帝国戦記 第二章 第13話 『ルーブル帝国主義の終焉 4』
決断とは、目的を見失わない決心の維持にほかならない
ドワイト・デーヴィッド・アイゼンハワー
サントペテルブルクにあるロシア中央銀行本店に激震が走る頃と同じ頃、約6時間の時差があるトラック諸島の夏島港にて、帝国軍所属の上田有沢(うえだ・ありさわ)中将が率いる第五師団の3個大隊が日本国防軍の艦艇に乗船を終えて出航を行おうとしていた。
乗り込んだ艦艇は帝国重工が夏島港のドックにて昨年の12月にて極秘裏に
竣工させていた満載45000トンに達する飛鷹級強襲揚陸艦「神鷹」「海鷹」「大鷹」の3隻である。
それぞれ1個大隊(2000名)ずつ乗り込んでいる。
強襲揚陸艦を中心に遠征打撃群(Expeditionary-Strike-Group:ESG)が編成されていたのだ。
3日遅れて国防軍の部隊を乗船させた「飛鷹」「隼鷹」が出航する事になる。
遠征打撃群は時代を先取りした緊急展開軍と言えよう。
また、飛鷹級の当初のネームシップは神州であった。
しかし、思わぬ事が起こり変更となる。
かつて帝国陸軍が建造した今日の強襲揚陸艦のパイオニア的な存在である神州丸の名前を受け継ぐのは妥当と思われ、建造した船は「神州」「秋津」「熊野」「島根」「山汐」となる予定であったが、名前に迫力が無いと真田中将の意見によって変更となった経緯があったのだ。そこで、史実の第二次世界大戦において使われた商船改装空母でありながら強そうな艦名でありつつ、語尾が鷹で統一できるものが選ばれていたのだった。
この飛鷹級強襲揚陸艦は優れた軍艦と言っても過言ではない。
少人数でも動かせるように省力化を進めつつ、貨物揚陸艦(LKA)、ドック型揚陸艦(LPD)、ヘリコプター揚陸艦(LPH)、揚陸指揮艦(LCC)の各艦の機能を持ちつつ、将来において短距離離陸垂直着陸機やヘリを運用できるように全通甲板を装備している。更には旅団単位の緊急展開を迅速に行えるように艦の後部には揚陸艦の船尾の喫水レベルに設置されるデッキ状のドック式格納庫(ウェルドック)があったのだ。
ウェルドックには4隻のエア・クッション型揚陸艇が搭載されており、格納庫にある120輌の高機動多用途車をはじめ、補給車24輛及び支援車輛数輛、95式155o野戦重砲12門を搭載している。また、高機動多用途車には、95式重機関銃が搭載されており立ちふさがる敵兵を恐怖のどん底に叩き落すであろう。更には95式70口径40o機関砲や4式ガトリング砲を搭載したタイプも見かけられる。
ただし、今回に関しては艦載機は6機しか搭載されず、しかも特殊機だったので飛行甲板の大半には補給物資が詰まったコンテナが搭載されていた。
この6機は垂直離着陸機(VTOL機)として運用が可能な、
ティルトローター機の4式輸送機「紅葉」である。
「紅葉」は負傷兵の移送だけでなく、そのうち1機は精密火力投射を実現するための統合末端攻撃統制官が乗り込む弾着観測機として動くのだ。名前の由来は史実において帝国陸軍が運用していた、操縦性が良好で、製造、維持費とも廉価であることが高く評価されていた二式陸上初歩練習機「紅葉」から来ている。
紅葉の外部装甲はチタン合金グラファイト・エポキシ複合材で作られており防弾性能も十分で、なおかつ試験飛行機と同じように自動制御(全自動デジタルエンジンコントロール)のターボプロップエンジンが搭載されていた。
紅葉はターボプロップエンジンを2基搭載する事によって最高速度は645km/hに達していたが、現在はリミッターが掛けられており285km/hまでしか出せないようになっている。ただし現在の状態でも乗員2名の他に30トンの貨物か32人の兵員の搭乗が可能なのだ。
制限が掛けられているとはいえ、
紅葉には十分と言えるほどの利用価値があると言えよう。
そして、紅葉も流星と同じく形を真似るだけでは飛ぶことは出来ない。
流星と紅葉の存在によって欧米技術陣は大いに翻弄され、多大な苦労を体験するであろう。
