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帝国戦記 第二章 第16話 『宣伝効果:中編』


浦賀水道の神奈川県よりに沿って、上空500メートルを飛行する、 8隻の4式大型飛行船「銀河」と24機の4式輸送機「紅葉」の飛行隊があった。

その飛行隊の斜め上100メートルの上空にて広報事業部の飛行船がやや先方している。

飛行隊の中では、一際大きな銀河の船体が際立っており、その青空の中で漆黒のボディが相まって、より一層に目立っていた。銀河の存在は、ただ目立つだけでなく通常の航空機には感じられない猛々しい迫力すら感じられる。

この光景は広報事業部を通して日本各地に放送されていただけでなく、幕張にある帝国重工の飛行場に隣接していた仮設舞台場に招かれていた客人にも、設置された大型スクリーンを介して公開されていた。

この仮設舞台場の設置場所は、
初の有人動力飛行機の発表が行われた時と同じ場所である。

客人の少なくない人物が海外に於ける要人であり、その中にはクロード・マクドナルド英国駐日公使という大物が含まれている。彼らは帝国重工に於ける新製品を用いた新事業の発表会という名目で各新聞社の記者と共に招待されていたのだ。

帝国重工が生み出す製品は欧米諸国の誰しもが認める超優良商品であり、莫大な富を生み出す存在として見られていた。医療品や化粧品などの生活に欠かせないものも多い。これらの事から、新製品を用いた新事業ともなれば大きな話題性があると言っても過言では無かった。そして、帝国重工の商品を間接的に売ることで莫大な利益を上げていたイギリス帝国の現状を考えれば、マクドナルドが招待に応じるのも当然と言えるであろう。

マクドナルドは、やや保守的な思想であったが誠実な人柄で、1900年の義和団の乱では各国の公使館が包囲された際には、日本公使館の駐在武官であった柴中佐らと協力して、主力として扱い各国の駐在者による篭城戦の指揮をとった経歴の持ち主である。

そして、仮設舞台場には広報事業部に所属する開放派に連なる60人に上る美女・美少女の擬体たちが居た。彼女達はみな、男性を魅了するような魅力的な笑顔を浮かべており、白を基調として清楚な感じがしつつもボディラインをやや強調するような水着を着用している。

開放派らしく前回の試験飛行機流星の飛行時と比べて
水着のセクシー度が少しだけ増していた。

記者たちがコンパニオンを被写体にしてカメラにて写真を撮っていく。
広報事業部からの許可は得ていた彼らは、今回の機会を逃す訳がなかった。

コンパニオンから飲み物を受け取ったマクドナルドは
大型スクリーンに映し出された光景に驚く。

「飛行船だけでなく…複数の双発機……だと!?」

「帝国重工は有人動力飛行機の量産化に成功したのか!」

驚いたのは彼だけではない、同じように招待されている リロイド・グリスカム米国駐日公使も同様であった。 同席していた榎本内務大臣は事前に知らされていたので表面上は冷静であったが、内心では驚き通しである。

彼らの驚きは世界に於ける一般常識を知っていただけに大きい。

欧米諸国では有人動力飛行機の量産機どころか未だに試作機すらまともな物を作れず、また、エンジン出力不足から帝国重工のような金属製の機体を諦めて木製骨組と帆布張り構造で作り直している最中だったのだ。幸いな事に飛行すら出来なかった事が不幸な墜落事故を未然に防いでいたが、まともに飛べない事には変わらず何ら慰めにもならない。

