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帝国戦記 第二章 第06話 『佐世保湾海戦 6』


ロシア第一太平洋艦隊がマカロフ中将の指揮の下、
巧みな戦闘機動によって直撃弾を避けながら日本艦隊との距離を詰めつつあった。

しかし、どれ程に巧みな艦隊機動であろうとも、限界が訪れる。
装甲巡洋艦アドミラル・ナヒーモフの右舷艦首と第三帆柱部分に54口径127o連装砲の1発づつが被弾したのだ。

艦長のロジノフ大佐は127o砲弾の被弾にしては、やたら大きな轟音と衝撃の大きさに驚く。艦後方を見ると第三帆柱が綺麗に無くなっており、その両弦付近に備え付けられていた救命ボートが意味の為さないオブジェと化していた。

第三帆柱の喪失は戦闘には影響なかったが、右舷艦首の被弾は違う。
伝声管から伝えられた損害にロジノフ大佐は愕然となった。

イギリス海軍のインペリュース級を参考にした本艦は舷側装甲をバイタルパート部の45メートルに限定し、集中防御型の装甲スタイルを取っており、それ以外の部分の装甲は無いに等しい。右舷艦首の被弾口から浸水が始まっているとの報告があがったのだ。速度を落さなければ滝のように流れ込んでくる水流によって隔壁(水密扉)が破られてしまう。

ロジノフ大佐は、装甲巡洋艦隊を率いる第3戦艦隊司令フェリケルザム少将に浸水対応の為、 艦隊運動を乱さないように隊列を離れる旨を無電通信にて送信後に命令を下す。また、その際に日本艦の砲の威力の高さの報告も忘れない。

この報告はフェリケルザム少将からマカロフ中将へと最終的に送られ、
マカロフ中将はまた一つの日本艦に関する情報を得ることになった。

「取舵15、第一戦速! 右舷艦首、応急処置始め!
 空いている者を連れて行け!」

「了解(ダー)!」

船務長は被弾箇所付近の隔壁を資材を用いて、必要最低限の戦闘速力に耐えられる程度に補強するべく、 周辺の水兵を引き連れて艦内に消えていく。

ロジノフ大佐はすぐさま、次の命令を下す。

「面舵35、砲戦準備!」

ロジノフ大佐は浸水対応を行うべく装甲巡洋艦隊の隊列から離れたが、
戦闘を放棄したわけではない。
応急処置が間に合わなければ、遠距離砲撃にて援護するつもりなのだ。

4基の45口径203o連装砲が有効射程距離に到達した際に直ぐに撃てるように、砲術士官が砲戦に必要な情報(主に変距率)を割り出す為に紙の上で定規を走らせ値を求めていく。

8000メートル前後の砲戦で計算すべき要素は、敵艦速度、方向、原始位置(距離)と自艦速度、方向が必要である。これらの要素のうち重大なものは、彼我の距離の時間による変動割合で、時速やノットで表示される変距率と言われるものだ。

当然、砲撃の準備を進めていたのはアドミラル・ナヒーモフだけではない。

日露の艦隊の距離はすでに18000メートルを切っており、
一応はロシア第一太平洋艦隊に所属する戦艦や装甲巡洋艦の主砲射程内である。

ロシア艦隊による砲撃はまだ始まっていなかったが、砲撃前の最終陣形として、 戦艦隊は2列の単縦陣、第一戦艦隊「クニャージ・スウォーロフ」「インペラトール・アレクサンドル三世」「アリヨール」「スラヴァ」 と第二戦艦隊「レトウィザン」「ツェサレーヴィチ」「アルハンゲリスク」「サンクトペテルブルク」の二つに分かれていた。

マカロフ中将は戦艦隊を分けることによって双方がお互いに支援できるようにしたのだ。

例え日本艦隊が一つの戦艦隊の頭を抑えたとしても、もう片方の戦艦隊によって叩かれることになるだろう。戦艦隊の動きに連動するように防護巡洋艦隊は、やや距離をとりつつ日本の巡洋艦隊(護衛艦隊)に向かう。

マカロフ中将は優勢な隻数と佐世保湾の地形を利用することによって、
日本艦隊の自由を奪うのがその狙いだった。

戦艦レトウィザンの周辺に砲撃による水柱が立ち始める。
日本艦隊もマカロフ中将の策に気がついたのだ。

6分後に戦艦レトウィザンを挟み込むように夾叉弾が発生した。 この時の双方の主隊の距離は15200メートル。つまり、相対速度は25ノット(1分間に771.66m)である。

