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帝国戦記 第二章 第10話 『ルーブル帝国主義の終焉 1』


戦うには弱すぎ、逃げるには遅すぎる

ジョン・アーバスノット・フィッシャー





1904年 4月14日 木曜日
ロシア本国からアジアに向けて向かっていたジノヴィー・ロジェストヴェンスキー少将率いるロシア本国からの増援艦隊がフランス共和国西部のブルターニュ半島西端に位置するブレスト軍港に到着する。

艦隊戦力は、3隻の戦艦「ボロジノ」「ポビエダ」「インペラートル・ピョートル・ヴェリキー」、2隻の装甲巡洋艦「リヴァダヴィア」「モレノ」、4隻の防護巡洋艦「ゼムチューグ」「オリョーグ」「バヤーリン」「アルマース」に加えて支援隊の輸送船4隻、病院船2隻の合計19隻に上る。

「リヴァダヴィア」「モレノ」は、南米のアルゼンチンがイタリアのジオ・アンサルド社に建造を依頼していたジュゼッペ・ガリバルディ級装甲巡洋艦である。史実ではこの2隻を巡って日露両国で購入合戦が繰り広げられ、最終的に日本帝国が購入していた。しかし、この世界では日本帝国は興味すら示さず、ロシア帝国が何ら妨害を受けることなく購入している。

かつての歴史では「春日」「日進」と命名され、
日露戦争を戦っていた事を考えると皮肉な出来事であろう。




1904年 4月15日 金曜日
マカロフ中将の命令を受けてフランス共和国の広州湾租借地にあるバイヤード要塞に停泊している戦艦アドミラル・セニャーウィン、仮装巡洋艦「ウラール」「ドニエプル」 「リオン」 「クバン」 「テレーク」の6隻に通商破壊戦を行うよう通達する。




1904年 4月16日 土曜日
フランス共和国はアジア情勢に対応するべく、旅順に向けてブレスト軍港からド・ボン少将に率いられた戦艦4隻、装巡1隻、防巡6隻からなる支援艦隊がロシア増援艦隊と共に出港。




1904年 4月18日 月曜日
ロシア帝国、清国との外交交渉を活発化。




1904年 4月25日 月曜日
日本帝国はドイツ帝国とフランス共和国に対いてロシア帝国の戦争支援を止めるように要請。ドイツ帝国とフランス共和国は内政干渉として日本帝国を強く非難する。




1904年 5月1日 日曜日
イギリス帝国は戦艦ドレッドノートを公開。
葛城級とドレッドノート級の存在により、旧式戦艦の価格下落が始まる。




1904年 5月4日 水曜日
アメリカ合衆国がパナマ運河を起工。




1904年 5月9日 月曜日
仮装巡洋艦ドニエプルによって日本郵船の欧州航路用貨客船「常陸丸」が撃沈され、「神奈川丸」が拿捕される。




1904年 5月13日 金曜日
ロシア帝国、大韓帝国を併合。
朝鮮半島とウラジオ沿海州に住んでいた大多数の朝鮮人は既にアフリカへと強制移住済みであり、大きな混乱は無かった。




1904年 5月19日 木曜日
戦艦アドミラル・セニャーウィンは東シナ海にて日本郵船の欧州航路用貨客船「和泉丸」「若狹丸」「土佐丸」「鹿兒島丸」の4隻を襲撃し、「鹿兒島丸」を沈めるも、周辺海域の警戒に当たっていた島村速雄少将が率いる巡洋艦「浅間」、護衛艦「春風」「松風」から構成されている第二任務艦隊によって撃沈される。




1904年 5月20日 金曜日
日本帝国陸軍は4個師団を投入して、日本各地の大規模土木工事に取り掛かる。





1904年 5月29日 月曜日
加藤友三郎少将が率いる護衛艦「初雪」「深雪」からなる
第三任務艦隊は仮装巡洋艦ドニエプルを撃沈する。




1904年 6月4日 土曜日
三須宗太郎少将が率いる護衛艦「旗風」「浦風」からなる第四任務艦隊はバイヤード要塞に向けて航行していた仮装巡洋艦クバンを台湾近海にて撃沈する。




1904年 6月5日 日曜日
マカロフ中将は通商破壊戦の中止を通達。




1904年 6月8日 水曜日
アメリカ合衆国義勇艦隊が旅順に到着。




1904年 6月10日 金曜日
駐日アメリカ特命全権公使リロイド・グリスカムが対日武器支援に関する秘密交渉を持ちかけるも、日本帝国はイギリス帝国の時と同じように固辞。




