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帝国戦記 第二章 第05話 『佐世保湾海戦 5』


佐世保湾にある高後崎と寄船鼻の中間の海道にて日露艦隊は対峙していた。

日本艦隊(第二艦隊)の陣容は以下のようになる。

巡洋艦(他国は戦艦と認識) 
第二巡洋戦隊:「常磐」「八雲」

護衛艦(他国は巡洋艦と認識)
第三護衛戦隊:「天津風」「時津風」「峯風」「澤風」
第四護衛戦隊:「沖風」「島風」「灘風」「矢風」

これらの、10隻の艦艇が有機的に動き出していた。

観測兵からの報告を聞いた常磐の艦長である、
伊地知大佐が東郷中将の作戦に従って命令を下していく。

「針路、面舵15度、第三戦速! 用意………発動!」

艦長の命令によって航海員が舵輪を切り、常磐は右へと針路を取る。
常磐に続く第二艦隊所属艦も、それに合わせて動く。
複雑な艦隊機動であったが、隊列は乱れることは無い姿は、錬度の高さの証明であろう。

ロシア艦隊に劣らぬ訓練を受けた第二艦隊が見事な艦隊運動を展開していくと、
艦艇性能の差によって、旋回力の差が出始めて日本艦隊が優位な位置を占めていく。

「舵ぃー、戻せ!」

これで第二艦隊は東郷中将の思惑通り、敵艦隊の頭を抑える形となった。
絶好の攻撃ポジションに着きつつある状況を理解している東郷中将は更なる命令を下す。

「第二巡洋戦隊目標、敵先頭艦、バヤーン級装甲巡洋艦、
 第三護衛戦隊目標、敵二番艦、第四護衛戦隊目標、敵三番艦!」

戦艦ではなく、バヤーン、アドミラル・ナヒーモフ、パミイヤ・アゾヴァの三隻の装甲巡洋艦が最初の目標となったのは、 装甲巡洋艦隊は本隊と連携しつつ、第二艦隊を挟み込むように航行しており、座視すれば十字砲火を浴びる可能性があったのと、商船の最大の敵は戦艦ではなく航続距離と速度に優れた装甲巡洋艦だったのが理由だった。

商船を守れぬ海軍に存在価値は無い。

目標を聞いた砲術参謀が艦隊砲撃プロセスの構築を開始する。
砲術参謀は常磐の砲撃は砲術長に一任していた。

常磐に備え付けられている前方2基、後方1基の52口径155o三連装砲が、 敵艦隊の方向に向けて滑らかに旋回すると同時に、同型艦であり僚艦の八雲も同じ目標を狙う。

史実と同じように、連合艦隊は常に速力と火力が同じ2隻が1組となって敵と対峙し、
2対1の優位な状態で戦えるように訓練されている。

一つの護衛戦隊が1隻の目標を狙うのは、
雪風級の火力と葛城級の火力のバランスを考えた結果である。

そして、これらの射撃システムを効率よく運用する為に帝国艦隊では、無線ネットワークを介した命令伝達が既に始められていた。史実に於いて、第二次世界大戦時に米海軍が使用した戦術放送システム(TBS)と同じようなものだったが、戦術放送システム(TBS)と違って、各艦艇にはそれぞれの周波数が振られており、例え全艦から一斉通話が申し込まれても、必要な艦との交信が可能という改良すら施されていた。

砲戦準備が進む中、活発なのは砲術部門だけでない。

「被弾即応態勢発令!」

船務参謀が被弾に備えて、艦内電話を通じて船内各所の要員に連絡すると、
数秒後に各所から配置完了との報告を受ける。

この時期にダメージコントールという概念を採用出来たのには訳がある。 帝国重工の働きかけによって、連合艦隊ではダメージコントロールの概念が根付いていた。帝国海軍にとって帝国重工は大きな恩もあり、更には国家に多大な貢献をしている高野の存在もあって、帝国重工側が提唱する新戦術は神の声に等しかったのだ。

