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帝国戦記 第二章 第01話 『佐世保湾海戦 1』


それは余の見た限り、もっとも壮麗な、もっとも恐ろしい光景であった。

フランス革命"8月10日事件"より





単縦陣にて佐世保近海にて向かいつつあるロシア第一太平洋艦隊の戦艦の数は8隻。
いずれも10年以内に竣工した新鋭艦とも言える艦である。

マカロフ中将が鎮座する旗艦クニャージ・スウォーロフはボロジノ級戦艦の4番艦であり、 フランスで設計・建造されたタンブルホーム型船体のツェサレーヴィチ級戦艦をベースにしてロシアで改設計されたものである。

しかし、舷側装甲の厚さは薄くなり、設計と建造時の不手際から実際の排水量が計画排水量を大幅に上回ったこともあって、復元性に劣り、最大速力が元になった艦よりも0.2ノット低い17.8ノットに低下しており失敗作と言える様な戦艦であった。ただ、ボロジノ級戦艦の40口径305o砲を連装にてまとめた砲塔を艦の前後に背負式に2基搭載しており、帝国海軍が保有する155o三連装砲3基の葛城級戦艦(実際は巡洋艦)に対して砲力にて圧倒すると期待されていた。

旗艦の後ろから順番に、
ボロジノ級戦艦「インペラトール・アレクサンドル三世」「アリヨール」「スラヴァ」
フランス共和国にて建造された戦艦ツェサレーヴィチ、アメリカ合衆国にて建造された戦艦レトウィザン、 イギリス帝国にて建造された富士級戦艦「アルハンゲリスク」「サンクトペテルブルク」が 堂々と続いていた。

海戦の主力になる戦艦隊のやや右後方にて、バヤーン級装甲巡洋艦の「バヤーン」を先頭に「アドミラル・ナヒーモフ」「パミイヤ・アゾヴァ」 「リュールック」「ドミトリー・ドンスコイ」「ウラジミール・モノマーク」の合計6隻が航行している。

また、バヤーン級以外は同型艦は存在しない。

装甲巡洋艦とは、兵装や防御様式には各国の特色が現れるが、殆どの艦艇が戦艦より小型で巡洋艦より強力な砲と水線部装甲に加えて舷側全体に巡洋艦を上回る防御を施しつつ、優れた航続距離と速度性能を有する巡洋艦の特性を色濃く残した艦艇であった。

また、偵察や索敵哨戒を行う為に通報艦から発展した艦隊の近距離偵察を行う防護巡洋艦は、小型かつ低価格にて必要機能を満たすために、 機関部などの重要部分以外は全て非装甲部という方法で、巡洋艦に近い航続距離と外洋航行性能を得ていた。

12隻の防護巡洋艦がマカロフ中将が指揮する艦隊に所属している。

建造されたばかりの最新鋭に属するジェームチュク級防護巡洋艦の「ジェームチュク」「イズムルード」、アヴローラ級防護巡洋艦「アヴローラ」「パルラーダ」「ジアーナ」の5隻はロシア帝国製であったが、残る7隻の防護巡洋艦は違っていた。

これも建造されたばかりの新鋭艦に属するが、珍しくデンマーク王国で建造された、 防護巡洋艦ボヤーリンを筆頭に、ドイツ帝国にて建造されたボガトィーリ級防護巡洋艦「ボガトィーリ」「ヴィーチャシ」「オレーク」、防護巡洋艦アスコルド、アメリカ合衆国にて建造された防護巡洋艦ヴァリャーグ、骨董品に属するフランス共和国で建造された防護巡洋艦スヴェトラーナがあった。

艦艇万国博覧会とも言える模様を見せている。

さらに主力艦を中心にして10隻の駆逐艦が敵の水雷艇や駆逐艦からの魚雷攻撃を防ぐべく、駆逐艦「ブニマテルニ」 「グロームキー」 「グローズヌイ」 「ブレスチャーシチー」 「ベヅゥブリョーチヌイ」 「ボードルイ」 「ベドウィ」 「ブイヌイ」 「ブラーウィ」 「ブイスツリ」 が航行している。

堂々たる大艦隊であろう。

これらの36隻に達する大艦隊は五島列島の最北部の宇久島を過ぎて、 平戸島を越えて黒島に差し掛かる海上を白波を蹴立てて東に進んでいる。ここから12kmほど東に進めば景観に優れた九十九島があるが、ロシア艦隊は観光に来ているわけでもなく、戦争を行うべく佐世保に通じる高後崎に向かっていた。

