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帝国戦記 第二章 第20話 『影響』


恋愛と戦争では全ての行為が許される

ヘルマン・ゲーリング





1904年9月5日 月曜日

イギリス帝国首都、ロンドン・ウエストミンスター地区ダウニング街11番地にある第一大蔵卿官邸にて、アーサー・バルフォア第一大蔵卿、ジョゼフ・チェンバレン議員、海軍大将にしてジョン・アーバスノット・フィッシャー第一海軍卿の三人が第一大蔵卿執務室にて話し合っていた。

幾つもの中継所を介して受け取ったマクドナルド駐日公使からの 驚くべき内容の電報により、バルフォア第一大蔵卿とチェンバレン議員は当初の予定をキャンセルしてまで集まっていたのだ。

執務室にバルフォア第一大蔵卿の声が流れる。

「マクドナルド駐日公使から報告のあった、
 帝国重工の驚異的な双発機の存在と情報送信技術…躍進は留まる所を知らない。
 大型飛行船「銀河」だけでも相当な脅威といえるのに、双発機「紅葉」か…」

バルフォア第一大蔵卿の言葉にチェンバレン議員が続く。

「全くだ。
 南太平洋海戦に於ける艦隊捕捉は紅葉と銀河による哨戒行動が大きな要素を占めている。
 我々には出来ないことが日本では出来る……これは、由々しき問題だ」

帝国重工は欧米諸国にレーダーの有効性を知られないようにする為に広報事業部の放送を介して 銀河と紅葉による哨戒飛行によってドイツ東洋艦隊を捕捉していたと見せかけていたのだ。彼らの会話から帝国重工の工作は成功している事が伺える。

「そして、マクドナルド駐日公使によると
 帝国重工は自事業の製造分で精一杯らしく販売予定は無いという事だ」

「そうか……だが、生産力に余裕があっても、
 高野公爵がトップの間は軍事利用可能な製品を売るとは思えぬな…」

高野は軍事兵器で外貨を稼ぐ事を頑なに禁止していた。

その意向を受けた帝国重工は戦争利用に可能な製品すらも自主的に輸出規制を行っていたのだ。現に戦争勃発と共に大きな外貨獲得の主要品目であった石炭に代わる燃料として爆発的に売れていた圧縮固形燃料は輸出すら中立国が消費する分のみを除いて大きく制限している。

利益よりも倫理を優先する高野の姿勢は多くの人々から賞賛されていた。

「まぁ高野のお陰で我々が儲かっている。
 その点、彼には感謝するべきだろうよ」

圧縮固形燃料の供給減少によって飢餓状態になった欧米運送業の隙を突くようにイギリス帝国が誇る英国炭が進出を始めていた。一度でも効率のよい燃料を使ってしまえば、簡単には燃料効率の悪いものには戻れない。英国炭は圧縮固形燃料の代わりになるものではなかったが、他の石炭と比べれば高品質だったのだ。

しかも英国炭は中立国を介して三国間条約へすらも売られており、それらの利益によってイギリス帝国は大きく潤っていた。利益の大きさから英国経済界の中では、このまま戦争が続けばよいという者すら出始めている。

利益に目が眩んだ英国の各商会は知らず知らずに麻薬のような戦争経済に組み込まれていたのだ。それは、保証の無い消費と同じである。現にロシア帝国の戦時国債の対価として購入された英国炭も少なくない。

バルフォア第一大蔵卿は話題を変える。

「しかし……南太平洋海戦が終わって1日しか経っておらぬというのに
 ドイツ領ニューギニアの主要地区が陥落するとは日本軍…
 いや国防軍の動きは素早いことだな」

「左様、民兵軍の動きとは思えぬ程の鮮やかさだ」

チェンバレン議員が同意する。

話の内容は、まるで日本側の軍事作戦が一段落したような会話であったが、
彼らは国防軍の後に帝国軍が同じような上陸作戦を進めつつあることをまだ知らなかった。

「全ては帝国重工が生み出す艦艇が要因だと思われるが、
 フィッシャー卿から見てどの様に思われるか?」

バルフォア第一大蔵卿から尋ねられた海軍作戦に関する総指揮を握るフィッシャー大将は緊張しつつも答える。流石の海軍作戦に関する総指揮を握る第一海軍卿と言えども相手が英国を率いる宰相ともなれば雲がかすむ。緊張するのも当然と言えるであろう。

