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帝国戦記 第二章 第18話 『南太平洋海戦:前編』


賽は投げられた

ガイウス・ユリウス・カエサル





「なんとか間に合ったか……」

「まったくです。
 出港準備を進めていなければ危ないところでした」

ドイツ東洋艦隊を率いるフリードリヒ・フォン・インゲノール准将の
言葉に副官が心の底から同意する。

インゲノール准将は三国間条約における対日戦の最終決戦に備えて、旅順へと向かうために東洋艦隊の出港準備を進めていた事に深い満足を覚えると同時に、凶悪とも言える戦闘力を保有する葛城級戦艦との戦闘回避に安堵していた。

事前に準備を進めていなければ、例えラバウルから退避できたとしても、安全圏にある友軍拠点まで到達することが出来ない可能性が出てくる。引っ越しと同じように膨大な補給物資の移動や積み入れを行う補給作業は、どの様な軍艦であろうとも時間が掛るのだ。

補給物資不足で無理に出港し、
大海原のど真ん中にて立ち往生などしては世界に恥を晒すこととなろう。

各種観測装備が置かれている昼戦艦橋にいたインゲノール准将は副官に尋ねる。

「偽装船からの最終報告は?」

「2隻の葛城級戦艦を含む有力な艦隊とあります。
 最初の報告から変化はありません」

「誤報でなかったか………」

インゲノール准将はため息をついてから言葉を続ける。

「戦わずして逃げるのは悔しいが無駄な損失を避けるべく、可能な限りの速度で西ニューブリテンの沿岸を航行し、パプアニューギニア側へと迂回航路を取りつつ、青島へと向かう」

「了解しました」

欧米諸国では佐世保湾海戦の結果から、1隻の葛城級戦艦が有する能力は従来型戦艦に換算すれば4隻に匹敵すると見られていた。8対4では勝負にすらならず、インゲノール准将の判断は至極当然のものと言えよう。

インゲノール准将はこう考えている。

欧米諸国の艦艇と比べて日本艦の性能は優れていたが、それでも索敵方法が目視に限定されている以上、一度外洋に出てしまえば逃げ切れると判断していた。目視以外の探査方法としては帝国重工が1899年に5kmの探知距離を有する探査装置技術を開発し、特許を獲得していたが、それでも目視索敵の方が優れており一般化はしていない。

これは、史実に於いて1904年にドイツ帝国のクリスチャン・ヒュルスマイヤーによって獲得されていた技術である。

しかし、インゲノール准将だけではなく、欧米諸国と帝国重工の間では大きな認識の違いが生じていた。帝国重工が、そのような初期システムをあえて開発発表したのは、その開発が限界だった訳ではない。

使用ではなく特許を獲得する目的だったのだ。
そして、現段階に於いては目視索敵の方が優れていると信じ込ませる意味もあった。

国防軍が成層圏からの広域偵察に使用しているものは、NMP(次世代マルチパラメーター)レーダーであり、電波減退率や電波のズレを計測することによって空気中の湿度だけでなく、更には各種観測値と照らし合わせて所定位置の風速すら把握してしまう電波探知システムである。もちろん機密兵器に属し、SUAV網と同じく一般公開はされてはいない。

ドイツ東洋艦隊を率いるインゲノール准将だけでなく、欧米諸国の面々は成層圏からの戦略偵察によってアジアに展開している戦力が常時監視されていようとは想像すらしないであろう。

帝国重工科がその多くを秘匿し続けている科学技術力によって生じていた、決定的とも言える認識の違いによってドイツ東洋艦隊は大きな災厄に見舞われる事になる。必要な技術情報を隠匿し続けた帝国重工の勝利と言えよう。

余談ではあるが、帝国重工は1893年に電波を探知する特殊検波器を作り上げた物理学者である水野敏之丞を電波受信技術の確立に貢献したとして、翌年における帝国物理学賞の内定を定めていたのだ。


ドイツ東洋艦隊は針路変更によって敵艦隊から逃れたと安堵していたが、14時47分に急変する。その願望に近かった安堵は水平線に見え始めた敵艦の姿によって無残にも打ち砕かれる事となった。あえて表現するなら木端微塵であろう。