1904年 6月11日 土曜日
アメリカ合衆国はロシア帝国に対して戦艦6隻を3000万ルーブルにて売買。6月15日にはアメリカ海軍による旅順に向けての航行が始まる。また、支払いに関しては戦時下を考慮し、戦後1年後となった。




1904年 6月16日 木曜日
日本帝国陸軍における上陸戦用師団として、上田有沢(うえだ・ありさわ)中将の元で訓練を行っていた第五師団は所定の訓練を終える。





1904年 7月1日 金曜日
アメリカ合衆国ミズーリ州セントルイスにて万国博覧会の付属大会として第3回夏季オリンピックが開催される。 参加国は、アメリカ合衆国、イギリス帝国、ドイツ帝国、フランス共和国、オーストリア帝国、スイス、カナダ、南アフリカ、オーストラリア、ハンガリー、ギリシャ、キューバの12ヵ国であった。しかし、人種差別の発想が背景にある催しが行われた事によって、日本帝国はこれ以後のオリンピックに対して一切の興味を示さなくなる。














1901年に大将へと昇進し、史実比べて2年も早くポーツマス造船所司令長官になったイギリス海軍軍人であるジョン・アーバスノット・フィッシャーは葛城級戦艦の影響を受けて、軍艦設計委員会を指導して、中間砲や副砲を撤廃して多数の単一口径砲を装備した戦艦ドレッドノートの建造を強く押し進めていた。

その結果、戦艦ドレッドノートは2年も早い1903年12月2日に竣工しているだけでなく、戦艦ドレッドノートの改修型であるベレロフォン級戦艦の建造すら始まっている。

また、1904年(史実では1905年)に海軍の作戦指揮を握る武官のトップである第一海軍卿 に就任したフィッシャー大将は艦隊編成の改革に着手し、強大化しつつある三国間条約に対抗する意味でも、119隻(史実では90隻)の時代遅れの軍艦を鉄屑として売り払い、浮いた維持費と人員を用いて新鋭艦の整備に力を注いでいた。

このような改革を推し進めるフィッシャーは大佐時代に砲術学校から魚雷と機雷の訓練課程を分離して新たな施設を作り、中将の時に拝命した第三海軍卿時にて水雷艇に対抗すべく駆逐艦の開発を進めた経歴の持ち主である。

名実ともにイギリス海軍を近代的海軍に生まれ変わらせた立役者であろう。

順風満帆に見えるイギリス海軍であったが、
1904年に入って憂慮すべき出来ごとが起こり始めていた。

その一つとして、多数の同一口径砲が同一のデータを元にした照準で同時に弾丸を発射し、着弾の水柱を見ながら照準を修正してゆく「斉射」の有効性が佐世保湾海戦によって証明された事であろう。

イギリス海軍は戦艦ドレッドノートの竣工を終わらせており、自らの選択の正しさに安堵しつつも、その半分は憂慮していた。その理由は、戦艦ドレッドノートのように同一口径主砲を採用していない戦艦は旧式艦の烙印を押される結果になるからだ。世界の中で最も多数の戦艦や装甲巡洋艦を保有しているイギリス帝国だけに、その被害は大きい。

イギリス帝国にとって日露戦争はイギリス海軍が保有する時代遅れになる戦艦を売り払う良い機会であったが、戦力不足に陥っている筈の日本帝国に対して、どの様な条件を示しても購入しようとせず、思惑通りに進まないイギリス帝国の苛立ちは募る一方である。

現に、葛城級戦艦の活躍によって旧式戦艦の価値が下落を始めていた。

そのためにイギリス帝国の造船業と海軍の価値を保つために極秘裏に訓練を進めていた戦艦ドレッドノートを予定よりも早く公開しなければならなくなったのだ。このまま座視して、帝国重工の技術をロシアに渡してしまえば、遠からずに軍艦建造だけでなく販売すら行うに違いない。そうなってしまえば、イギリス帝国は世界中の顧客の多くを失ってしまう可能性すらあったのだ。

そして、イギリス帝国における最大の苛立ちは、日本帝国の戦争を拡大しない姿勢によって、日露戦争に介入するタイミングを完全に失っていた事にある。この様にイギリス帝国にとって座視できない出来事に対応すべく、バルフォア第一大蔵卿とチェンバレン議員の二人が第一大蔵卿官邸にて話し合っていた。

