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帝国戦記 第19話 『米比戦争』
1899年2月15日 水曜日
帝国重工は学校業務運営に備えて教員の育成を開始。
教員として生命環境事業部に勤めている元・女工たちの中から希望者が選ばれている。
教育容量に余裕が出た帝国重工は、昨年から豊田佐吉が開発した動力織機の普及に伴って職を失っていった女工たちを順次に雇い入れており、その数は既に5000人に達していた。
1899年3月3日 金曜日
日本帝国内務省は公認公娼制度と娼妓取締規則を制定。
公認公娼制度とは警察ではなく内務省が娼妓の登録を受け付けたりする事である。史実のアメリカで行われている公認売春婦を参考にして拡大発展させていた。
また、娼妓取締規則は史実の1900年9月5日に制定されていたが、この世界では娼妓の自由廃業の権利を守るべく、この時期の制定となっている。
今までは娼妓が娼妓営業(いわゆる売春)を行おうとする場合は警察に届けを出した娼妓が、警察の許可を得ている貸座敷でのみ営業することが認められており、借金のかたで売られた娼妓も借金を完済して警察に娼妓の廃業届けを提出すれば辞める事は出来たが、
現実問題として、借金を完済するどころか営業利益を楼主にピンハネされるばかりなのだ。
そうした悪しき風習を打開する為の制度見直しである。
再三の業務改善命令にも全く応じようとしない貸座敷組合、引手茶屋組合、芸妓組合を取り仕切っていた三業取締事務所と、三業との癒着によって娼妓の廃業届けを受理しなかった警察署が、最高意思決定機関の命を受けた内務省職員と警視庁管轄の刑事に加えて重武装の帝国軍近衛師団の部隊によって、同時刻に全箇所の強制摘発が行われた。
娼妓問題を事前に対処する事によって、史実の1900年半ばに起こる治安悪化を未然に防いだのだ。事前から行われていた広報事業部のマスメディア展開によって、今回の強制執行を行った政府に対する国民の心情は終始好意的であった。
1899年4月日4 火曜日
憲法改正によって浮き彫りになった、悪質な楼主によって経営されていた貸座敷が帝国重工の広報事業部によって次々と買い取られていく。これには帝国重工の開放派が全面的に動いていた。もちろん、憎しみの連鎖が起こらない様に適正価格で買い取る念の入れようである。
最終的に業界の7割を支配下に置いた、この買収再編成に使われた資金は1億円にも及ぶ。更に国土開発事業部と広報事業部によって、日本国内の公娼地域とグアム島に、お洒落な大型娼館の建設すらも始められている。
娼妓を優遇した勤務条件を提示して希望する者の再雇用に加えて性病予防と健康体継続治療の処置を行い、日本帝国軍に於ける将来の外地任務での問題に備えてるのもあった。
1899年5月15日 月曜日
帝国重工の広報事業部が公爵領と国内を結ぶ海上旅客航路を増設。
1899年6月1日 木曜日
帝国重工の国土開発事業部が国内主要都市間を結ぶ国内鉄道網に備えて土地買収を開始。
1899年7月15日 土曜日
日本帝国は軍事機密に関する保護として、軍機保護法公布する。
米国政府はパリ条約においてスペインから2000万ドルでフィリピン諸島を購入していた事を植民地化の正当な理由として、フィリピン統治に乗り出す。しかし、フィリピン革命政府(カティプナン)を率いていたエミリオ・アギナルドが1899年1月1日にフィリピン第一共和国大統領に就任すると両者の関係は更に悪化して行き、最終的には軍事衝突へと発展した。
後に言う米比戦争の勃発である。
しかし、史実と違ってアギナルド率いるフィリピン軍の頑強なる抵抗によってアメリカ軍は、1万1,000人の地上部隊を持ってしても未だにマニラ以外の占領を果たせていない。この中で史実と変わらないのが、米国政府は10歳以上のフィリピン人が反攻した際には処刑によって対応している事であろう。
米国政府は予想外の先の見えない戦局の展開に驚き、怒りを隠せなかった。
そして一番、怒り心頭だったのは米国大統領ウィリアム・マッキンリーである。
