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帝国戦記 第二章 第17話 『宣伝効果:後編』


8隻の4式大型飛行船「銀河」と24機の4式輸送機「紅葉」の飛行隊が幕張地区へと到達する。 リアルタイムの撮影に加えて横浜港からの飛行距離によって飛行隊の速度に偽りは無いと大々的に証明していた。

飛行隊が滑走路上空に到達すると、広報事業部の「銀河」を先頭にして
編隊を保ったまま旋回飛行を始める。

時刻は15時05分であった。

その大気の層が安定する時間帯と、気象班が飛行に適した日を選び抜いた努力を証明するかのように、陽気な天候と暖かい日差しが幕張一帯を照らしている。まさしく絶好の着陸日和と言えるであろう。

飛行隊の様子と会場の状態を計算して、
ツカサがイヤホンを通して話しかけ始めた。

「イリナ、準備は大丈夫かな?」

「準備完了〜」

「じゃ、予定通りにお願いします」

ツカサはそういうとマイクの回路を会場内に切り替えて、
それと同時にイリナは国内向けの放送に集中する。

「皆様、これから有人動力飛行機、略して飛行機による
 人類史上初めての実用垂直離着陸機による垂直着陸を行います、どうぞご覧下さい!」

ツカサがそう言うと上空の飛行船だけでなく、
双発機も飛行針路を変えて徐々に速度を落していく。

しかも、事もあろうに主翼の両端に付いているエンジンの角度が水平から垂直に 変わっていった。垂直離着陸を行うための推力を得るためである。

周囲から驚きの声が上がる。
当然であろう、大半の者が垂直離着陸機と言われて理解していなかった。
しかし、飛行隊の行動を見て嫌でも理解させられてしまう。

「馬鹿なっ! 不可能だ!!」

一人の白人男性が席から立ち上がって、否定の声を大きく上げる。
奇しくも、その反応は流星の初飛行時と同じ流れであった。

彼は広い機械工学の知識を買われて米国公使のアドバイザーとして付き添っていたのだ。 彼の声に呼応するかのように、会場に疑問の声やざわめきが広がっていく。

しかし、「紅葉」と言う名の双発機も飛行船と同じ程度に速度を落していくも失速はしない。更には降下に入っているのは1機だけでなく全機が同じような行動を取っており、それが試作機による偶然ではなく、紅葉が有する垂直着陸機能が高い実用段階である事を証明していた。10秒ほどして殆ど静止状態での緩やかな降下へと切り替わっている。もはや極短時間の垂直降下による着陸態勢ではないのが明らかであった。

「馬鹿な………」

先ほどと同じ人物が言うが、その言葉は不可能と言い放つ意味から、 信じられないような事実を認めた驚愕という意味に変わっていた。

彼は力なく席に座り込む。

自分の知識に相応の自信があったが3年前から日本に来て以来、その自信は大きく揺らいでいたのだ。医薬品、船舶技術、自動車技術、航空技術、無線送信技術だけでなく基礎理論すら出来上がっていない大型スクリーンにまで及ぶ先端技術によって、合衆国を大きく引き離し始めている日本帝国の現状に打ちのめされていた。日本帝国は、ほんの10年前までは帝国は名ばかりの後進国であったはずだけに、そのショックは余計に大きい。

英米の両公使にとっても紅葉の異様な能力は衝撃的な現実であったが、彼らは専門的な技術に精通していないだけ、彼と違ってその格差による絶望感がなかったのがマシと言えよう。

ただし慰めにはならない。

先ほど渡されたパンフレットには垂直離着陸とは一つも書かれてはおらず、あえて心理作戦を狙って「短距離離陸が可能」とのみ書かれていた事が彼らが受けた衝撃を高めていたのだ。予想していた心の準備を見事に裏切った結果と言える。

対象的なのが会場にいる日本人達であろう。

予想以上の高度技術を目のあたりにし、日本帝国の雄飛を思い浮かべて意気高揚の様を見せている。国内経済に大きな不安は無く、更には強大な軍事力と経済力を有する白人列強国を相手にして、日本帝国が一歩も引かずに戦っている現状が大きい。