チェンバレン議員の顔色は余り良くない。
長年の激務がたたって彼の体は少しづつ病魔に蝕まれていたからだ。

「日本帝国が我々の支援を断った理由だが、有る程度は判明した。
 ただし、確定ではないぞ?」

「ほう?」

ソファーに座っているバルフォア第一大蔵卿は耳を傾ける。
二人が腰を掛けているソファーは同じものであり、共に重厚なヴィクトリア調の高級品であった。

チェンバレン議員が言う。

「竣工している葛城級戦艦の数だが、我々が把握していた隻数と違っていたのだ」

「なんだって?」

「我々は6隻だと思っていた。
 日本軍に4隻、国防軍に2隻…そのうち2隻は佐世保湾海戦で戦没している。

 ここまでは、我々も掴んでいる情報だった。

 しかし、帝国重工の幕張施設にて来年の竣工を目指して2隻の建造が進められている
 未確認情報が入ってきたのだ…」

「それが日本帝国の自信の源か!」

バルフォア第一大蔵卿は日本帝国の気持が分かったような気がした。
イギリス帝国も佐世保湾海戦の戦訓と戦艦ドレットノートの砲撃訓練の結果によって、旧式戦艦の脆弱さを知っている。

北海にて極秘裏に砲戦訓練に励んでいる戦艦ドレットノートは列強戦艦を上回る砲撃性能と欧米における最新機関であった軽量かつ大出力の蒸気タービン機関を搭載した事によって、戦艦としては欧米最速の21ノットに到達していた。

葛城級と比べると心ともないが、従来の欧米戦艦とは比べ物にならないだろう。

また、チェンバレン議員の危機感はバルフォア第一大蔵卿と比べて大きい。

葛城級戦艦は155o三連装砲3基という中口径砲搭載戦艦であったが、各列強生まれの戦艦を多数撃沈している事実から砲撃性能は同等クラスに近い威力だと判断するべきだった。更には速度性能に関しては10ノット以上も日本側が優越している。

葛城級戦艦が戦艦ドレットノートと同じ305o連装砲を装備すれば、イギリス戦艦の世界市場は瞬く間に追い抜かれてしまうとチェンバレン議員は考えていた。

これは、帝国内保護貿易に熱心だったチェンバレン議員らしい懸念であろう。
もっとも、列強と比べて国力に劣る日本帝国の安全を保証している先端兵器を売る事などありえないので、チェンバレン議員の杞憂にすぎなかったが…。

「帝国重工が作り出す製品の品質の高さは知っていたつもりだったが、
 我々の認識不足だったようだな。
 しかし、日本に6隻の葛城級が有ったとしても結果は変わらないであろう?」

バルフォア第一大蔵卿はチェンバレン議員の言葉を肯定しつつも、得られた情報から日本帝国の結末は最終的には物量に押し切られて敗北する姿しか思い浮かばなかった。

「それは間違いないだろうな…
 帝国海軍はロシア艦隊による通商破壊戦を早々に阻止しているが、
 ロシアの戦力増強の阻止に失敗している」

世界帝国であるイギリスは、その卓越した諜報能力で列強各国からの情報を多数入手している。アメリカの義勇艦隊到着に加えて、ロシア帝国はアメリカから購入した戦艦6隻が旅順に向けて向かっている情報を早い段階で入手していた。

それだけではない。

フランス共和国から戦艦「アンリ四世」「シャルル・マルテル」「カルノー」「ジョーレギベリ」、装甲巡洋艦「ハルク」、防護巡洋艦「ダントルカストー」「デストレ」「カティナ」「プロテ」「ダサス」「デュ・シャイラ」からなる支援艦隊が旅順へと向かう情報も計画段階の時点で入手済みであった。

これらの戦力にドイツ東洋艦隊も加われば、普通の新興国程度では滅亡確実と言える。

バルフォア第一大蔵卿が言う。

「それに…すでに我が国においても、
 ロシア帝国の戦時国債を購入した者も多い。
 この情勢で日本帝国に対して明確な支援を行うのは議会が許さないだろうな」

「そうだな…
 優れた軍事技術を保有していても外交戦略が稚拙では生かしきれない。
 日本帝国はそれを学ぶことになるだろうよ」

「だろうな」

バルフォア第一大蔵卿がしみじみと頷く。
チェンバレン議員が言う。

「ただし、日本帝国を完全に見捨てるのではなく、
 私はパックス・ブリタニカ(英国による平和)を守るために、
 日本帝国の敗戦が決定的になったら、保障占領を行うべきだと判断している」