また、帝国重工はこの時代においては過剰とも言える艦艇を建造する理由は、何時もと同じく艦艇更新にかかる軍事予算の無駄を省くためであった。その為に改修さえ怠らなければ2020年まで使用できるように冗長性すら持たせている。また、この飛鷹級も剣埼級と同じく、関東大震災の際には災害救助艦として働く予定であった。
6番艦「雲鷹」と7番艦「冲鷹」は建造計画には入っていたが、日本国防軍の乗員数の上限問題から当面は建造されないであろう。また帝国軍も他に整備しなければならない艦艇があり、また軍事費の上限から強襲揚陸艦を建造する余裕なども無かった。
乗艦している帝国軍第五師団に所属する兵士たちが雑談を交わす。
「…同日に数箇所に対しての強襲上陸作戦か…
ようやく反撃に移れるわけか」
「本作戦にロシア戦艦を沈めた葛城級巡洋艦が2隻も参加するんだぜ!」
「確か2隻沈んで…2隻が補充されたんだったな…
しかし、4隻しか無い巡洋艦のうち、2隻も上陸作戦に参加するのか?」
葛城級は佐世保湾海戦にて「常磐」「八雲」の2隻が戦没していたが、幕張造船所にて「春日」「日進」が新たに建造されて帝国軍に配属されていたのだ。また、佐世保湾海戦にて大破状態となって港湾着艇した12隻の護衛艦のうち、修理が可能だった「谷風」「秋風」「野風」「波風」「夜風」「吹雪」「白雪」の7隻が幕張造船所にて修復工事を終えて帝国軍に復帰していた。
これらの艦艇の乗員に関しては
佐世保湾海戦の生き残りを中心に充てている。
かの海戦では確かに多くの船を失ったが、それに反して帝国重工製の艦艇は乗員の生命を守るために直接防御力よりも間接防御力を重要視しており、それ相応のしぶとさを見せていたのと、海戦場所が陸地に非常に近かったことが多くの乗員の生命を助けていた。
兵器は幾らでも作り直せるが、訓練された乗員は簡単には補充できない。
帝国重工はその事を歴史から良く学んでいる。
同じく陸に漂着したロシア艦隊の乗員は捕虜収容所へと送られるも、
最高意思決定機関の意を汲んで国際法に乗っ取った極めて居心地の良い収容所となっていた。
「いや、今回の作戦に参加するのは国防軍の巡洋艦らしいぞ。
それに、我々の艦隊は旅順要塞に停泊する
ロシア艦隊に備えなければならないから、動けないらしい」
「なるほど艦名は判るか?」
「流石にそこまでは判らないな」
何時の世にも情報通という者が存在する。
彼らは何処からともなく各所で集めた情報を分析して、推測を加えて正論に辿り着くのだ。
そして、彼らの会話の中にも帝国軍の改革が芽吹いていた。
所属が陸軍にも関わらず海軍艦艇を"我々"として言っていることから、同等の存在として見ている証拠であろう。また、軍制大権を有する明治天皇によって陸海軍が同じ帝国軍であると宣言したことも大きい。
本作戦に於いては、夏島港造船所にて建造された国防軍所属の葛城級巡洋艦「筑波」「生駒」と護衛艦2隻が帝国軍の大隊が乗船している「神鷹」「海鷹」「大鷹」に同行して、上陸戦の際には支援砲撃を行うのだ。日本近海にて護衛艦3隻と輸送船に乗り込んだ第五師団が合流する手筈になっていた。
帝国軍が上陸する目標はサハリン(樺太)である。
対する国防軍の作戦目標はドイツ帝国のアルバート・ホール総督が統治するニューギニア本島を中心としたアドミラルティ諸島である。この作戦には同じ時期に竣工した「鞍馬」「伊吹」に加えて護衛艦3隻と、ドイツ東洋艦隊の対策として青ヶ島近海から戦艦「長門」が向かっており、国防軍の作戦に従事するのだ。
また、葛城級の建造速度の速さには訳があった。
型番を固定することによって生産品の規格統一が行えた事と、葛城級の主砲は95式155o野戦重砲と共通部品が多く、また本艦に搭載されている機関砲や速射砲も陸軍でも使われており生産ラインが常に確保されていた事に加えて、
動力機関に関しても雪風級護衛艦の95式統合電力システムを2基搭載する事で必要出力を確保して、新規設計や新製造ラインによって膨らむ建造費を抑えている。
