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帝国戦記 第二章 第26話 『日本海海戦 1』


もの寂しげに過去をみるな、それは二度と戻って来ないのだから。
抜け目なく現在を収めよ、それは汝だ。
影のような未来に向って進め、怖れずに雄々しい勇気をもって。


ヘンリー・ワーズワース・ロングフェロー





 1904年 10月19日 水曜日

ロシア帝国ハバロフスク州ラザレフが日本帝国軍第5師団歩兵第21連隊によって占領される。現地ロシア軍駐留部隊は直ちに反撃に移るも、2隻の葛城級を中核とした日本艦隊からの艦砲射撃により失敗に終わった。





 1904年 10月23日 日曜日

ロシア帝国領カムチャツカ半島に帝国軍第二師団が上陸。





 1904年 10月24日 月曜日

オーストラリア連邦は民間船の徴用を開始。





 1904年 11月01日 火曜日

帝国重工はブラウン運動理論と光量子仮説に基づいた光電効果の論文を社外公開する。





 1904年 11月11日 金曜日

帝国重工の広報事業部は新体操などの競技をメインにした写真集「妙技」の販売を開始する。
ただし、帝国軍、国防軍の海外派遣軍に従事する者で、希望者は無料配布となった。























 1904年 11月15日 火曜日

プレーヴェ内務大臣が執務室にて、ミルスキー内務次官と話していた。 プレーヴェの高い能力は、現状の戦況と日本帝国の限界を正しく見据えており、冷静そのものである。

「海軍だけでなく陸軍の能力も予想以上に高いようだが、
 いかに装備が優れていても、
 兵力からしてこれ以上の領土拡張は限界と見て良いだろう」

彼がミルスキー内務次官に言ったとおり、日本帝国だけでなく帝国重工の総力を結集してもロシア帝国全土どころか半分すら占領することなどは出来やしない。ロシア帝国の領土はそれほどまでに広大なのだ。

「確かにその通りじゃが、楽観は出来まい。
 これからの対処はどうする?」

「南方で上がった火は取り合えず現状維持で大丈夫だ。
 大きな期待は出来まいが、リード首相も就任したばかりで対外的な成功を欲しているから、
 途中で降りることも出来まい。

 ともあれ、優先すべきは領土奪還ではなく日本艦隊の撃滅である。
 それが行われない限り、領土奪回などは夢物語に過ぎないな」

リード首相とはオーストラリア連邦の第4代首相を務める、自由貿易を推し進める自由貿易党に所属するジョージ・リードの事を指す。 プレーヴェ内務大臣はオーストラリアから中立国を介して大量の穀物を輸入する内容を取引材料として、自国の戦略に合う動きに同調するように調整していたのだ。これを断ることは労働党や保護主義者党からの攻撃材料にされるばかりか、自由貿易党の存在意義に関わるだろう。

また、小国に過ぎないオーストラリアが生産する穀物量など高が知れていた。それに食糧はあっても困らない。しかも、ロシアの都合が大きいにも関わらず、リード首相に外交的勝利と思い込ませるプレーヴェ内務大臣の抜け目の無さもあった。

「イギリス帝国の対応は?」

ミルスキー内務次官はオーストラリア連邦の宗主国であるイギリス帝国の動向が気になって仕方が無い。それに対してプレーヴェ内務大臣は平然と答える。

「戦艦売却の交渉もあって、この件に関しては大きくは出られないだろうよ。
 彼らはドレッドノート以前に建造した戦艦を手放して新鋭艦を作りたがっている」

「なるほど……」

「不満かね?」

「イギリスを押さえるためとはいえ、
 今さら旧式戦艦を購入しても役に立たないのでは?」

「安いならば役に立つさ」

プレーヴェ内務大臣はそう断言すると、ミルスキー内務次官は驚いた表情を見せた。プレーヴェ内務大臣は珍しく説明を始める。

「簡単な理由だな。
 帝国重工は葛城級戦艦を国外勢力に売ると思うか?」

「思いませんな」

「そうだ、常に自社の利益ではなく、日本第一で動いている帝国重工が
 欧米諸国に兵器を売ることは彼らの行動原理に反してしまう…

 故に有り得ない。

 イギリス帝国は断じて認めないだろうが、
 ドレッドノート級では例え倍の数でも葛城級には勝てん。
 残念だが欧米では葛城級と同サイズで同性能艦艇の建造は不可能だろう。

