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帝国戦記 第二章 第02話 『佐世保湾海戦 2』


神奈川県にある横須賀軍港から数キロ離れた場所には連合艦隊司令部がある。

その連合艦隊司令部では東京府新宿町にある統合軍令部とのやり取りを円滑にするために 世界最先端の有線通信ラインが整備されていた。

また、通信面の充実だけでなく、統合軍令部との行き来が便利になるように国土開発事業部によって新宿から横須賀までの交通網の整備が行われている。1889年に作られた新宿駅と横須賀駅も帝国重工によって周辺の土地と共に買収が行われており、社の関連施設を中心にして、以前とは見違えるような発展を見せていた。

日本国土の開発が急ピッチで進んでいたのは中将に昇進した真田と、
真田の考えに共感した台湾民政長官の後藤新平が協力しあっていたのが大きい。

有能で凝り性な二人に、帝国重工から国家予算を凌駕する予算に加えて、国土開発委員会の強大な権限が与えられており、掣肘を受けることなく順調に開発計画が進められていた。そのお陰もあって、繁栄しているのは新宿駅や横須賀駅の周辺だけでは無い。

帝国重工は将来において主要な路線や駅になる地域は、柔軟な開発を維持するために支社ビルを中心にして、権利や土地を含めて全て買い取る計画が進められているのだ。

そして、戦争状態に突入した事によって、帝国重工が自ら課していた人目に触れる超高層ビルや巨大建造物などを建築する技術封印が解かれている。それによって建設が行われていなかった社宅、居住区、商業施設を兼ねた複合施設として使用するガラスカーテンウォール型の超高層ビルの建設もスタートしていたのだった。




「直ちに連合艦隊司令部に向えと?」

「電文にはそうありました」

第四艦隊司令である上村彦之丞(かみむら ひこのじょう)中将は、 目覚しい発展を続ける横須賀湾岸の一角にある横須賀軍港に停泊していた、第四艦隊旗艦を勤める護衛艦「夏風」にて予想外の命令を受けて、思わず副官の佐藤鉄太郎(さとう てつたろう)中佐に尋ね返してしまった。

上村中将はこのまま命令の変更が無く、
第二艦隊の援護に向うと思っていたので、当然の反応と言える。

上村中将が率いる第四艦隊が、その決意と裏腹に未だに出航していなかったのは、トラック諸島にて訓練に励む第一、第二戦艦戦隊の面倒を見るついでに、彼が率いる第四艦隊もトラック近海にて訓練を行っていたからだった。 訓練途中であったが、ロシア帝国の不穏な動きに合わせて第四艦隊は訓練を切り上げて急遽、司令官と共に4時間前に横須賀軍港に帰港したばかりだった。

これでは、どれほど士気が高くても、出撃など出来るわけがない。
今は補給作業を受けるのが先決である。

そして、補給作業を終えるには後2時間ほどの時間が掛かるであろう。
いくら緊急時とはいえ、補給を終えないうちに出撃することは出来ない。弾薬すら事欠ければ、足手まといに過ぎないからだ。無茶を承知で出撃して、艦を沈めるのは利敵行為に過ぎない。

「出撃準備の方は?」

「準備が整い次第、現状待機の模様です」

「判った」

疑問に思いつつも上村中将は命令に従うべく、 幾つかの指示を補給参謀に通達すると、通信士に迎えの車両の手配を頼んだ。そして、副官を伴って夏風からの下艦を行う。

上村中将が手配した車両とは、帝国重工にて昨年から生産が始まったばかりの軍用に開発された高機動車の事である。帝国軍では配備数はまだ少なかったが、 高機動車はその利便性の高さから基地間での移動や軍港内の移動でも重宝されていた。

司令部まで数キロも離れており徒歩で向うには少し遠い、
このような状況では高機動車は欠かせない存在であろう。

しばらくして、1台の高機動車が上村中将の近くに停車した。


この高機動車は、帝国重工が1903年に発表した車種の一つである。
発表された車種はどれもが満足の行く性能を示したが、諸外国が驚いたのは高名な科学者である高野さゆりが開発した高級車「疾風」の存在であった。