「閣下の仰る通りであります」

「そして、チェンバレンの言うように民間会社が鍛えた軍隊にも関わらず、ドイツ帝国の正規軍を圧倒した事実も驚きだ……相手が田舎海軍だとしても、これは我々の予測を大きく上回っている。しかも基幹となる部隊など無い状態から、たった数年で軍隊…しかも技術職の集まりである海軍を作れるものなのか!?」

「普通は不可能です。
 我々の知っている方法では根幹の部隊が無ければ
 第二線級の錬度にするだけで精一杯でしょう」

フィッシャー大将はバルフォア第一大蔵卿の言葉に心から同意した。

彼らは帝国重工の中核社員が元は未来の世界で高度な訓練を受けていた正規軍だとは知る由もない。ただただ、短い期間に精強な軍隊へと成長させた事実に驚いていた。もっとも事実を知れば更に大きく驚くに違いない。

バルフォア第一大蔵卿が尋ねる。

「効果的な訓練方法も興味深いが、
 人的資源に関しては我々が圧倒しており、それほど問題ではない。
 それよりも葛城級に対する有効な対処方法はあるのかね?」

「同性能戦艦の建造は現段階では不可能であります。
 しかし、佐世保湾海戦の例から数を持って攻めれば最終的な勝利は
 我が海軍にあるのは間違いありません……しかし…」

「大損害は避けられないか…」

バルフォア第一大蔵卿はフィッシャー大将が言わんとした事を苦々しく言う。

「確かに、葛城級が相手となれば、
 建造中のベレロフォン級戦艦であったとしても厳しいだろうな」

情報通のチェンバレン議員が助け舟を出すように口を挟んだ。

イギリス帝国は三国間条約に対して黙って帝国重工の技術を渡すつもりは無かったが、それでも新鋭艦の建造を前倒しに行ったりする等の最悪の事態に備えて動いていた。

フィッシャー大将は肯定するように頷きながら話し始める。

「はい……建造中である3隻のベレロフォン級戦艦はドレッドノートよりも強力ですが、
 それでも速度では葛城級と比べて大幅な開きがあり、
 同数では戦術的な工夫がなければ勝ち目はありません」

一呼吸を置いて、フィッシャー大将は言葉を続ける。

「出来ることなら葛城級で使われている
 機関部の技術を入手できれば次の建造にて参考にしたいものです」

葛城級の戦歴から推測される性能は世界最強最大の海軍戦力を有するイギリス帝国をもってしても、同数での戦いでは活路が見出せなかった。それは事実上の対抗不可能を意味するに等しい。なぜならば、イギリス帝国はその強大な海上戦力を広大な支配海域に分散せねばならず、日本帝国のように主力艦の大半を狭い海域に集中することが困難だったのだ。

また、戦争の結末次第では葛城級の技術が三国間条約に流れてしまう。そうなってしまえば、イギリス帝国が行っている海洋戦略は破綻するであろう。イギリス帝国は如何なる手段を用いても、大動脈を維持しなければならかった。

イギリス帝国が日本に対して国力に劣っていれば、
今頃は首脳部一同が恐慌状態になっていたであろう。

フィッシャー大将の声にチェンバレン議員は残念そうに口を開く。

「我々もそう考えていた。
 医療、航空、造船、通信……多方面に亘って優れた技術を、
 我々は如何なる手段を用いても帝国重工から入手する事は適わなかった」

外套と短剣という例えがある位にイギリス帝国の諜報能力は優れていたが、脳波イメージングスキャン、戦略偵察網、バイノーラル技術を応用したホス(Hemisync-Operating-System:ヘミシンクオペレーティングシステム)などの非認性ストレス兵器を搭載した無人無音偵察機によって重要地域を固めている帝国重工が相手では分が悪いであろう。