そんな中で、1機の紅葉が会場の隣に見事な操縦にて教本に載せても良いぐらいの着陸態勢に入っていく。一つの迷いも無い操縦である。

「まさか、あそこに正確に着陸するのか!?」

誰かが言う。
良く見ると会場から滑走路に掛けて赤い絨毯が敷かれている。
この状況からすれば絨毯の端に着陸を行うとしか思えなかった。

会場に居た人々が固唾を飲んで見守る。

その予想は間違ってはおらず、紅葉は正確に絨毯が敷かれている端に着陸していった。残る紅葉と銀河の編隊もやや離れた場所に綺麗に着陸して行く。

この着陸劇は紅葉が有する優れた操作性能を示す証拠と共に、
広報事業部による演出を兼ねていた。

見事な着陸に一人が立ち上がって拍手をすると、それに続くように会場全体から万雷の拍手が鳴った。少しして機体中央の側面部にあるハッチが開き、その部分に内蔵されている折りたたみ型昇降タラップが地面へと伸びる。

「あちらをご覧下さい!」

ツカサは発言と同時に会場の隣に着陸した紅葉に向けて、その細く美しい手を向ける。 それと同時に、見事なタイミングで国防軍形式で使用されている、黒基調の04式飛行服に身を包んだ女性がタラップを降りていく。そしてタラップの途中にて、その優雅な歩みを止めると、頭に被っていたフライトヘルメットを取り外した。

ヘルメットという楔から開放された優雅な髪が腰まで流れる姿が露になる。
飛行場に吹く風によって、風の流れに乗る髪が魅惑的であった。 髪に劣らず、その女性の表情はとても魅力的な妖艶な美女であろう。

「私達、帝国重工広報事業部を束ねるリリシア・レイナード様です!」

ツカサの言葉に会場に響く前から、会場にいる人々の視線はリリシアに集中していた。カメラのフラッシュが次々と焚かれていく。彼女は広報事業部を取り仕切るだけでなく、事業部が日本帝国だけでなく欧米諸国でも販売しているグラビア雑誌でも大人気であった。

リリシアは美しいだけでなくハンセン病の治療薬を作り上げた才女にして、開放派の急先鋒としても有名である。その話題性と知名度は"さゆり"に勝るとも劣らないと言えるであろう。

視線を一手に集めながら、妖艶でありつつも優しさを感じる笑顔を浮かべつつ、リリシアは着陸地点から敷かれている赤い絨毯の上を歩いて会場内へと悠然と入っていく。そして、ツカサが使用していた演説台の傍まで歩いていった。

ツカサは一礼すると、演説台から少し離れる。
リリシアは小さな声でツカサに対して感謝の言葉を伝えると会場の正面を向く。

「皆様、今日は帝国重工の発表会に来て下さり、心から感謝します」

会場に向けて、そう言うとリリシアは一呼吸を置いてから演説台の傍で控えているツカサを見る。仕種の一つ一つが色っぽい。それに応じるようにツカサは笑顔で頷いた。

二人は無線通信のやり取りで全てを把握していたが、演出の意味合いでこのような仕草をしているのだ。それに、人目がある場所では可能な限り、人間らしい情報伝達方法で行うのが彼女達の流儀であった。 それ程に彼女達、準高度AIが人間に憧れている証拠と言える。

趣向はどうであれ、タイプの異なる美女同士の以心伝心は絵になるシーンと言えよう。
記者たちが構えるカメラのフラッシュの閃光の度合いが増していく。

そんな中、リリシアの言葉が続く。

「銀河に関する詳細な説明はツカサから既に行われており、またパンフレットにも載っているので省かせてもらいます。で……今日は数々の可能性を秘めた紅葉について説明しますわ」

そう言うとリリシアは演説台にあるコンソールを操作して、
会場にある大型スクリーンの表示を変更し、説明を行い始める。

その内容は予想以上のものであった。

紅葉を用いて行う急患空輸や山岳及び海上における遭難者の捜索救助活動を行う救難飛行隊の構想、飛行船と共に山火事などに対応するという、世界でも類を見ない計画の内容に会場に居た人々を驚かせて行く。

