帝国戦記 第18話 『公爵領:後編』
最も優れた管理者とは、計画遂行にふさわしい人材を選び出す見識と、
彼らのやることに干渉しない自制力を備えた人間である
セオドア・ルーズベルト
1898年 4月20日 水曜日
政府、ロシアと朝鮮問題に関する西・ローゼン協定を東京にて調印。
史実とは違って日本の外務大臣西徳二郎男爵とロシア帝国の外務大臣ロマン・ロマノヴィッチ・ローゼン男爵の結んだ内容は大韓帝国をロシアの保護国として認める代わりに、日本資本(帝国重工資本も含む)の半島への貿易活動を妨害しないことを誓約する条約内容であった。
1898年 4月25日 月曜日
アメリカ合衆国とスペイン王国で戦争勃発。米西戦争が始まる。
1898年 8月16日 月曜日
三菱造船所にて日本初の大型汽船「常陸丸」が竣工。
1898年 9月22日 木曜日
台湾銀行開業。
史実よりも1年以上も早い開設であった。
1898年12月10日 土曜日
パリ条約が調印され米西戦争が終結。
戦勝国のアメリカ合衆国はスペイン植民地のほとんどすべてを獲得した。
1899年1月21日 土曜日
勝海舟死去。
月日は流れ、帝国重工が諸島群を購入して2年が過ぎていた。
1899年の日本帝国の財政歳入は3億5950万で、史実と違って1897年に地税の減税を行っていても経済状況の好転によって史実の2億5400万を上回っていた。先行きも明るく、更なる地税の減税すらも国会にて上るようになっていたのだ。
対する帝国重工は高額嗜好品の販売や、近代化に必要不可欠な各種特許の継続確保が帝国重工を大きく、強靭にしていった。
真空管、ブラウン管、液晶、ステンレス、常圧蒸留装置、減圧蒸留装置……
これらの確保によって初期電子装置、石油製品を作るには帝国重工に特許料を支払わなければならない。特許獲得は利益を得るだけでなく、中には高額特許料を指定して欧米の順調な技術革新を阻害する意味での特許獲得も含まれていた。
現在の帝国重工の規模はどの様なものか?
1899年4月の段階で帝国重工が1年で得た収益は世界各国をあわせて1億2127万ポンド(約10億9600万円)に達しており、会社設立から4年という驚異的な速さで名実共に欧米の大企業と匹敵する成長を遂げていた。
しかし、他勢力は知る由は無かったが、帝国重工が極秘裏に得ている資源を換算すると、その収益は軽く6億ポンドは超えている。これらの資源はグレシャムの法則を生かした資源経済循環システムによって欧米諸国を介して、他勢力に悟られないように得たものであった。
帝国重工が得た膨大な利益の使い道を上げれば以下のようになる。
国家開発委員会の元で通信網や交通網の整備だけでなく、食料自給率を高めるべく農地区画整理に先駆けて農業用ダムの建設を含めた水路開拓工事を行う為に投資していた。また、史実の1984年にて秋田県農業試験場で作られた「あきたこまち」を基にした新品種を対処マニュアルと一緒に少量ずつであったが農家に対して提供も始められている。
開発は国内だけではない。
公爵領の開発も負けず劣らず大きなものだった。
当初から1915年までの第一次計画として1億2500万円の巨費が投じられていたが、都市開発に情熱を燃やす真田とイリナ率いる開放派の働きによって大きく軌道修正され、毎年8000万が投資される巨大な計画に生まれ変わっていた。
そして、グアム島とトラック諸島には小規模であったが自然と調和している、お洒落な観光都市すらも出来上がっている。
ブラジル移民停止となり帝国重工の社員として雇われた1500人はパラオ、ポナペ、トラックに250人ずつ、グアムに750人が移り住んで帝国重工の業務活動に従事する。それでも人手不足であったが、日本国内から次々と帝国重工によって雇われた元・女工達が順次移り住むようになり、徐々に経済圏が確立されていったのだ。
公爵領にて作られる新鮮で上質な各種フルーツは日本国内のみならず、半島に生活圏を築いたフランス人とロシア人にも好まれ、主要貿易品目の一つになっている。また、支払いに関しては得意先もあってか資源交換を認めており、タングステン、モリブデン、ニッケル、金などの各種資源が帝国重工に支払われていた。
諸島間の移動や輸送に関しては船舶の他に日本国防軍が配備を開始した、
太平洋地域全域の監視と帝国重工と日本国防軍の通信中継拠点として利用している
無人偵察機と警戒衛星の亜種である上空20kmを飛行するSUAV(Stratosphere-Unmanned-Aerial-Vehicle-Airship:成層圏無人飛行船)の廉価有人版を使用している。