「諜報活動と言えば、オーストラリアがごねていたぞ?
 この戦争を機会に高野公爵領を直ちに保障占領せよと……」

日本勢力に対して嫌悪感を隠そうともしないオーストラリア連邦は公爵領に対してなりふり構わない諜報作戦を展開し、一方的な損害を被っていたのだ。宗主国に対する訴えはそれの恨みも大きい。

「馬鹿な!
 戦局の行方が決まってない、この現状で?」

「オーストラリアには困ったものだ」

「まったくだ」

チェンバレン議員は苦々しく同意した。

このように、オーストラリアが公爵領に対して敵意を持っているのには訳がある。

公爵領とオーストラリア連邦との間で漁業権を巡り対立姿勢を強めていたのだ。

漁業に関してはオーストラリア側の言い掛かりに等しかったが、白豪主義という人種差別思想に心酔しているオーストラリア人からすれば至極当然の反応であり、その差別思想の浸透ぶりは大きい。史実と同じように、この世界でも1903年9月24日に二代目のオーストラリア連邦の首相となったアルフレッド・ディーキンは、ことある毎に 「日本人は優秀であるがゆえに危険であり、排除されねばならない」と公的に言った程であった。もっとも、ディーキンにとって最も優秀な民族は自分たち白人と信じて疑わなかったが……

その白豪主義を信じる強さは尋常ではない。
むしろ、この世界では帝国重工の驚異的な成長率と一向に成功しない妨害工作も相まって、元の世界と比べてオーストラリア人の日本人に対する敵意が強まっていた。

史実でもチェンバレンが植民地相に就任していた時に、彼が対ロシア戦略上の理由から宗主国として日本人を優遇するように先代のオーストラリア首相であるバートン首相に命じて行わせていた対日政策すらも短い期間で撤回した位である。

それだけに留まらず、日英同盟を締結していたイギリス帝国との間で
対日政策を巡ってしばしば対立した程であった。

オーストラリアの日本に対する決意は並大抵のものではないと言えよう。

「まぁ……毒には毒なりの使い道がある。
 それに、オーストラリア海軍では嫌がらせが限界であろう。
 もうしばらくは彼らの好きなようにさせておく」

バルフォア第一大蔵卿は言い放つと、オーストラリアに関する話題は終わりと言わんばかりにバルフォア第一大蔵卿は話題を変える。

「時に…フィッシャー卿」

「はっ」

「我々が次世代を担う戦艦として用意している
 ベレロフォン級の状況はどうなっている?」

「遅くとも来年中にはベレロフォン、シュパーブ、テメレーアの3隻が
 そろって竣工するでしょう」

「ふむ……それならば、ロシア帝国には中立国を介して
 ある程度の旧式戦艦を売り払っても問題は無かろうよ。
 むしろ、価値が下落した旧式戦艦を売り払う良い機会として私は考えている」

「本当ですか!?」

「これは私だけでなく、財界からの申し出も大きいのだ。
 旧式戦艦を売却した代金で新鋭戦艦を建造すれば経済も活気が付くだろうと
 いう考えだな…まぁ今を逃せば鉄屑になってしまうから当然だろうよ」

フィッシャー大将は喜んだ。

彼は戦艦ドレッドノートを建造する際に、旧式艦を破棄することで新鋭艦に投入する人材を確保する方法で軍事費の高騰を抑えつつ戦力強化を図っていたのだ。旧式戦艦を売却処分によって更なる戦力強化が図れるなら、海軍を率いる者としてこれほどの喜びは無い。

先日の南太平洋海戦の結果、予想外の葛城級戦艦の出現により暴落の一途を見せていた旧式戦艦の価格が持ち直していた。もちろん、この価格上昇は三国間条約による戦艦購入を図る動きに同調しているだけに過ぎない。

