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帝国戦記 第17話 『公爵領:前編』


1897年 7月1日 木曜日
高野の提唱によって日本における工業規格であるJISが史実の1949年6月1日よりも早く制定。
世界初の工業製品規格として各方面から注目を浴びる事になった。



1897年 7月9日 金曜日
高野は日本帝国に対する多大な貢献によって公爵位へと陞爵する。

今回の陞爵は計画の一環であったが、明治天皇は高野の功績を純粋に評価しており、計画は関係なしに各方面に積極的に働きかけていたのだ。賞勲局を始めとして、公爵位への陞爵に関する話を聞いた関係者は国家予算を超える額の投資を始めとした、日本帝国に対する多大な貢献を考えれば当然だという意見で占められており、問題は無かった。



1897年 7月21日 水曜日
帝国重工はサイパン島、グアム島、テニアン島、パラオを含むマリアナ諸島、マーシャル諸島、カロリン諸島をスペイン王国から領土権を購入した。

スペイン国王アルフォンソ13世に対して秘密裏に行われてきた領土権の買取交渉は難航していたが、多数の政治工作に加えて4500万ペセタの一括払いと、国王の長男アルフォンソと末息子ゴンサーロが患っている血友病の治療薬が決定打となった。元から維持費のみが多かった諸島植民地ゆえに、落日が激しく財政難に陥っているスペインには売り渋る程の余裕は無かった。

史実ではスペインは財政難の解消の為に、ドイツ帝国に2500万ペセタで売ることになる諸島群であったが、米西戦争の前だった為に、このような額になったのだ。来年に起こる米西戦争を待てばスペイン王国から買い叩けたのだが、米国からの介入を未然に避ける事を考えれば、帝国重工にとって決して高い額では無い。

ただし、取引によってフィリピンがスペイン領である限り、グアム島のアプラ港に対してはスペイン船籍の入港が認められている。

帝国重工にとって重要だったのはカロリン諸島にあるチューク諸島(トラック諸島)であったが、他の島々も購入したのはアメリカ合衆国がモンロー主義から抜けきっていない今を狙って、アメリカ海洋戦略の要になるアルフレッド・セイヤー・マハンが考え出した海上権力史論を生かせないような状態を作り出すのが目的であった。中部太平洋の諸島を押さえて制海権を握ることによってトラック諸島に通じる海洋航路の安全を確保するのだ。

これらの帝国重工が購入した諸島は明治天皇の全面的な支持もあり、大公(公爵)が君臨するモナコ公国のように、日本帝国の中で公爵領として存在していく事になった。

また、諸島群を日本国に編入しなかったのは、国内勢力からの安易な干渉を避けるのが目的で、帝国重工の資産で購入しているだけに、誰も文句を挟めない。既に独自軍事力を有している事から、世界的に見ても自然な流れであった。唯一の違いは、帝国重工と比べて資金力と開発能力が劣る日本帝国が公爵領を保護するという、珍妙な出来事であろう。

アメリカ帝国主義の権化であるウィリアム・マッキンリー大統領は事実を知ったとき、悔しがったがハワイ併合を終えていない現状では如何する事も出来ず、傍観するしかなかった。

帝国重工は領域の主権者としての責任を果たすべく、1915年までの第一次計画として1億2500万円の巨費を投入する真剣な計画を立てている。

その開発計画は4段階に分かれていた。

第一段階は、徹底的なパラオ、グアム、ポナペの水産物施設、基礎インフラ、病院と学校の整備である。南太平洋諸島の受け皿としての準備である。擬体工兵中隊を派遣して順々に基礎工事を行っていく。

第二段階は、海外移民予定だった日本国民をパラオ、グアム、ポナペに住ませる事である。 史実において1897年8月に吉佐移民会社がブラド・ジョルダン商会を介して、初の正式移民として1500人を土佐丸にてブラジル移民を行う予定だったが、帝国重工は政治工作を掛けて事前に白紙に戻していた。史実でも白紙になるのだが、これは万が一に備えての措置である。