そもそも、試作機と量産機では存在意義が違うのだ。

海外の要人たちは帝国重工の新製品の存在に焦燥を感じつつ、
大型スクリーンを凝視していた。

そんな中、スクリーンに日本国防軍第1種礼装を身に纏ったイリナが映し出され、
彼女の可愛らしい声が流れてくる。

「先ほど、4式大型飛行船「銀河」と4式輸送機「紅葉」からなる飛行隊は
 横浜港の上空を通過しました」

「イリナ、現在の速度はどのくらいですか?」

仮設舞台場の場を取り仕切るイヤホン型内蔵マイクを付けた、 広報事業部の伊集院ツカサが会場の演説台に立って飛行船にいるイリナに質問する。

もちろん彼女は詳細な性能を知っていたが、
これは演出の一環としての質問であった。

「現在の速度は250km/hです。
 高度速度ともに安定してますよ〜」

イリナの声が彼らの驚きに拍車を掛ける。

「ほぉー、早いのう……」

榎本内務大臣は呑気に言う。

帝国重工の製品は国益に直結するだけに、
榎本には、まだ精神的な余裕があったのだ。

それに対してグリスカム米国駐日公使の対応は正反対である。

米国政府の意向を有る程度は知っているだけに、今回の帝国重工が発表している製品がもたらす軍事的意味が嫌でも理解しており、精神的な余裕などは消え去っていた。

(時速250kmだとぉ、馬鹿な!?)

グリスカムが心の中で叫ぶ。
それは飛行船とは思えない空前絶後の速度だからだ。

(まて、わ、我々は何処の映像を見ているのだ!?)

彼は本当に恐ろしい技術は双発機や大型飛行船でも無く、帝国重工が保有する情報技術の高さである事に気が付いてしまった。微かに震えつつ、顔面が蒼白になっていく。

日本帝国軍に列強軍が全く追従できない航空偵察兵力の実戦投入はロシア帝国側を暗に支援しているアメリカ合衆国にとって凶報にしか聞こえない。しかも、大型スクリーンに映し出される映像からして、帝国重工は映像情報を有線ではなく無線通信にて鮮明なまま送受信が行える事実を証明していた。凶悪な性能を有する葛城級戦艦に加えて、月単位の飛行が可能な飛行船によって砲撃の届かない高度から永続的な戦場監視が行われれば、不利な状況になる事は避けられないだろう。

グリスカムの焦燥感が増して行く。

実のところ、広報事業部の発表の全ては海外要人達の心理効果が得られるように細心の注意とタイミングが計られており、グリスカムの感じる焦燥感は当然の結果であろう。また、マクドナルドやグリスカムの瞳孔拡張、心拍数、発汗状態、体温などの情報は施設内に設置されているセンサー類によって計測されており、それらの情報をリアルタイムで分析する事で計画の精度を高めてすらいる。

更にはこれ等の情報は計画遂行における情報伝達のロスが無いように計画に参加する擬体娘たちによるデータリンクによって共有化すら行われている死角の無い万全の体制になっていた。

このために国内広報用と仮設舞台場用の放送内容は 海外要人たちに対する宣伝戦略を行うために生放送にも関わらず微妙に違っていたが、イリナが仮設舞台場用のアナウンスを行っている時には、カオリが国内広報用のアナウンスを行う様なカバーを行う方法で、臨機応変にも関わらず違和感の無い放送を実現している。

この発表会が終わった後、グリスカムはアメリカ本国に対して日本に対する好意的中立を取るように強く進言する事になるのだ。もちろん、イギリス帝国公使であるマクドナルドも同様の行動を取ることになる。

これは、ネットワークによる連携の勝利と言えよう。

ツカサがイリナに語りかける。

「イリナ、此方には何時頃に到着しますか?」

「今、橘樹郡川崎町にある鶴見川の上空に差し掛かりました!
 現在の速度を維持すれば…後23分程で幕張地区に到着します」

橘樹郡川崎町とは史実に於いては1924年7月1日に合体市制によって大師町と御幸村が加わって発足する事になる川崎市の中心になる町であった。

軽快な音楽を奏でるような美しい声でツカサが応じる。

「楽しみにまってますね」

「は〜い。
 到着するまでに水着に着替えておくね」

そのツカサの言葉に対して
元気で開放的なイリナらしい返事で元気よく答えた。

「それも楽しみにしてるから」

ツカサの言葉で締め括られると、 記者たちから喜びの声が上がる。

広報事業部の花形スターの一人として認知度が高いイリナの写真は人気が高く、 載せるだけで販売部数が伸びるのだ。これは広報事業部からの各新聞社に対するサービスである。

ツカサの説明と同時に、大型スクリーンには飛行隊と一緒に東京府の各地点が鮮明に映し出されていく。 画面に映し出される大雑把な地形から、飛行隊の航路は横浜港から人口密集地帯を通って幕張地区へ向かうのが伺える。一直線に幕張に向かうのではなく、やや半円形という迂回航路を取るのは出来る限り各国の公使館の付近を通過する為であった。 その理由は多くの目撃者を作り出して、国威高揚に加えて速度性能に対する信憑性を高める目的がある。