 つまり旧式戦艦であっても対欧米を見据えれば、
 それなりに役に立つと言うことだよ。

 それに、購入交渉中はイギリス帝国も大人しくなる……損は無い」

プレーヴェ内務大臣は、もちろん拡張性のある艦が前提だがね、と付け加えた。史実でも 1903年から1904年にかけて相次いで竣工したダンカン級戦艦のような老朽艦であっても第一次世界大戦では現役艦として戦っているのだ。

「なるほど! 確かに、そのように考えれば葛城級のお陰で、
 格安で戦艦が入手できる機会とも見れますな」

「ああ……だが、それだけではない。
 格安で入手できれば、当面は技術習得以外の艦艇建造を行う必要が無くなり、
 軍事費を抑えつつもバルト海の安全保障を得られかつ、
 浮いた資金を国内開発に投入できるのだ」

「ふむ」

そう言ったミルスキー内務次官はプレーヴェ内務大臣の深慮遠謀に気付く。

「だからこそ、此れ見よがしに葛城級に受けた被害を公表したのですか!?」

「それ以外に理由は無い」

「なるほど……すべてが計算尽くし……
 初期以降に発行した全ての戦時国債を外貨建債務ではなく、
 ルーブル債務にし、一定期間の転売禁止を設けたのも万が一を考えてですか…」

本来ならばこのようなルールを課した国債は忌み嫌われ、売れ行きが伸びないものである。しかし、戦勝後にロシア帝国が接収すると予想されている、帝国重工の技術に対する期待と、緒戦に於ける日本側の戦力激減が売れ行きを後押ししていた。

「私はあらゆる可能性を考慮して動いている。
 それが、我々官僚の責務であり、ロシアに対する義務ではないか?
 予測結果を一つに絞るなど愚か者の所業に過ぎない」

「仰る通りです」

プレーヴェ内務大臣は戦況の推移と収集した情報から、葛城級をとりまく状況を正確に把握するだけでなく、それを生かす策も考えだして実行に移している。

現に、プレーヴェ内務大臣は日本帝国が予想以上に強敵だと判ると、戦時国債の7割以上を中央のみならずミルスキー内務次官の要望に応じて、地方にすらインフラ整備や設備投資などの開発に資金を回していたのだ。

戦勝による債権返済が成されなかった時の予防策である。

プレーヴェ内務大臣の狙いは膨大な資本投下によってロシア帝国経済を好況な状態にし、経済全体で総需要が総供給を上回るように価格騰貴(インフレ)を起こす事で、経済成長を保ちつつ戦時国債の利子を目減りさせて可能な限り格安で返済するのが目的であった。管理通貨制度に移行することすらプレーヴェ内務大臣は視野に入れていたのだ。

これもプレーヴェ内務大臣が徹底して行った正貨残高(金)の減少を秘匿し、 多くの戦時国債を外貨建債務ではなくルーブル債務にする行いあればこそ、実現できた策と言えよう。

「それに状況次第では停戦もあり得る事を考慮しておかねばならない」

「よ、宜しいので?」

「その場合は私を悪役にすれば良い。
 交渉の際には貴公が上手くまとめてくれ」

「っ!」

ミルスキー内務次官は絶句した。

冷徹な上司は場合によっては自分すら生贄にすることを示唆したのだ。 プレーヴェ内務大臣は冗談や嘘を言う人格でもなく、臆病でも無いことは日頃から知っていただけに、その言葉は重い。しかし、自らが国家に対して最善と思う選択肢を迷うことなく選ぶさまは、威厳すら感じられた。

