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帝国戦記 第21話 『有人動力飛行機』


すべての歴史は現代史である。

ベネデット・クローチェ





1900年 4月15日 日曜日

フランスにてパリ万博が開催。




1900年 4月27日 金曜日

日本帝国内務省、社寺局を廃止して、神社局・宗教局を設置。





1900年 4月30日 月曜日

ハワイがアメリカ合衆国の準州となる。




1900年 5月1日 火曜日

帝国重工は屋井先蔵を乾電池発明者として認定し、屋井式乾電池の特許使用料として5万円を支払う。そして、高野が率いる帝国重工が運営する帝国財団は国籍と人種を問わず偉大な発明や発見を褒め称える帝国技術賞、帝国物理学賞、帝国化学賞、帝国生理学・医学賞、帝国文学賞を作り上げた。

【帝国技術賞】
日本帝国:屋井先蔵 (乾電池)
日本帝国:真田忠道 (多孔性セラミック・ブロック・レンガ)
日本帝国:ソフィア・ダインコート (タービン機関)
ドイツ帝国:カール・ベンツ (3輪のガソリン自動車)

【帝国化学賞】
日本帝国:神崎久美(圧縮固体燃料、耐火再生繊維)

【帝国生理学・医学賞】
日本帝国:高野さゆり (抗生物質)
日本帝国:北里柴三郎 (血清療法)
ドイツ帝国:ロベルト・コッホ (細菌培養法)
イギリス帝国:ロナルド・ロス (マラリアの研究)
イタリア:カミッロ・ゴルジ (神経系の構造研究)
デンマーク:ニールス・フィンセン (光線治療法の研究)

【帝国文学賞】
日本帝国:福沢諭吉 (学問のすすめ)
日本帝国:リリシア・レイナード (先進科学)
イギリス帝国:アルフレッド・ハームズワース (デイリー・メール)

1900年受賞者(第一回受賞者)として合計11人が選ばれ、受賞者にはトロフィーとそれぞれ2万円が授与される事となった。賞金の大きさが世界中の話題になる。




1900年 5月12日 土曜日

宮城県北部でM7.0の地震が発生。
史実では死傷者17人、家屋などに被害したが、念入りな地震対策の為に死者は発生しなかった。今回の地震によって国内の地震対策工事により一層の弾みがつくことになる。




1900年 5月24日 木曜日

日本帝国内務省、男女混浴風紀法を制定。大衆浴場にて風紀有る行動をとる事を義務付けた。
史実で行われた12歳以上の混浴禁止令は制定されず。




1900年 5月25日 金曜日

帝国重工は充電式ニッケル水素電池と懐中電灯の販売を開始。
ただし、海外輸出用に関しては充電式アルカリマンガン乾電池である。









1900年 6月1日 金曜日。帝国重工の管理下にある幕張地区の一角に建設された幕張飛行場の格納庫の内部には重工業事業部が生産した航空機があった。

その飛行機は水色に近い色で塗られてた単発レシプロ機のような外見であったが、驚くべきことにターボプロップエンジンを搭載していたのだ。乗員は2人乗りで機体を構成する素材はチタン合金グラファイト・エポキシ複合材で、応力外皮(モノコック)構造で作られていた。主脚は内側引き込み式で尾輪をもち、主翼は逆ガル型中翼単葉で外見上の大きな特徴となっている。

見た目は史実において第二次世界大戦時に作られた流星改艦上攻撃機の先端部分をシャープにした感じであったが、中身は全く別物であった。

機体制御には光ファイバーで信号を伝達するフライ・バイ・ライト(FBL)を使用し、動力部に関してはバイオ燃料で動くターボプロップエンジンの制御にはコンピューターによる自動制御(全自動デジタルエンジンコントロール)が採用されている。

さらに全天候索敵用にEOTS(電子光学ターゲット探知システム)すら搭載しているのだ。

この時代の科学水準では絶対にありえない性能であろう。

技術的衝撃を狙うならばジェット推進でも問題は無かったが、辿りつけそうでたどり着けない、機体を見せることによって、欧米諸国の航空開発を混乱させる目的があったのだ。

試験飛行機「流星」の形を真似るだけでは飛ぶことは出来ない。

流星のサイズで飛び上がるにはエンジン出力は最低でも850馬力は必要であり、この時代では航空機に収まるサイズにまで小型化はできなかった。また、主翼の折りたたみ機構は、この時代の技術水準では強度に問題が生じて、高確率で空中分解に繋がるであろう。帝国重工は先進的な機体を見せ付けることによって、欧米の航空機の発展に足かせを付けるのだ。