試験飛行機流星と同じく販売は考えられていない車であったが、 その宣伝効果は疾風の高性能ぶりと、高野さゆりやリリシア・レイナードが英姿颯爽と疾風を運転する姿が東京府と幕張地区で頻繁に目撃されるようになってから、反響は流星以上のものになっていた。

帝国重工が生み出した疾風の影響を受けて、同年にアメリカ合衆国から発表された、 フォード・モーターのA型はアメリカ以外では大きく取り沙汰される事は無かった。疾風はアメリカ産業の発展を間接的に妨害する刺客とも言えるであろう。

その位に、余りにも性能に差が有りすぎたのだ。

流線型を生かした優れたデザインだけではない。史上最初の4WDハイブリッドシステムとシフト・バイ・ワイヤ機構を盛り込んだ燃料電池自動車であり、わずか1300rpmの低回転域から一瞬で9,500rpmまで到達するスポーティ回転特性を有していた。そして、たった4.8秒で100km/hへと到達し、最高速度は285km/hに達するという、性能からして圧倒的とも言える差があったのだ。疾風も試験飛行機「流星」と同じ様にデザインだけを真似ても、まともに動かすことは出来ない品物だった。

デザインを真似れば重量が増して、 欧米が生産可能な40馬力級の発動機では動かす力が足りなくなり、自然と元のデザインの延長上のものになってしまう。

そして、疾風の航続距離は60km/hで8日間無補給で走れる性能だった。

もちろん安全保障上の理由から流星と同じように限界性能を披露する事は無い。それでも、欧米諸国にて日本脅威論が沸き起こらなかったのは広報事業部による宣伝が大きいであろう。

化学、医学、自動車、航空機における世界最先端に達していても、巧みな宣伝戦略によって、大量生産を実現する重工業は遅れていると欧米諸国に信じ込ませていた。更には帝国重工は念入りにも、海外輸出用の自動車は工業力不足を理由に少数に抑えるだけでなく、性能を欧米諸国と比べて5%増しに留めた製品を新規設計する手間すらも掛けている。

戦時になっても、物量で勝てると思わせるためであった。
日露戦争が終わるまで日本帝国が強く警戒されるのは都合が悪い。
それ故の手間であり、安全保障の一環であった。


高機動車から上村中将の良く知っている人物が声を掛けてくる。

「上村中将、早速ですが連合艦隊司令部までお連れいたします」

「おう、君か! 宜しく頼む」

高機動車から降り立った上村中将を迎えに来た仕官は、帝国軍所属の士官では無かったが、上村中将が良く知っている国防軍に所属する高野はるな大尉であった。

「はい」

はるな大尉は幼さが残る表情に笑顔を浮かべて返事をする。 彼女はお菓子作りが趣味であり、その味を褒めてくれた上村中将と親しかった。

そもそも、はるなが作るお菓子を不味いと言う者はいない。

21世紀半ばの手法を取り入れつつも、独自の技術開発に余念が無く、熟練を重ねた彼女の技術は超一流の領域に達している。 後に幕張の一角にて、はるなが運営する洋菓子店「榛名」は日本における洋菓子のパイオニア的存在になるのだ。

上村中将も笑顔で応じつつ、
はるな大尉によって開けられた後部ドアから佐藤中佐と共に乗車していく。

はるな大尉は二人を乗せると、
軍港から数キロ離れた連合艦隊司令部に向かって車を走らせる。

車の移動速度は施設内でもあり時速30kmという安全運転であるが、それでも 徒歩に比べれば格段に速い。速度を出しても制御する能力はあったが、はるな大尉は安全運転の規範になるような運転を心がけていた。

少しして"はるな"が後部座席に座っている上村中将に向って話し始める。

「戦争…始まりましたね」

「ええ、予想より早いですが…
 遅かれ早かれ、避けられない戦いだったので仕方が無いでしょうな」

上村中将は帝国重工と帝国軍を取り繋ぐ高等連絡官として動いており、数々の驚きを直に目にしてきたために、余程の事でない限り驚かなくなっていた。慣れと言うのは恐ろしい。

