戦争相手国を無暗に増やしても利点などは無い。
この時代の生産力の一つの目安として粗鋼生産量で例えると1904年に於ける日本帝国の粗鋼生産量は帝国重工の生産分を除くと11.4万トン(史実では9.8万トン)である。これは8年前から比べると約57倍の生産量に達していたが、それでも列強で一番小さな粗鋼生産量を有するイタリア王国に及ばない。
ちなみに粗鋼生産量にて現在、最大を誇るのはアメリカ合衆国の1165.3万トンである。
これは日本帝国と直接砲火を交えるドイツ帝国、ロシア帝国、フランス共和国の粗鋼生産量を足した量より多く、更には他国と決定的に違うのは資源を輸入しなくても自国内の資源採掘で完璧に補える優位点があった。
現状に於ける日本帝国の国力では戦ってどうにかなるような差では無い。
それでも日本帝国の生産力はイタリア王国を上回りフランス共和国の2割強に迫っていたのだ。これは史実の日本工業力からすれば約1.27倍に増えており、更には工業精度も帝国重工が1897年に定めたJISによって品質も安定しており大きな変化と言える。これも高野が生産能力の分母を増やすべく、工廠艦明石の生産プラントにて製品の直接製造を極力避けて、早い段階から生産設備の元となる各種機材の生産に従事させてきた結果と言えた。
高野の言葉が続く。
「そして問題はそれだけではありません」
「例の清国との通商協定の破棄の通知ですね」
「さゆりの言うとおりです。
この事態の変化には我々が掴んでいない何かしらの協定が秘密裏に関係各国の間で
結ばれたと判断するべきでしょう」
そう答えた後に高野は考えた。
確かに華僑資本はロシア戦時国債を多量に購入していたが、それだけを理由に通商協定の破棄に踏み切るとは思えないが……だが、1897年に制定した資源再利用法と事前の資源備蓄のお陰で致命的な事態には発展しないが楽観して良い状況ではない。となると、自ずと限定されるな。
政治と経済は密接に連携しており、戦争はその二つの隷属に過ぎない事を知り尽くしている高野は幾つかの考えの中でもっとも公算の高い推論を言う。
「確証はありませんが現在の情勢と、
幾つかの状況証拠から一つの推測が立てられます」
「高野大将、それはどの様な推測なのでしょうか?」
高野の言葉に西郷大将が尋ねた。階級は同じであったが西郷大将が高野に接する姿勢は上官に対する姿勢そのものであろう。比類稀なる勲功を成し遂げている相手として認めている証拠でもあった。少ない軍事費で帝国軍を運用できるのも帝国重工の支援あっての事も立場上から完全に理解しているからだ。
高野は推測を証明するために状況を整然と説明を始めた。
清国が貴重な外貨獲得の機会であった帝国重工との通商協定の破棄に踏み切ったのは、それを上回る利益を三国間条約から示された可能性が大きいと。加えて、清国が食いつく内容としては対日戦の戦勝後に租借地の一部返還が最有力であろう事も告げる。
「確かに列強に追い詰められている清国を動かすには
これ程効果的な交渉材料は、他にないと思います。
ですが植民地に対する執着が強い彼らが簡単に手放すと思いませんが……」
清国の外交方針を動かす最良の方法だと認めつつも、
疑問に感じた西郷大将が言った。
「その通りです。
だからこそ、そこに落とし所があるのですよ」
高野は根拠を説明するべく続けた。
「まず一つの根拠として、
ロシア帝国は戦時国債の多くを富の再生産に繋がる内政部門に投資しており、
確実にキャピタル・ゲイン(資本利得)を得ています」
「プレーヴェ内務大臣が推し進める内政政策ですね」
「さゆりの言う通りです。
ロシア帝国も我が国と同じく、
戦時体制にもかかわらず兵器増産体制はそれほど高くありません」
さゆりの言葉に高野は肯定を示す意味で頷く。
また、キャピタル・ゲイン(資本利得)とは資産の価格の上昇による利益の事を指す。