チェンバレン議員の言葉はロシア帝国の上前を撥ねる行為であったが、チェンバレン議員の表情には悪びれた様子は無い。バルフォア第一大蔵卿が応じるように言う。

「私も君と同じように、
 帝国重工の技術を他の列強に渡す事は出来ないと判断している。
 フィッシャー大将に有事に備えて極東方面に艦隊派遣を命じさせるつもりだ。
 君も協力して貰えるかね?」

「もちろんだとも」

チェンバレン議員は力強く応じた。

バルフォア第一大蔵卿とチェンバレン議員の働きかけによって、極東方面に対して戦艦18隻、装巡6隻、防巡12隻の派遣が成立する事になる。

しかし、彼らは日本帝国軍と日本国防軍が
世界の度肝を抜くような作戦を準備している事を知らない。

この段階でイギリス帝国が彼らが行おうとしている脅威とも言える軍事作戦の全貌を知っていたならば、全力を持って日本帝国に宣戦布告を行っていたであろう。しかし、流石の英国諜報網をもってしても、最高意思決定機関と帝国重工上層部しか全容を知らない作戦など察知する事は出来なかった。














トラック諸島夏島港にある大型格納庫には近似解を探索するメタヒューリスティックアルゴリズムの一つである、遺伝的アルゴリズムに基づいて作られたエアロダブルウイング先頭形状の8隻に上る4式大型飛行船「銀河」が停泊している。

これらの飛行船は、帝国重工が太平洋全域と日本近隣を哨戒するべく、上空20kmを飛行するSUAV(成層圏無人飛行船)として作られた98式大型飛行船の改良機であったが、全長305mの船体の各所に徹底的な改修工事を施されており、別機といえる存在になっていた。

防弾処置としてヘリウムが搭載されている気嚢部分を100区画に分けて一度の被弾で浮力を失わないように配慮している。気嚢自体も流体皮膜に覆われており、簡単には破れないであろう。更には気嚢部分を船体内部に納めて覆い隠し、船体自体の素材を生分解性繊維材に変更する事で耐弾性能を引き上げていた。

推力に関しては、大出力陽電子反応燃料電池を搭載して380.5kNの推力を有する6基の98式電熱推進機の出力強化を図ると同時に、万が一の電力不足時に備えてビーミング推進(マイクロ波ビームによる外部からの電力供給)に対応しているシステムに改修している。

また、夜間作戦に適した漆黒の塗装(価格の面から特殊液晶光学迷彩の搭載は見送られる)と、EOTS(電子光学ターゲット探知システム)も完備されているのが特徴的であろう。そして、万が一に備えて近接防御用に95式70口径40o連装機関砲6基、近接防御用THPL(戦術高パルスレーザー)4基を搭載して"最低限"の攻撃力を有している。

改装工事の結果、この4式大型飛行船は巡航速度395.4km/h、飛行継続時間336時間、元から有している気嚢部分を除いても広々とした船体部分の区画構造によって最大積載重量183トンの貨物室を有する長距離戦略輸送飛行船として生まれ変わっていた。また貨物室も幅16.8m、高さ10.2m、長さ80.4mという巨大なもので、本機の拡張性と将来性を保証している。それに加えて銀河には緊急時の上昇・降下性能の上昇を得るために予備ヘリウムタンクを増設しており、回数の制限はあったが必要に応じて注入と排出が出来るようになっていたのだ。

これらの事から、この銀河は破格の性能を秘めた飛行船と言えるだろう。




特殊作戦郡を統括する黒江大輝少将(くろえ・だいき)と高野は"さゆり"を交えて、格納庫内に鎮座する巨大な飛行船を見上げながら話し合っている。

「ようやく準備が整いました…
 作戦決行が楽しみでもあります」

「潜入を果たした彼女たちからの情報から成功率は高いと出ていますが、
 危険を察知したら直ぐに中止してください」

黒江の言葉に高野は答えた。

「分かっています。
 ですが、特殊作戦群の主力を投入するので目標に到達するまで発見されなければ、
 脅威目標は存在しないと言っても過言ではありません。
 それに航空機や防空システムが未発達のこの時代ならば遮るものはありませんよ」

黒江の言葉は過信から来る物ではない。

彼は作戦にあたって陽動作戦は別であったが、主要作戦では指揮官である黒江少将と幕僚を除いて特殊作戦群に所属する準高度軍事AIのみを投入するつもりであった。このように特殊作戦群の主力を投入する攻撃目標はサンクトペテルブルク、ネフスキー大通りに、アレクサンドル二世の改革で1860年に設置されたロシア中央銀行本店である。