「ところで、この情勢下に呼び出した理由ですが、
 第四艦隊は統合軍令部の直属になりました」

「統合軍令部? どういう事ですか?
 第一艦隊と共に第二艦隊の援護に向かわなくても良いのですか!?」

後部座席に座っていた佐藤中佐は思わず疑問を口に出す。 上村中将は口に出さなかったが、彼と同じように困惑していた。

統合軍令部は直接に部隊を指揮することは無い。
海軍部隊ならば隷下の連合艦隊司令部が指揮するからだ。
国防軍の士官が迎えに来ること自体も異例であろう。

佐藤中佐の言葉に対して上村中将が応じる。

「第二艦隊に関しては、戦功を焦らずに一撃離脱に徹すれば大損害を受ける事は無いだろう。
 第一、どれ程に急いでも海戦には間に合わん」

上村中将は帝国海軍の中で最も葛城級と雪風級に精通していると言っても過言ではない。
彼は高野たちとのファーストコンタクトを行った立場上からして、他の帝国士官よりも最新兵器に触れる機会が多かったのだ。

「確かに…」

後に戦史研究の大家と称される、
高い知性を備えた佐藤中佐も上司の堂々たる態度に冷静さを取り戻して納得した。

確かに第二艦隊の戦力は第一艦隊に匹敵しており、舵取りさえ間違わなければロシア艦隊の撃退は出来なくとも、速度と射程に勝る点を生かせば、最小限の損害で 少なくない損害を与えることが出来る。そして、一撃離脱に徹すればこれ以上に無いハラスメント攻撃になるだろう。

上村中将は前方の運転席の、はるな大尉に向かって言う。

「あえて第四艦隊を外すとなると…
 前例の無い合同作戦の準備ですかな」

「私も詳細は知らされていません。
 ですが、少なくとも前例は無いでしょう」

「でしょうな」

上村中将が頷きながら応じる。
彼は国防軍の士官が迎えに来た事で、ある程度の予測を立てていた。

「ただ、艦隊の指揮は引き続き上村中将のままです」

「ほう?」

それを聞いた上村は、ますます納得した様な表情をする。
答えが導き出されたが上村中将は口に出さない。豪胆であるが知的な上村に相応しく目的地に着けばはっきりすると判断を下して、黙って車の背もたれに上半身を預けた。

堂々たる姿に見えた上村中将の内心では、戦争が終わったら、はるなが作った美味しいお菓子を食べたいと 船乗り将軍と呼ばれる猛将とは思えぬような事を考えていたのだ。

上村中将の心境は、帝国重工によって変わったのは日本帝国だけでなく、軍人そのものも変わりつつあった好例と言えるだろう。戦争しか考えられない高級将校は自然と視野が狭まる。史実と比べて日本帝国の柔軟性は大きく向上していたと言えるに違いない。
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【あとがき】
自動車産業をリードしたように見える日本帝国ですが、道路事情に関しては 東京府、幕張地区、公爵領を除けば舗装工事はまだ始まったばかりであり、また自動車価格も庶民が買えるような価格ではなく、本当の意味での大衆車の登場は先になりますw

そして自動車社会にするつもりも無いので、主に産業用の生産になります。
しかし…国内開発話って面白いなぁw


【英国や米国は日本の発展を妨害しなかったの?】
世界を牛耳るイギリス帝国が日本の急成長に対して大した妨害をせずに傍観していたのは、予想以上に泥沼化する植民地紛争と、自らの金融力と工業力の優位さを信じていたからです。

同盟国にならないならば、
南アフリカの問題が片付けば何時でも片付けられると…

ただし、イギリス帝国と同じように植民地紛争に苦しむアメリカ合衆国であっても、疾風の存在に衝撃を受けて、国内産業保護を掲げるアメリカ合衆国は外国に対して57%の関税を掛けるディングレー関税法をより強化したマッキンリー法を制定して日本帝国に適用するなど、明確な対抗措置を打ち出しています。


意見、ご感想お待ちしております。

(2009年08月18日)
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