帝国戦記 第二章 第15話 『宣伝効果:前編』
寛大と高邁さによりて己れ自身の力を支えることこそ、
勝利をうる新しきやり方ならん。
ガイウス・ユリウス・カエサル
1904年 8月26日 金曜日
ロシア帝国はイギリス帝国に対して従来型戦艦9隻の購入を打診するも、
価値の下落が進む旧式戦艦を売却する機会であったがイギリス帝国は即答を避けた。
1904年 8月28日 日曜日
帝国重工は試験飛行船として4式大型飛行船「銀河」の旅客輸送型を公開する。
公開したスペックは大幅に下方修正されたものであったが、その優れた輸送力は各国が十分に驚愕するものであった。
1904年 8月30日 火曜日
イギリス帝国の新聞各社にロシア側が巨額の費用によって
戦艦購入を希望していることが新聞各社に流れ、イギリス議会において大きく取り扱われるようになる。イギリス世論も売れるうちに旧式戦艦を売るべきだという意見が占めつつあった。
1904年 9月1日 木曜日
日本帝国はドイツ帝国とフランス共和国からの最後通告の回答期限に際し、その国際常識を疑うような内容に対して日本帝国は完全否定の姿勢を表明する。
1904年 9月2日 金曜日
最後通告の否定に伴い三国間条約に基づいて
ドイツ帝国とフランス共和国は日本帝国に宣戦布告する。
1904年9月4日 日曜日
日本帝国を取り巻く環境はドイツとフランスの参戦に伴い、
予断を許さない状況になっていた。
その背景には、アメリカ合衆国からロシア帝国に対して3000万ルーブルにて売却され、旅順要塞にて引き渡すべく7月14日にハワイを出港した戦艦6隻が護衛艦隊と共に旅順要塞に9月3日に到着していた事も大きい。これによってロシア側の海軍戦力は開戦当初を上回る規模に膨れ上がったのだ。
アメリカからの売却戦艦の中には戦力価値が低い旧式艦のテキサスが含まれていた。しかも外洋航行を安定して行うべく、戦艦テキサスの一部兵装は撤去されており、その結果から安定性は増したが旧式装甲巡洋艦より劣る戦力になっていた。
しかし、アメリカは顧客であるロシア帝国の購買意欲を削がない様に、売却艦艇の中にはアメリカ最新鋭戦艦であるコネチカット級戦艦「コネチカット」と「ルイジアナ」が含まれており総合戦力が落ちないようにバランスが取られている。
即日、これらの戦艦はロシア籍となりアメリカ海軍として艦を動かしてきた乗員は事前の打ち合わせ通りに、義勇兵として留まる事となったのだ。
艦名は佐世保湾海戦での戦没艦から選ばれ、
「レトウィザン」(旧コネチカット)、
「ツェサレーヴィチ」(旧ルイジアナ)、
「アルハンゲリスク」(旧アイオワ)、
「サンクトペテルブルク」(旧インディアナ)、
「ポペータ」(旧メイン)、
「ペレスウェート」(旧テキサス)、
と命名される。
更には、9月下旬にはロシアとフランスの合同艦隊である戦艦7隻、装巡3隻、防巡16隻、駆逐4隻、その他10隻が到達する手筈になっていた。
また、12月にはイタリア王国とオーストリア帝国による、対独支援として戦艦5隻、装巡3隻、防巡8隻、その他4隻、輸送船5隻が来援する予定である。
日本帝国が各個撃破を狙おうにも旅順軍港に到着するまで中立国の旗を掲げており手出しは出来ない様になっていた。
合流を果たした際には、近代史最強の無敵艦隊(アルマダ)になるであろうと諸外国は見ており、
圧倒的な戦力差から来年には日本帝国の降伏が確実視と見られている。このように、三国間条約による日本帝国に対する攻勢の準備が整いつつあった。
しかし、このように対日戦に於ける戦力移動と攻勢準備が進む中で諸外国の予想を揺るがすような出来事が日本帝国にて起ころうとしていたのだ。
昼食を終えて人々がひと段落しそうな日曜の昼、14時30分にて帝国重工支社のビルの壁面に設置されているLOEL製大型スクリーンによって行われる広報事業部による臨時ニュースが唐突に始まった。この放送は日本各地にある支社ビルと帝国重工系列の大型公園に設置されているLOEL製大型スクリーンにも流れる仕組みになっている。
