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帝国戦記 第二章 第14話 『ルーブル帝国主義の終焉 5』


いかに多くの罪悪が、「国家のため」という美名の仮面のもとになされたことか。

ラムゼイ・マクドナルド







日々繰り返す、サンクトペテルブルクの朝。

ロシア帝国に住む者たちが、心の底から楽しみにしている夏(リュータ)の季節の朝。大陸性気候によって7月は猛暑であるが、8月末に連なる27日の朝ともなれば、サンクトペテルブルクは気温が12.9〜20度という、少し涼しげだが心地よい気候である。

しかし、豪華な内装が施されているロシア帝国内務省に呼び出された ロシア帝国蔵相エドワルド・プレスケには心地よさのかけらも無く、顔面を蒼白にして震えていた。

彼はロシア中央銀行本店で起こった金喪失の件で呼び出されていたのだ。

「緘口令を引いたのは褒めるべきか?……エドワルド殿」

プレーヴェ内務大臣が冷たく言い放つ。
追い打ちを掛けるように、一呼吸おいて言葉が続く。

「だが…行った事は中途半端でもある。
 違うかな?」

「も、申し訳ありません…」

「謝罪よりも代案はあるかね?」

言葉に後に間を空けて言われる自らの名前が蔵相エドワルドにとって、
とても恐ろしいものに感じられる。

エドワルドは皇帝陛下よりもプレーヴェ内務大臣を恐れていた。

ロシア帝国にはこの時代には首相と言う地位は存在せず、蔵相が事実上の首相であり、対外的な地位はエドワルドの方が上であったがプレーヴェが有する影響力を考えると事情は変わってくる。プレーヴェは前任の蔵相を辞任に追い込んだ実績があった。そして、国家政策に反攻する穏健派や強硬派を問わず、数多くの者達を投獄してきた人物でもある。

エドワルドが感じる、恐れは非常に大きいと言っても過言ではない。
今回の金喪失の失態は十分に失脚する要素になっていた。

専制君主制とはいえ、実際の権力は有力な貴族か官僚が握っている。プレーヴェはモスクワ大学で法学を学んで警察官僚となり、数々の障害を抑えつけて内務大臣まで上り詰めた恐るべき偉才であった。そして、官僚派の代表格と言っても良い。

答えられないエドワルドにプレーヴェの視線が鋭く射放され言葉が続く。

「謝罪よりも貴方が行うべきは関係各所への対策と徹底的な情報の隠ぺいである…
 違うか?」

ロシア帝国から7割以上の金が喪失した事態にも関わらずプレーヴェは冷静であった。

「か、各国に対する説明は?」

「説明!?…貴様は一体何を各国に説明するのか?」

プレーヴェはエドワルドの言葉に心底驚く。
言葉の中に、馬鹿にしたような響きも含まれている。

「はっ?」

エドワルドは思わず尋ね返した。

「金損失が知られればルーブルの価値は下落する。そうなれば、貴金属どころか僅かな貨幣しか持たない多くの臣民が犠牲となるのだ…公開できるわけが無い。公開は混迷しか生まん…だが、幸いな事に目立った物的損失は無い。 つまり、誰も知らなければ、そこに金はあるのだ…無かったことにするのが最善であろう?」

エドワルドはプレーヴェが言わんとした事を理解すると、
恐怖のあまり唾を飲みこむ。止めようのない震えが体が駆け巡る。

プレーヴェの言葉は不幸にも事情を知ってしまった関係者を消す事を暗に示していたからだ。一つの事を除いてエドワルドの予想は当たっていた。

「で、では関係者の拘束を行います」

「その必要は無い」

「まさか…」

「既に、詳細な事情を知ってしまった11人は調査の名目で拘束を終えている」

プレーヴェは金喪失の情報を手に入れると情報拡散を防ぐべく真っ先に手を打っていた。この手際の良さは警察官僚としてのコネクションだけでなく、自らが指揮下に置くロシア帝国内務省警察部警備局(オフラーナ) によって成し遂げられていた。無論、プレーヴェの決断力と実行力も忘れてはならない。

「エドワルド、貴様に命じる。
 迅速に関係者の転勤を命じる書類を作成したまえ…
 最後の処理は此方で行う、判ったな?」

「わ…わかりました…直ちに取りかかります」

力なくエドワルドが言うと室内を退室した。

プレーヴェは退出を見届けて暫くするとため息を付く。
執務机の上に有る電話機の受話器を取ってダイヤルを回す。

受話器の向こうから電話交換手を務めている女性の声が聞こえる。

「こちら、第251交換手。 どちらにお繋ぎしますか?」

この時代の電話機の数が少なく、
局番以降の接続先は電話回線は手作業で繋がれていたのだ。

プレーヴェは手短に言う。

「内務省警察部局長まで頼む」

(エドワルド、貴様の名誉だけは守ってやる…)

