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帝国戦記 第二章 第03話 『佐世保湾海戦 3』


横須賀にある連合艦隊司令部に到着した上村中将は、はるな大尉に連れられて会議室のひとつに案内される。入口には2名の衛兵が待機する程に厳重な警戒である。その、会議室の中には上村中将だけが通され、入室資格が無かった佐藤中佐と"はるな大尉"は 会議室の前にて待機となった。

会議室に入ると、上村中将は声をかけられる。

「わざわざ呼び出して申し訳ない」

上村中将は室内のメンバーを見て、その面々に驚く。

上村に声をかけたのは、海軍実戦部隊を指揮する連合艦隊司令長官の坪井航三大将を始め、 陸海軍の軍政を統括する統合軍令部議長を務める西郷従道大将、海軍作戦を統括する海軍作戦部長の山本権兵衛 大将、 という統合軍令部の主要人物が居たのだ。

更には帝国重工と国防軍を率いる高野栄治大将が参加している。
まさに、堂々たる一同であろう。

彼等は会議室に置かれた、真ん中がロの字に空いた机口型の机を囲むように座っている。

西郷大将が上村中将に座るように勧めると、上村中将は一礼をしてから座った。
席に着き終えると西郷大将が話し始める。

「出撃準備を整えている中、呼び出したのには訳がある」

山本大将が言葉を続ける。

「第四艦隊には第二艦隊との合流ではなく、襲撃作戦を行ってもらいたいのだ」

襲撃作戦は予想外であったが、この場に高野大将が居た事で先ほど導き出した答えは、ほぼ確信となった。 そこで確認するために上村中将は質問する。

「第四艦隊のみで襲撃でしょうか?」

坪井大将は信頼する勇猛な部下の反応に満足して、山本大将の代わりに答える。

「ははっ、その顔だとカラクリには気がついたようだな。
 もちろん第四艦隊だけではない、詳細は高野大将から聞いてもらいたい」

やはり、と思った上村中将が高野大将に視線を向ける。

1895年に艦長として防護巡洋艦「秋津洲」を率いていた上村は、未来から来た大型強襲揚陸艦「大鳳」との遭遇者の一人である。ファーストコンタクト以来の付き合いで、高野が未来人と知っていたが、それであっても高野の備えの良さに驚いていた。

高野大将は言う。

「トラック諸島から出撃した蔵王と護衛艦3隻が、  後1時間位で横須賀港に到着するでしょう。
 指揮権は上村中将にお渡しします、お役立て下さい」

長い付き合いとはいえ、高野の破格の申し出に上村は驚いた。
第四艦隊がトラック近海から出航してからすぐに、出撃したとしか思えないタイミングである。

上村は坪井と同じように情報権限が高い。
だからこそ、公爵領の重要性を良く理解しており、心配から高野に対して問いかけた。

「それ程の戦力を我々に回して、南太平洋の防衛は大丈夫なのですか?
 南太平洋ではドイツ帝国が高圧的な態度を取っていますが……
 万が一、トラック諸島に害が及べば、今後に支障が出るのでは?」

「備えはしているので大丈夫です」

高野は安心させるように力強く頷くと、椅子の横に置いていたアタッシュケースを開いて作戦書を取り出す。 自ら全員に配り終えると、言葉を続けた。

「これは重要機密に属するものなので、
 機密指定が解除されるまで部外秘となります。
 宜しいですか?」

「判りました」

例え大将であっても最高意思決定機関が決めた基準は絶対であり逆らえない。そして、情報最高位権限は天皇、高野、山縣の3名に限られていた。 坪井と上村は高野の素性を知っている事情と、今後の進展に必要不可欠な人材と判断され1つ下の権限が与えられている。

つまり、この場においての情報権限は、高野に次いで坪井大将と上村中将となっていた。

高野からの注意を受けてから各員が作戦書を開くと、国防軍で使用している形式で作られている作戦書の内容は部外秘区分に属する部分は色分けされており、判りやすい内容になっていた。要するに、当たり前に存在する内容は機密には指定しない。

「こ、この詳細な写真は……
 しかも、この目標は! 真ですか?」

上村中将は予想外の攻撃目標が記されていた事に驚いた。
そして、科学技術の優越がもたらす有利性を改めて理解する。

「はい、作戦書に書いてある通りで、
 防御機雷の設置箇所も事前の偵察活動によって把握しております」

上村には高野が言う偵察の手段は判らなかったが、これまでの経験から、その偵察情報は信頼できるものと判断していた。 積み重ねた実績と信頼がもたらす結果であろう。

「出撃まで4時間は無いが、大丈夫かね?」

山本大将が尋ねると、上村中将は答える。

「国防艦隊から派遣していただく、艦艇の物資状況はどのように?」

「作戦中に必要な分は、すでに搭載されており、
 横須賀にて燃料補給を行えば、直ぐにでも出撃可能です。
 また、補給艦2隻を指定海域に向かわせているので大抵の事態には対応出来るでしょう」