それに、日本帝国の技術では作れない艦艇を簡単に失えない
現実的な理由も存在していた。

「第一、第二、第三砲塔、統一射撃、回路正常…」

時々刻々と情報が入ってくる。

「敵先頭艦、距離21500、方位125度15分」

観測員からの報告に従って、表示装置と位置入力装置を兼ねた画面操作装置(タッチパネル)に砲術長が数値を入力していく。

「射撃解析値入力中!」

「オウ」

砲術長の報告に、東郷中将が嬉しそうに反応した。
艦長の伊地知大佐も似たような表情である。

優勢な敵に対する苦難の戦いであるが、 海軍士官として艦隊戦を戦える事に東郷中将と伊地知大佐は間違いなく熱い想いを感じていた。

「諸元入力良し!
 主砲発射態勢に入ります」

入力を終え、必要情報が電気信号となって各砲塔に伝えられると、射撃データに従って3基の主砲の旋回度と砲身の仰角を調整していく。砲撃に必要なプロセスを終えると、砲術長が操作している端末機器に第一、第二、第三砲塔の準備完了の合図が表示された。

諸外国と比べて驚くべき速さの砲戦準備であろう。
対峙しているロシア艦隊の砲術士官が見れば「反則だ!」と叫びたくなる代物に違いない。

「準備良し!」

「宣侯(よーそろー)、撃ち方始め!」

東郷中将は命令を下す。

葛城級の52口径155o三連装砲と雪風級が有する54口径127o連装砲は最大飛翔距離は別として、有効射程に関しては同一の射撃システムを採用している事から同じ29,800mであった。しかし、船体面積の小さい雪風級は海面状況の影響を受けて有効射程が減少しており、この距離からの攻撃になっている。

これは、便利で利点の多い、艦隊統一射撃の唯一の弊害と言えるであろう。














対するロシア第一太平洋艦隊では 日本艦隊の予想以上の航行性能の良さにに驚く。
同じタイミングで舵を切っても艦隊機動に差が出てしまうのだ。

(なんて性能だ!)

マカロフ中将は声には出さずに叫ぶ。
水雷戦術の権威として名高いマカロフ中将は、
航行性能の優越がもたらす海戦の影響を誰よりも知っている。

「敵戦艦発砲!」

見張員の報告にマカロフ中将は先ほどに増して驚く。

(葛城級は155o砲のはず!?)

マカロフ中将と同じく、昼戦艦橋にいた砲術参謀も長官と同じように驚きつつも、日本艦の砲撃間隔を調べるためにロンジン(1秒単位性能)のストップウォッチを押す。

ボロジノ級戦艦に備えられている40口径305o砲の有効射程に入っていない。

ロシア艦隊の戦艦には日本の急激な近代化を考慮し、F.A.2型距離測定器だけではなく変距率盤すらも搭載していた。これらの装備によって戦艦の砲戦距離が延びていたが、それでも此方の有効射程まで距離にして約1100メートル程あり、射撃開始まで1分ほど時間が掛るであろう。

後方の敵巡洋艦群も一斉に射撃を開始する。

バヤーンが航行している付近に18本の大きな水柱が、アドミラル・ナヒーモフ、パミイヤ・アゾヴァの周囲には、48本に上るやや小さめの水柱が立つ。やや遠弾であったが、十分に有効射程内を証明する証拠であろう。

双眼鏡にて見ていたマカロフ中将は先ほどの艦隊機動を実現した性能も相まって、
全てを理解して決断した。

(くっ、偽情報か! おのれぇ、謀られたわ…
 しかしっ、これからが本番じゃぞ!)

「バヤーンに命令、新針路、取舵15、第五戦速にて敵艦隊に突撃!
 本隊、針路、取舵45、第五戦速! 機関が焼き切れても構わん!!」

日本艦艇の主砲性能を予測したマカロフ中将は最悪の事態に備えるべく大胆な命令を下す。

マカロフ中将は針路の変更によって、敵艦隊の射撃データを無効にしつつ、
装甲巡洋艦群によって隊列を乱し、本隊にて中距離同航戦を行おうとしていた。

(着弾まで早い!
 射程だけでなく、初速も我々の砲より優れているのか!!)

