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帝国戦記 第二章 第07話 『死戦海域』


海戦の模様は激しさを増していた。
双方の距離が縮まり、日露両艦隊の命中弾が増えていたのが原因である。

戦艦ツェサレーヴィチには14時48分に常磐、八雲から放たれた15発の155o砲弾
のうち6発が命中して大破。

14時52分には浸水と共に傾斜が進み、戦艦ツェサレーヴィチは海上から姿を消していた。

しかし、ロシア艦隊の射程内にいる日本艦隊も無傷では済まない。

装甲巡洋艦と防護巡洋艦からの砲撃だけでなく、各戦艦に搭載されている45口径152o連装砲からの砲撃すらも一手に引き受けていた第三護衛戦隊は澤風を残して全滅しており、その澤風、自体も大破炎上していた。

澤風も海上から消えるのも時間の問題であろう。

また、第四護衛戦隊も無傷ですまなかった。
8発の203o砲弾が降り注ぎ最後尾を航行していた矢風に2発が命中している。

この砲撃の主は、被弾によって遅れていた装甲巡洋艦アドミラル・ナヒーモフからの砲撃である。ようやく砲戦距離に到達できた鬱憤を晴らすように、行われた砲撃は矢風の第三砲塔を吹き飛ばしていたのだ。

このまま、物量に飲みこまれるつもりのない、東郷中将は命令を下す。

「全艦隊、機関全速即時待機!」

司令官の命令は全艦に伝えられ、
巡洋艦2、護衛艦3のエンジンがすぐさまに全速発揮態勢となる。
東郷中将はロシア艦隊の動きを見極めて次の命令を下した。

「第四護衛戦隊に命令!
 新針路、取舵65、艦隊最大戦速、敵防護巡洋艦群に7500mにて近接射撃!
 本艦と八雲は戦艦隊と防護巡洋艦の間に割り込め!
 一気に間合いを詰め、敵旗艦を撃破し、敵の指揮系統を乱せ! 以上だ」

「了解!」

接近すればロシア艦からの砲撃精度が増す事になるが、
艦艇兵装に精通している伊地知大佐は司令官の意図を察して即応する。

今までは命中重視で艦隊速力を15.7ノットにて抑えていた第二艦隊であるが、雪風級の最大速度に合わせて第二艦隊は34.2ノットを向けて一気に増速を始めた。この速度を維持すれば佐世保の湾幅程度ならば2分程度で行き着いてしまうであろう。




東郷中将が命じた行動はロシア艦隊を驚かせた。

「なんじゃ、あの加速と速力は!」

マカロフ中将は日本艦の加速と速力を見て、
先ほど知った砲撃性能とは比べ物にならない衝撃をマカロフ中将は受けた。
普段は声に出さない彼も、思わず出してしまうほどだ。

驚きは彼だけではない。

周りの参謀だけでなく、
ドイツ帝国とフランス共和国からの観戦武官も余りにも非常識な出来事に口をあけていた。

日本艦隊が小型の魚雷艇であれば、マカロフ中将も驚かなかったであろう。

しかし、戦艦サイズの艦艇が、この速度で航行している事実が問題であった。 一般に2倍の速度を得るには3乗つまり8倍前後の機関出力を必要とする。つまり、日本艦の発動機はロシア艦と比べて圧倒的に出力が上である事の証明に繋がっていた。

事実、最大速力が17.8ノットのボロジノ級戦艦が搭載している、バルト工場式直立型3段膨張式蒸気機関2基ベルヴィル式ボイラーの機関出力は15800馬力であり、対する葛城級が搭載している機関である、95式統合電力システムの出力は90.5Mwである。抵抗値を無視した単純計算だが、7.355Mwで10000馬力が得られるとすれば、葛城級巡洋艦はボロジノ級戦艦の8倍近くの機関出力であろう。

性能を見たマカロフ中将は日本艦の恐ろしさを悟ると同時に安堵する。
移動範囲が限定されている佐世保湾内に居る限り、数に勝っている限りマカロフ中将は何時でも捕捉できると悟っていた。

(日本艦は確かに恐るべき性能を有している…
 巡洋艦(護衛艦)が有する驚異的な発射速度の長射程速射砲。
 戦艦や巡洋艦を問わず発揮する高い航行性能。

 だが、戦いは性能だけではないぞ?