攻撃目標は軍隊による襲撃を想定した警備体制にはなっていない。

ロシア中央銀行本店の先にあるネヴァ川に架かる橋の向こう側にはバロック様式を催した大北方戦争の過程で建設されたペトロパヴロフスク要塞に駐屯する守備部隊が存在していたが、ドヴォルツォヴィ通りに架かる4つの橋を落としてしまえば直ぐには近寄れない。そして、事前の特殊作戦によって簡単には対応出来ないであろう。

既に1隻の特殊液晶光学迷彩処置が施されているSUAV(成層圏無人飛行船)がサンクトペテルブルク上空に展開しており、精密な戦略偵察を始めていた。

ここまで大掛かりに準備を進めていた国防軍の目標はロシア中央銀行本店に保管されている12億9200万ルーブル(金塊にして976トン)に達する正貨や金塊である。世界第2位の金の集積にしてルーブル帝国主義を支える、世界の外貨準備としての金保有の1割以上に相当している目標だけに、帝国重工や国防軍の力の入れようが良くわかるであろう。

また、擬体兵を主力にするのは単純に戦力価値を見ただけではない。

完全武装状態に於いても、戦時モードと特殊作戦群用の60式個人防護装備(ガスマスク内蔵、液滴、対微粒子状物質防御機能、一定の敵弾から身を守る機能に加えてATP合成酵素によって動く人工筋肉が組み込まれた強化プロテクター)を装備している状態ならば一人当たり150kgの重量を運べる能力を見込んでいた。

これによって金塊や正貨を運び出すための重機を運び込む必要が無い。

後はロシア中央銀行本店前の通りに運び出した正貨や金塊を5式コンテナ(誘導ビーコン付き組み立て式空中回収用コンテナ)に詰め込んで、コンテナ両脇に着いているヘリウム気嚢を膨らませれば良かった。

4式大型飛行船に搭載されている4式空中回収装置(史実においても1954年〜1996年まで特殊部隊の緊急避難用として活用されていたフルトン回収システムの徹底改修型)で上空150〜2000mの上空にて順次収容して行けば良いのだ。兵士の回収も4式空中回収装置にて行う。古いシステムの改修版であったが、それだけに信頼性は高い。

これは、爆撃という直接的な破壊行為ではないが、
それ以上にロシア帝国の根本を揺るがす攻撃になるに違いないなかった。

「黒江さん、最優先事項は全ての金を持ち出すのではなく、
 無事に帰ってくることです」

「もちろんです」

さゆりの言葉に黒江が礼儀正しく返事をする。

日本帝国や帝国重工は戦争によって利益を得ようとする者達を徹底的に持ち上げてから、奈落の底に落そうとしていた。ロシア帝国による理不尽な宣戦布告やアメリカ合衆国の蠢動は、どれも最高意思決定機関が定めた国家安全保障に抵触する行いであり、その報いを教育しなければならなかったのだ。

黒江が高野の方を見ながら言葉を続ける。

「銀河は高性能ですが、
 本官は今回のような強襲強奪作戦は対費用効果からして、
 二度と行えないと判断します」

「それは理解している。
 作戦終了後の4式大型飛行船は制空権下での輸送任務のみでしか使えないでしょう」

4式大型飛行船は帝国重工の製品らしく破格の性能であったが、その分建造費が長門級戦艦よりも高価であり、おいそれと戦場に投入できない。30年後になれば今よりも生産体制が確立されており、安価で量産できると思われるが、それは未来の話の話であった。

高野は対費用効果を常に考えて行動している。

それを覆して、あえて今回の作戦を高野が立案したのは、世界の軍事的常識に全く当てはまらない内容だけに、相手も予測していない点を狙っていた。備えられていない時点で、失敗する要素は極めて小さい。

黒江は安心したように頷く。
"さゆり"は思いついたアイディアを口に出す。

「高野さん、4式大型飛行船を使って公爵領と帝国本土を股にかける
 客船業はどうでしょうか?」

「遊覧飛行か……悪くないな。
 帝国学院の修学旅行や社員旅行を始めに戦後から始めてみますか?」

「はい!」

"さゆり"が嬉しそうに返事をする。
彼女は、自らの案が認められただけでなく、将来を担う学生達に旅行をプレゼント出来ることが嬉しかったのだ。"さゆり"は定期的に帝国学院に足を運んで、自ら教鞭を取るほどに教育と学生達を重要視している。

