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帝国戦記 第二章 第11話 『ルーブル帝国主義の終焉 2』


買い手の持っている情報が、売り手と同等とは限らない。

ジョージ・アカロフ





1904年 7月1日 金曜日

日本帝国にて津波対策防波堤を兼ねたケーソン防波堤型波力発電所(東京湾)と、貯留層管理に基づいた高温岩体発電形式の地熱発電所(大分県別府市)の運用が帝国重工によって始まる。また、世界初の地熱発電と波力発電だけでなく、火力発電を容易く上回る発電量に世界中からの注目を集めた。

燃料を使わない大規模発電を記念して、7月1日は日本における電力記念日となる。




1904年 7月2日 土曜日

ロシア帝国は自国領となった朝鮮半島をヴォストーク半島(東方半島)に改名。




1904年 7月5日 火曜日

帝国重工は将来を見越して、日本国内における電圧統一を進めるべく、東京電燈、東京鉄道 、愛知電燈、博多電燈に対する買収工作を開始。すでに帝国重工による廉価で高品質な電力事業によってシェアを押されていた各社は買収に応じるしかなかった。




1904年 7月11日 月曜日

旅順に向けて航行している戦艦6隻が護衛戦力と共にアメリカ合衆国準州のハワイにあるオアフ島ホノルル港に入港。 7月14日には戦艦6隻と護衛戦力が旅順に向けて出航する。




1904年 7月15日 金曜日

東アフリカのインド洋に浮かぶ、島としては世界第4位の大きさを誇るフランス植民地マダガスカル本島に隣接するセントマリー島にて十分な休養を取って万全な状態にて航海していたロシア増援艦隊とフランス支援艦隊の合同艦隊が、フランス植民地のベトナム中南部のカインホア省にあるカムラン湾に到着する。




1904年 7月18日 月曜日

帝国重工は史実の1954年と比べて50年も早くに太陽電池の販売を開始する。
国外輸出型は光電変換効率5%のシリコン系太陽電池であるが、国内の重要施設向けに関しては非常に高い耐久性を有しつつも、光電変換効率が86.5%に達する色素増感型有機薄膜太陽電池になっていた。




1904年 7月27日 水曜日

明治天皇の諮問機関である国家開発委員会は需要地の近くに分散して配置し、発電を行う小規模な発電設備群の設置によって非常時に対応する分散型電源構想(マイクログリッドドクトリン)を発表。

日本各地にて太陽光発電所、地熱発電所、波力発電所の建設が始まる。














1904年(明治37年)7月30日 土曜日

「……以上がドイツ帝国とフランス共和国の戦力分析になります」

幕張湾の全天候型ドックに停泊している大鳳の会議室にて、
身内だけの参加を対象とした夕食会を兼ねている簡単な戦略会議が開かれている。

参加者は帝国重工総帥の高野栄治、帝国重工副総帥の高野さゆり、技術部門の責任者にして国土開発事業部の責任者である真田忠道、特殊作戦群を統括する黒江大輝、広報事業部を率いるリリシア・レイナード、以上の5名であった。

帝国重工の上層部では、月に1〜2回に親睦を保つ意味で夕食会を行うようにしているのだ。参加者は予定の空いている者に限られるが、それでも毎回4〜5名は参加していた。当然ながら高野と"さゆり"は周囲の介入もあって常に同じタイミングで参加している。

この食事会の立案者はリリシアの母であるリリス・レイナードである。

「ありがとう、さゆり。
 夕食が運ばれるまでもう少し時間があるので、
 それまでロシア帝国の海軍戦力に関する分析結果の報告をお願いします」

高野が"さゆり"に言う。
"さゆり"は高野の言葉に分かりましたと応じ、用意していたファイルを取り出して会議の参加者全員に配っていく。それらを配り終えると、説明を始める。

「ロシア帝国軍のアジア方面における戦闘艦は7月19日の段階で、
 戦艦17隻、装巡7隻、巡洋1隻、防巡24隻、駆逐17隻、砲艦4隻、仮装3隻に上ります」

「うん?
 ロシア艦隊の隻数が当初の予定より増えておるぞ?」

真田が疑問を口にした。

「報告が遅れました。
 アフリカ近海にいたエンクウィスト少将率いるロシア支援艦隊の一部が
 本国艦隊と共にアジアに来たので防護6隻、駆逐4隻、輸送艦4隻の増加となっています」