同型艦が少ない艦隊にもかかわらず見事な陣形を保っている点からして、
マカロフ中将の能力の高さが伺える。

「そろそろだな…
 オレーク、ジェームチュク、イズムルードの3隻を佐世保湾に先行させよ」

「了解しました。
 オレーク、ジェームチュク、イズムルードの3隻を先行させます」

「頼んだぞ」

マカロフ中将から命令を受けた幕僚はクニャージ・スウォーロフの昼戦艦橋に備え付けられた無電装置に向かって電文を放ち始める。無電傍受の可能性はあったが、防護巡洋艦の多くは周辺警戒の為に艦隊から 手旗信号では命令が届かない距離を航行していたのと、佐世保への最短ルートを通っている以上、既に幾つかの観測所によって見られていると思われ、必要以上の無電封鎖はかえってマイナスになると判断していた。

マカロフ中将の判断は正しい。
すでに統合軍令部によって、正確には日本国防軍が保有する、 上空20kmに張り巡らせたSUAV網によってロシア太平洋艦隊の動向はリアルタイムで監視されていたのだ。

ロシア帝国軍にとって、幸いしたのはSUAV網は国防軍の最高機密に属するシステムであり、機密保持の観点から日本帝国軍には一切知らせていないので、国防軍がロシア艦隊の情報を入手しても、あまり早く統合軍令部に伝えることが出来ない。システムの存在自体が怪しまれては今後の戦略に影響を及ぼすのが理由だった。

戦術の為に戦略を犠牲にすることは、もっとも愚かな行動といえるであろう。
イギリス帝国を見ていれば判るだろうが、
時によっては沈黙はより大きな利益に繋がる。

マカロフ中将が先行を命じたオレーク、ジェームチュク、イズムルードの3隻は1904年に配備されたばかりの新鋭艦であり、航続距離と速度性能に申し分が無いだけでなく、戦艦に搭載されているものと同規模の無線装置を搭載していた。

第一太平洋艦隊の中でもっとも偵察や警戒行動に適している艦艇である。
マカロフ中将は油断によって主力艦を失うつもりは無い。

それに、マカロフ中将は敵艦隊の動向だけでなく機雷設置状況が気になっていたのだ。

急な宣戦布告の為に防御用の機雷設置は行われていないと思われていたが戦場には絶対という言葉は無い。例え軍港周辺に商用航路が混じっていても、戦争になれば常識が一変するのは歴史が証明している。

警戒を怠って大損害を受けては目も当てられない。

「佐世保軍港の最終状況はどうなっている?」

マカロフ中将は副官のコロング大佐に尋ねた。

「現地協力者からの最後の報告によりますと、
 佐世保軍港に停泊している艦艇は…戦艦2、巡洋艦22、補給艦4、その他8になります」

「ふむ…巡洋艦が多いな。
 全艦が出てくるとは思えぬが、防護巡洋艦は万が一を考えて艦隊戦になった際には、
 最初は遠方からの攻撃に専念させた方が良いかも知れぬ…」

「何故ですか?」

コロング大佐が思わず尋ね返した。
梅雨払いの戦力は多いほうが主力艦の損害が抑さえられるし、防護巡洋艦が装備する 152o砲、120o砲、80o砲、75o砲、63.5o砲、47o砲、37o砲、7.62o機銃、魚雷という武装は、中距離から近距離に関して威力を発揮するのだ。本来の威力を損なうような使い方をする理由が判らなかった。

「日清戦争の際だが、
 日本海軍は何を持ってして清国が有する戦艦(甲鉄砲塔艦)を撃破したか覚えておるかね?」

「清国の戦艦と言えば…戦艦「定遠」「鎮遠」の2隻ですね?」

「うむ」

「あの悪名高い船ですか…」

コロング大佐が心底から嫌そうな顔をした。
清国の戦艦が有名なのは武勲ではない。

イギリス帝国のとある雑誌社から1901年に出版された"老大国の滅亡"という内容に書かれた内容の1項目 にて、清国の衰退を招いた要因の一つとして日清戦争の敗北が書かれており、日本帝国における反清国感情の悪化の原因の一つとなった長崎事件が紹介され、その内容が世界中で有名になったのだ。