「有色人種の抵抗如きでっ、これほどの損害を被るとは…どうなっているんだ!?」
ホワイトハウスのウエストウイングにある大統領執務室でマッキンリー大統領が米比戦争での経過に怒鳴っている。その大統領執務室には財務長官ライマン・ゲイジ、陸軍長官ラッセル・アレクサンダー・アルジャー、海軍長官ジョン・デイヴィス・ロングが居た。
アルジャー陸軍長官は戦々恐々としながら応える。
「お、恐れながら大統領閣下…フィリピン軍が使用するM1893ライフルに問題があります…」
「ではアルジャー君に聞こう…
スペインも同じM1893ライフルを使用していた…これは確かだね?」
国内の反対の声にもかかわらず、アメリカを国際的な帝国主義政策へ突き進めているマッキンリー大統領は怒りの余りに冷静になっていた。静かな怒りほど恐ろしいものは無い。アルジャー陸軍長官は死刑台に上るような心境で大統領の問いに応じる。
「は、はい」
「それは可笑しな話だ。
同じ武器を装備していたスペインに勝てて、原住民に勝てないのは如何いう訳かね?」
フィリピン軍は史実と違って、スペイン軍が使用しているM1893ライフルを完全定数で装備しており、小銃保有率が100%に達していた。モーゼルGew98の改良型であるM1893ライフルはアメリカ軍が使用していたクラッグ・ヨルゲンセン・ライフルよりも性能的に優れていた。
マッキンリー大統領はフィリピン軍の武器の出所を聞くためにゲイジ財務長官に尋ねる。
「陸軍の失態に関しては後で聞くとして…フィリピン軍は何処から弾薬や武器を入手しているのかね? スペイン軍の置き土産にしては数が多い…いや、多すぎる!
そもそもフィリピン軍に大量の武器を購入する財源があるとは思えん。経済の専門家としての財務長官の見解を聞きたい」
質問を予想していたゲイジ財務長官は落ち着いて、現段階まで得ていた摩訶不思議な調査内容を全員に聞かせるように
話を始める。
「私もフィリピン軍の財源が不思議でならず、調べを進めていました…現在までに判明しているのは少なくとも3年前から、スペインに拠点を置いて金鉱採掘で急発展していたアドルフ商会が弾薬提供に大きく関与していたことです」
「そのアドルフ商会に誰が弾薬を売ったのだ!?」
「アドルフ商会はレミントン・アームズ、ウェスティングハウス・エレクトリックを始めとしたM1893ライフル用の弾薬を作れる米国企業に対して幅広く申し込んでおり、各社合計で8000万発は生産しております」
「8000万発っ!! そのうちスペイン軍に渡されたのは何発なのだ!?」
アルジャー陸軍長官が悲鳴のような声を上げた。
それに対してゲイジ財務長官が残念そうに言葉を放つ。
「スペイン軍に渡ったのは1万発未満になります」
つまりフィリピン軍に5万艇のライフルがあれば、それぞれ約1600発の弾丸がある事になる。
「何故、大量の弾薬発注の時点で気が付かなかった!?」
マッキンリー大統領はゲイジ財務長官に詰め寄る。
「アドルフ商会の表向きな行動に矛盾点が無かったから誰も気にはしなかったのでしょう」
「どんな理由だ!」
「フィリピンにあるアドルフ商会が有するバギオ近辺の金鉱山の利権を守るため、スペイン軍に弾薬援助を行う内容でした…」
「………」
白人商会が自分達の権益を守るために良く行う手段であった。
時期的にフィリピン革命勢力の活性化と重なっており、見事な擬態と言えるであろう。
「そしてアドルフ商会の設立資金は不明ですが運営資金に関しては1897年にアラスカのパンハンドル地域にある金鉱から得ていたようです。採掘を行ったのは複数の米国企業ですが、その親会社がアドルフ商会でした」
ゲイジ財務長官は重々しい言葉に、マッキンリー大統領も驚き、声を強めて言葉を続ける。
「馬鹿な…我が国で掘られた金を資金にして作られた弾丸の大多数がフィリピン軍が使っているだと!?」
アメリカの富で作られたアメリカ製の弾丸でアメリカ兵が死んで行く…
三流小説並みの展開であったが、現実の被害を考えると笑うに笑えない。
「もちろん…その…アドルフ商会は調べたんだろうな?」
「3ヶ月前に商会代表者と幹部が乗った小型ヨットが大西洋にて沈没した模様ですが、一人として遺体は見つかっておりません」