夾叉弾の出現によって艦の位置が、その時点でほぼ正確に把握できたことになるが、ロシア艦隊側も日本艦隊に対する概略値は出ており、戦艦や装甲巡洋艦に搭載されたバー&シュトラウト社のトランスミッター(電送盤)を通じて艦内の砲戦に関係する部署に伝えられていく。

砲撃が始まれば砲撃音などの轟音で部署によっては伝声管が機能しないので、この段階から該当区画に対してはトランスミッター(電送盤)を通して必要な情報のやり取りになるのだ。

バヤーン、パミイヤ・アゾヴァの中破、アドミラル・ナヒーモフが小破という装甲巡洋艦隊に少なくない損害を出していたが、マカロフ中将の指揮によってロシア艦隊は隊列を乱すことなく機動を繰り返し、巧みに砲撃を避けつつ突撃を続ける。

双方の距離が13600mに達する頃に、装甲巡洋艦バヤーンが沈没、その3分後にパミイヤ・アゾヴァも続くように後を追った。しかし、その間にロシア艦隊は2300mもの貴重な距離を稼いでおり、戦艦隊と装甲巡洋艦隊が満足のいく射撃位置に到達していた。

アドミラル・ナヒーモフも速力低下によって遅れながらも、怯むことなく突撃を継続している。
マカロフ中将が試みた突撃策は成功を収めようとしていた。

戦艦クニャージ・スウォーロフの艦橋にて戦況分析を行いつつ、
機が熟すのを待っていたマカロフ中将は次なる命令を下す。

「第一戦艦隊、射撃開始!
 我等が聖ロシアに栄光あれ!(ラーシァ スピシェーナヤ ナーシャ ジェルシャーヴァ スラヴァ)」

1904年 2月11日 木曜日 14時37分
司令官の号令と共にロシア艦隊が祖国の勝利と栄光の為に距離11300mで戦端を開いた。

従来の各砲が個別に射撃するロシア艦隊砲撃方法とは異なり、戦艦クニャージ・スウォーロフが、まず一弾試射を撃ち、その着弾点を確認してから次々と砲撃が続く。斉射戦術によって、弾着地点を明確に見極めるためである。

砲撃の際にも黒煙はほとんど発生しない。
マカロフ中将の働きにより、砲撃の装薬に今まで使用していた黒色火薬から、ドイツ帝国より輸入したコルダイト(硝酸エステル系無煙火薬)に切り替えていたのだ。第一戦艦隊の射撃を受けて、第二戦艦隊、第三戦艦隊も続く。

ロシア海軍もまた、マカロフ中将の厳しい訓練によって艦隊統制射撃を習得していたのだ。









日本帝国海軍所属の第二艦隊はロシア艦隊に対して激しい砲撃を繰り返すが、
思うほど当たらなかった。

理由は砲戦距離と巧みな相手機動、そして砲戦を行うべき艦艇の少なさにある。

長距離射撃では風速、風向、温度、湿度、地球の丸み、地球の自転速度が必要で、これらのデータ収集には多岐にわたる計測システムが必要である。葛城級や雪風級には主に光学観測システムしか搭載されていない。

それでも無傷にて、戦艦1小破、装甲巡洋艦の2隻撃沈、1小破という戦果を上げていた。
ロシア艦隊と同等数ならば、すでにロシア装甲巡洋艦隊は全滅し、戦艦隊にも砲撃を浴びせていたであろう。

「艦首5時方向、敵艦隊、主砲発射!」

ロシア艦隊から32発の305o砲、36発の203o砲が放たれた、
報告を聞いた東郷中将は第二艦隊の夏が終わったのを痛感する。

(まずいな…
 これからは此方も回避行動を行わねば為らぬ…しかし…)

東郷中将はロシア艦隊の機動を見て懸念していた。
ただ、懸念を感じても特異な戦場によって如何することもできない。

海戦模様は東郷が当初に思い描いた同航戦であったが、ロシア艦隊の巧みな艦隊運動と数を生かした半包囲により、第二艦隊は佐世保湾の地形に押し込められる形で身動きが制限されつつあった。包囲により針路が限定されるという事は、ロシア側からすれば砲撃計算がやり易くなる事と同意語である。