「しかし、横浜港に集結していた8隻と南太平洋海戦で確認した4隻……
 帝国重工の事だ、後2.3隻は建造を行っているかもしれん」

「その意見には同感だな」

バルフォア第一大蔵卿の言葉にチェンバレン議員が心の底から同意する。
彼らに情報を伝えたマクドナルド駐日公使を始めとした日本国内に居た各国の要人達が見たのは、戦艦長門の代わりに2隻の葛城級が付け加えられた日本側の戦力を低く見せるように調整された南太平洋海戦の映像である。

そして、世界初の特殊合成映像であった。

しかも、このコンピューターグラフィックスを活用した映像は大鳳のメインフレームの一部を使用して造られた映像であり、製作者である真田中将の凝り性もあって事前の知識と専用の機材があっても偽物の映像だと見破る事すら難しいものになっている。

チェンバレンはテーブルの上にあるティーカップを手に取ると、その中に注がれている紅茶を少し口の中に流し込む。紅茶で喉を潤し終えると、ティーカップを受け皿の上に置いてから、組んでいた足を組みかえ終えると口を開く。

「まったくもって、日本側の戦力は戦前では予想すらしていない規模のようだ……
 それに科学技術の発展も脅威の一言に尽きる。
 今回の戦争で日本が勝利を収めれば抑えようもない国家に為るのではないか?

 その証拠に葛城級戦艦だけでなく、雪風級巡洋艦の建造速度も尋常ではない。
 いや、軍艦だけではない。施設の建設速度すらも並みの水準を大きく超えている」

チェンバレン議員が言った施設とは、幕張地区にて大々的に行われている帝国重工の国土開発事業部が推し進めている地上65階の窓ガラス(強化複層ポリマーガラス)と一体となった外壁であるガラスカーテンウォールの超高層ビルである。

また、帝国重工が管理運営している各大都市に建設された重工支社や公園内にある大型スクリーンの存在も無視することは出来なかった。

イギリス帝国としてアメリカ合衆国のように簡単に手が付けられなくなる前に対処しなければならなかったが、日本帝国と帝国重工は忌々しいほどに隙を見せない。それどころか、発展を見過ごさねばならない政治環境すら生じており、後手に出ることを甘んじなければならなかった。

バルフォア第一大蔵卿が目を細めて言う。

「三国間条約がなりふり構わず集めている戦艦戦力だが、
 日本艦隊と戦ってどうなると思う?」

「どちらが勝つにしろ残った艦隊は甚大な損害を受けているに違いないでしょう」

フィッシャー大将が断言した。
日本側は数に劣るとはいえ、12隻に上る葛城級戦艦の存在は大きい。

「ふむ……海戦結果の損害次第では三国間条約は長期化は避けられまい。
 だが、そうなればイギリスにとって好機と言えるな」

チェンバレン議員にはバルフォア第一大蔵卿が言わんとする事を理解するも、
湧きあがった疑問を口にする。

「貴様は保障占領ではなく介入を行うつもりなのか?
 ……だが、我々に立ち入る口実はないぞ?
 例え有ったとしても、戦地を増やすのは旧式戦艦の売却を議会に通すのとは訳が違う」

「もちろん、我々は誇りある調停者に過ぎんよ。
 殴り合うだけが脳ではない。
 だからこそだ……状況に応じての外交が重要になるのだ」

バルフォア第一大蔵卿がニヤリと獲物を狙う狩人のように口元を歪ませて笑った。
彼の言った内容は過去に外交官として経験を積み重ねていた彼らしい言葉であろう。
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【あとがき】
アジアのナチスと言えるオーストラリアの蠢動に加えて、
世界のジャイアンであるイギリス帝国の海軍艦艇の更新が始まりました(汗)


【オーストラリア海軍の状況って?】
オーストラリア・ビクトリア植民地政府海軍の頃から変わっていません。
主力艦は砲艦サーベラスだけ……
でも、黄色人種に対する態度は壮大に大きいです(涙)


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年02月20日)
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