ブラジルに移民しても奴隷と変わらぬ住環境で低賃金と重労働が待っているだけで、帝国重工は単なる労働力の確保だけではなく、そのような悪夢を阻止したかったのだ。

移民停止となった1500人は帝国重工の社員として雇われ、基礎教育を受けた後で国土開発事業団の一員としてパラオ、グアム、ポナペの3箇所へと出張する事になるだろう。

第三段階は、諸島に住んでいる教化が可能な原住民は、パラオ、グアム、ポナペに段階的に移住させていく事である。原住民の心情を悪くする移住政策の実施を考えているのは、一定の人口が居なければ産業が育たず、公共サービスも集中して行った方が利便性を高く出来るので止むを得ない措置である。

第四段階は、希望する住民を社員として雇い入れ、観光事業、果物産業、漁業産業を視野に入れた経済発展を推し進めていく事である。帝国重工管理下の諸島群は治外法権であったが基本的に日本帝国の法律が適応される事になる。また、公用語はもちろん日本語だ。

満足した植民地統治能力の無いスペイン王国と違って帝国重工は十分な準備の下で計画を推し進めていたのだ。

開発が進むのはパラオ、グアム、ポナペだけではない。

トラック諸島から3km先の海上に直方体形状の浮体ブロック多数連結させたメガフロート(巨大人工浮島)型の宇宙港を建設する前準備として、トラック諸島に休養地の建設が始められるのだ。



1897年 9月6日 月曜日
朝鮮政府はロシア軍人を顧問として軍隊を再建。



1897年 9月27日 月曜日
幕張造船所にて完成した10隻の雪風級護衛艦「磯風」「浜風」「天津風」「時津風」「峯風」「澤風」「沖風」「島風」「灘風」「矢風」が日本帝国海軍へと編入される。



1897年 10月1日 金曜日
貨幣法施行にて、日本で金銀本位制が始まる。



1897年 10月16日 土曜日
朝鮮国王高宗がソウルの中央に新しく作った圜丘壇にて、国号を「朝鮮」から「大韓帝国」へ改め、清国との宗属関係断絶を決める。清国側はロシア帝国側の圧力により容認。














1897年 10月19日 月曜日

"さゆり"とイリナの二人は秋の風を気持ちよく感じながら幕張の一角にある商談時に使用する洋館のテラスで、紅茶を楽しみながら楽しそうに話していた。二人の服装は凛々しくもスタイリッシュな日本国防軍の制服である。 大佐と大尉の階級章が眩しい。2匹の子狼が"さゆり"の足元に気持ちよさそうに寝ているのは、既に定番だった。1匹は撮影を通じて仲良くなり、イリナの足元で丸くなっている。3匹ともこれほどにない位に無防備な姿勢が微笑ましい。

雑談が一区切りしたところで、イリナは副総帥の"さゆり"に対して広報事業部の拡大に関する話しを切り出した。

「さゆり♪ トラック諸島だけど、ウェノ島に広報事業部の支部を作っても良いかな?」

「どうして?」

「もう秋だし、暖かい南国の地で水着の撮影を行うためだよ?」

「え? ならグアム島で十分では…」

イリナの当然のような返答に"さゆり"は嫌な予感がする。グアム島でも代用できるのに何故にトラック島なのか?と"さゆり"は疑問を感じた。"さゆり"の反応を気にせず、イリナは言葉を続ける。

「何処までも透き通った空、一面に広がる青い海、光輝く太陽、開放的な空間!!!
 これほどに無いぐらいに絶好のロケーションだよ!!」

イリナは目を輝かせながら身を乗り出して説明する。イリナは写真や映像でしか知らない、未来では異常気象で失われてしまったリゾート土地に心が躍っていたのだ。

(か、開放的な空間って……そ、そんな考えの貴方を人目が少ない開放感が溢れる南洋に解き放ったら暴走するに決まってるじゃない…写真の検閲が必要ね…いえ、きっと別の魂胆がある筈…止めなきゃ、絶対に止めなきゃ!)