今のロシア帝国の状況がまさにそうであろう。
ロシア帝国の戦勝による帝国重工の技術獲得を期待した資本家達がこぞってロシア帝国が発行した戦時国債を購入していた。ドイツ帝国とフランス共和国がロシア側に立って参戦したときには更に激しい売り上げを記録さえしている。
だがプレーヴェ内務大臣は一時の優勢に驕ることなく、葛城級の想定以上の実力を見抜くと同時に日本側の攻勢限界点をも正確に見据え
、戦時国債の多くを長期戦に備える軍事投資ではなく、内政活性と富の再生産に繋がる国内資本の開発に回していたのだ。
これらの分析内容も高野は判り易く伝えていった。
高野の説明が終わるとさゆりが口を開く。
「確かにそう考えると色々と繋がってきますね。
プレーヴェが自国の不利に終わった佐世保湾海戦の結果を隠さずに公表したのは
葛城級に完敗した既存戦艦の戦略価値を意図的に下げ、各国を焦らせる為ですね。
案の定、アメリカは所有している戦艦が陳腐化するまえに最大限に
活用しようと大規模な艦隊を義勇艦隊として送り出してしまった。
全てはプレーヴェの思惑のままに」
さゆりの言う通りだった。
状況証拠のみならず情報部が入手した情報もそれを裏付けている。
高野は耳に心地よい知識だけが蓄積していく弊害を完全に理解しており、最高意思決定機関に連なる人々には可能な限り正しい情報が伝わる様にしていた。その結果、誰一人として現状の技術優位に胡坐をかくような者はいない。
肯定するように頷いてから高野は言う。
「欲に転んだアメリカですが、
ロシア側が確約している残る4600万ルーブルの
支払い条件が戦勝後である限り、それ以外では支払う義務が生じません。
プレーヴェは当初からイギリス帝国を牽制するだけでなく、
自らの手を汚さずにアメリカ合衆国をも縛る鎖にするのが目的だったのでしょう」
高野の推測は完全に正鵠を射抜いていた。高野の推測通り、アメリカ戦艦が"ロシア艦隊との共同作戦"時にて1隻沈没する毎につき275万ルーブルの支払いが確約されていたが、これ自体がプレーヴェ内務大臣が仕掛けた秘められた罠だったのだ。
アメリカ艦隊に共同作戦に固執させる事で、アメリカ側から自発的に強力な日本艦隊との海戦に引きずり込む狙いがあった。更にはアメリカ艦隊に損害を負わせる事によって戦後の火事場泥棒を防ぐ意味すらも含まれている無駄の無さである。 例えアメリカ艦隊が全滅してもロシア側からすれば、戦勝後の4600万ルーブルを除けば戦艦10隻の値段が5750万ルーブル(前払いの2000万を含む)は旧式戦艦の価値が下落している現状からして割高だったが、プレーヴェ内務大臣からすれば適切な価格だった。
何しろ艦艇だけでなく、1隻あたり戦艦レトヴィザンの建造費をやや下回る費用で訓練された乗員が付いてくるのだ。戦時中にも関わらず戦後の戦略を視野に入れていたのがプレーヴェ内務大臣の凄いところであろう。
更に高野から清国の未来を予見した内容を口にする。
「また、支払いに猶予が出た4600万ルーブルをドイツとフランスが蒙った損害補填に充てれば
三国間条約での問題はそれなりに収まります。
プレーヴェは稼いだ時間を基に、
ドイツとフランスと歩調を合わせて清国から不足分を回収する心算でしょう」
「うむ、彼らは戦争を行いたいのではなく儲けが欲しいだけに過ぎないからな」
列強各国のやり口を身をもって経験してきた明治天皇が納得して言った。
「清国は国家の高官が賄賂によって列強に領土を租借地として売り渡してしまった
露清密約の経緯からして間違いなく蝕まれていくでしょうね」
さゆりが心なしか悲しそうな表情をして言った。例え清国に汚職が無くとも、列強に敗れた国家に自由な選択肢が無いのがこの時代の流れである。さゆりはその事が悲しかったのだ。しかし、その不幸の連鎖から日本帝国が逃れつつあるのが不幸中の幸いと言えるだろう。