「3時方向、敵らしき上部構造物を確認
 距離26000、戦艦クラス1」

「敵らしき艦影だと!?」

インゲノール准将が所持するツアイス製双眼鏡はこの時代においては欧米諸国の中で最高峰に位置する性能を有していたが流石に距離が離れすぎており、艦種情報は見張員からの報告に頼るしかない。

「はい、この距離で上部構造物が確認出来るのは戦艦しかありません」

「ふむ…この付近に友軍の戦艦が航行している情報はない。
 十中八九、敵だろうな」

しばらくして次の報告は入ってくる。

「戦艦後方に防護巡洋艦クラス2、確認!」

「独航艦ではなく艦隊か…となれば、偶然とは思えぬ…
 やつらは一体、我々の艦隊をどの様にして捕捉したのだ!?」

インゲノール准将は思案する。

葛城級戦艦が1隻ならば、此方の戦艦4隻と装甲巡洋艦2隻で互角以上の勝負が出来るとインゲノール准将は思った。逃走を図っていたドイツ東洋艦隊が戦いを決断したのは、優速を誇る日本艦から逃げられない事実と戦力の優位という状況にある。有利なうちに戦果を拡大するのが戦術の常套手段と言えるであろう。

(葛城級戦艦を沈めるチャンスだな!)

双方の距離が縮まり、有る程度まで艦影が判別できるようになると状況が一変し、驚きは驚愕へと変化を遂げた。

「て、提督、あれは防護巡洋艦ではありません!
 2隻の葛城級戦艦です。
 更に中央の艦…お、大きさは葛城級の倍以上!」

距離測定器にて観測していた 見張員から悲鳴のような声が上がる。

葛城級を防護巡洋艦と見間違えたのは見張員の能力不足ではなく、この時代の望遠システムの限界を超えた観測距離と長門級戦艦の大きさに責任があった。

まさか4万トン級戦艦が向かってくるとは思わず、一番大きな船を従来型戦艦の基準で判断してしまったのだ。大型戦艦と見比べれば、巡洋艦にしては大型艦である葛城級も真っ当な巡洋艦に見えてしまうだろう。

「馬鹿なっ!」

インゲノール准将は包み隠さず驚きを口に出す。しかし完全には否定せずに、確かめる意味で昼戦艦橋の右側に寄ってツアイス製双眼鏡の倍率を10倍へと変更してから構えて見張員が言った方向を見る。

インゲノール准将は双眼鏡を覗いた事を後悔した。

排水量15084トン、全長201.06mの葛城級に比べて、排水量43500トン、全長272.5mを有する長門級戦艦の威容と力強さは余りにも大きすぎた。控えめに見ても葛城級より強そうだ。

(な、なんだ…あの巨大な戦艦はっ!!)

インゲノール准将は、あのような隠しようもない巨大戦艦を見過ごした偽装船と通報艦の無能を呪い、心の中で手短だが激しく罵倒した。日章旗が掲げられている以上、友軍の可能性はゼロであり、完璧な敵であった。不幸なことに巨大艦の両脇に控える有名な葛城級もその確証に役立っている。

もっとも、インゲノール准将にとって確証が得られても一つも嬉しくはない。
勝利の可能性から確実な敗北に移り変わった事を付きつけられただけである。

インゲノール准将だけでなく、
偽装船と通報艦も知らなかったが彼らは国防軍の策に嵌められていたのだ。

なぜなら、国防艦隊はレーダーで探知していた他国船舶に接近すると、2隻の巡洋艦「鞍馬」「伊吹」、護衛艦「秋月」「照月」「涼月」をあえて目立つように航行させ、主力艦である「長門」「飛鷹」「隼鷹」の3艦はひたすら目に触れないように航行させていたのだ。 その結果、決定的とも言える長門級戦艦を隠し通すことに成功している。

なんとか気を取り直したインゲノール准将は命令を下す。

「艦隊に伝達、全艦即時全速!
 隊列は気にするな、何としてでも引き離すんだ!
 通信参謀、付近の友軍に日本の新型艦…いや、あの悪魔の情報を伝えろ!
 概要でも構わん、急げ!」

帝国重工を除いて、この時代における最新無電技術を用いても南太平洋からドイツアジア方面軍の司令部がある青島まで直接のやり取りを行う事は出来ない。幾つかの無線中継局を経由しなければならなかった。付近の無線中継局に届くかは微妙だったが、艦隊付近にいる偽装船や通報艦だけでなく、中立国やオーストラリアの船舶が無電を受信する事を期待していた。