また、最終目的地を幕張地区の仮設舞台場にするのは、
最後の仕掛けに関係があったと言えよう。

計画を次の段階に進めるべくツカサが合図すると、各コンパニオンが一斉に動き出して笑顔と共にパンフレットを来客者たちに丁寧に配っていく。

仮設舞台場に配置に付いているコンパニオンの立ち位置も計算されており、事前の諜報活動によって調べ上げていた各要人の好みに合うように配慮されていた。好みのタイプのコンパニオンから手渡されるパンフレットは格別であろう。

すべての人々にパンフレットが行き渡ったのを確認するとツカサが口を開く。

「この銀河は国内における航空輸送と旅客航空会社用を目的として作られました。また紅葉は国内における連絡機や観測機として運用される予定となっております。両機の詳細な情報に関しては、皆さまにお配りしたパンフレットをご覧ください」

彼らが受け取ったパンフレットには総天然色の写真とイラストを交えた
配布用のデータが記されていた。

パンフレットを熱心に読む者もいれば、コンパニオンの姿を追う者もいる。

マクドナルド英国駐日公使は前者でパンフレットを開いていた。
その内容を真剣に見る。

日本語と英語で書かれたパンフレットの内容を見たマクドナルド英国駐日公使は思わず唸った。パンフレットの中に書かれている機体性能だけではなく、そのパンフレット自体も見事な出来具合で、帝国重工の技術力の高さを感じさせられたからだ。

マクドナルド英国駐日公使は思う。

(人類初の有人動力飛行機である流星が叩き出した時速250kmという、我々には作り出せない高速性能を有する双発機の量産化にも驚いたが、本当に危惧するべきは帝国重工の無電技術と銀河に違いない…)

マクドナルドはグリスカムと同じように帝国重工が有する情報伝達能力の高さに気が付いていた。そして銀河が有する更なる可能性すらも…

帝国重工側の発表が事実とするならば、傍らを飛んでいる飛行船は欧米諸国が試験的に建造した飛行船の最高速度を優に2.5倍は凌駕している事になる。 しかも浮力は寸法の3乗である体積に比例し、構造重量は寸法の3乗以下に留める事が可能であり、銀河の搭載量は軽く見積もっても50トンは下らないであろう。

(銀河に関しては多少は大げさな発表をしていると思われるが、それでも8割程度の性能は有するとするなら…これは由々しき出来事に違いない)

日本帝国と三国間条約の戦争は、帝国重工が生み出したこれらの機体が本格的に参戦すれば予想もつかない結果になるかもしれないとマクドナルドは危惧し始めていた。偵察や輸送などでこれらの機体は縦横無尽の活躍をするであろうと推測していたのだ。欧米諸国に存在しない有利性も大きい。

しかし、彼の考えは正解であり不正解でもあった。

帝国軍や国防軍はマクドナルドの推測通り銀河を戦略偵察や戦略輸送で活躍させ、紅葉を戦術輸送や偵察機として使用するつもりであったが、帝国重工が発表した「流星」「銀河」「紅葉」の性能が大幅に抑えられた性能である事を知る由もなかったのだ。
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【あとがき】
フランス特命全権公使アーンジュ・ジョルジュ・マクシミリアン・ウートレイとかを出そうかなぁと思ったけど辞めましたw 流石に敵国の人間を招待すると非国民という意見が出そうだし……ただ、三国間条約の人々は国外退去は命じられていませんが、流石に行動に対しては制限が付けられています。

ともあれ戦闘は、もう少しお待ち下さい(汗)

ちょっと脱線しますが、下のイラストはイリナが広報事業部で載せた写真の1枚です(笑)
少々過激ですが、この世界では1900年5月24日に制定されるはずだった混浴禁止令などが行われておらず 、大衆浴場にて異性の裸とそれなりに接する機会がある為に、このような写真掲載が可能となっていますw

また、広報事業部によるメディアを活用した心理誘導もあります。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2010年01月14日)
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