十数分に及ぶ各種構想の説明を丁度終えるとツカサは、
リリシアに近寄って彼女に耳打ちした。

対外的にはリリシアの説明中にてツカサがインカムにて連絡を受け取っていた事になるが、これも事前に決められていた計画内容である。

リリシアが頷くと、ツカサが離れていく。
改めて会場に向きなおすと、リリシアが話し始める。

「皆さまに、一つ、お知らせがあります。これは帝国重工ではなく、帝国政府からの臨時ニュースとなります。 詳細はこちらの大型スクリーンをご覧ください」

リリシアがそう言うと、 紅葉に関する内容が映し出されていたスクリーンの表示が丁度良いタイミングにて切り替わった。画面に映るのは二条カオリであり、イリナが国内向け放送の中継放送を行っている間に、今回の臨時ニュースの準備を終えていたのだ。

最高意思決定機関と帝国重工によって幾多にも組上げられた、
本日最後の仕掛けが発動しようとしていた。









時は帝国重工によって宣伝工作が行われる1時間ほど前に遡る。

第二遠征打撃群の艦隊旗艦である戦艦「長門」を中心に、合計9隻からなる国防軍の艦艇がビスマルク諸島に所属するニューアイルランド島とニューブリテン島の間にあるビスマーク海を22ノットで航行していた。

長門の周辺は護衛艦「秋月」「照月」「涼月」が周囲を固め、その3km後方には、強襲揚陸艦の「飛鷹」「隼鷹」と大型輸送艦「荒埼」が続く。その両脇に巡洋艦「鞍馬」「伊吹」が強襲揚陸艦と大型輸送艦を守るように並走する。

この第二遠征打撃群が目指すのは、ドイツ東洋艦隊の撃滅とトラック諸島から約1500kmほど離れた海に浮かぶ、ニューブリテン島のガゼル半島東側にある良港シンプソン湾を臨むドイツ帝国領ラバウル一帯の占領であった。

日本帝国の首都である帝都東京から直線距離にして約5000kmも離れており、赤道を南に4度ほど越えて東経132度に位置して時差は1時間早い。ラバウルを占領した暁には、そこを起点に南太平洋に点在するドイツ帝国とフランス共和国の植民地を占領し、 公爵領の周辺地域の安全を確保することで、日本本土に主要戦力を集中できるように戦略環境を整えるのが目的である。

戦略無き戦闘は唯の暴力に過ぎない。

戦艦長門の戦闘指揮所(Combat Information Center:CIC)に居た高野は言う。

「樺太島とニューブリテン島を短期間のうちに連続して占領すれば、ロシア帝国とドイツ帝国の間で意見が割れるでしょう。そして、それにはドイツ東洋艦隊の撃滅が欠かせません」

「ドイツ東洋艦隊を撃滅すればドイツ側は自力での奪還手段が無くなりますからね」

高野の言葉に"さゆり"が応じる。

一度、南太平洋の植民地を奪ってしまえば、その奪還は容易ではない。
かつて、原始的な武器を持って立ちふさがった原住民とは違って、先進的な兵器で武装した国防軍の兵士が立ちふさがる。容易な手段では対応する事は出来ないであろう。

また、欧州方面から直接、南太平洋に侵攻船団を向かわせる事など短期間では出来やしない。長距離航海は居住性の良い客船であっても大きな負担である。まして、この時代の船舶性能はそれほど良いものではなく、その上で急いで奪還作戦を決行すれば 、上陸兵の士気は敵に到達する前に崩壊するだろう。

例え上陸部隊をシベリア鉄道で運び、旅順方面から進出しようにも距離の問題から相当数の補給艦が必要になる。 その様な状況に加えて帝国艦隊と国防艦隊の妨害を受けつつ上陸戦を行うのは危険を通り越して無理であった。 更には太平洋は国防軍によって常時監視されているのだ。

立案し、実行する者がロシア軍に居たとするなら、
戦後に日本帝国から戦勝に対する貢献を称えて勲章が貰えるであろう。 もちろん、これは皮肉な表現であった。

高野の言葉に上村がニヤリと笑い、応じる。
彼は将来に備えて実戦で使われる電子戦を見学するために、この長門に乗り込んでいたのだ。

「そのような状況で、ドイツ側はニューブリテン島の奪還を主張して、ロシア側が樺太奪還を主張する…面白いように奪還目標が揺れるでしょうな。それを思うと楽しみでなりませんぞ…」