「……これは死亡事故を偽った追跡防止の措置だな…
恐らくは本国に逃亡を終えているぞ」
「はい、証拠はありませんが恐らく、黒幕はイギリス帝国かドイツ帝国かと…
とりあえず、こちらが代表者の一覧になります」
ゲイジ財務長官が差し出した書類には名前が書かれていた。
白黒の写真と共に書類に載っている名前は、商会代表者アドルフ・ヒトラー、副代表者フランクリン・デラノ・ルーズベルト、他のメンバーも、何処から見ても何ら変哲の無く、アメリカでも多く見られるドイツ系白人男性である。
帝国重工が独占生産している3層塗布式のカラーフィルムは高価であり、結婚式などの重大な出来事でなければ米国であっても大多数の写真は帝国重工製の白黒フィルムを使用していた。もちろん、それは他の国でも同じだ。
「では…弾薬は誰が運んだんだ?」
「欧米の商会です…数は1000社を超えます。行きはサンフランシスコ港にて積荷を詰め込んでマニラ港にて荷下ろして、帰りの積荷は金鉱石と鉄鉱石だったようす。しかも商会の中には一回限りの関係も含まれており、黒幕の選定は困難かと…」
「……嫌な予感はするが、一応は聞いておこう…
フィリピン軍が使用している武器はどこが買い取っていたのだ…」
「これもスペインに拠点を置いていたミッキー・ドナルド商会ですが…」
マッキンリー大統領はゲイジ財務長官の言葉を遮って自分の予想を述べる。
「既に代表者と幹部に関しては跡形も残っておらず、この商会もアドルフ商会と同じようにアメリカ商会を介して得た金鉱で財を成していたのだな?」
「仰るとおりです」
「………」
マッキンリー大統領は苦虫を噛み潰したような顔をする。何か大きな存在の思い描くシナリオに沿って無様に踊っているような気がしてならない。しかし、神に選ばれたアメリカ合衆国が手のひらの上で踊るような事は現実的には在り得ないと、思い直して話題を変えた。
「独立派を支援していた商会の調査は継続しておこなうとして…財源の方はどうする?
植民地経営が軌道に乗れば元は取り戻せるが、それまでのつなぎが必要だ。
ただし…増税は無理だぞ、何か案は無いか?」
「それならば、国内権益か金の売買しかありません」
「権益はダメだ…となると金か…」
ゲイジは通貨制度を金本位制に戻すために尽力しており、アメリカ政府にて金の購入を進めていた。この調子でいけば来年には金本位制に移行できるだけの蓄積量に達していたのだ。
「何処に売るのだ? 売るなら高値でなければ割が合わない」
「判っております…不本意ですが金本位制を採用している日本に高値で売りつけましょう。
イギリスと違って足元を見られる心配がありません」
「そうだな、後で利子付きで返してもらえばよい。
日本との交渉は任せる」
ゲイジ財務長官は不本意であったが米西戦争の直後だけに臨時であっても増税は行いにくく、政情を考えれば金の売却も仕方がないと思った。それに金はまた買いなおせばよいのだ。こうしてアメリカ合衆国は今まで備蓄した金を戦費確保の為に売っていくことになる。
ゲイジ財務長官との話を終えたマッキンリー大統領は鬼のような形相でアルジャー陸軍長官を睨みつけて言い放つ。
「アルジャー君……君はフィリピン軍に勝てるかね?」
アルジャー陸軍長官は意を決して言う。
「わ…我が方の1万1000では兵力不足です」
「つまり、君は兵力不足を承知で無理な上陸を命じたのかね?
その結果が、私の忠実な軍がマニラで包囲され、無様な消耗を無様に繰り広げていると……」
これは酷い言い掛かりであった。
確かにアルジャー陸軍長官の準備不足もあったが、マッキンリー大統領がフィリピンに派兵を命じていたのだ。元々、彼は米西戦争の際に非効率な作戦を指示した事を議会から責められていたのだ。その上にフィリピンでの苦戦は死活問題に関わる事から、強気に出ることは出来ない。
「良かろう!! 更に3万の追加派兵の準備に取り掛かりたまえ」
「っ! わ…判りました…」
マッキンリー大統領は視線をロング海軍長官に移して尋ねる。
「海軍は艦隊を増派して、フィリピン軍にこれ以上の武器弾薬が渡らない様にするんだ!