そうした背景の中で、英国のアーネスト・サトウ駐日総領事と国内、国外の新聞社の記者や日本帝国内務大臣である榎本武揚のような要人を集めて世界初の動力付きの飛行機の有人飛行が行われようとしていた。彼らは幕張飛行場の一角に仮設した、室内から外に対しての見通しの良さを重点に置いた、7割程が強化複層ポリマーガラスにて作られた、冷房完備で夏の暑さを気にしなくて良い仮設舞台場から動力飛行機の飛行を目撃する事になる。

帝国重工がここまで大々的に行ったのは、史実のライト兄弟が初飛行を発表した当初、アメリカ社会はこれを信用をしないばかりか、アメリカ合衆国陸軍、アメリカの各大学教授、その他アメリカの科学者は新聞等でライト兄弟の試みに「機械が飛ぶことは科学的に不可能」という旨の記事やコメントを発表していたのを知っていたからであった。

だからこそ、その二の舞を避けるべく帝国重工は試作品発表という形で、要人や記者団の前で実際に飛行することによって事実を広めようとしていたのだ。

アーネスト・サトウ駐日総領事のような要人が帝国重工が開く試作品発表会の招きに応じたのは、イギリス帝国は帝国重工との貿易で少なくない利益を得ていたのと、サトウ自身の興味も大きい。

サトウ総領事が隣にいる榎本内務大臣に話しかける。

「この様な場所とは……
 帝国重工が発表する試作品とは、一体何なのでしょうか?」

「…存じかねます
 しかし、そろそろ、始まるみたいですぞ…」

キャンペーンガールを兼ねたコンパニオン役として広報事業部の開放派に属する20人の美女・美少女の擬体が投入されており、その全員が清楚な感じがする白を基調とした水着を着用していた。白であっても、彼女達が着れば艶やかさも感じるであろう。

招かれた海外の記者は思わぬ特ダネに喜びながら彼女達の写真撮影を熱心に行っていく。もちろん、特ダネを得たのは国内の記者も同じである。

帝国重工が出版している雑誌「先進科学」に載っている女性陣の写真は国内のみならず海外からの評価も高いのだ。写真集の販売を求める声も大きい。

イヤホン型内蔵マイクを付けた、広報事業部の受付嬢を勤めている伊集院ツカサが長い黒髪を揺らしながら試作品の発表を始める。人形のような整った顔立ちに、ほんのり赤い唇が鮮やかな美人だ。彼女もイリナと同じく準高度AIである。

「あちらの格納庫をご覧下さい!」

ツカサの声に来客たちが視線を動かす。

主翼を折りたたんだ流星が格納されている格納庫のシャッターがゆっくりと開いていく。シャッターが開き切ると、牽引車によって流星が滑走路の端にある誘導路まで運ばれて行った。

主翼が折りたたまれていても、全長11.95mに達する流星は大きく見える。

流星が誘導路の中まで来ると来訪客の視線や、記者団のカメラのフラッシュを浴びるようになる。広報事業部の撮影担当人員も写真撮影と映画鑑賞用の撮影に精を出していた。牽引車が牽引装置を外して、誘導路からゆっくりとした速度で退避していく。

「あれは…グライダー?
 しかし大きすぎる…しかも鉄製…
 まさか、飛ぶのか!?」

「不可能だ!」

周囲の声に関係なく、帝国重工側の作業が進んでいく。

「ご覧下さい、機体開発者にして操縦者担当の高野さゆり公爵令嬢と、航法と通信担当のイリナ・ダインコートの二人が二人乗り動力飛行機"流星"による飛行を行います! 飛行準備完了まで、もうしばらくお待ちください」

ツカサの声にあわせた様に、ベージュ色基調の動きやすさを重視した、お洒落な乗馬服に似たような感じの飛行服に身を包んだ"さゆり"とイリナが誘導路に現れると、二人は仮設舞台場に居る観客に向けて大きく手をふって挨拶を行う。