長崎事件とは、清国海軍の戦艦「定遠」「鎮遠」と巡洋艦「済遠」「威遠」からなる4隻は、1886年8月に補修の名目で日本帝国を威圧するために長崎に入港した。そして、清国水兵が長崎に上陸すると、海軍軍人にも関わらず外国の地にも関わらず、交番の前で放尿したり、遊廓の備品を破壊したりする等の暴虐の限りを尽くす行いをしたのだ。

コロング大佐だけでなく誰も知らなかったが、この清国海軍の悪行が書かれた"老大国の滅亡"を出版した出版社は、帝国重工の工作商会が親会社を務めており、イギリス帝国の利益になるように計らいつつも、イギリス帝国における反清国感情の促進を目的としている。

もちろん、清国側でもアメリカ資本の雑誌社による、 アヘン戦争の実態を書いた反英感情を盛りたてるような書物も来年を目処に出版が始められる予定であった。

諸外国の謀略工作と違って帝国重工は紳士的であり、まったく嘘が書かれておらず短期的に見て大きな効果は無いだろう。しかし、それ故にコロング大佐のような常識的な知的階級の者でも読まれるような書物でもあった。その結果として、コロング大佐は公平な判断から小さくはあったが、反清感情を持つようになっていたのだ。

「日清戦争にて活躍したのは防護巡洋艦…
 帝国海軍が使用していた防護巡洋艦の主兵装は……速射砲っ!?
 速射砲ですね!」

「そうじゃ!
 使い方次第で小型戦艦ですら撃破できる速射砲を、
 戦艦以下の装甲しか持たぬ、貧弱な防護巡洋艦に速射砲弾を撃たれればどうなる事やら…」

「大破炎上は間違いないですね…」

流石にロシア帝国海軍が使用する戦艦は清国が使用していた小型戦艦よりも堅牢であったが、防護巡洋艦に関しては何処の国でも防御力は殆ど無いといっても過言ではない。

「そうじゃろ?
 戦艦と装甲巡洋艦で攻撃を受け止めつつ、
 艦隊の総合火力を減らさないようにしならが敵艦隊を撃滅する。
 そのために、状況に応じて距離を保つのじゃ」

「なるほど!」

質問を行ったコロング大佐だけでなく、
昼戦艦橋に居た幕僚もマカロフ中将の言葉に心底納得していた。

「ところで、第二太平洋艦隊からの無線通信は届いたか?」

「いえ、届いておりません」

「よし…連絡が無いとなると…第二太平洋艦隊は順調そのものじゃろう」

「そう考えて間違い無いでしょう」

マカロフ中将は対日戦に備えて幾つかの切り札を用意しており、
オスカル・ヴィークトロヴィチ・スタルク中将率いる、第二太平洋艦隊の動きもその一つであった。

「よし、現在の速度で進めば、
 どのくらいで佐世保軍港を砲撃出来るかな?」

「敵艦隊の妨害が無ければ42分後には砲撃距離に到達します」

「宜しい…全艦戦闘配置、艦隊速度17.8ノットまで増速、
 防護巡洋艦は装甲巡洋艦隊と行動を共にせよ」

艦内を水兵たちが慌しく動き回り、海戦時の被弾に備えて各所の隔壁が閉じられていく。

事前の諜報活動によって湾岸要塞は無い事は確認済みであり、
妨害があるとすれば敵艦隊か機雷だけであった。

湾岸要塞を設置しないのは、艦隊だけによる防御が成立つと考えている証拠であり、その事からマカロフ中将は帝国海軍の動きに最大限の注意を払っていた。
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【あとがき】
史実と違って開戦当初から過去の戦訓や各方面のデータから学ぶステファン・マカロフが、
戦力が強化されたロシア艦隊の主力を率いています。

激興しやすい性格だったが、世界各地の海洋データを集めたり、艦隊の志気向上と戦力整備に努めたりする等の地道な作業も積極的に行う提督。水雷戦術の先駆者の一人であり、またロシア最初の砕氷艦「エルマーク」の設計や、各種の海軍戦術書などの海軍関係著作も多く出版していた名将です。

これらの経歴から間違いなく、総合的な能力は東郷平八郎よりも上でしょう。


【装甲巡洋艦パミイヤ・アゾヴァは沈没しなかったの?】
史実では1901年9月8日沈没しましたが、この世界では歴史が変わっていたので沈没しませんでした。 ちなみに、パミイヤ・アゾヴァはニコライ2世が皇太子時代に大阪に寄港する際に乗ってきたのもこの船です。


意見、ご感想お待ちしております。

(2009年08月14日)
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