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帝国戦記 第24話 『ロシア太平洋艦隊』


名誉と独立を好む国民はすべて、
自国の平和と安全は自分自身の剣によることを意識すべきである。


オットー・フォン・ビスマルク





1901年 9月7日 土曜日

義和団事変における清朝と諸外国の講和条約である北京議定書が結ばれる。講和相手国は8カ国のほかにスペイン、ベルギー、オランダを加えた11か国であった。

清国は、列国の海岸から北京までの自由交通を阻害しないために、北京までの要衝各地の占領を認めさせられただけでなく、更に4億5千万両という賠償金を、関税、塩税を担保として差し押さえられた状態で、39年間の分割払いで支払う事を約束させられた。これは、利払いを含めると8億5000万両に達する天文学的な賠償額である。

清国は北京議定書を結んだ事によって列強諸国の半植民地に転落したのだ。

多額の賠償金要求であったが、天津からの救援軍として連合軍の中核として戦った日本帝国軍第5師団や、北京の王府篭城戦で奮闘した柴中佐が率いる日本人義勇部隊(日本国防軍特殊作戦群)が大きな活躍をしたにも関わらず、日本帝国は戦費分に使った金額以外は、ほとんど賠償金を請求しなかった。

それに対して、史実と同じようにロシア帝国は日本帝国の四割しか兵力を出さなかったにも関わらず多額の賠償金を要求したのだ。そして、北京救援軍にまったく参加しなかったドイツ帝国はロシア帝国に次いで多くの賠償金を請求し、その次に多く要求した国は日本の50分の1しか兵を出していないフランスである。

三国間条約の共同歩調とも欲深さとも言える行いであろう。

また、救援軍や篭城戦での日本帝国軍の規律の正しさと厳格さは列国を感嘆させただけでなく、高性能の30式小銃や、兵士の命を大切にする手厚い支援体制によって、日本に対するイメージを徹底的に一変させた事変にもなった。

そして、古い軍事ドクトリンで動く列強軍は、日本の30式小銃に目を奪われ、日本帝国軍の兵士が野戦服として着用している、30式小銃よりも高度な技術で作られた全地域型迷彩(ACU迷彩)採用の95式個人防護装備の真価に気が付くことは無かったのだ。









1901年 10月3日 木曜日

ロシア帝国のエヴゲーニイ・アレクセーエフ少将は義和団の乱の鎮圧に従軍して1900年 11月11日に清国の満州を占領下においた功績によって中将に昇進する。そして、満州地域は清国との間で結ばれた第二次露清密約によって、完全にロシア帝国の支配地になっていた。

駐留軍司令官および太平洋艦隊司令長官に就任していたアレクセーエフ中将はロシア、ドイツ、フランスの資本家の炭鉱事業や建設事業の人員急募の要請に応じて、プレーヴェ内務次官と手を取り合って朝鮮半島の住民をシベリア鉄道を介して、次々と欧州・東欧・アフリカに送り込んでいったのだ。

こうした背景の中、朝鮮半島に残る朝鮮民族は鉱山労働者、三国間条約の傀儡になった大韓帝国軍とその貴族たち、三国間条約軍を支えるサービス産業に従事する者達のみであった。ただ、それすらも東欧からの低所得者の移民者が増えるごとに比例して、 女性であっても例外なく労働力として、ドイツ帝国とフランスが有するアフリカ大陸の植民地内に建設が進められているプランテーション農業に送り込まれていく様子すらも見せていた。

これは、始まりに過ぎない。

プレーヴェ内務次官は、良質な土壌が少ない朝鮮半島での農業開拓を諦めており、鉱山労働や建設事業に従事しない"全ての朝鮮民族"をアフリカに移民させていく算段を整えていたのだ。

アフリカ移民事業はドイツ帝国とフランスによるロシア国内投資とアジア戦略の同調に対する、プレーヴェ内務次官なりの謝礼でもある。更に、労働力消耗に耐えるために満州地域に住む住民すらも、シベリア鉄道と繋がっている東清鉄道を介して各地に送り出され始めていたのだ。



三国間条約は年々、重要性が増していくアジア権益を守るために軍の増強に取り掛かっていた。中心となるのは陸続きのロシア帝国の軍である。旅順を重点的に奉天、社丹江、釜山、仁川、咸興、清津の6箇所に永久要塞を含む本格的な軍事基地の建設を始めている。