仮設舞台場内に設置されたスピーカーから"さゆり"の声が流れる。

『皆さん、動力飛行機の可能性をこれからお見せします』

明瞭な声をスピーカーで再現することで、帝国重工はさり気なくマイクロホーン技術の高さを周囲に示していた。電波分野で帝国重工は世界最先端を進んでいることは世界の常識であったが、それでも来賓客たちの驚き様は隠せなかった。

"さゆり"が装備していたのは骨伝道イヤホンマイクと知ったら、更に驚くであろう。

「"さゆり"、イリナ、それではお願いします」

ツカサがそう言うと"さゆり"とイリナの二人から了承の返事が戻ってくる。これは、リアルタイムで完全にやり取りを行っている証拠でもあった。そして、リアルタイム通信を行うことで、臨場感を伝える意味もある。帝国重工には真田のような凝り性が多いのだ。

挨拶を終えると、二人は試験飛行機「流星」に乗り込んでいく。"さゆり"とイリナを公式の場において最初の飛行者に指定したのは"さゆり"が有する世界的な知名度と、イリナのそれなりに高い知名度に加えて、彼女の欧米人から見ても近親感を持ちやすい外見的特長であった。

来賓客に対して手を振り終えた"さゆり"とイリナの二人は向かい合って頷くと、流星の機体の左側に内蔵されている折りたたみ型昇降タラップによって、"さゆり"からコックピットに上から乗り込んでいく。"さゆり"は前部座席でイリナは後部座席である。

"さゆり"はイリナが乗り込んだのを確認すると、デジタル化し複数の計器をOEL(有機エレクトロ・ルミネッセンス・モニター)に表示するグラスコックピットの端末の左上にある起動スイッチのカバーを開けて押す。

電子音と共に流星のシステムが起動すると、"さゆり"が飛行チェックに入っていく。

「操縦装置、縛帯、座席内部、ダイブブレーキ、フラップ良し」

"さゆり"の言葉の後にエンジンが起動してプロペラがゆっくりと回り始めると、イリナは自分が担当している箇所の報告を開始する。

「風向、風速確認、トリムセット、バラスト、無線良し♪」

折りたたんだ流星の主翼が自動で広がる。 イリナの言葉を受けた"さゆり"が最後の言葉を締めくくっていく。

「計器良し、キャノピーロック確認、索装着……準備良し!」

飛行に必要な全ての情報を、二人はデータリンクではなく人間らしく、目視にて確認を終えた。チェックしなくても流星は確実に飛ぶ機体であったが、雰囲気を重んじる二人は厳格に飛行チェックを行ったのだ。

全てのチェック項目を終えた"さゆり"はイヤホンマイクのチャンネルを仮設舞台場内から管制塔に切り替えてから連絡を取る。

「アイオーンより管制塔へ、
 離陸準備完了、指示を求めます」

アイオーンとは"さゆり"が有する、航空機パイロットが持つ固有のTACネームの事である。本来は管制塔との交信では使用されないが、これも雰囲気の問題であった。"さゆり"はお茶目だったりする。

「管制塔より、アイオーンへ、
 ローリング・テイクオフにて離陸を許可します」

「アイオーン、了解!」

ローリング・テイクオフとは、機体を誘導路から滑走路に進入させつつ、エンジンを離陸出力に設定し離陸を開始する方法である。管制塔に居るのは日本国防軍の関係者だったので軍事符丁や用語がこのように問題なく通用するのだ。

管制塔からの指示を確認した"さゆり"はイヤホンマイクのチャンネルを仮設舞台場内に戻すと後部座席のイリナに最終確認を取る。

「イリナ、準備は良い?」

「いいよ〜」

"さゆり"はイリナに確認を取ると、誘導路の誘導灯に沿って離陸アプローチを進めていく。 二人のやり取りをスピーカーを通して聞いていた来賓客たちは、固唾を飲み込んでいる。

「…行くよ」

"さゆり"はそう呟くとスロットルを強めて推力を高めて、誘導路から滑走路へと進入していく。車輪を機体内に仕舞うと、プロペラからの推力によって流星は滑走路の上を一直線に加速して行き、やがて緩やかなカーブを描いて大空へと上昇して行った。