飛行船の特許はデヴィッド・シュヴァルツよりも早く帝国重工が獲得していたのだ。
飛行船に関しては、気嚢によって機体を浮揚させる必要があり、気嚢には水素もしくはヘリウムを充満させる必要があった。
水素は安価で生産できたが爆発の危険性があり、またヘリウムに関しては19世紀の科学技術では人工的に作り出せず、天然ヘリウムにしても産出量の限界がある事から、飛行船の開発を独自に進めていたドイツ帝国のフェルディナンド・フォン・ツェッペリン伯爵に対しては特許料を安くしていた。
そう、帝国重工で生産しているヘリウムを高値で売るために…
そして、トラック諸島の沖から2km先には超大型浮体式構造物の日本国防軍艦隊根拠地の建設が始められていた。
トラック諸島の島の名前も日本名と変えられ、ナモネアス諸島は四季諸島と変わり、広報事業部の支部が建てられたウェノ島の名称は春島になっている。
また、軍事力整備に関しても本格的に力を注ぎ始めていた。
技術力や経済力で優れても、軍事力が無ければ、軍事圧力、予防戦争、侵略戦争によって容易に得た成果を横から奪い取られてしまう、
そのような悪夢を防ぐためにも、第一次日本国防軍軍拡が完了するまで毎年1億4000万円の投資が行われるようになっていた。
これは公爵領防衛・警備用の戦力拡張だけではなく、日本帝国軍の機械化促進を主に考慮した軍事援助も含まれている。
他は資源購入や帝国重工の会社設備投資などに使われていくのだ。その資源を加工して宇宙に旅立つ為に必要なより多くの資源を得ていく…日本帝国領と公爵領で構築された日本経済圏では、世界中の資源が徐々に集められ始めていた。
高野と"さゆり"はトラック諸島視察の為に春島に居る。
高野は帝国重工の幹部を信用しており、戦略概要に反しなければ不要に干渉せず自由にさせていたのだが、各部門の願いもあって今回の視察が行われていた。
表向きはトラック諸島で進む国土開発事業部が行う施設の建築状況の確認、生命環境事業部が進める果物品種の確認、広報事業部の観光事業の視察であったが、その実態はイリナ達が二人の関係進展を願って仕組んだ、視察の要望という名を語ったデートのお膳立てだったのだ。
これは、高野と"さゆり"が周囲の者達にすかれている証拠でもあろう。
視察の中心地になるトラック諸島の春島には広報事業部の支部の他に、準高度AI達の希望を取り入れて休養所として海に面しつつも、南国の景観に溶け込んだ小さくも白を基調にガラスを多用した洋館形式のホテル「オーシャンブルー」が建てられていた。
34部屋しか無いホテルであったが、1部屋が広々として快適な空間になっている。
そして、今日も6組の男女が宿泊していた。すべての組の共通点は女性のほうは準高度AIであり、男性の方は第3任務艦隊の軍属であった。休暇を利用して遊びに来ているのだ。これらの事が日本国防軍に所属している自我を有する擬体が、人間の女性と同じように見られている好例と言えるであろう。
このホテルに来た準高度AIは皆、幸せそうな表情をしているのだ。
高野と"さゆり"も、その多くの幸せを生み出してきているオーシャンブルーに宿泊していた。
二人は本日の視察を終えており、今は服装も涼しげな薄い水色のワンピースに着替えて、純粋に紅茶を飲みながら、計算された建築によって丁度良い位の日影が作られており、暑さに苦しむ事が無く、程よい南国の風を肌で楽しんでいる。
美味しい紅茶に綺麗な自然、そして愛する人と過ごせるゆっくりとした時間を味わっている"さゆり"の機嫌はとても良い。
ギラギラと照り輝く海上を眺めながら"さゆり"は思う。
(イリナ…貴方のお陰で素晴らしい時間を得ています。
少し高野さんとの距離も近づいたし…今日こそは…頑張るわ)
距離が近づいたというのは、オーシャンブルーの客室は全てワイドキングサイズのダブルベットである。つまり前日の夜は高野と"さゆり"は一つのベットの上で寝ていたのだ。同居していても別々の部屋で寝ていた事を考えれば偉大な進歩であろう。
もちろん高野は義娘と一緒に寝るのは問題だと思い、ソファーで寝ようとするも、"さゆり"から「一緒にベットで寝なければ風邪を引くかもしれません…」と言われて悩むものも、"さゆり"の心配そうな表情を見て、流石にベットで寝るのを同意していたのだ。
万が一に、高野が別室に移ろうとした時に備えて、他の部屋はイリナの手配によって予約客によって埋めていた念の入れようである。
更に、高野がどの様な対応をしてもベットで寝ることになる様にイリナと共に"さゆり"は事前にシミュレートすらしている。心配させないためにも一緒に寝る……これは、義娘を愛する姿勢の高野の行動を逆手に取った方法であった。