「皆様、帝国重工広報事業部の二条カオリが臨時ニュースをお伝えします」
普段のコマーシャルではなく、臨時ニュースの知らせに
スクリーンの近くを通っていた多くの人々が立ち止まった。
テレビのみならず娯楽の少ない明治時代では、イリナ・ダインコート、伊集院ツカサ、二条カオリの三人を筆頭に広報事業部の開放派に連なるメンバーが交代にアナウンサーなどを務める各種放送は大人気だったのだ。更には大きな公園にある多くの売店は広報事業部が運営しており、そこには需要に応じて開放派の写真すら売られてすらいる。
「現在、横浜港には佐世保湾海戦にて活躍した葛城級巡洋艦が集結しています」
カオリの凛々しい声に見事にマッチした
長髪で艶やかな彼女の容姿からニュース内容が丁寧に伝えられていく。
センス豊かなカオリは着こなしも巧みで、
帝国重工の制服としても使われている日本国防軍第1種礼装を
とてもお洒落に着こなしていた。
「日本帝国の周辺海域を守る8隻に上る主力艦の勇士をご覧下さい!」
カオリが言うと映像が現場のカメラへと切り替わりカオリは音声のみとなる。しかも今回のニュース中継には初の空中撮影として広報事業部が運営する4式大型飛行船「銀河」からの撮影が行われており、その迫力は今までの放送と比べて桁違いであった。
広報事業部はインパクトを高めるために空中からのニュース撮影は、
今まで行わずこの時の為に温存しておいたのだ。
スクリーンに映し出される映像には、8隻の葛城級が停泊する横浜港が映し出されている。
港の先には青々とした海面が広がる浦賀水道が広がっていていた。太陽の光を浴びて反射して輝く海面は、まるで艦隊を祝福するような雰囲気すら感じられた。本当ならば帝都である東京府に面した港で行いたかったが、まだ隅田川口改良工事と築港の工事が途中であり、500トン級未満の船舶しか停泊が出来なかったので横浜港で行われたのだ。
タイミングを見計らってカオリが言葉を続ける。
「眼下に広がる横浜港にて停泊するのがそうです。左から帝国軍に所属する葛城級巡洋艦で、「葛城」「浅間」「春日」「日進」 になり、続いてその先からは国防軍に所属する「蔵王」「乗鞍」「筑波」「生駒」となります、皆さん見えますでしょうか?」
カオリの声に応じてカメラのレンズが作動して、
それぞれの葛城級を鮮明に映し出していく。
スクリーンに映し出された各艦は丁寧にも、艦名が書かれたテロップが書かれていた。
第一遠征打撃群に所属していた「筑波」「生駒」はトラック諸島を出港すると最大戦速で幕張湾に向かう事で今回の撮影に間に合わせていたのだ。これは、葛城級の誇る俊足によって出来た芸当と言える。
そして見世物は巡洋艦だけではない。
16隻の護衛艦が俊敏な鯱のように、4つのグループに分かれて見事な艦隊運動を行い葛城級を
受閲艦艇に見立てて、その付近を交互にすれ違うように航行していった。
観艦式のスタイルを取っており、
これも素人が見ても強そうに見えるように計算された演出である。
護衛艦を率いるのは佐世保湾海戦で奮戦し、旗艦を失いながらも奇跡の生還を果たした東郷平八郎であった。命令無視の結果とはいえ、佐世保湾で暮らす市民を守るための逸脱行為と軍事裁判で認められ、情状酌量の結果から年給減額と5年間の減俸という罰で済んでいたのだ。
これには、情状酌量に加えてハワイ王国で起こったクーデターの際に
東郷が行った国際法を考慮しつつも気骨ある態度も取ったことが大きく評価されている。
ハワイ王国はアメリカ系白人が運営する財閥によって蝕まれており、
それを打開しようとしたリリウオカラニ女王であったが、
それに対抗するかのように、サンフォード・ドールを首謀者とする白人達は1893年1月16日、白人市民たちからなる民兵部隊ホノルル・ライフル連隊を率いてクーデターを起こし、リリウオカラニ女王と側近を幽閉したのだった。