軍艦の派遣と補給艦の手配。これを短時間に行うには相応の能力が必要なのだ。それを知っている上村は改めて高野のリカバリー能力の高さに感心していた。









旅順にあるロシア帝国海軍の太平洋艦隊司令部から発せられた電文には、
日本艦隊の反撃に関する警告が書かれていた。

ロシア帝国の情報力は決して低くは無い。
帝国重工のように反則的な警戒システムを有する相手では対抗しようがなかったが、
一般市民の中に設けた連絡網は機能していた。

すなわち、スパイ網である。
しかし、今回の通報文は直接入手した情報ではない。

直接施設内に侵入したり荒事を行うのはスパイ全体からみて1〜2%に過ぎず、残りは一般人でも合法的に入手出来る、政府の公式発表、物価情報、景気情報、労働状況、インフラ状況、公共交通機関時間ダイヤル……等の、このように誰でも入手できる情報を繋ぎ合わせて必要な情報に辿り着く、今で言うオシント(オープン・ソース・インテリジェンス)情報収集に集約されていた。

佐世保軍港から出撃した船舶を、佐世保湾の半ばにある一般人が立ち入り可能な口木崎集落から軍艦や商船の動向を監視していた、現地協力者として動く新聞社員が東郷中将率いる戦艦2、巡洋艦8を目撃すると、東京の本社に特ダネとして電報を出す傍ら、ロシア駐露公使のロマン・ローゼンに通じる人物へ電報を送っていたのだ。

諜報員の活躍によって事前に欧米側が戦艦として認識している葛城級「常磐」「八雲」の名前は判明していた。 一応は、日本側が葛城級を巡洋艦として見ている事も情報として得ていたが、それは日本帝国の見栄として取り合ってはいない。

今回の戦争に諜報網が間に合ったのは、プレーヴェ内務大臣に協力し、同じように戦争遂行を唱えるペゾブラーゾフの力が大きかった。ペゾブラーゾフは、満州地帯にある鴨緑江流域の広大な森林地帯の利権を握っており、アジア圏内にそれなりの情報源を有していたのだ。各商会を通じて、日本帝国にある新聞社各社とのパイプすらも持っている。

金の力は善悪に関わりなく国境を越える悪しき例とも言えるであろう。



昼戦艦橋にてマカロフ中将は通信兵から受け取った電文を読み終えると、想定していた艦隊戦に備えるべく気を新たに引き締めた。ドイツ帝国ツアイス社製のプリズム式双眼鏡を構えて海上を警戒しながら、その電文の内容を近くで聞いていた、副官のコロング大佐は口を開く。

「我々は発見されましたね」

「戦争は一方的にはいかないものだよ。
 むしろ、我が艦隊に向かってくるのは好都合とも言える」

「確かに」とコロング大佐は頷く。
別働隊もそれなりの戦力を持っているが、最大錬度を有しているのはマカロフ中将が率いるロシア第一太平洋艦隊である。対日戦のエースとも言えるであろう。

「敵艦隊が来るのは最初から想定済みじゃ。
 それに対する第二戦艦隊と装甲巡洋艦の準備はどうか?」

マカロフ中将がコロング大佐に質問すると、 事前に調べていたのか即座に答える。これは、マカロフ中将の厳しい訓練によって、各員の錬度が高い水準で保たれている証拠であろう。

「兵員に遅れはありません。
 代理店を通してイギリス帝国から購入した、アレも調子は良いようです」

「よし、警戒怠るなよ。
 全艦隊に警戒を伝達せよ」

ロマノフ中将は艦隊戦が近い事を無線装置と発光信号を使って全艦隊に通達した。それから5分後に先行していた3隻の防護巡洋艦のうちイズムルードが日本艦隊を望遠にて捕捉したと無電にて伝えてくる。連絡を受けると直ぐに、マカロフ中将は昼戦艦橋の中央に設置してある海図へと視線を向けながら、航海参謀に質問した。

「イズムルードから連絡があった日本艦隊の位置は?」

「日本艦隊は我々本隊から6kmほど先行しており、
 艦隊速力は約20ノットの速度で航行中との事です」

「若干の誤差はあるが…
 お互いが現在の速度を維持すれば、遭遇まで約5分か…」

「そうなります」

航海参謀の言葉にコロング大佐が続く。

「日本艦隊に対する対処はいかがなさいますか?」

コロング大佐の質問と確認を含めた言葉にマカロフ中将は命令を下す。

「よし、艦隊進路をイズムルードの方向に変更せよ。
 ただし、佐世保軍港の襲撃に支障が出る位置に移動した場合は、
 日本艦隊は放置し、軍港の港湾設備と商船の破壊を第一とせよ」

日本艦隊との艦隊戦に備えてきたマカロフ中将であったが、彼にとって対日戦における最優先目標は軍艦ではなく港湾設備と商船である。

プレーヴェ内務大臣からの命によって、前々から対日戦争を研究してきたマカロフ中将は、 島国である日本帝国は、国内社会を維持するためには海外から資源を輸入しなければならず、海洋通商路が維持できなくなれば、上陸戦を行わずとも勝利できる事を導き出していたのだ。

あえて、緒戦にて軍事施設である軍港を狙ったのは、日本艦隊の行動圏を狭めて清国からの資源輸入を絶つためであった。
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【あとがき】
開戦前から明確なる戦略目標を制定して、軍事作戦を作り上げたマカロフ中将です。
史実でもウラジオ艦隊が通商破壊戦に力を入れていましたが、この世界ではより大々的に…

戦争には相手が居る、良いお手本です。
なかなか戦闘が始まらないけど、もう暫くお待ち下さい(汗)


意見、ご感想お待ちしております。

(2009年09月06日)
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