gif gif
■ EXIT
gif gif
gif gif
帝国戦記 第二章 第04話 『佐世保湾海戦 4』


「そろそろだな…」

マカロフ中将が旗艦クニャージ・スウォーロフの昼戦艦橋にて呟く。
防護巡洋艦イズムルードから伝えられた発見報告から既に4分が経っており、そろそろ日本艦隊を捕捉する頃合だとマカロフ中将は判断していた。

「先行しているオレーク、ジェームチュクの2隻は偵察行動を継続しつつ、
 通商破壊戦を始めるように伝えよ」

「判りました。
 イズムルードに関してはどのように?」

副官のコロング大佐は残る1隻の処遇を尋ねる。
敵が目前に控えている現状からして、艦隊陣形を乱すのは得策ではない。 コロング大佐は上官の答えは判っていたが、軍隊として命令を下さねば為らず、あえて尋ねたのだ。

「我々本隊が敵艦隊を捕捉した後に、
 イズムルードもオレーク、ジェームチュクと同じように行動させる。
 戦力の分散にはなるが、敵の面前で再編成を行うよりは健全であろう」

「了解しました」

マカロフ大佐が通信兵に電文内容を伝え終えると、見張員の声が昼戦艦橋に響く。

「左15度にマスト!」

昼戦艦橋に居た参謀や士官達が見張員の報告した方向を双眼鏡を構えて見ると、 双眼鏡のレンズに日本艦独自の角ばった先鋭的なデザインをした船が見え始める。

コロング大佐は思う。自軍の無骨な船と比べて、日本艦は凄まじく格好良く見えた。
自然と強そうに見えるデザインの良さに悔しさを覚えるも、軍艦の真価は強さであると言い聞かせて、気持を抑えた。

マカロフ中将もコロング大佐と同じような気持だったのは、戦後にマカロフ大将が書き綴った 回想録にて明らかになる。

「あれだな…日本艦隊は向かってくるか…見事な勇気じゃな。  だが…」

「無謀ですね」

マカロフ中将の言葉にコロング大佐が応える。
軍事常識として戦艦2、巡洋艦8の艦隊戦力で、戦艦8、装甲巡洋艦6、防護巡洋艦12(内3隻は偵察行動)、駆逐艦10を有する大艦隊と戦うのは有り得なかった。

勇気ではなく無謀としか表現できない。

「ウム…総員戦闘配置に就け!
 取舵、針路75度、第四戦速!!」

マカロフ中将が日本艦隊を見据えながら命令を下す。

「距離!」

マカロフ中将が距離を尋ねる。
彼も双眼鏡を所持していたが、当然ながら艦橋に取り付けられている距離測定器を使ったほうが精度が高い。

マカロフ中将は第一太平洋艦長官就任の際に、中立国を介するという手間を掛けながらもバー&ストラウト社からF.A.2型距離測定器を導入していたのだ。単眼合致式測距儀で、6000mでの測距誤差は140mという、この時代の測距儀としては破格の性能を持っていた。

入手するのには困難が伴ったが、 正確な情報を統計的に集めることを重視する、マカロフ中将らしい配慮であろう。史実と違って、マカロフ中将の権限が増していたからこそ、出来た芸当でもあろう。

「敵艦隊、距離およそ24000……右回頭を開始しました」

「何だと?」

報告を受けたマカロフ中将は驚く。
そして、右回頭を行った理由を考える。

(右回頭だと…併走に持ち込んで同航戦に挑むつもりか?
 奴らは砲戦に自信があるのか…もしくは何らかの備えがあるか…どちらかじゃな。
 それに、先ほどの偵察報告から相手の方が優速なのは判っている…ならば!)

同航戦とは、敵と並んで同じ方向に進みながら交戦する戦闘方法である。 マカロフ中将は同航戦に関しては異論は無かったが、速度が勝る相手と戦えば此方が追走する羽目になり、こちら側の頭を抑えられて、1番艦が一方的に叩かれかれない可能性を危険視していた。

マカロフ中将がここまで頭を抑えられることを危険視するのは、指揮系統が集中している昼戦艦橋に当たれば、艦の動きがマヒしてしまうからだ。先頭艦が狂えば陣形も狂う。危険性は可能な限り減らさなければならない。

こちら側も望んではいたが、最初から相手の望み通りに動くことは無い。
そう結論付けると、マカロフ中将は決断した。

「距離、500毎に報告せよ」

現在の相対速度は、37.8ノットであり、1分間に1166.76メートルづつ接近する。
ボロジノ級戦艦の最大射程で換算すると、砲戦開始まで4分を切っていると言えよう。

「了解!」

厳しい訓練によって鍛えられたマカロフの兵は速やかに反応した。
ロシア第一太平洋艦隊は見事な単縦陣を第二艦隊の動きに合わせて針路を変更し、同航戦にならないように針路を保ちながら、第二艦隊へと近づいていく。














(思い通りには行かぬか…)

葛城級巡洋艦「常磐」の昼戦艦橋にて、第二艦隊を率いる東郷中将はロシア艦隊の動きを冷静に分析していた。 ロシア艦隊は此方の意図には乗らずに、反航戦から海戦を行おうとしている。故に同航戦に固執すれば取り逃がす可能性が高い。そのまま旅順に帰航するなら問題は無かったが、ロシア艦隊の狙いは佐世保破壊であろう事からして、逃す訳にはいかなかった。

そして、長距離砲戦は荒々しい佐世保の海模様からして適切ではない。

特に、地形が悪かった。浅水係数と言われる関係から、波は水深が小さくなるにしたがって、すなわち沖から岸に近付くにつれて形を変え、波高が大きくなり波長は短くなる。

砲戦の天敵と言える横揺れが多発する環境では、
高精度レンズを備えた測定システムも生かしきれない。
ただし、日本国防軍の使用している葛城級ならば、現在の海面状況でも問題なく戦闘可能である。

(敵もやりおるわい。お前たちが、そう来るならば!)

東郷中将はロシア艦隊の艦隊運動を見て決意する。

「取舵、針路75度、第五戦速!」

「提督!? その針路ですと…」

「判っている、しかし、この方法ならば確実に抑えられる!」

東郷中将の真意を聞かされた参謀は驚くも、納得し反論はそれ以上でなかった。
確かに、その方法ならば、損害さえ気にしなければ、敵艦隊の動きを阻止できるからだ。

日本艦隊とロシア艦隊はお互いの有利な状況を勝ち取ろうと、
艦隊運動を繰り返しつつ、距離を縮めていく。

日露合わせて36隻に達する艦艇が航行時に発生する、引き波と言われる船尾波を海面に描きながら、海戦の時が確実に迫っていた。
-------------------------------------------------------------------------
【あとがき】
今回も戦闘が無かった(汗)
しかし…海戦の前に避けては通れない、艦隊運動なのでご容赦下さいw
ようやく次は砲撃戦かなぁ…


【バー&ストラウト社製距離測定器、あれってイギリス製じゃ?】
史実では戦艦三笠に搭載されていました〜
日本が購入しない以上、会社の利益を得るためには誰かに売らなければなりません。 そのような背景もあって、好意的中立という政治環境もあり、イギリス帝国製の兵装ですらも金次第ではロシア帝国に流れています(笑)


意見、ご感想お待ちしております。

(2009年09月21日)
gif gif
gif gif
■ 次の話 ■ 前の話
gif gif