 2倍の発射速度ならば、此方は3倍以上の砲門数で押しつぶせば良い。
 それに、佐世保湾内に居る限り、速度の優越はさほど問題にはならん…

 重要なのは数と、鉄量だという事を日本軍に教えてやるわ!)

マカロフ中将の考えている通り、日本艦の性能は世界水準を凌駕していたが、肝心の砲撃命中率に関してはアナログ砲術の域を脱していない。数に勝っている艦隊ならば戦い方次第では、いくらでも隙を突く事が出来るのだった。

日本艦隊の目的を見抜いたマカロフ中将は叫んだ。

「戦艦隊、取舵一杯! 左舷被弾警告、全砲門咄嗟射撃!」









猛速によって常磐、八雲はロシア第二戦艦隊に素早く接近していく。
14時55分、砲塔の旋回と針路調整を終えると、2隻の日本巡洋艦は猛然と射撃を開始する。
お互いの距離は8500mであり外しようが無い。

狙うのは155o砲だけではなく、毎分200発の射撃速度という凶悪な射撃性能を有している、
帝国重工製62口径57o単装速射砲の攻撃も加わっていた。

かつては念願の戦艦として、日本帝国からの発注によってイギリス帝国で作られ、日本帝国からロシア帝へと売り渡された、数奇な運命を辿った戦艦富士だった戦艦アルハンゲリスクに多数の155o砲弾と57o砲弾が勢いよく命中していく。

射撃開始から50秒程度で艦上構造物の全てが蜂の巣になるような損害を受けていた。
155o砲弾の攻撃も相まって、誰が見ても大破判定であろう。

戦艦アルハンゲリスクは戦艦から前衛的芸術作品のような意味のわからないガラクタへと変化を遂げている。15時01分に450o魚雷発射管5門からロシア帝国規格の381o魚雷発射管単装4基に換装された箇所に155o砲弾を1発喰らい、魚雷の誘爆によって爆沈した。戦艦アルハンゲリスクは佐世保湾の底を最後の停泊地に定めたのだ。

東郷中将の策によってロシア艦隊に一矢報いたが、日本艦隊の優勢はここまでであった。
距離が近づき命中精度が増したのはロシア艦も同じである。

戦艦アルハンゲリスクが叩かれている間、同型艦の戦艦サンクトペテルブルクは、何もせずに黙っていた訳ではない。2基の305o連装砲に加えて、水雷艇対策として搭載している50口径75o単装速射砲20基、43.5口径47o単装速射砲20基のうち、常磐を射界に捉えていた4割が援護射撃を始めていたのだ。

水雷艇のような高速艦を狙う目的で作られている速射砲は、
雪風級や葛城級の速度にも問題無く対応出来ていたのだ。

戦艦アルハンゲリスクの爆沈と時を同じくして、戦艦サンクトペテルブルクから放たれた速射砲弾の雨が常磐一帯に降り注ぎ、そのうちの1発の75o単装速射砲が艦橋上部の光学観測システムを破壊せしめる。

これは、葛城級が有していた優れた統制射撃が崩壊した瞬間でもあった。

抵抗力が鈍ったところで常磐は戦艦サンクトペテルブルクからの速射砲や主砲射撃だけでなく、4隻のボロジノ級戦艦の45口径305o砲が打ち込まれて第二艦隊旗艦の常磐は巡洋艦から燃え盛る海上漂流物に変貌と遂げた。しかし東郷中将の執念か、戦艦サンクトペテルブルクも燃え盛る常磐からの最後の砲撃によって艦上構造物が大破崩壊し、常磐と同じように海上漂流物となったのだ。