そして、この後の事を考えると"さゆり"は、より上機嫌になった。なぜならば、現在行っている4式大型飛行船の視察を終えれば、今日のスケジュールは全て終えた事を意味し、春島にあるホテル「オーシャンブルー」にて明日の朝まで愛する上司と一緒に居られるからだった。
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【あとがき】
最初は4式大型飛行船の動力を1950年代に試作された原子力推進を採用しているNB-36Hのようにしようと思ったけど…狂気すぎるので止めましたw 

ベルヌーイの法則で浮かせるのもw

というか、史実の兵器開発の中には稀にだけど狂気の機体が混じってるねw


【現在のアジア方面におけるロシア戦闘艦艇の数は?】

戦艦:14隻
「オスラビア」
「クニャージ・スウォーロフ」
「アリヨール」
「スラヴァ」
「インペラートル・アレクサンドル2世」
「インペラートル・ニコライ1世 」
「ペトロパヴロフスク」
「ポルタヴァ」
「セヴァストポリ」
「シソイ・ヴェリキィー」
「アドミラル・ウシャコフ」
「ゲネラル・アドミラル・グラーフ・アプラクシン」
「ナワリン」
「ガングート」

装甲巡洋艦:5隻
「ロシア」
「グロンボイ」
「アドミラル・ナヒーモフ」
「ドミトリー・ドンスコイ」
「ウラジミール・モノマーク」

巡洋艦1隻
「ネヴァ」(旧 和泉)

防護巡洋艦:15隻
「アルトゥール」(旧 吉野)
「ガレールヌイ」(旧 高砂)
「ルィーンダ」
「バルラータ」
「ディアーナ」
「ノーウィック」
「ジェームチュク」
「イズムルード」
「ボガトィーリ」
「パルラーダ」
「ジアーナ」
「ヴィーチャシ」
「オレーク」
「ヴァリャーグ」
「スヴェトラーナ」

駆逐艦:13隻
「グローズヌイ」
「ブラーウィ」
「ブイスツリ」
「ウイノスリーウイ」
「ベズポンチャッツヌイ」
「ブールヌイ」
「フサドニク」
「カザルスキー」
「ヴォエヴォダ」
「スラドコフ」
「ガイダマーク」
「アムレッツ」
「アーブレク」

砲艦:4隻
「コレーエツ」
「マンジュール」
「ボーブル」
「シヴーチ」

仮装巡洋艦:3隻
「ウラール」
「リオン」
「テレーク」

この艦隊戦力に加えて、義勇艦隊の戦艦10隻、防巡10隻とアメリカから購入した戦艦6隻が加わり、更には本国からの増援として戦艦3隻、装巡2隻、防巡4隻と一緒にフランス共和国から戦艦4隻、装巡1隻、防巡6隻と一緒にドイツ東洋艦隊の戦艦4隻、装巡2隻、防巡4隻が加わる…

合計、戦艦41隻、装巡10隻、巡洋1隻、防巡39隻、駆逐13隻、砲艦4隻、仮巡3隻…
なんというか、すごい規模だな(汗)

【4式大型飛行船って無茶苦茶な性能では?】
1928年09月18日に初飛行したLZ127(グラーフ・ツェッペリン)は航続距離12000km、128km/hの速度性能を保有しつつ60トンの積載能力を所持しています。130年先の技術を考慮すれば4式大型飛行船が有する最大積載重量183トンも、進化したエンジン性能と機体軽量化によって可能でしょう。

参考程度に、1968年に初飛行を行ったC-5戦略輸送機(エンジン4基)で122トンの搭載量を有しており、またアントノフ設計局が開発し、1988年12月21日に初飛行を行ったAn-225ムリーヤは250トン以上の積載能力があります。

【4式大型飛行船を爆撃機や攻撃機として使わないの?】
航空機による直接攻撃はこの戦争では行いません。
列強諸国にはあくまでも、戦艦が主力と信じてもらうために…

ただし、次の大戦争時には数機が対地重攻撃機(ガンシップ)として改装が施されます。

【4式大型飛行船「銀河」の外観って?】
外観はこのようなになります。
デザインが角ばっているのは電波反射を考慮しているのと、ヘリウム容積を確保するのが目的。
着陸する際には均等に重量配分が出来る様に設置された8箇所に設置された下部ハッチに収められた車輪によって船体を安定さます。また、見た目が強そうに見えるのは帝国重工の特徴的なデザインです(笑)


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2009年10月24日)
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