飛行船のようなゆっくりとした上昇ではない。

飛翔するという表現が相応しい上昇速度で上昇を続けていく。

その光景を目撃した管制塔は歓声を上げる。
そして、仮設舞台場の来賓客たちは驚きの声を上げた。

サトウと榎本も例外では無い。

「飛びよった……」

榎本が呆然と呟く。
その表情はまるで、軍艦開陽が沈んだ知らせを聞いたときの様な表情である。

「し、信じられん…」

サトウも榎本と同じような感じで言うが、確実に飛んでいるのだ現実を否定するほど、サトウは愚かでもない。それは榎本も同じである。二人の要人は、今回の飛行を見て、日本の経済成長を支える帝国重工の科学技術力は目を見張るものがあると再認識させられた。

驚きの雰囲気が満ちる仮設舞台場内に"さゆり"の声が響く。

『現在、250km/h……空は広大です』

『そして、空は開放的だね』

『そうですね…』

"さゆり"は"開放"という言葉に多少なりとも引っかかるもイリナの言葉に応じた。ぶっとんだ開放派の聖典ともいえる開放論を展開しているイリナであったが、場を弁える姿勢は流石に忘れてはいないのを"さゆり"は知っていたからだ。

あまりの急展開に息を呑む来賓客の視線の中、流星は飛行場を中心に高度を保ちながら幕張上空を旋回している。飛行は順調そのものである。流星は低亜音速の航空機用動力であるターボプロップエンジンによって最高速度は768km/hに達するが、流石にそれは公開しない。

ようやく、仮設舞台場の来賓客たちも落ち着きを取り戻して、必死に歴史的瞬間でもある実用的な動力飛行機を激写しようとカメラを構える。

「一度、低空飛行をお願いね」

ツカサからの指示を受けた"さゆり"は記者団に対するシャッターチャンスとして低速で低空飛行を行う。元々、流星は艦載機としての機能も有しており低速飛行はお手の物だ。

「"さゆり"、イリナ、2.3度の旋回飛行を終えたら、着陸をよろしく。
 その後に記者団の前で機体と一緒に記念撮影を行うから忘れないでね」

『判りました』

『はい♪』

ツカサの話を聞いた記者団は喜びを隠そうともしない。

知的で少女の面影を残す清楚な美女"さゆり"と活発な美少女イリナの姿はとても絵になり、売り上げ部数の上昇にも繋がるからだ。開放派に属するキャンペーンガールを兼ねたコンパニオン役の20人の美女・美少女だけでなく、イリナは当然として、"さゆり"も巻き込まれる形で流星の前で、飛行服だけでなく水着姿の写真すらも撮られるのだ。

それらの写真は世界的にも大きな人気を得る事になる。

なんだかんだで"さゆり"が水着の写真撮影に応じたのは、写真撮影にて帝国重工のコンパニオン役の女性達の人気が世界で高まれば、それが若干でも手心へと繋がって、僅かであっても日本と帝国重工の安全保障に繋がるからと知っていたからだ。

打てる手は可能な限り講じなければならず、"さゆり"にとって愛する日本と高野を守れるなら躊躇う理由はない。 そして、自分の好みの女性が属する陣営に攻撃を仕掛ける存在に対して好意的でいられる人は少ないだろう。

日本帝国の準備が整うまで、英米の政権支持率に0.01%でも影響が出ればよいのだ。

そして、不思議な事に"さゆり"とイリナは、血は繋がっていないが、なぜか飛行姉妹として二人の名が日本だけでなく世界の航空史の中に永遠に残る事になるのだった。
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【あとがき】

本当は、ダインコート姉妹にしたかったけど、人種差別論者がいる世の中なので黄色人種と白人種の合同にしました。

飛行時期を早めたのは、ライト兄弟以前に1メートルしか飛行できない蒸気機関飛行機という微妙な飛行機を作っていた人が居たので、早めに手を打つ形で行いましたw


【Q & A :あれ、北米で起こった日本人排斥法は?】

1900年4月17日にカナダブリティッシュ・コロンビア州で起こったものと、1900年5月7日に米国サンフランシスコの中国人移民排斥法の日本人拡大適用に関しては、史実と違って日本人の移民が少なかったので起こりませんでした。北米に移民していた人たちは公爵領に徐々に流れているのでw

【Q & A :帝国重工は航空機を販売するの?】

海外に対する販売用は逆立ちしても軍用機として使えないデチューンモデルです。
しかも販売時期は欧米よりも少し早い程度(笑)


意見、ご感想お待ちしております。

(2009年06月16日)
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