また、イリナからの入れ知恵によって"さゆり"は、高野が寝静まった後に"寝相"を理由に抱きつくプランすらも手に入れていたが、昨日は緊張のあまりにそっと手で触れる程度の事しか出来なかった。しかし、"さゆり"は今夜こそは抱きつこうと決意を新たにする。
幸せな想いに浸っていた"さゆり"は高野からの言葉に意識を戻す。
「そういえば長門、陸奥の改装は順調ですか?」
帝国重工では世界情勢の変化によって、後に日本帝国軍に売却予定だった長門と陸奥を取りやめていた。
四四艦隊は日本帝国軍と日本国防軍と合わせた艦艇数から、日本帝国軍の単体に切り替えられており、日本帝国軍向けに「扶桑」「山城」「伊勢」「日向」の建造と葛城級巡洋艦「常磐」「八雲」の建造が幕張造船所にて1898年10月から行われていたのだ。
「えーと…そういえば定期報告は来週でしたね。
長門に関してはAI管制システムの搭載は秋までには終えます。
計画スケジュールに遅れは無く、現段階で15ポイントも早くなってますよ♪」
AI管制システムとは準高度AIや高度AIによって戦闘指揮所(CIC)のメインフレームをコントロールする装置の事である。21世紀中盤の日本国防軍と同等の管制システムの搭載によって可能な限りの省力化とリアルタイムでのダメージコントロールが可能になる。
「頑張ったんだな」
「でしょ♪」
"さゆり"は高野に褒めてもらおうと、無人工廠設備のスケジュールから建設用ロボットの運行スケジュールまでの運用計画を徹底的に計算して最適値を出していたのだ。
しかし高性能な"さゆり"であっても、多岐にわたるパラメーターの同時処理は負担であり、今回の作業はそれなりの疲労を覚えるほどだったが、高野から褒められる喜びを考えれば"さゆり"にとっては辛くは無い。
「ね…高野さん」
「うん?」
「ご褒美を下さいね?」
ご褒美を欲しそうな表情で高野を見つめる。
「判った、判った。買い物でも散歩でも"さゆり"に付き合うよ」
「高野さん、頭を撫でてくれるだけで十分です♪」
女の子である"さゆり"は買い物が好きだったが、高野さんのご褒美に勝るものは無い。
"さゆり"は褒めて貰うために席を立って高野に近寄ると少しだけ顔を突き出した。何時ものように高野はそっと"さゆり"の頭を撫でるために近づいて優しく撫でる。高野の手が髪の毛の流れに沿って動くたびに"さゆり"の口から心底から気持ちよさそうな声が漏れる。
「ぅ………ん………ふぅ♪」
「ここですか?」
「…はい…」
ウットリとした声で高野の問いに"さゆり"は答えた。
高野によって優しく撫でられる度に"さゆり"は体を小刻みに震えさせて行く。
犬の尻尾の付け根を優しく撫でると尻尾が段々と下がっていくように、"さゆり"の少し膝が少しずつ折れていく。
すでに彼女の頬っぺたは紅赤に染まっている。精神が昂揚していた"さゆり"は、気が付いた時には、そのまま体を高野に預けてから抱きついていた。意識が戻った時には"さゆり"の顔が高野の胸に優しく当たっていたのだ。
(……わ、私…高野さんに抱きついてるの!?)
恥かしさの余りに顔を更に真っ赤にした"さゆり"だったが、離れようとはしなかった。
(あ……高野さんの…匂いがする…なんだか凄く…ドキドキする…)
抱きつかれた高野は驚くも直ぐに優しい表情を浮かべて、"さゆり"を見下ろしながら
娘をあやす様に話し始める。
「本当に"さゆり"は甘えん坊ですね」
「はい…私は甘えん坊です♪
だから、高野さん……しばらくは、このままですよ?」
「はいはい」
この事態でも娘として見られていた事は少し残念だったが、"さゆり"は高野の体に負担を与えないように配慮しつつ、ギューと抱きしめて、高野を感じ取る事に集中した。
春島の開放的な雰囲気が"さゆり"を少し大胆にしていたのだ。
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【あとがき】
そろそろシベリア鉄道が開通しますね〜
【Q & A :年間1億3000万円の軍事予算は多すぎませんか?】
イギリス帝国の軍事費25%にも満たないでしょう。
それに正面戦力だけでなく、兵站、輸送、施設などの後方戦力を整えなければ、海外から高い弾薬を買う羽目になります…それを避けるための措置ですね。
意見、ご感想お待ちしております。
(2009年06月05日)
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