しかも、お互いの距離が近づくにつれて、お互いの命中精度が向上していくのだ。
東郷中将は数に数に勝るロシア艦隊との消耗戦を恐れていた。

そして、佐世保湾は奥行きは長いが、湾幅は平均して1km〜2km程度しかない。
また、東郷中将の懸念は、佐世保湾特有の回避行動の制限だけではなかった。

戦場にするには幅が限られており、例え相手側より1.5倍早く動けたとしても、3倍の敵が相手では、敵艦隊の頭を抑えることは出来ない。1戦隊の頭を抑えても、敵の別働隊に背後を取られてしまう理由もあった。それに回避行動を繰り返せばこちら側の命中率も下がるジレンマもある。

艦隊運動を解いて全速で散開すれば逃げられるが、
艦隊としての機能を喪失してしまうので逃走でもない限り取れる手段ではなかった。
それに、距離を取って再編成を行っている間に、佐世保港は火の海になるであろう。

司令官の悩む姿を見た伊地知大佐が尋ねる。

「針路、変更しますか?」

「いや、暫くはこのままで良い」

ロシア艦隊の動きに、何かが隠されていると感じた東郷中将は状況を見極めるために、
双眼鏡を構えて敵艦隊の観測を再開する。
東郷中将もマカロフ中将と同じく、闘志を溢れさせており、諦めの感情は一切無かった。

彼もまた、英雄の素質を持つ男なのだ。
最後まで諦めずに結果を出した者が英雄になれる。

ロシア艦隊による砲撃開始から32秒が経過した時、
彼らの第一斉射が空から勢い良く落下してきた。

砲撃距離が11000にもなると砲弾は水平射撃では届かず、必然的に仰角を取った砲撃になる。 大砲から砲弾が打ち上げられた後、重力に引かれて落下というプロセスを経る分、飛行時間は長くなるのだった。

その内、ボロジノ級戦艦4隻が放った16発の305o砲弾が常磐の周りに落下。八雲にも残る4隻のロシア戦艦からの砲撃が集中し、護衛艦にはロシア装甲巡洋艦の砲撃が集中していた。夾叉弾や直撃弾は無いが、侮れない精度である。

初弾命中は余程の幸運が無ければ発生しないが、戦場では予想外の事が起こるの知っている、 東郷中将は直撃弾が無かった事に内心安堵した。

葛城級と雪風級の設計思想は、量産性と汎用性を保ちつつ長期に及んで運用が可能な艦艇として、対艦砲戦対策としての重装甲化は行わず、将来において重要になる対航空戦、対潜水艦、対ミサイル戦を重視している。その代りに、沈みにくい船体設計とダメージコントロールによって致命傷を避けるような設計になっていた。

そのぶん、復元性が高く、扱いやすい軍艦と言えるであろう。

ロシア艦隊の砲撃を見て伊地知大佐が言う。

「錬度は低くありません」

「やはり大国ロシア帝国の海軍は清国海軍とは違うな」

東郷中将は応じると、お返しとばかりに常磐、八雲の砲撃が戦艦レトウィザンに向けて放たれた。弾着時間を計測するために、ストップウオッチを持った砲術士官の声が艦橋内に流れる。

「…8…7…6…5…4…3…2…1…弾着!」

砲術士官による弾着宣言と同時に、
正義の名を付けられた戦艦レトウィザンの周辺に18発の155o砲弾が降り注ぎ水柱が立つ。

先ほどの砲撃で1発の155o砲を喰らっており、戦艦レトウィザンは1門の45口径150o単装砲を失っていたが、距離が縮まり仰角が少ない分命中精度も増しており、今回の砲撃はその程度の損害では済まなかった。

18発の155o砲弾の内、3発が直撃弾となり、 1発は角度が悪く右舷装甲を小破させた程度に留まったが残る2発が問題だった。1発は艦橋の司令塔に直撃し、艦長のステノウィチ海軍大佐と第二戦艦隊を率いていたヴィリゲリム・ヴィトゲフト少将を戦死させ、3秒後に落下してきた155o砲弾が甲板を貫通し305o砲弾弾薬庫に突入後に炸裂したのだ。