支援艦隊とはアデン湾の最西部フランス植民地のレピュブリク・ドゥ・ジブティにあるオボック港を拠点にしていたロシア艦隊の事である。艦隊指揮官はO・A・エンクウィスト少将で、防護6隻、駆逐4隻、輸送艦25隻、その他8隻から構成されていた。

真田は「ロシア支援艦隊」に関する情報を思い出すと、
確かめる意味で問い直した。

「その支援艦隊と言えば…例の輸送業務に従事していた艦隊かな?」

「その通りです」

"さゆり"が答える。

真田の言った例の輸送業務とは、朝鮮半島、ウラジオ沿海州 満州から強制移住となった朝鮮民族を海上輸送によってアフリカまで運んでいた業務を指していた。

シベリア鉄道を通じてロシア帝国の首都であるサンクトペテルブルクに運び込まれていた彼らは、そこから船舶などでバルト海に面したドイツ帝国北部にあるシュレースヴィヒ・ホルシュタイン州のキール軍港まで運ばれる。

そして、キール軍港からシェーンベルガー・シュトラント鉄道を通じてキール中央駅へと移され、そこから牽引力を重視しているD7形451号「ファゾルト」型蒸気機関車によって、ドイツ帝国とフランス共和国の国境が入り混じるアルザス・ロレーヌ地方を通って、パリ・リヨン・地中海鉄道へと移り、地中海に面するブーシュ・デュ・ローヌ県にあるマルセイユのマルセイユ・サン・シャルル駅からマルセイユ港に運ばれて、ようやくアフリカに輸送する事が出来るのだ。

マルセイユはフランス共和国におけるもっとも古い都市であり、マルセイユ港を見下ろす絶景の丘にそびえ立つノートルダム・ド・ラ・ギャルド教会が印象深いであろう。

ノートルダム・ド・ラ・ギャルド教会にある聖堂の上にある子供を抱いたマリア像に見守られながら朝鮮民族は新たなる門出を迎えるのだった。

もちろん、これはイギリス紳士が好む諧謔的な言い回しであるが…

そして、マルセイユ港から船舶を用いてアフリカにおけるドイツ帝国とフランス共和国の 各植民地へ運ばれていく事になる。主な輸送先はレピュブリク・ドゥ・ジブティ(以後はジブチと表記)にあるタジュラ湾岸に面するロシア支援艦隊が拠点を置いているオボック港である。

オボック港の近くにある港町ジブチには、エチオピアのアディスアベバと結ぶ鉄道が通っていた。アフリカ産業にとっても重要な路線でもある。この路線を通じて植民地軍と共に白人に協力する黒人傭兵の護衛の下、朝鮮民族をアフリカ各地の植民地に運び込んでいくのだ。

また、輸送業務を行っていたのは、ロシア艦隊だけではない。

ジブチより南の海上輸送はフランス海軍が担当しており、
大西洋方面に関してはドイツ艦隊が担当していた。

イギリス帝国としては自国の国益に反する列強に対してスエズ運河を使わせたくなかったが、運河管理会社の持ち株問題に加えて1888年に結ばれている「スエズ運河の自由航行に関する条約」があったために、現実的な妨害工作はやりようも無かった。 支援艦隊はロシア帝国だけでなく、フランス艦隊やドイツ艦隊に加えてアメリカ資本も動いておりイギリス帝国と言えども下手なことは出来なかったのだ。


「なるほどな…
 監視対象が減少したのでアジアに出張ってこれたのじゃな」

真田が意味深長な言い回しをした。
続いて黒江が尋ねる。

「それ以外に関するロシア艦隊に関する変更点は?」

「ありません。
 予定より増えたロシア艦隊の戦力はモニターの方に表示しますので、
 そちらをご覧下さい」

さゆりが端末を操作すると、
会議室の正面に埋め込まれている大型モニターに増加戦力が表示されていく。

防護巡洋艦
「オクバコフ」「ジェムチウグ」「カグール」「ボガチール」
「リンダ」「アドミラル・コロニロフ」

駆逐艦
「ブディテルニ」「シルニ」「ラジャスビクビ」「トロズベボイ」

輸送業務にこれ程の戦力が割かれている訳は、輸送中に詰め込まれた人々が暴徒化した際に対処するためである。 つまり、これだけの戦力を外せるだけアフリカに朝鮮民族を送り込んでいることを暗に示していた。

現に、先ほどの真田の発言通りに、
ヨーロッパには一部の例外を除いて労働力として呼び集めた朝鮮民族は残ってはいない。

プレーヴェ内務大臣にとってシベリア鉄道が軌道に乗った現状では、治安維持の観点とドイツ帝国とフランス共和国に対する友好の証として、かなりのペースでドイツ帝国とフランス共和国が有するアフリカ植民地の開発用労働力としてアフリカ大陸へと運び込まれていたのだ。