日本帝国はハワイ移民上陸拒否事件もあって東郷平八郎大佐が率いる巡洋艦「浪速」「金剛」をハワイ諸島に派遣していたが、クーデターが発生すると直ちに行動に移る。東郷は、そのクーデターに介入していたアメリカ海軍の巡洋艦「ボストン」を挟むようにして2隻の艦艇を投錨させたのだ。日本側はあくまでも邦人保護を理由による投錨であったが、明らかにアメリカ合衆国の非道を非難した行動であろう。
宮殿に主砲を向けてリリウオカラニ女王の退位を迫っていた巡洋艦ボストンの乗員は生きた心地がしなかったに違いない。国際法に詳しい東郷は大きな外交問題に発展しない「投錨」という手段によって、紳士的かつ見事な非難を行ったのだ。
ただし、史実のように軍政に於いて大きな影響力は持つことは無いであろう。
その理由は、彼は史実において晩年には、兵科と機関科の処遇格差の是正にも反対を始め、経済危機にもかかわらず軍縮にすら反対した経緯があったからである。
カオリの声が続く。
「今回の横浜港集結は帝国軍と国防軍の協力の下で日本国民の皆様を安心させるために行われておりますが、戦時下という状況ゆえに事前に知らせられなかったことを残念に思います。しかし、戦争が終わった暁には御召艦を用いた本格的な観艦式が行われるでしょう」
機密保持を考えて横浜市長の市原盛宏(いちはら もりひろ)すらも直前に知らされたほどである。8隻の巡洋艦が停泊するのは帝国重工が管理している区画であったので準備には問題がなかった。
「実況を現場のイリナと代わります。
イリナっ、準備は出来ていますか?」
僅かな間を置いてイリナが反応する。
即座に反応できるが、少し間を置くのも演出の一つであった。
「ハイ、こちらイリナ、カオリさん準備完了です!」
「では、中継ヨロシクね」
「了解!」
カオリの声に応じてイリナの可愛らしくも活力のある声が流れる。
カメラの視点が飛行船の中に居るイリナに切り替わった。
イリナの居る場所は4式大型飛行船「銀河」に特別に設けられた展望台である。彼女の背後には強化複層ポリマーガラスが張られており、その先には浦賀水道と大空が広がっていた。広報事業部が運営するこの1隻は戦闘に必要な区画をオミットされており、そのぶん撮影に向いた内装に加えて居住性と搭載性能を高めている。
「実況を代わりましたイリナです。
皆さん、今回の臨時ニュースの内容は他にもあります」
一呼吸を置いて続ける。
「あちらの方向をご覧下さい!」
イリナがそう言うと南東の方角の空に向けて腕を振った。
その方向の上空には浦賀水道にそって、8隻の4式大型飛行船「銀河」と24機の4式輸送機「紅葉」の合計32機の漆黒の塗装が施された飛行隊は見事な編隊飛行を行い、250km/hの速度で東京府の方向に向けて飛行していたのだ。
スクリーンを見ていた多くの人々は飛行船と飛行機の姿を確認すると
ゴクリと唾を飲み込む。
帝国重工による臨時ニュースを装った国内士気を高める試みと、諸外国に対する科学技術を用いた抑止力の誇示が始まろうとしていた。
-------------------------------------------------------------------------
【あとがき】
あけましておめでとうございます!
昨年から始まった帝国戦記も年を跨いで続けられたのも、感想を書いてくれた皆様のお陰です。
【なぜ最高の戦意高揚になる戦艦を参加させなかったの!?】
今回の臨時ニュースでは戦場での優位性を保つために戦艦は登場しませんでした。ですが、戦後に行われる観艦式には戦艦長門も参加するでしょう!
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
(2010年01月03日)
|
|
|
|
|