特に艦隊戦力の膨張は急激であった。

バルト海から来訪した多数の艦艇が旅順港に停泊している。しかも港の設備に追いつかず、少なくない数の艦艇が即席桟橋や沖留めにて停泊する姿も見受けられる程だ。

旅順に展開するロシア太平洋艦隊が、これほどまでに拡大したのはプレーヴェ内務次官の働きが大きい。プレーヴェ内務次官は冷酷な程に反国家主義者に対しては容赦の無い弾圧を行ってきたが、それはロシア帝国の発展を願っての行動であった。事実、プレーヴェ内務次官はロシアにおいて常に後回しにされていた農村改革にすら着手している。

プレーヴェ内務次官は、祖国のロシア帝国を豊かにするためにアジアの富を吸い上げるべく様々な手を取り始めていた。

手始めとして、旅順港の拡張工事は既に始められており、停泊用の大桟橋だけでなく整備ドックや、更には艦艇建造用の乾ドックや補給貯蔵施設や弾薬集積場の建設に関しても、現地労働力を大量に投入し、使い潰すように酷使することによって急ピッチで行われている。

また、港に停泊する船舶の安全を確保するべく、旅順地域にて建設が進められている金州要塞、南山要塞を中心に、各要衝にはクルップ120oカノン砲、シュナイダー・カネー270oカノン砲、クルップ280oカノン砲、スコダ305oカノン砲の設置も順次に始められていた。

これらの大工事はロシア、ドイツ、フランスの各地で生産した機材がシベリア鉄道を通って滞りなく運ばれていた事が可能にしていた。またアーヴァイン商会が全面的に支援していた事も大きい。完成すれば世界有数の艦隊停泊地となるであろう。

また、港湾施設の拡張は旅順港だけでなく、ドイツ東洋艦隊根拠地である青島港とフランス東洋艦隊の根拠地である広州港の強化もシベリア鉄道から運ばれてくる機材と豊富な現地労働力によって順調に進められていた。

このように、三国間条約の足並みに乱れは無い。

アジアの鉱物資源と廉価労働力の安定供給によって経済が好転しているロシア、ドイツ、フランスは富を約束する極東防衛と制海権の要として本腰を入れ始めていたのだ。

「旅順港の拡張工事が終わってから増援の艦隊を派遣すれば良かったものを…
 プレーヴェ内務次官は強引に物事を進めおって、現場は大混乱だぞ」

アレクセーエフ中将は愚痴を言いつつも、旅順港司令のオスカル・ヴィークトロヴィチ・スタルク中将と連携しつつ、艦隊後方兵站の組織化を敏速に進めていた。旅順港司令のスタルク中将は参謀長のエベルガルツ大佐と共に建設機材と各種資材の調達の為に欧州に出向いている。

アレクセーエフ中将の仕事を手伝っている第二太平洋艦隊の司令長官である50歳を超える初老に達しているステパン・マカロフ少将が答える。

「イギリス帝国の干渉を避けるためには仕方が無いじゃろう」

マカロフ少将はロシア帝国海軍に於ける水雷艇の運用と戦術論に関する第一人者であり、「マカロフ爺さん」と将兵から親しまれている名将の一人であった。

「確かに…ボーア戦争でイギリス帝国が混乱している今のうちに極東で優位に立っておかねば、将来において大きな禍根を残すことになるだろうな」

「うむ」

イギリス帝国は激しい抵抗を続けるボーア軍によって苦戦していた。

米国は米比戦争の大規模武器密輸の意趣返しとして、多くの商会を介してボーア軍に武器を売りつけていたのだ。イギリス帝国はアメリカ合衆国からの抗議に対して否定していたが、アメリカ政府は英国のセシル・ローズが複数の商会を介して1895年の終わりから1896年の夏に掛けてフィリピンから13万ポンドに匹敵する金塊や鉱物資源が渡っていたのを突き止めていたのだ。

セシル・ローズはローデシア国の首相とデ・ビアス鉱山会社の社長を兼任していた時代にトランスヴァール共和国内のイギリス人に密かに武器弾薬を送り込み、反乱を起こさせを、その混乱に乗じて自らの会社軍によって制圧を試みた前科を持っており、アリバイがあっても確実に黒に近い人物であろうとイギリス政府ですら疑っていた。

また、セシル・ローズだけでなく、幾つかの英国系商会が彼と同じように、将来の採掘権を目当てにして多くの武器をフィリピン軍に売りさばいていたのだ。

「アメリカと同じように先の見えない紛争に巻き込まれたイギリス帝国は暫くは大々的な行動には出られないだろう。恐らくは5年はボーアに掛かりっきりで、他では動けまい」

分析力に優れるマカロフ少将は両国の状況を正確に見抜いていた。

「イギリスの妨害が無いのは在りがたい事だが、時間的に厳しいな」

アレクセーエフ中将は恵まれた戦略状況に感謝しつつ、タイトな建設スケジュールに頭を悩ませている。ロシア帝国が旅順施設の拡張に、これほどまでに力を入れているのは、各地で建造が進められている新鋭戦艦すらも竣工次第に、派遣される計画が建てられていたからだ。遊んでいられる時間などは無い。

