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帝国戦記 第26話 『帝国学院』


教えるとは希望を語ること。学ぶとは誠実を胸に刻むこと。

ルイ・アラゴン





1902年 4月7日 月曜日

幕張の一角に作られた施設群の一つの居住区に、身寄りの無い400人の6歳〜7歳の少年少女が帝国重工の支援の下で先月から健やかに共同生活を営んでいた。

彼らが居住区にて生活を始めた理由は、帝国重工が建設した帝国学院に通うためである。

教育期間は驚いたことに、初等部の6年教育だけでなく、この時代に於いては破格とも言える、中等部の3年と高等部の3年が帝国重工からの支援制度によって、将来において帝国重工関連企業や公職に就職する限り、無償で学べるのだ。

それ以外の場所で働く場合は、低利子による返済を帝国重工に対して行わなければならないが、この1902年において 身寄りの無い孤児だった者が、衣食住を保障されつつ世界最高の教育を受けられる事実からして、信じられない程の高待遇であろう。

帝国重工が運営する、この学院の学院長は日本人系美女の準高度AIの二条カオリが就任している。二条カオリはシーナ・ダインコート、リリシア・レイナードと同じく特殊作戦群に所属していたが帝国学院の始動にあたって、本人の希望と適性の結果から教職の道を進むことになったのだ。カオリの妹のレイカ、カナも帝国学院の講師であった。

また、カオリは広報事業部のモデルとしても活躍している。

そして、教員にはカオリと同じように帝国重工の社員からの志願者の中で適性のあった者が担当していた。更には、名誉教授として高野さゆりの様な高名な科学者が名を連ねてすらいる。


レディーススーツを着こなした"さゆり"とカオリが、その帝国学院の学長室で話し合っていた。

「教育計画も次の段階に進む事が出来たわね」

「ええ、パラオ、グアム、ポナペに建設した学校と違って、
 この学院は拡大を視野に置いた学校です。故に、始めるには相応の準備が必要でした」

カオリの言葉に"さゆり"が応じる。

帝国重工は18年後を目処に大学と大学院を帝国学院に設ける計画を立てており、 生徒を育てながら、同時に教員も育成していくという極めて難しい難事を推進していたのだ。

帝国重工が誇る大量の資金に加えて、睡眠学習装置と準高度AIの大量投入という他勢力では真似が出来ない力技で、妄想に近い計画を現実的な計画にしていた。

しかも、帝国学院では教育の質と生徒の精神ケアの質を保つために1クラスが15人〜18人で編成されるのだ。 男女比は、ほぼ半々である。

「初年度は390人の生徒で済むけど、来年度は780人と倍になるわ」

「高等部まで動き出せば全学年を通して4680人…
 大学院までになると7800人、大きいわね」

「でも、帝国重工と公爵領の拡大には必要不可欠です。
 二つの拡大は日本の安泰にも繋がるので、カオリには頑張ってもらわないとね」

「勿論よ…私達は子供を授かることは出来ないけど、育てることはできる」

「そうですね」

"さゆり"はカオリやイリナが出産や子育てに憧れている事を知っていた。

カオリも開放派に属しているが、基本的に開放派の多くは家庭的であり、子供好きが多いのだ。愛情だけでなく、厳しさも取り入れた教育によって、帝国学院からは能力が高いだけでなく堪え性のあり帝国重工の恩義を忘れない、努力家が多く育っていくことになる。

これらは、如何なる宝石にも勝る人材であろう。

帝国重工が、教育に異様なほどに力を入れる訳は、大鳳のメインフレームにて出された試算が理由であった。 日本帝国を率いる最高意思決定機関が掲げている戦略目標である、宇宙開発及び宇宙移民を視野に入れた宇宙進出には最低でも1000万単位の高度技術者が必要になると試算が出ていたのだ。帝国重工は、その試算にしたがって、早期の高度技術者の獲得を意識して、この帝国学院を開校して小国の国家予算に匹敵する大金を投資していたのだった。

そして…これは始まり過ぎない。

唯の高度教育を施すだけでなく予防接種を介して行う適度な遺伝改良すら視野に入れている。高野達のような軍用強化型ではなく一般強化型に留めるが、それでも大きなアドバンテージになるであろう。

ただし、帝国学院で学んだ学生の将来を科学者や技術者に固定する事は無く、帝国重工としては文学者を目指しても一向に構わなかった。小説家や漫画家であっても広報事業部で働く事が出来るからだ。

「人格こそは知性よりも美よりも優れた要素です。
 帝国学院で学ぶ学生には、それを第一に成熟させて欲しいですね」

「ええ…引きこもり、短気、粗暴…誰一人として、
 そのような生徒を帝国学院では育てないわ」

「教育の不備は社会の歪みに繋がりますからね」

「ええ、文献でしか知らないけど、平成の時代の酷いありさまは寒気がするわ」

「注意しない大人、自我を抑えられない子供…
 その点、カオリなら安心して任せられるわね」

「任せて♪」

日本国防軍において、色々な武勇伝を持つカオリは教育の鬼としても有名だったのだ。

どの様な反抗的な新人兵士であっても、カオリの教育的指導を受ければ真人間に生まれ変わるほどである。美人で気さくだが、怒ると物凄く怖いのだ。飴と鞭の使い方も巧みで、札付きの悪党が集められた囚人兵部隊であっても、1ヵ月後には軍法に忠実な部隊に生まれ変わらせた経歴すら持っている。