プレーヴェ内務大臣は冷淡に言葉を続ける。

「交渉だが……
 アレクサンドラ皇后のコネクションを使えば失敗はあるまい」

アレクサンドラ皇后とは、ロシア皇帝ニコライ2世の妻であるアレクサンドラ・フョードロヴナの事である。彼女は帝国重工製の各種化粧品、医療品などを購入していく過程で、帝国重工との付き合いが深くなっていた。特に、彼女は当時の王族にしては珍しく、自ら子ども達に母乳を与え世話もするほど我が子に対して深い愛情を有しており、帝国重工が生産している裕福層向けの高級育児用品の虜になっていたのだ。その関係は戦時であっても中立国を介して続けられている。

当然、プレーヴェ内務大臣もその関係を知っていたが、外交チャンネルとして期待できる存在を潰す様な事はしなかった。

「しかし、ベゾブラーゾフが激しく反対しそうですな」

「彼か?
 良識派のマカロフ派の勢力が極東にて大きくなっている。
 古巣の極東であってもベゾブラーゾフは動きにくいだろうよ。

 それにブリネルが所有する鴨緑江木材会社の経営が思わしくない。
 最早、かつての影響力は無いだろうな。
 反対したところで、その影響は小さなものだ」

ブリネルとは、ユ・イ・ブリネルと言う名の商人で、退役海軍中将にして皇帝の常侍顧問官ア・エム・ベゾブラーゾフと共に、ニコライ二世や国策の露仏合弁の露清銀行も出資している鴨緑江木材会社を運営していた人物である。

この鴨緑江木材会社は豆満江および鴨緑江の二大河の流域を中心に大きな影響力を有していたが、権限を確保する資金が足りなかった為に、利権によってそれらを補おうとした無理によって経営が傾き始めていたのだ。彼らはそれをひた隠していたが、プレーヴェの能力を前にして隠し通せるものではない。

プレーヴェ内務大臣は厳重に封のされた一つの書類を引き出しから取り出すと、 ミルスキー内務次官に差し出す。意味もわからず受け取ったミルスキー内務次官は訪ねると、常に冷淡なプレーヴェが珍しく人の悪い笑みを浮かべて言う。

「その書類はベゾブラーゾフがごねた時に使えばよい。
 彼だけで無く、大部分の強硬派を黙らせる証拠がまとめてある」

「なんと!」

「それは薬と同じだ。
 適量に使えば良好な結果になり、使いすぎれば母体を滅ぼす。

 だが、悲観することも無い。

 元々からニコライ2世陛下は戦争に乗り気ではなかった。
 停戦が必要な情勢になった際に、あえて停戦工作を妨害するなどは、
 政治的自殺行為に等しいだろうよ」

「…判りました」

「ともあれ……何を成すにしても戦争の如何、
 勝利に終わるか、引き分けに終わるか、その結果次第で決まるだろう」

プレーヴェ内務大臣の言う通り、三国間条約は制海権獲得を目的とした大規模軍事作戦の準備を急いでいたのだ。双方の陣営に於ける稼動状態にあった過半数の主力艦が参加する事になる日本海海戦の幕が静かに上がろうとしていた。
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【あとがき】
プレーヴェが行おうとしている国債返済方は、預貯金の価値を実質的に引き下げてしまい、封建領主層や資産家にしわ寄せが行きますが、預金などする余裕のない大多数の民衆には殆ど害は無く、雇用は増やしやすくするので失業率は下がるという恩恵付きだったりします。


【Q & A :金本位制って皆が金を持ち歩くの?】
金貨は重く持ち運びが不便などの理由により、大きな額については中央銀行が正貨(金)との交換を保証された貨幣を流通させています。また、数十枚で1枚の金貨に相当する通貨などもあったり、金以外の貨幣もあるのが現状です。

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年04月13日)
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