真田が口を開く。

「ロシア艦隊の状態は分かった。
 後は帝国軍の準備次第とタイムスケジュール次第だな…」

国防軍所属の長門、陸奥は伊豆諸島の南部に位置する、東京府から358.4km南に離れた周囲約9kmの火山島である青ヶ島付近の海域にて訓練航海を兼ねた警戒行動を取っている。史実では青ヶ島には集落が存在していたが、活火山の存在もあってグアム島への移住が帝国重工の全面的な支援で行われていた。

「帝国艦隊につきましては、もう少し時間がかかりそうです。
 しかし、なんとか計画には間に合うでしょう」

"さゆり"が申し訳なさそうに言う。

日本帝国は4隻にも上る長門級戦艦の砲撃訓練の最終段階に取り掛かっていた。しかし、まだまだ実戦に耐えうる練度ではない。予定よりも訓練期間が長引くのは、慣れない新機材と、一朝一夕で上達しない砲撃訓練に加えて過去の経験が生かせない巨砲が原因であった。

敵勢力が有する膨大な数の戦艦群を相手にする事を考えれば無駄弾は撃てない。

当初の計画では1905年〜1906年の間に日露戦争を起こす予定だったのだ。
建造計画だけでなく訓練計画にも遅れが出ているのは当然である。

「いやいや、さゆり嬢ちゃんが居なければ、計画はもう半年遅れていたぞ?
 悔むどころか胸を張っても罰はあたらん」

「その通り、貴方は十分な結果を出しています」

真田の後に高野が優しい口調で労わるように同意した。
もちろん、他のメンバーも異論は無い。

「"さゆり"は頑張ってるんだから、高野さんから
 ご褒美でも貰ったら? 皆さんも、そう思いますよね?」

リリシアが小さく微笑みながら言う。話を全体に振ることで当事者に断りにくくする交渉手腕の一端すら見せる。リリシアもイリナと同じく"さゆり"と高野の更なる関係進展を願っていたのだ。リリシアは願うだけでなく行動にも移している。その一つとして"さゆり"に対して幾つもの勝負用下着も贈っていた。

「もっ、もう…リリシアったら、
 高野さんを困らせちゃ駄目ですよ?」

"さゆり"はそう言うも、どこかしら期待した表情である。
男心をくすぐるしぐさのひとつである、上目遣いで隣に座る高野を見る表情が可愛らしい。

このような周囲の後押しによって、ご褒美が確定したのだ。明日の日曜は高野と"さゆり"は二人で楽しいピクニックを楽しむことになる。


再び話の流れが戦略系の話題に戻ると、リリシアが言う。

「そう言えば、ロシアの戦時国債が面白い事になっているわ」

「おそらく、発電技術と太陽電池が原因ですね」

高野が推測を簡略して述べた。

「ええ、二つの商品に連動したようにロシア帝国が発行している戦時国債は更なる高値を付けているわ。ここまでくれば…一種のバブルね。暴騰ぶりが怖いくらいだわ」

リリシアが苦笑しながら言うと、その繊細な指で端末を流れるように操作して正面モニターにグラフ化によって分かりやすくした上昇率を表示させた。

「うなぎのぼり…ですね」

グラフを見て黒江が口にした。

企業家を兼ねている一部の欧米投資家は、一向に株式公開を行わない帝国重工を乗っ取る機会として日露戦争を捉えており、戦勝後にロシア帝国が獲得した権利を国債を盾に技術公開や委譲を目論んでいたのだ。

それらを抜きにしても、燃料を使わずして火力発電を上回る発電量を得られる発電所は画期的を通り越して、この時代から見れば神がかっていた。間違いなく巨万の富を生み出す存在に見えるであろう。

このように利に聡い欧米各国の投資家達が挙って注目するほどに、発電所から生み出される電力という存在は国力増強に欠かせない存在になり始めていたのだ。

「予想以上の食い付きですな」

真田が呆れ半分に言った。
周囲の人々も真田と同意見である。

日露間での戦争が勃発した際に、対外的から見て日本帝国側の不利が強まった時機を見計らって、帝国重工は更なる魅力的な商品を売り出すのは確定事項だった。

遅発性であったが、これも一種の戦略攻撃である。

ここまでの時間と手間を掛けるのは、直接的な攻撃対象であるロシア帝国に留まらず、ロシア帝国を間接的に支援した全てに対して、合法的な経済制裁を仕掛けられるからだ。特に素晴らしい点は、全てが欲に転んだ結果による自業自得として完結するところであろう。また攻撃力に関しても欲深さに比例している。