"さゆり"はイリナの気持ちを理解していたが、それ以上にイリナの暴走の予見し、その行いを止めるべきだと決意していた。イリナは開放派という一派を組織して率いており、その影響力は決して無視することは出来ない。

「開放派」とはイリナが率いる派閥の一種である。

その行動原理は特定の場所においては、女の美しさの源である曲線美をメディアを通して社会安定に生かそうとしていたのだ。馬鹿げた目標であったが、盟主イリナは積極的に動いて仲間だけでなく、日本帝国軍の中にも支持者を増やしている。

現に帝国重工の広報事業部が出版している先進科学もその影響を大きく受けて、創刊号からグラビア写真が組み込まれるようになったのだから…侮れない勢力であろう。

開放派に参加する女性達はイリナが言った「私達の奮闘で日本の性犯罪を減らせるのよ!」 の一言が彼女達の中で元々から開放的な思考を有していた者達の心の琴線に触れた。趣味を兼ねつつ愛国行為を行える事から、賛同した娘達は開放派に参加していったのだ。

"さゆり"はイリナ率いる開放派の行動に頭痛を感じつつも、銃犯罪や薬物犯罪と違って、性は人の本能に直結しており、必要以上の規制は逆に性犯罪を増徴させる事を過去の分析データから認識している。

だからこそ、撮影内容にブレーキを掛けつつも、社会安定の一部として控えめな水着で定期的にグラビア撮影に応じていたのだ。

イリナは"さゆり"の心理状態を正確に把握しており、念を押される前に先手を打つ。

「ね…"さゆり"」

「なに?」

突然に変わった話の流れに"さゆり"は困惑した。その一瞬の心の隙をイリナは狙いを付ける。

「言い忘れていたけど、先程だけど、高野さんが貴方のね……」

「っ! 高野さんが何なの!?」

"さゆり"の関心を集めたところで言葉を止める。 このような恋の心理状態を突いた駆け引きは彼女の十八番なのだ。"さゆり"の心を捉えたイリナは、言葉を弓の弦を引き絞ったように溜めてから必殺の言葉を放った。

「高野さんが先月号の先進科学に載った貴方の水着姿を褒めていたよ…すっごく」

「ほっ、本当!?」

「うん。 ワンピース水着が、愛らしいってね」

「っ!」

"さゆり"は白基調の背中が綺麗に開いているワンピース水着姿を掲載していたのだ。イリナのビキニ水着に比べれば抑えられているが、デザイン柄はシンプルであったがラインが綺麗に見えて、ちょっとドキリとさせる水着は読者からの反応は良かったのだ。

イリナの言葉には嘘は無い。

事実、イリナは高野に対して"さゆり"の水着姿の写真を見せると、高野は義娘を褒める様な感じであったが、確かに"さゆり"を褒めていたのだ。

また、ここまでイリナが気を配るのは二つの理由がある。

一つ目はウェノ島を広報事業部の管轄下に置いて、その一帯を撮影拠点として確保することだった。 一年を通して温暖な気候はグラビア撮影を行う部門からすれば垂涎の的なのだ。

また、イリナは開放派の聖地としてウェノ島の一部を、レクリエーションとして捉えた、厳密な審査の元で運営する会員制のヌーディストビーチへと徐々に変えていく事すら考えていた。性愛的な要素は別途施設の限定として、裸体もしくは指定した水着で行動するヌーディストビーチでは、公園や海岸、森林などで構成された地域で、日光浴や海水浴、外気浴、森林浴、スポーツなどを普通に楽しめる場所にするのがイリナの目的である。

二つ目は高野が"さゆり"に対して義娘ではなく、女として見るように手助けをしたかったのだ。義娘のままでは"さゆり"の想いは成就しない。何故ならば"さゆり"の性格考えてれば、彼女から夜這いを仕掛けることは不可能に近いだろう。その位をしなければ、高野は恋愛に関して超が付く程に鈍く、気が付かないと断言できる。