高野は推測を締めくくる。
「これらの事から敵も我々と同じように長期戦を望んでいない事が伺えます。
つまり、敵の攻撃を攻勢を防ぎつつ、アジア方面に展開済みの現有戦力を撃破すれば、
此方の条件次第では早期停戦に繋げる事も不可能ではないでしょう」
国際情勢を自国の有利なように操作して行くプレーヴェ内務大臣は俊才だったが、高野の能力も負けず劣らず優れていると言える。戦争が続く要素である"手段"と"目的"のうち、"目的"の敷居が低くなった時勢を見定める能力がそれを証明していた。
歴史に精通している高野は、戦争を終わらせるタイミングを見誤った勢力がどの様な結末になるか誰よりも理解している。また常に情勢の流れを注意深く見てきた高野の努力の賜物と言えるだろう。
そして清国にとって最悪な事に、高野が言った推測は当たっていたのだ。清国はプレーヴェ内務大臣によって多くの損失を押し付けられる事になり、義和団事変で敗戦したばかりの清国に止めといえる一撃を与える事になるのだった。
1905年 2月6日 月曜日
ロシア帝国軍シベリア第2軍団を構成する16500人にも上る戦力が零下21度の天候の中、アムール川から海岸線に沿うように流氷の上をネヴェリスコイ海峡に向けて進撃していた。指揮官はミハイル・ザスリッチ中将である。
通常の感覚では行軍に適した気温では無いだろうが、ロシア人が有する「寒さ」に対する概念は全く違っており、零下20度程度では準備さえ怠らなければ我慢できる範囲だったのだ。
史実の日露戦争でも、その寒さに対する強さが伺える。
黒溝台会戦(1905年1月25日〜1905年1月29日)の舞台となった満州南部の冬季の気温は平均して零下20度であり、日本軍から見れば驚異的な寒さの中でもロシア軍は平然と10万という兵力単位で反撃作戦を行ってきたのだ。予想外の逆襲によって日本軍は大きな損害を受けたこの点からもロシア軍が持つ寒さに対する耐性は並外れたものがあった。
また海岸沿いとはいえ流氷の上を進撃するのは、
無謀に見えるだろうが実際はそうでもない。
1月下旬から2月上旬頃にかけて接岸する流氷によってユーラシア大陸とサハリン島の間にある間宮海峡(タタール海峡)の一帯は、厚さ1〜2メートルの氷盤によって透間無く覆われる事で、ソリや徒歩による交易すらも可能な程。
そのような苛酷な自然環境の中、シベリア第2軍団は積雪地帯における冬期間の重要な運搬用具である、馬そりによって機動力を確保して順調に南に向かって行軍していた。
ロシア軍の目的は日本の陸上戦力に対する情報収集である。
何しろ開戦から現在に至るまで全ての陸上戦闘は敵に制海権を奪われた状態での島にて行われており、まともな敵情を入手していない。諸島戦では 陥落してしまえば兵士は捕虜になるしかなかった。それに加えて大陸における戦闘も大半が無血上陸であり、唯一砲火を交えたラザレフ攻略戦も艦砲射撃によって敗退したようなものである。
つまり今回の作戦は反攻作戦に向けての情報収集を兼ねた強行偵察と言えよう。
この作戦名は「ズナーミャ」である。
強行偵察にこの時機を選んだのはロシア極東軍の兵站総監を勤めるアレクセイ・ニコラエヴィッチ・クロパトキン大将の助言が大きい。極東地域の天候と自然環境に精通している彼は自軍が行動可能であることを前提に、流氷により最大の懸念材料だった葛城級戦艦の行動を防ぎつつ、安定しない天候によって航空偵察の効果を最小限に留める時期を調べ上げていたのだ。また、事務能力と兵站能力に優れていた彼の手によって、補給拠点として各地に野戦集積場も作られていた。
あえて海岸線から回り込むのは日本軍の野戦陣地とぶつかるのを避ける意味が大きい。別働隊も連動するように中隊単位にてソリによる氷上輸送線の実態調査と後方拠点と化しているアレクサンドロフスクに対する強行偵察を行うべく行動を開始していたのだ。