国防軍のラバウル一帯に対する上陸作戦の翌日に帝国軍がサハリン(樺太)上陸作戦を開始する手筈になっていた。 このように連続して三国間条約が有する拠点を畳み掛ける事によって、敵側の戦力展開地域を局限化するのが目的である。

上村は帝国軍中将という立場であり、万が一、彼は作戦途中に旅順にてロシア艦隊が動き出せばリミッターが掛けられていない本来の性能が出せる4式輸送機「紅葉」によって帰還する手筈になっている。佐世保湾海戦における戦訓によって、SUAV(成層圏無人飛行船)が増産された結果、旅順上空20kmには常にSUAV(成層圏無人飛行船)が飛行しており、敵側に出撃の兆候があれば直ぐにでも判るようになっていた。

また、広州港を母港にして活動するフランス東洋艦隊も無人偵察機によって監視されており、万が一の際には陸奥と護衛艦4隻からなる第一任務艦隊が対応する念の入れようである。

このように帝国重工は金融、情報、技術に関して他勢力の優位に立てるように、
可能な限りの手段を講じていたのだ。

高野の傍にいた"さゆり"が言う。

「はい、条約軍に対しては奪回目標の違いによって歩調の乱れを誘発させます。 ドイツもフランスも必要以上の艦艇をアジアに投入すれば本国が手薄になり、イギリスが何らかのリアクションを取った際に対応できなくなります。必然的に既にアジアに展開している、もしくは現在向かわせている艦隊のみで対応しなければなりません。ドイツ領の失陥で乱れずとも、フランス領も奪えば確実に足並みが乱れるでしょう」

"さゆり"の言葉に高野は頷く。
その呼吸の合い様は、二人の信頼関係の深さが感じられる。

「時間が稼げたとしても…おそらく稼げる時間は足並みが乱れてから4週間が限界でしょう…しかし、それで次の作戦を行うまでの十分な時間が稼げます」

「敵の攻勢方向を限定する事が出来れば、この戦争は負ける事は無いだろう」

高野の言葉に上村が頷きながら言った。
日本帝国は戦争に勝つ必要は無く、負けずに国際地位を高めれば十分であったのだ。

しばらくして報告が入る。

「ドイツ東洋艦隊を映像にて捕捉、南緯5度46分、本艦隊との直線距離84.3km」

「映像をメインモニターに回せ」

高野の声に戦闘指揮所(CIC)のオペレーターが素早く応じる。
"さゆり"の声が続く。

「戦艦4、装巡2、巡洋4……
 長期にわたって国防艦隊を拘束した戦果は大きかったですが、
 その代償も大きくなりそうですね」

フリードリヒ・フォン・インゲノール准将が率いるドイツ東洋艦隊はラバウル近海で行動していた通報艦や偽装船からの報告によって国防艦隊の接近を察知していた。国防軍は通報艦はともかく、言いがかりを避けるために漁船を偽った偽装船までは撃沈せず、また宣伝効果を狙ってそのまま放置していたのだ。

国防軍の狙いは的中していた。

ドイツ東洋艦隊は、日本帝国海軍が被った佐世保湾海戦時のように港に停泊している状態での撃破を避けるべく急遽出撃し、退避の為にドイツ帝国が中国北部の山東半島南海岸に租借地として支配してる膠州湾の青島に向かうべく針路を向けていたのだ。

国防軍は偽装船は見逃しても東洋艦隊は見逃すつもりは無い。
東洋艦隊を洋上撃破にて得られる宣伝効果と、本作戦の目標達成のために完全撃破を目論んでいた。

「艦隊、新針路4-8-2、最大戦速!」

高野の命令が艦隊に伝達される。
南太平洋にて反撃の狼煙が上がろうとしていた。
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【あとがき】
早く戦後になって、修学旅行をさせてあげたい…

日本に於ける修学旅行の歴史を調べてみると結構古かったりします。江戸時代における伊勢参宮に始まり、近年では1875年(明治8年)に永清館の学生40名が寺山観音に初詣に出かけていた記録すらあります。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年01月20日)
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