「帝国学院からの卒業生を思うと、今から楽しみです」

「ええ、期待しててね♪」

カオリが嬉しそうに応じた。

"さゆり"は電子知性体の最上位ユニットという理由ではなく、細かい気配りと優しさから、多くの擬体から愛されているのだ。

「ところで…カオリ。
 最終増員の人数は120人で良いのかしら?」

「ええ、それ以上の増員は他の計画に支障が出るから無理でしょう
 多くの同族(擬体)が居ると言っても、各方面で必要とされている筈だし」

「ごめんなさいね」

「"さゆり"が増員を実現するために各方面に掛け合ったのは知っているわ
 これだけの同族(擬体)を教員として確保してくれただけでも凄いと思う」

「ありがとう…その代わりではないけど、予算の方は増額になったから」

"さゆり"は申し訳なさそうにカオリに言う。

「予算増額も十分助かるわ。
 クラスの数はこれ以上増やさないので、半数の準高度AIを教員の育成に投入すれば、
 8年後には教員数問題もある程度は緩和しているでしょう」

「未来に希望が持てるって素晴らしいですね」

「本当ね…」

"さゆり"の言葉にカオリは完全に同意した。
二人はあの絶望的な世界大戦を経験していただけに、希望という言葉の重みが違っている。

それだけに、帝国重工は日本の明るい未来を紡ぐために帝国学院に対して、それ相応の力を注いでいるのだ。教職に付く者としてカオリは理想的な人格を有していたが、唯一の欠点は帝国学院の高等部から基本的な軍事教練が組み込まれることであろう。


話が落着くと、カオリは立ち上がって"さゆり"が座っているソファーの隣に腰を下ろした。
先ほどと比べてカオリの雰囲気が少し変わっている。

「か、カオリ、どうしたのかなぁ〜?」

嫌な予感がした"さゆり"は隣のカオリを見ると、心なしかカオリの整った顔立ちの頬っぺたが薄く赤らんでいた。カオリは両手を"さゆり"の手の上に乗せて色っぽい表情で話し始める。この状態のカオリは色々と暴走する事が起こるのだ。

「ね…"さゆり"、先日の台湾視察の際には、イオリと一緒にお風呂に入ったんだって?」

「は、入ったけど…どうしたのかな?」

「でしょうね〜、イオリが入らないわけが無いし」

「え、ええ…」

水城イオリは"さゆり"を「お姉さま」と慕っているのは有名で、 事があるごとに"さゆり"と一緒に入浴しようとしている行動はあまりにも有名であった。そう、イオリは女のコ同士でイチャイチャするのを好むライトな百合っ娘なのだ。

"さゆり"は、イリナの妹のイリア・ダインコートと同じように女性から特に好かれる体質だった。

「ねぇ…私も、"さゆり"と一緒にお風呂に入りたいなぁ〜」

「あははは…こ、今度じゃダメ?」

「ダメよ♪
 でも、安心して。普通にお風呂に入るだけだから?」

「カオリっ〜、なんで疑問形なの!?」

「そう?」

「こっ、答えになってないって!」

「気にしちゃダメよ♪ そして…ポチっと」

カオリがポケットの中に入れてあったリモコンのスイッチ入れると、学長室の扉の鍵が掛かり、外の景観が見えていたガラスに曇りが入ってから、立派な書籍棚が左右に分かれて、透明なポリマーガラス製の扉が出現した。そして、その先に予想もしなかった施設が広がっていたのだ。

「えっえええ〜〜〜!!
 なっ、なんで学長室の一角にお風呂場が作られているの!」

「え? お風呂に入るためよ
 大丈夫、違法改造じゃないわ…この先は私の自室よ♪」

カオリは一点の曇りの無い笑顔で答えになってない内容を答えた。

自室を所有するのは上級士官権限に含まれている事から、カオリが行いは日本国防軍の軍法に抵触しない。 そして、カオリは高級ホテル等にある、プールがついている部屋を参考にして部屋を構築していた。

「まっ…真顔で答えてる…
 そんな事を聞いているんじゃないんだけど…」

「だって、それ以外に理由は無いわよ?
 さっ、一緒に入りましょ♪」

(ダメだわ、早く彼女を何とかしないと…)

"さゆり"は余りに予想外な出来事に、 心の中で現実逃避に近い呟きを発したが、逃避では現実を打開することなど出来やしない。カオリは"さゆり"が現実逃避している間に、慣れた手つきで"さゆり"が着ている服を丁重に脱がしに掛かる。

カオリはイオリのようなライト系百合っ娘ではなく、準高度AIの開放派では珍しくない両刀使いであった。そして、開放派の一員に相応しくルールに厳格で節度を忘れてはおらず、"さゆり"と高野と結ばれるまで、カオリは控えめな愛情表現に留める事を心に誓っていたのだ。

しかし、親密に一緒に入浴するのは、カオリが自ら定めたルールに抵触しない。
日本には「裸の付き合い」という例えがあるのだ。

「か、カオリは…なっ、なんで、私の服を脱がそうとしているの!?」

「あら、さゆりって…服を着たまま入浴するのが好みなの?」

「違〜う!」

ともあれ、"さゆり"がどれ程に愛されているかが良く判る出来事であろう。
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【あとがき】

帝国学院は後に最高学府として扱われていきます。
予算、資材、講師、どれもが最高水準ですのでw


【Q & A :学長室に自室?】
設計段階から将来拡張余裕としての10%の空間マージンが存在しており、その余剰スペース内にカオリの自室が作られています。


意見、ご感想お待ちしております。

(2009年07月14日:2009年07月15日加筆)
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