そして敵兵力よりも過剰ともいえる兵力を投入するのは
確実なる情報収集を成し遂げる意味がある。
一際大きな天幕付きの馬ソリに乗っていた、シベリア第2軍団を率いるミハイル中将は、正面の座席に座る主席参謀に向かって言う。
「ラザレフ地方に到着するのは何時ごろになるか?」
「この調子ならば明日の昼には到着しているでしょう」
「良好だな。
敵の偵察隊とも遭遇せずここまでこれた。
奇襲性の維持に成功していると言っても良いだろう」
「まさか!」
「そうだ、ラザレフに駐屯する日本軍の規模は各方面の情報によると1個連隊に過ぎん。
一気に畳み掛ければ明日中にはラザレフ地方の奪還も可能だろうよ。
せっかくの機会を情報収集で終わらせるのは勿体無い」
「ですが、ズナーミャ(旗)作戦の目的は奪回ではなく情報収集なので、
情報を持ち帰ることこそ優先するべきではないでしょうか?」
「そんなに慎重だと勝機を逸するぞ。
大丈夫だ、海軍のマカロフ大将も地の利に勝る日本艦隊を数の力で押しつぶしたのだ。
我々は少なく見積もって5倍近い戦力を有している。
負ける要素が何処にあろうか?
それに勝ってしまえば敵の遺棄装備も手に入る」
慎重論を唱える参謀をミハイル中将は一蹴した。
彼は世界最強と謳われるロシア帝国陸軍の力を信じており、数の優位も相まって強気だったのだ。確かに日本軍の30式小銃は義和団事変にて高性能ぶりが取沙汰されていた事があったが、絶対的な数の差までは覆せないという考えもミハイル中将にはあった。
「司令官がそこまで言うならば……」
「まぁ、確かに参謀の言うとおり油断は大敵だな。
今日は早めの休息に入り、食事と酒の量を増やして兵士たちの疲労の回復に努めるとしよう」
強行偵察作戦に備えて越冬装備を充実させた部隊とはいえ過酷な環境には間違いない。ミハイル中将は明日に備えた準備の指示を下していく。司令官の指示によって早めに野営地を設置したシベリア第2軍団は、教えられた敵情と普段より大目の食事と酒に士気を高めていった。
兵士たちの中には、「この戦争が終わったら結婚するんだ」「もし帰れたら、小さな店を開きたいんだ」などの将来の希望や目標を強く語る姿も見える。普段は寡黙な人も、「明日は熱い一日になりそうだ」 と言い、進んで自分が軍隊に入った理由を話していく。珍しい事に横暴な兵士が疲労困憊の見張り番の兵士に進んで代わって見張りに立つ姿も見えた。
こうして兵士達の休息が行われ、旗作戦が行われる明日に備えていく事になる。
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【あとがき】
昭和帝陛下にしても明治帝陛下にしても立派だよなぁ。
史実では苦難の中でも逃げずに責任を立派に果たしているし。
それに比べて国民を捨てて海外逃亡したドイツ帝国のヴィルヘルム2世陛下は駄目すぎる(汗)
【アメリカ合衆国はどのくらいの比率で生産量が増えていくの?】
史実では粗鋼生産量は10年後には3000万トンを超えます(汗)
また、工業力も10年後には世界の32%まで伸びました。
工業力が急に伸びる一つの理由として1914年から始まった大戦需要に加えてベルトコンベア式の流れ作業組み立てが始まるのも大きいでしょう(汗)
また1904年度の年間に於ける代表的勢力の年間粗鋼生産量は以下のようになります。
米:1165.3万t
独:684.6万t
英:520.8万t
露:272.5万t
仏:135.7万t
墺:120.5万t
帝:90.5万t(帝国重工)
伊:16.5万t
日:11.4万t
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
(2010年05月15日)
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