常磐の無力化によって、単艦で戦艦隊と戦う事になった八雲であったが、逃げることなく4隻のボロジノ級戦艦との熾烈な砲撃戦を行って戦艦インペラトール・アレクサンドル三世を沈める。大破漂流していた装甲巡洋艦リュールックも浸水が進み、やがて沈没となった。

もし、マカロフ中将が乗艦している戦艦クニャージ・スウォーロフを撃沈できていたならば、
もう少し状況は変わっていたであろう。

しかし、八雲はロシア第一太平洋艦隊、第一戦艦隊の先頭艦であり、旗艦のクニャージ・スウォーロフを狙わなかったのは、運が悪い事に、燃え盛る戦艦サンクトペテルブルクからの黒煙が邪魔で正確な射撃データを得ることが出来なかったからだった。

ロシア軍防護巡洋艦群に対して7500mまで接近した護衛艦隊も奮戦し、「アヴローラ」「ボヤーリン」、5本煙突が特徴的でその煙突の形から、「木製ゴミ箱」と愛称が付けられていた「アスコルド」、元海軍元帥用の武装ヨットだった「スヴェトラーナ」を撃沈する。しかしその時点で4隻の護衛艦は防護巡洋艦群から受けた速射砲の応射によって大きく傷つき、4隻の戦艦、3隻の装甲巡洋艦、5隻の防護巡洋艦、10隻の駆逐艦からの猛撃に対応する力は残っていなかった。

不幸中の幸いと言うべきか、浜までの距離が近く爆沈や轟沈などの極めて短時間の間に艦が沈まない限り、日露を問わず多くの乗員が生命を取りとめている。

ロシア第一太平洋艦隊は大きな犠牲を払ったが、 マカロフ中将の念入りな準備と適切な対応が装備に優れる日本艦隊の攻勢を凌いだと言えよう。

しかし、勝ったとはいえ日本側の3倍の戦力で挑み、戦艦5、装甲巡洋艦3、防護巡洋艦4、駆逐艦6(大破駆逐艦も含まれているが自沈処分)を失っている。だが、マカロフ中将は撤退するどころか、闘将に相応しい態度で戦果拡大を計るつもりだった。

佐世保湾内における日本艦隊の組織的抵抗力を奪ったロシア第一太平洋艦隊は、15時42分に陣形再編を終えると、マカロフ中将は命令を下す。

「目標、佐世保湾内の全日本艦。祖国の栄光を信じ、突撃せよ!」

速度の低下した装甲巡洋艦アドミラル・ナヒーモフを先に帰港するように命じており、佐世保湾襲撃に参加するのは、周辺海域の哨戒任務に就いている3隻の防護巡洋艦を除いた、戦艦3、装甲巡洋艦2、防護巡洋艦5、駆逐艦4であった。

東郷中将の敗因は、ロシア側の徹底した戦争準備に加えて、佐世保湾という特異な戦場にて物量戦に持ち込まれた事と、史実の日本海海戦にて東郷を支えた上村中将、秋山中佐、佐藤中佐が居なかった事にあるであろう。また、諸外国の艦艇と違って雪風級や葛城級は成形炸薬効果や対魚雷防御に特化しており、対艦砲撃戦に適した装甲が無かったことが上げられる。



日本側にとっての不幸は、襲撃を受けたのは佐世保湾一帯だけではなかったのだ。

佐世保湾海戦と時を同じくして、舞鶴港一帯も戦艦8隻、装巡2隻、巡洋3隻、駆逐7隻からなる有力な艦隊からの攻撃を受けていた。艦隊を率いるのはマカロフ中将と同じような顎髭口髭を有するニコライ・スクルイドルフ中将である。