「1904年には拡張工事を終えねばならぬのが辛いところだが…
 シベリア鉄道のお陰で十分な資材が送られて来るから不可能ではあるまい」

マカロフ少将の言葉に頷いたアレクセーエフ中将が話題を変える。

「しかし、判らぬのが日本軍の動きだ。我が国が行っている旅順の要塞建設と港機能拡張工事が終われば、我が国の行動次第では、清国に対する通商路の維持が出来なくなるというのに、なんら軍事的アプローチを行おうとはしない」

「確かに…やつらが建設しているのは魚雷すら搭載していない雪風級という防護巡洋艦ばかりであったのう」

「ああ、防護巡洋艦はまだ判るとしても、葛城級という戦艦は巡洋艦並みの主砲を搭載しており、どの様に考えても通商破壊しか出来ない品物だな」

「だが、油断は禁物じゃよ。
 日本海軍は日清戦争時の黄海海戦にて速射砲で鉄甲艦を撃破しておるぞ?」

マカロフ少将は日本海軍の軍備方針には疑問を感じていたが一切侮ってはいない。

「例え防護巡洋艦が奮闘しようとも、我らの数と質の優位は揺るがぬと思うがな?」

「戦いでは絶対は無い。
 不用意な自信は戒めるべきだと思うぞ」

「貴殿は心配性だな」

マカロフ少将の言葉に対してアレクセーエフ中将が冗談は止せという感じで応じた。アレクセーエフ中将の自信の根拠はロシアの極東利権を守るべく旅順港に停泊している艦隊戦力にある。

新鋭戦艦(前弩級戦艦)5隻
「アルハンゲリスク(旧 富士)」「サンクトペテルブルク(旧 八島)」 「ペトロパブロフスク」
「セヴァストポリ」「オスラビア」

戦艦(砲塔艦)5隻
「シソイ・ヴェリキィー」「ナワリン」「アドミラル・アプラクシン」
「アドミラル・ウシャコフ」「アドミラル・セニャーウィン」

装甲巡洋艦7隻
「グロンボイ」「リュールック」「ロシア」「ワリヤーグ」「アドミラル・ナヒーモフ」
「ドミトリー・ドンスコイ」「ウラジミール・モノマーク」

防護巡洋艦9隻
「ヴァリャーグ 」「スヴェトラーナ」「ジアーナ」「パルラーダ」「アヴローラ」
「アルトゥール(旧 吉野)」「ガレールヌイ(旧 高砂)」「ヴィーチャシ」「ルィーンダ」

巡洋艦1隻
「ネヴァ(旧 和泉)」

これらの主要艦艇の他に駆逐艦2、水雷艇27隻、その他8に達するイギリス帝国の東洋艦隊を上回る戦力があったからだ。 アレクセーエフ中将の自信も世界水準から見て確固たる根拠の元に沸いていたものである。

本国から運ばれてくる豊富な燃料で、これから十分な艦隊訓練を行えば、十分に期待に応じる戦力になるとアレクセーエフ中将は確信していた。

「訓練期間さえ取れれば、大事には至らないだろうよ」

「そうだな、訓練が多ければそれだけ危険性が減っていくじゃろう」

マカロフ少将は訓練に関しては異論は無く頷いた。 世界初の魚雷攻撃の実践者にして、砕氷船の建造や艦艇技術に精通していたマカロフ少将は、訓練が行き届かねば、どれほど高性能な兵器であっても性能を生かしきれないことを熟知していたのだ。
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【あとがき】
詰襟釦1列型ではなく、95式個人防護装備を列強軍の前に見せたのは、演習時に普段から装備している装備は流石に隠しても、外見情報はもれているので、今回の戦いにおいて戦死者を減らすために使用しました。

ただし、海外が興味を示しても、提出するサンプルは普通の布です(笑)


【Q & A :旅順に運び込まれている大砲は何処のメーカー?】
クルップ(ドイツ)、シュナイダー・カネー(フランス)、スコダ(オーストリア・ハンガリー帝国)になります。史実と比べて恐ろしく強化が進んでいるロシア帝国軍ですw


意見、ご感想お待ちしております。

(2009年07月01日)
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