逆にいえば、ここまでの策を講じなければ日本帝国の国力では太刀打ち出来ない位に、列強国力の圧倒的ともいえる優位性があったと言えよう。

黒江が疑問を口にする。

「しかし、ロシア帝国が最初の戦い以降、
 優勢な艦隊戦力にも関わらず大きな攻勢に出なかったのは、やはりあれですか?」

「ええ、ロシア帝国は佐世保湾海戦のような損害を受けた後に減退した戦力でイギリス帝国の横やりを受けるのを恐れています。そのような事態を避けるために、圧倒的な戦力を準備して損害を出来る限り減らそうとしているのでしょう」

高野が黒江に答えた。

ロシア帝国は戦争を行いたいのではなく、日本列島を勢力下に置きたいのだ。膨大な軍事費を消費してイギリス帝国に美味しいところだけ盗られては堪らない。この事から、ロシア帝国の選択は1904年における軍事常識から見れば戦術的には正しかった。しかし、世界常識から逸脱している帝国重工を正しく知る者から見れば大いに間違っているという、常識が通用しない不思議な状況であろう。

これは、ジョージ・アカロフが提唱した「情報の非対称性」に通じる現象であった。

このように情報戦略で優位に立てたのは、帝国重工が有する高度技術だけでなく、高野達が常に目と耳を澄ませて、敵の戦力は正しく集めつつ、此方の情報は可能な限り渡さないように常に努力してきた結果である。


会話が一息ついた丁度良い具合を見計らって、会議室の室内に「失礼します」の声と共に複数のメイド服を着こなした女性たちが入ってきた。

先頭から順にイリナ、はるな、カナエ、エリナである。

「みなさん、夕食ですよ」

イリナが元気よく言うと、はるなを始めとした3人のメイドがてきぱきと会議室の机を清潔な布巾で綺麗に拭いて、シーツをかぶせて食事を行えるような状態にしていく。彼女たちは共にイリナと同じく広報事業部に所属する準高度AIであった。

そして、"さゆり"を含めて、全員が料理が大の得意という共通点がある。
今回の夕食は彼女たち5人が手によりをかけて作っていたのだ。"さゆり"は立場が立場なので会議前の空いた時間しか関われなかったが、それでも手際の良さから大きな助けになっている。

テーブルの上が整い、食器を並べる状態になったのを確認すると
4人の女性達は食品運搬台車に乗せられている前菜を取り出していく。

まず前菜として、くせが殆ど無く、どの様な料理にも合う越前赤鰈をマリネと言われる南欧の調理法にてレモン味を付けたものが載せられた、薄い桜の花びら模様が描かれたお洒落な皿と、野菜スープが注がれたスープカップを丁寧に各席に並べていく。

「おお、これは美味しそうじゃ」

真田がテーブルの上に並べられた料理を見て感嘆の声を上げる。

「喜んでもらえて何よりです。
 メインディッシュは真田さんの好きな、
 かじき鮪のムニエルですよ?」

「あ、味付けは!?」

真田の問いかけに、はるなが笑顔で応じる。

「若干の焦がしを入れたバターソースです。
 下準備は"さゆり"姉さまが行ったので、楽しみにしてて下さいね」

真田のお礼の返事と同時にリリシアが同時に嬉しそうに笑みをこぼした。
リリシアも真田に負けず劣らずな位に、かじき鮪が好きなのだ。

彼女たちの作る料理は全員の趣向を良く理解しているだけでなく、健康によく美味しい のだ。あの時代には滅多に食べられなかった天然の食材を惜しみなく使った楽しい食事会が始まろうとしていた。
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【あとがき】
マグマ発電プラントはいつ出そうかなぁ(笑)
しかし、絶妙なピンチを増やそうにも難しい…

佐世保湾海戦も結構なピンチだと思うのですが(汗)


【あれ、なんで風力発電に力を注がないの?】
風力発電に力を入れない理由は次の機会で説明します〜

【ロシアのこの船って?】
防護巡洋艦オクバコフは歴史改変の余波で建造が速まっています。

【ロシア帝国本国に残っている戦艦の中で実戦に耐えうるものは?】
「ロスティスラブ」「トリ・スヴィアティテリア」「ドヴィエナダット・アポストロフ」の3隻ですが、
周辺国への発言力維持の為に黒海に留まっています。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2009年11月10日)
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