帝国海軍も必死に応戦するも、配備されていた6隻の護衛艦の内、2隻は出撃準備が整っておらず、戦艦2、駆逐艦4を撃沈し、戦艦3、防護巡洋艦1を中破に追込んだのを引き換えに、日本側は護衛艦6隻と商船11隻が撃沈されていた。 損害だけを見れば佐世保湾海戦と同じように、どちらが勝利者か判らなく結果であろう。

しかし、損害はそれだけに留まらなかった。

経験豊かなスクルイドルフ中将もマカロフ中将と同じく、優勢時に可能な限り戦果拡大を計るべく、舞鶴港湾施設に対して激しい攻撃を敢行していたのだ。
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【あとがき】
次回、日本とロシアの本当の損害が判明します。
双方にとって、予想外の結果になり、戦略が大きく狂う事に…

日本側の圧勝を予想していた人も多いと思いますが、
戦いにおいて、もっとも大事なのは数です!
もっとも、機動力の大半が封じ込められていた結果もありますが(汗)

同等数だったら、日本艦隊の圧勝でしたが戦争は、そう都合よく行かないものです。
艦隊の損害比を見ればどちらが勝利者か判らなくなりますけど(笑)


【ロシア第二太平洋艦隊における戦闘艦の構成は?】

 ロシア第二太平洋艦隊(ニコライ・スクルイドルフ中将)
  ┃
  ┣━第一戦艦隊
  ┃  ┣戦艦「インペラートル・アレクサンドル2世」(旗艦)
  ┃  ┣戦艦「インペラートル・ニコライ1世」
  ┃  ┣戦艦「ポペータ」
  ┃  ┗戦艦「ペレスウェート」
  ┃
  ┣━第二戦艦隊
  ┃  ┣戦艦「ペトロパヴロフスク」
  ┃  ┣戦艦「ポルタヴァ」
  ┃  ┣戦艦「セヴァストポリ」
  ┃  ┗戦艦「ガングート」
  ┃
  ┣━装甲巡洋艦隊
  ┃  ┣装甲巡洋艦「ロシア」
  ┃  ┗装甲巡洋艦「グロンボイ」
  ┃
  ┣━防護巡洋艦戦隊
  ┃  ┣防護巡洋艦「バルラータ」
  ┃  ┣防護巡洋艦「ディアーナ」
  ┃  ┗防護巡洋艦「ノーウィック」
  ┃
  ┗━駆逐隊
     ┣駆逐艦「ウイノスリーウイ」
     ┣駆逐艦「グローゾウォイ」
     ┣駆逐艦「ベシュームヌイ」
     ┣駆逐艦「ベズストラシヌイ」
     ┣駆逐艦「ベズポンチャッツヌイ」
     ┣駆逐艦「ブールヌイ」
     ┗駆逐艦「レシーテリヌイ」


【ウラジオ艦隊における戦闘艦の構成は?】

 ウラジオ艦隊(カール・イェッセン少将)
  ┃
  ┣━第一戦艦隊
  ┃  ┣戦艦「シソイ・ヴェリキィー」(旗艦)
  ┃  ┣戦艦「アドミラル・ウシャコフ」
  ┃  ┣戦艦「アドミラル・セニャーウィン」
  ┃  ┗戦艦「アドミラル・アプラクシン」
  ┃
  ┣━第一支援隊
  ┃  ┗仮装巡洋艦4隻
  ┃
  ┗━水雷艇隊
     ┗水雷艇24隻

史実のウラジオ艦隊だけでなく、バルト海艦隊の一部が合流しています。
また、ドイツ帝国とフランス共和国の各種援護によってマカロフ中将の艦隊を含めてこれ程の艦隊をこの時期の極東に展開できていました。


【戦艦ガングート(初代)って1897年に沈んだのでは?】
帝国重工の歴史改編の余波により、ガングートは沈んでいません。


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2009年10月03日)
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