義娘として一緒に住んでいる事すら奇跡なのだ。

この二人を考えると、奇跡でも起こらなければ、次の展開には結びつかないであろう。

期待薄の奇跡を期待する位ならば"さゆり"だけでなく高野の気持ちも変えた方が現実的だとイリナは分析していた。形は違うが確かに微笑ましい位に愛し合っている二人なのだ。愛情の方向性が変われば引き合うのは難しくは無い。

イリナは"さゆり"を少しずつ開放的な空間の雰囲気に浸して行き、上品だが大人の魅力を感じさせるセクシーな水着に慣れさせて、高野に対してアピールをさせて行くつもりである。

そして、高野に対してはさり気なく、"さゆり"との関係を意識させて、お互いの感情が交わるようにするのだ。 その中にはイリナが作り出す開放的な雰囲気が満載なウェノ島で二人をデートさせるのも計画に盛り込まれている。

確かに正論である。
高野の夜這いを受ければ、現段階であっても恥じらいながらも"さゆり"は応じるであろう。

また、イリナは貴族と義娘の恋愛小説などを出版して、徐々に"さゆり"にとって有利な世論を広めていく計画も立てていた。イリナはメディアの力を使って世間が高野と"さゆり"をベストカップルと思うように誘導して、断続的な小さな状況の変化を生み出して行く事によって"さゆり"の願いを叶えるつもりだったのだ。

このようにイリナは暴走気味だったが、基本にあったのは広報事業部の発展と"さゆり"の想いの成就のために動いていた。

"さゆり"は高野に褒められた事を想像して嬉しさと恥かしさで顔を真っ赤にしてモジモジと身悶えていたが、イリナはその様子の"さゆり"を優しく見つめながら口を開く。

「次に撮影する時の水着はワンピース水着じゃなくて、マーキュラインのような水着だと高野さんも喜ぶと思うよ〜」

イリナが"さゆり"用に考えていた水着はビキニではなく、ウエストラインとヒップラインの中間点あたりまで切り込まれて鋭角ラインをなしているレオタードの形状水着である。あえてハイレグではなくマーキュラインと表現したのは、"さゆり"が受け入れ易くする為であった。

「そっ、そうかな?」

「うん、スタイルの良い"さゆり"なら控えめだけど確実にボディラインをアピールする水着は絶対似合うよ。 もちろん"さゆり"に対しては貴方が着れるような水着撮影しか行わないし…1年を通して撮影したいの。 ボディラインのアピールは性犯罪の減少にも繋がるし、高野さんに対する良い自己アピールになると思うよ。 どうかな?」

「イ、イリナの言いたい事はわ、わかったわ………わ、私も…に…日本の為に協力するわ」

"さゆり"にとって世間での人気は特に興味は無かったが、高野からの視線は極めて興味がある。高野が求めるなら"さゆり"は羞恥に悶絶しながらでもビキニ水着を身に付けるであろう。"さゆり"にとって高野に褒められる事は、もっとも嬉しい事なのだ。

性犯罪を抑えつつ、愛する高野に自分の意思を多少なりともアピールが出来るのならば多少の恥ずかしさは我慢が出来ると"さゆり"は決意を新たにする。

この日を境に「開放派」は"さゆり"からの好意的中立の立場を手に入れたのだった。
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【あとがき】

少し高い買い物になりましたが、4500万ペセタで買いました。
史実では米西戦争にてスペインはグアムを米国に奪われ、残る島をドイツ帝国に対して2,500万ペセタで売ってしまいます。

史実を見れば今のところはスペインは得をしたのかもしれません…今のところはw
そういえば…3匹の狼ですが…名前はどうしよう(汗)

暴走特急のイリナですが、許してやってください(笑)
作者の趣味ですw


【Q & A :義理とはいえ貴族の娘である"さゆり"がグラビア写真?】

史実でも雑誌にて華族子女・夫人のグラビア写真が掲載される事もありました。


【Q & A :雪風級は現在何隻?】

「雪風」「海風」「山風」「江風」「浦風」「谷風」「磯風」「浜風」「天津風」「時津風」「峯風」「澤風」「沖風」「島風」「灘風」「矢風」の16隻になります。


意見、ご感想お待ちしております。

(2009年06月02日)
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