なにしろ、少し南にはオーストラリアという国家が存在する。

オーストラリアはイギリス帝国から独立したばかりであったが、1901年の移住制限法制定に始まって隠し様もない白豪主義と言われる白人最優先主義を掲げていた。具体的には非白人への排除政策を掲げ、先住民族アボリジニやメラネシア系先住民への迫害や隔離などを国を挙げて推し進めている。史実においても20世紀の後半まで続けられた悪行であった。

当然ながらオーストラリアは、太平洋にて力を伸ばしつつある日本帝国に対しても非白人国家という理由で嫌悪感を隠そうともしていない。そして、イギリス帝国の手前もあって目立たないよう水面下であったが、黄色人種と戦うドイツ帝国に対して情報提供を行う者も決して少数ではなかったのだ。

現に、オーストラリアに進出していたドイツ帝国資本の企業が中継役となって、オーストラリア国籍の漁船があつめた日本帝国における公爵領の情報がドイツ帝国へと渡されたケースも存在している。

インゲノール准将は現有戦力に限りがある以上、利用できるものは可能な限り、利用するつもりであったのだ。あの悪魔のような巨大戦艦の情報を伝えなければ、白人社会にとっての大きな脅威になるとインゲノール准将は大きな危機感を募らせており、情報伝達こそが最大の役目と思うようになっていた。

通信参謀が敵艦隊の概要情報を無電にて打ち終える頃、
悲鳴の様な続報が入ってくる。

「提督、敵艦隊を引き離せません!」

提督の能力は関係なかった。
日本艦とドイツ艦の性能に余りにも格差が有り過ぎたのだ。

「あれほどの巨艦なのに、何故にあれほどに速い!」

士官が絶句する。

国防艦隊の追跡速度は34ノットに達していた。

それに対して、カイザー・フリードリヒ三世級戦艦「カイザー・フリードリヒ三世」「カイザー・ヴィルヘルム二世 」の最大速度は17ノットであり、ブランデンブルク級戦艦の「ブランデンブルク」「クルフュルスト・フリードリヒ・ヴィルヘルム」は16ノットに過ぎない。

また、フュルスト・ビスマルク級装甲巡洋艦「フュルスト・ビスマルク」は18.7ノットで、ドイツ東洋艦隊において最速であったプリンツ・ハインリヒ級装甲巡洋艦「プリンツ・ハインリヒ」ですら 19.9ノットでしかなかったのだ。

4隻のヴィクトリア・ルイーゼ級防護巡洋艦も19ノットであり、優速を誇る国防艦隊から逃れる事など不可能であり、お互いの距離が確実に縮まっていく。

常に捕捉され、速度に劣るドイツ艦隊では、
逃げられる道理がなかった。

お互いの距離が接近する中、苦渋の表情を浮かべていたインゲノール准将は最悪の事態を避けるべく、一つの決断を下そうとしていた。









戦艦長門の戦闘指揮所(Combat Information Center:CIC)では ドイツ艦隊に対する攻撃準備が進められていた。

その流れには一切の遅滞は無い。

「ECM(電子戦)継続中!
 戦術情報システムとのデータリンク開始」

戦艦長門の艦長を務める、情熱的な赤毛を有する準高度AIの神埼レイナ大佐の声が響く。流石に電子戦の概念すらないこの時代でEP(電子防護) までは行わない。

ここまで徹底した通信妨害を行うのは、 日本側にとって都合の悪い情報を全て遮断して漏らさないようにする為である。全ては今少し、長門級戦艦の存在を隠すためであった。

SUAV網が各種探査システムで集めた情報がデータリンク によって長門へとリアルタイムにて伝えられ戦闘指揮所(CIC)の中央に正面にあるメインスクリーンに表示される。

"さゆり"の声が続く。

「主砲発射シーケンス開始、全システム同調開始……完了!
 FCS(射撃管制装置)オンライン」

データリンクによって艦隊の射撃管制装置が同調し、一瞬のうちに無駄なく攻撃目標を選定する。長門の全砲身が敵艦隊旗艦と思われるカイザー・フリードリヒ三世に対する射撃準備に移っていく。「鞍馬」「伊吹」も負けずと、それぞれが別の装甲巡洋艦を狙い、護衛艦「秋月」「照月」「涼月」の3隻は4隻のヴィクトリア・ルイーゼ級防護巡洋艦を攻撃目標に定める。