密輸船を一隻も通さないように海上封鎖するのだ…良いな?」
「海軍は既に防護巡洋艦オリンピア、ローリー、モンゴメリーを派遣していましたが、新たに装甲巡洋艦ブルックリン、
防護巡洋艦デトロイト、マーブルヘッド、ニューアーク、砲艦ウィルミントン、ヘレナの6隻を追加派遣して、周辺海域の更なる警戒に当たらせます」
「そうなると黄色人種にグアムを取られたのが痛いな…」
「ええ…お陰でフィリピンまでの兵站維持が大変です」
米比戦争の史実の兵站ルートはサンフランシスコ、ハワイ、グアム、香港、マニラで問題は無かったが、この世界ではグアムだけでなく中部太平洋諸島は日本の保護領として位置する公爵領となっており、その存在を欧州各国も認めている以上、グアムを欲しても米国が簡単に口出しできるような状態ではなかっただけである。
しかも、香港は英国の租借地であり、自由に使うことは出来ない。
軍艦が使用するには、それなりの制約があり真水、食料、燃料の補給が限界であった。
「海軍には輸送船につかう船は優良船舶を優先的に廻す…それで我慢してもらおう」
「了解しました」
ロング海軍長官も帝国重工が売り出している育毛剤を愛用しており、交易関係に支障が出るような事はしたくなかったのだ。
「…吉報を期待している。
さて…話はこれで終わりだ、皆の者…忙しい中ご苦労であった」
各長官が退出する中、アルジャー陸軍長官も肩を落としながら大統領執務室から退出しようとすると、マッキンリー大統領が背中から低い声で言う。
「ああ、アルジャー君には言い忘れていたが…
次の追加派兵の編成が君の最後の仕事になる…精一杯に励んでくれたまえ」
大統領の声が冷たく言い放たれた。
しかし…米国は知らない。
表向きにスペイン軍の援助として大量に購入された武器は小銃だけではないのだ。
フランスのオチキス社が1897年に海外に対して輸出売り込みを開始したばかりの1分間に600発もの弾丸を発射するホッチキスMle1897重機関銃や、英国海軍のエドガー級防護巡洋艦で使われている6インチ砲も買い取られ、フィリピン軍の支配地域に分散配置されていた。
そして、アドルフ商会もミッキー・ドナルド商会も帝国重工が仕掛けた工作用商会であり、その構成員の多くが帝国重工や日本帝国の重要施設に潜入した際に捕まえた白人系やアジア人系の工作員である。
捕らえた工作員は脳機能イメージングによって脳内情報を読み取って背後関係と経歴を調べてから、罪状によって対応が変わっていく。軽度な罪の場合は刑務所へと送り、重罪かつ洗脳処理の適正がある者に対しては処理を施した後に、主に工作用商会で働くことになる。つまり、アメリカから送られた工作員は処理終了後にイギリスに送り込み、イギリスからの工作員はアメリカへと送り込む。人種に応じて怪しまれない場所に送り込んでいく。
この方法の欠点と言えば高度な洗脳には徹底的な脳機能イメージング解析を行わなければならず、処理に時間と手間が掛ってしまう事にあった。それに以外にも行うに当たって幾つかの制限もある。そして、高度な洗脳となれば同時に行えるのは少数であり、またそれだけ長い時間が掛かる。ただし、倫理の問題から人格を操作する高レベルの洗脳ともなれば、銃殺対象となる非合法の工作員のような相手にしか施さない。
ともあれ、このように帝国重工は捕えた工作員を諸外国と違って安易に殺害せずに可能な限り、有効に活用していたのだった。
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【あとがき】
公爵領の話を書きたかったけど、あまり本編から離れるとマズイので先に進みました(汗)
また、この世界では1898年6月にフィリピン革命政府が、M.ポンセとF.リチャウコは代議士の中村弥六を通じて受け取った弾薬支援も史実とは違って成功を収めています(笑)
今回の策は、フィリピンで行われる米軍による虐殺を最小限に留めつつ、米国に痛手を与えるための工作です(汗)
【Q & A :警察が内務省に逆らうの?】
明治の時代ではありました。
しかし、今回の出来事で懲りたでしょう…
【Q & A :娼館なんて潰せばよいのでは?】
江戸時代からの必要悪で、恐怖政治による強制安定を行わないなら、性産業は治安安定には必要不可欠です。
その証拠に古来の時代では娼婦は神聖化すらされていますw
【Q & A :アメリカ軍による虐殺は?】
支配地域が限定されているので、史実よりは小さいです。
【Q & A :アドルフ商会などの行方は?】
次の準備が整うまでバカンスです。
1年後ぐらいにはまた働いてもらうでしょうw
意見、ご感想お待ちしております。
(2009年06月07日)
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