閃光、爆炎、水蒸気爆発の順に発生し、衝撃波と共に破砕された艦艇部品と一緒に轟音を辺りにまき散らし終えると、ドス黒い煙を放ちながら二つに折れて沈んでいく。

戦艦レトウィザンは日露戦争における最初の喪失戦艦となった。

しかし、戦艦レトウィザンも唯ではやられない。
爆沈直前に放った4発の305o砲弾のうち1発が常磐に当り、第一砲塔を砲座から吹き飛ばす。

また、第二戦艦隊の旗艦レトウィザンを失ったロシア艦隊であったが、
マカロフ中将の備えにより第二戦艦隊では混乱は殆ど起こってはいなかった。

マカロフ中将は自分や各戦隊司令官が戦死した際に指揮系統が混乱せぬよう、万が一に備えて各戦艦戦隊に対して指揮系統を継承する将校を複数乗せていたのだった。そのような備えがあって、第二戦艦隊では、戦艦アルハンゲリスに乗船していたクニコライ・ネボガトフ少将が戦隊指揮権を継承したのだ。

マカロフ中将が有するリカバリー能力の高さの証明と言えよう。

そんな中、9800mの時点で第二艦隊、第三護衛戦隊が、
装甲巡洋艦リュールックに対して127o砲弾を多数浴びせて、大破に追い込んだ。

しかし、リュールックが大破した直前、ドミトリー・ドンスコイが放った8発の203o砲弾のうち2発が天津風に当り、その内の1発が左舷の62口径57o単装速射砲に命中すると、直ぐには爆発せずにそのまま、その直下にあった57o砲弾の揚弾機(エレベーター)の中を突進し、内部の57o砲弾弾薬庫に到達して爆発した。

57o砲弾の弾薬庫周辺を吹き飛ばしていく。
爆沈はしなかったが装甲巡洋艦リュールックと同じように大破に陥って、
戦闘能力を完全に喪失した。

沈没も時間の問題で、早急に総員撤艦しなければ、危ないであろう。
そして、天津風の後方300mを航行していた時津風も装甲巡洋艦ウラジミール・モノマークの1発の203o砲弾を船体中央と船尾の中間に喰らって速力を大きく低下させていた。

14時43分、包囲戦のみで砲撃を行っていなかった、 ロシア第一太平洋艦隊に所属する防護巡洋艦9隻が攻撃位置に到達すると、9隻合計で58門に達する45口径152o砲が味方装甲巡洋艦隊を援護すべく、日本艦を射界に捉えた砲から順に砲撃を開始する。また、駆逐艦10隻も日本艦隊に艦首を向けて最大戦速にて襲撃体制に移ろうとしていた。
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【あとがき】
ロシア帝国の国力に物を言わせて、 名将が求めた最新鋭機材が整えられているので、ロシア艦隊は手ごわいです。 そして、指揮官も優秀!
しかも佐世保湾という近代海戦を行うにしては狭すぎる環境(汗)

とにかく、佐世保湾海戦もいよいよ佳境に!
ロシアの名将、ニコライ・スクルイドルフ中将も次のお話で出てきますよ〜
陸軍のロマン・コンドラチェンコ中将はもう少し後かな?


【現段階の双方の損傷艦および損失艦艇は?】

沈没
戦艦「レトウィザン」
装甲巡洋艦「バヤーン」「パミイヤ・アゾヴァ」

大破
装甲巡洋艦「リュールック」
護衛艦「天津風」

中破
巡洋艦「常磐」
護衛艦「時津風」

小破
装甲巡洋艦「アドミラル・ナヒーモフ」


【何故、帝国重工は砲撃戦も見越した艦艇にしなかったの?】
いかに帝国重工と言えども、特殊鋼をふんだんに使った重装甲艦艇を短期間で量産する事は出来ません。また、重装甲にするとその分、機関の負担なども増えて維持費がかさみます(汗)

また、軍事に掛けられる予算は限られており、より多くの予算と資材は国力増強に回さねばならなかった事情もあります〜

それに、雪風級も葛城級もこんな酷い戦場を想定してませんw


【あれ、9隻の防護巡洋艦の152o砲って46門じゃないの?】
ボガトィーリ級防護巡洋艦の「ボガトィーリ」「ヴィーチャシ」「オレーク」の3隻は史実よりも早く改装を受けており、2基の152o連装砲から8基の152o砲単装砲に変更されています。

オレークは偵察中で海戦には不参加なので、9隻合計58門なのです!


【先進科学のグラビア写真2】
佐世保湾海戦とは関係有りませんが、イリナが雑誌「先進科学」に乗せた写真ですw
持っている銃は日本国防軍の特殊部隊が使用しているXM8のカスタムモデル。

意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2009年09月28日)
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