カイザー・フリードリヒ三世が旗艦と判断した理由は、SUAV網によって集めていた各艦艇間での通信内容によるものであった。これは無線コードと内容のみであったが、本来は多岐に及ぶ情報によって判断するシグネチャーと言われる方法である。

戦闘準備に入るまでの経緯の流れを見ていた上村は関心していた。

(無線妨害により情報を絶ち、電子装置によって瞬時に砲撃情報を得る…情報の優位を常に確保する戦いか…面白い! 正面火力の充実は大事だが、後方支援と情報優位はもっと大事というのを痛感させられる。うむ…帝国軍の将来もこうあるべきだな)

戦闘準備が進められていく。

「弾種、WE(Widearea-Control-High-Explosive:広域制圧用調整破片榴弾)、
 近接信管調定30メートル」

「砲戦準備完了、砲塔自動追尾開始!」

レイナと"さゆり"の声が交互に流れた。

WE弾とは、散弾を容器に詰めて打ち出す戦車の対歩兵近接戦闘用兵器として使用されているキャニスター弾と似通っていたが、詰められているのは唯の弾子ではない。

WE弾の弾頭部には深海底で採掘したマンガンをナノ構造体技術の応用によって行われた分子変換を介した 精製加工で作られている5400発に及ぶ、対軽装甲用特殊レニウム合金弾子が搭載されているのだ。

この弾子は着弾の衝撃と同時に、自己先鋭化現象(セルフ・シャーピング現象)を発生させ貫通力を増すと同時に、更には侵徹体金属の結晶構造が変形して穿孔過程で形成される侵徹体の先端温度が2800度に達する凶悪性を有していた。また、原子化・熱励起された物質が基底状態に戻る際に青白いイオン炎を発生させるのも特徴的であろう。

これは、電子励起爆薬のスピンオフによって生まれた技術であり、例え技術を有していても大量のマンガンが無ければ生産する事すら出来ない。実のところ、帝国重工による海底資源開発によってマンガン団塊を見つけていなければ、この時期に実戦投入は出来なかった兵器であった。

また、このような弾種が開発されていたのは、
国防軍が掲げる、敵指揮系統の破壊を優先する戦闘ドクトリンにある。

WE弾は重防御を施す事の出来ない各種センサーを5400発に及ぶ弾子によって確実に破壊、または損害を与える事が目的であった。数からして全てを回避するのは不可能であろう。 そして、弾子の貫通力をもってすれば駆逐艦程度の装甲防御ならば、突き破れる程の威力がある。

また、WE弾には対中国戦における人海戦術に対抗する意味もあった。
進んで戦うつもりはないが国家を守る軍隊は常に備えなければならない。
高野は常に歴史に学び、警戒を怠らなかった。

NMPレーダーによって得られたパラメーターを計算した電子演算装置が 砲塔の旋回角度と砲身の仰角を調整して行く。

上空20kmを飛行するSUAVが搭載しているパッシブIR(赤外線)センサーによって 捉えられたドイツ東洋艦隊の映像に、ロックオンを示すマークが記されていった。そのマークは一隻のドイツ艦をも逃しはしない。

映像は熱源反応を明確にするべく白と黒を基調としていた。
ただし、ターゲット情報に関しては別途の色が付けられている。

「全データ、入力完了(インホット)!
 有効射程(レンジ)まで後10秒、宜しいですか?」

「始めたまえ」

"さゆり"の声に高野が応じた。
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【あとがき】
宇宙開発や宇宙移民って謳ってるけど、実現するにはとんでもない科学力が必要になるなぁ…。ニコライ・カルダシェフの立てた定義でみると、帝国重工はまだI型文明にすら達してないし(汗)


【キャニスター弾って?】
戦車砲から打ちだされる対人制圧用のM102が有名ですね。
対人と謳っているけど、至近弾なら自動車だって貫通する弾子…

【WE弾はどれだけの種類があるの?】
現段階では戦艦砲のみです。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年01月26日)
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