プレーヴェは金喪失の失態ではなく、
エドワルドの対応の不味さに失望していた。

適切な対処を怠った、使えない人材に価値は無い。そして、国家を導く者が無能では多くの不幸を生んでしまう。その事を良く知っているプレーヴェはエドワルドの死を持ってして事態の一時的な収拾を図るつもりだった。これは、彼なりの人材の有効活用とも言えるだろう。

オフラーナの工作によって、ロシア帝国蔵相エドワルド・プレスケは郊外にある邸宅に居たところ社会革命党(エスエル)と思われる暴漢に襲われ死亡する事になる。プレーヴェはその出来事を利用して、国内治安の引き締めに取り掛かる行動すら起こすつもりだった。

彼の行動に無駄が無い。

また、詳細な事情を知ってしまった11人はオフラーナの監視の元、シベリアに転勤する際に列車爆破事件に巻き込まれて全員が死亡する事になるのも確定済みだった。ただしプレーヴェは今回の事件で発生した遺族に対しては、可能な限りに手厚い補償を行うつもりである。

それが、彼なりの国家に対する責任だったからだ。

プレーヴェは冷酷であったが、
それは国家発展のための行いと信じた結果である。

金喪失が国内外に知られればルーブル貨幣の信用が下落し、多くの臣民が不幸になるのだ。口封じは、そのような事態を防ぐ措置であり、国家治安維持の観点から見ればやむを得ないと言えるであろう。

博愛主義者を気取って少数の犠牲を躊躇い、
その結果として数百万人の餓死者を出すようでは、
政治家や官僚として失格である。

プレーヴェは内相就任直後に地主貴族達からの反感を買いつつも、当時手つかずだった農村改革を実施した実績もある。また、ハリコフ県・ポルタヴァ県の農民蜂起を弾圧した事から、彼の本質は手段は問わず少数の犠牲で大(国家)を発展させる事にあった。

プレーヴェの評価は見る者の立場や視点によって変わるであろう。

電話にて指示を下し終えると、執務室の椅子にもたれ掛る。
流石のプレーヴェにも疲れが出ていたが、上に立つ者の義務として手を休めるのは彼自身のプライドからして出来なかった。

プレーヴェは目をつぶり挽回策を考える。

(金喪失の情報は抑えた…これで当面の時間は稼げる。
 蔵相の後任にはイワン・シーポフが丁度良いだろう…
 対日戦に勝利し、得た技術と交易路によって補うしかあるまい。

 だが、ひとつの策に絞るのは危険だな。
 万が一にでも、戦争が痛み分に終わった時に目も当てられん…)

しばらく考えにふける。
時間にして5分程度だが、プレーヴェは一つの結論に辿り着く。

(そうなると、あの手段を講じるとするか…

 しかし、一体誰がどの様な手段をもってして、
 証拠も残さずアレだけの重量物を奪い取ったのだ?)

高い知性を誇るプレーヴェであっても答えは出なかった。

多くの情報に精通して高い分析力を有する流石の彼も、2063年の科学技術を持ってして作り出した飛行船と擬体兵のみで編成された特殊部隊によって奪われたとは思いもしない。真っ先に思いつくならばサイエンスフィクションの作家にでもなっていたであろう。

不毛な考えを中断すると、将来的にルーブル通貨の下落が確実ならば、それを補う手段を講じればよいとプレーヴェは今回の戦略的な損失を補うべく新たな一手を打つ準備に取り掛かった。
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【あとがき】
前に掲示板で書いたとおり更新頻度を上げるために、それぞれの話を短めにしました!

そして、質問です。
東郷中将に復活の機会を与えるべきでしょうか?
世界的に見ても奮戦した将校だし…それに、ロシア側に大打撃を与えたのも事実。


【金奪取は何時に公開するの?】
公開しません。

帝国重工や最高意思決定機関が金奪取を公表しなかったのは、ロシア側に戦争の長期戦を断念させると共に、対応時間を与える意味も込めています。ロシアは生き残りを図るために、間接的にどこかに擦り付けるでしょう(笑)

ロシア革命が起こり、ソヴィエトが誕生したら驚くだろうなぁ…
銀行に金が無くて(汗)


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2009年12月17日)
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