マカロフ中将は頭に叩き込んでいた日本艦隊の主砲性能を書き換えていく。
ロシア艦隊に更なる衝撃が襲い掛かる。

「次弾発砲!」

「砲撃間隔は!?」

「じゅ、11秒です!」

報告を聞いたマカロフ中将は絶句する。

驚いたのは砲撃速度ではなく、遠距離射撃の計算にも関わらず誤差修正時間の短さであった。 新針路に変更したにも関わらず、立ち上がった66本の水柱によって、先ほどと似たような精度である事が分かる。そして、先ほどのマカロフ中将の命令の確かさを証明していた。 変更前の針路のままでは、戦艦群の主砲有効射程に入るまでに日本艦隊から一方的に叩かれていたであろう。

雪風級が装備している95式54口径127o連装砲の発射速度は毎分70発に達し、さらに連続発射可能弾数は88発で、各砲塔下部にはそれぞれに308発の砲弾が収納されているのだ。

砲撃システムも、それに見合ったものを使用しており、
マカロフ中将が驚くのも無理はない。

ただし、超近接戦や面制圧対地支援射撃でもない限り、 射撃データと第一射弾着地点との誤差を計算し、第二射に入らなければならない。このように第二射、第三射と繰り返す事で正しい入力値を得るのだ。

そして、圧倒的な技術優位に立っていた日本艦隊も絶対的な優位ではない。
ロシア艦隊にも速射砲は装備されており、ボロジノ級戦艦の40口径305o砲を喰らえば徒ではすまないのだ。

今までの隠されていた日本艦艇の恐るべき性能を知ったマカロフ中将であったが、その表情には諦めは無い。先ほど感じた驚きも消え去り、豊かな髭を蓄える好々爺のような顔つきであったが、 その瞳は歴戦の戦士の目をしており闘志を漲らせていた。

「落ち着け!
 まだ、勝敗は決まっていない、勝機は我らにあるぞ!!
 連射が早かろうとも、必中ではない!」

驚きの連続により、恐慌状態になりかけた参謀達にマカロフ中将は激を飛ばす。
人望の厚い名将マカロフの掛け声で我を取り戻した参謀達。

闘志を取り戻した参謀達に満足そうに頷くと、
マカロフ中将は昼戦艦橋に響くような命令を発令する。

「バヤーンに命令、新針路、面舵25、第四戦速! 21秒後、針路戻せ!」

「了解(ダー)」

長官の言葉に通信参謀が応じる。
昼戦艦橋の中には「祖国万歳(ナシュウラー)!!」と叫ぶ者すらいる。

先頭艦のバヤーンに続く5隻の装甲巡洋艦が見事な単縦陣にて鉄騎兵の様に突き進む。

総合戦力を見れば隻数と門数に勝るロシア艦隊がやや優位である。
質と数の死闘が今、始まろうとしていた。
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【あとがき】
山本権兵衛って凄いよなぁ…
戦艦大和のドックの元になる設備を建設したり、世界に先駆けて速射砲の有効性に目をつけて日清戦争の海戦勝利に貢献したり…

とにかく、日本艦隊の勝機はロシア艦隊が驚いている間に、どれだけ叩けるかにあります。
1900年の305o砲といえども、当たれば危ないのです…


【明治時代にストップウオッチ!?】
1879年にストップウオッチ機能を有する懐中時計「ルグラン」が販売されています。

【雪風級の95式54口径127o連装砲は無敵じゃない!?】
日清戦争時に大活躍した、アームストロング式4.7インチ(120o)速射砲も5.3秒に1発の砲撃が可能です。流石はノルデンフェルト砲やガトリング砲を陳腐化へと押しやった名砲!


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2009年09月24日)
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