そして、船体にモジュール設計を取り入れると同時に、装備品の中で可能な限り、独自部品を生み出さないことで生産性と整備性を高めていた。
このように帝国重工の資金力と生産力に加えて、
コストを下げつつ生産性を上げる工夫が各所で行われていたのだ。
兵士が話題を変える。
「しかし…見たか! あの戦艦!!」
「ああ、長門級戦艦だな…あの艦ならばどんな戦艦でも一撃だろうな。
ところで、あの4隻は本土防衛に向かったのかな?」
「恐らくは…」
帝国海軍の主力ともいえる、「伊勢」「日向」「扶桑」「山城」の巨大さと雄大に掲げる4基の95式50口径406o連装砲は見るものに強烈な印象を与えていた。
上陸作戦前に士気を高めるべく、あえて第五師団の将兵達の見えるような場所で訓練させていたのだ。彼らには穏やかなる祖国、日本帝国に害するものを打ち滅ぼす、海浮かぶ黒鉄の城に見えるであろう。
兵士たちの雑談通りに4隻の戦艦は先日の朝に先だって、日本近海へと移動を始めていた。砲撃訓練は完全には終えていなかったが、ドイツ帝国とフランス共和国の最後通告によって、最悪の事態に備えるべく本土に帰還するのだ。それに4隻の戦艦は激しい訓練の結果、何とか実戦に耐えうる練度に達している。また、完璧を期して対応時期を見誤っては元も子もないと高野や山縣だけでなく、現場側の人間である坪井や上村の意見も大きかった。
彼らの決断の正しさは後に証明される。
帝国軍の戦闘艦艇は戦艦4隻、巡洋4隻、護衛22隻であり、
詳細は以下のようになる。
戦艦
「扶桑」「山城」「伊勢」「日向」
巡洋艦
「葛城」「浅間」「春日」「日進」
護衛艦
「雪風」「海風」「山風」「江風」「浦風」
「谷風」「秋風」「野風」「夏風」「強風」
「神風」「朝風」「春風」「松風」「旗風」
「追風」「初雪」「深雪」「波風」「夜風」
「吹雪」「白雪」
また、対する国防軍の戦闘艦艇は戦艦2隻、強襲5隻、巡洋6隻、護衛16隻であり、領海の広さから巡洋艦戦力の充実が図られていた。詳しい内容は以下のようになる。
戦艦
「長門」「陸奥」
強襲揚陸艦
「飛鷹」「隼鷹」「神鷹」「海鷹」「大鷹」
巡洋艦
「蔵王」「乗鞍」「筑波」「生駒」「鞍馬」「伊吹」
護衛艦
「秋月」「照月」「涼月」「初月」「新月」
「若月」「霜月」「冬月」「春月」「宵月」
「夏月」「満月」「花月」「清月」「大月」
「葉月」
双方の戦力を合わせれば、戦艦6隻、強襲5隻、巡洋10隻、護衛38隻であったが、国防軍の護衛艦の大半は広大な領海を警戒するために必要であり、実際に戦争に投入できる護衛艦の数は半数が限界であった。
確かに日本側は敵勢力と比べて艦艇の質的優位は確保している。
だが、どれほど優れた兵器であっても1隻が2隻に増えるわけでもなく、距離が離れてしえば手薄な部分が出てきてしまう。成層圏からの戦略偵察情報を保有していなければ国防軍と、その情報の恩恵を受けている帝国軍は常に兵力配置に苦心し、如何することも出来なかったであろう。
しかし、これらの状況を招いている要因の一つを取り除くべく、ドイツ帝国とフランス共和国からの対日最後通告の返答期限が切れる9月に向けて反撃作戦の準備に入っていたのだ。
帝国軍と国防軍による反撃の狼煙は上がりつつあったが、
それと同時に彼らの戦略を覆すような出来事が起ころうともしていた。
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【あとがき】
今回の会話は名も無き兵士達です(汗)
【4式輸送機「紅葉」の性能ってすごいの?】
V-22オスプレイの拡大改良型という位置づけで、
目だった性能よりもタフさと静粛性を重点的を置いています。
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
(2009年12月14日)
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