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帝国戦記 第06話 『始動3』
大鳳から発艦したエアクッション型揚陸艇にて、千葉県の幕張に上陸を果たしていた1個擬体化工兵大隊が計画スケジュールに従って行動に移っていた。
擬体化工兵大隊の工作能力は高いが、無から有を作り出すほどではない。設営用機材が無ければ、完全な能力を引き出せないのだ。
しかし、間宮級大型補給艦の早埼と白埼の2隻に
必要な機材が搭載されており、機材不足の心配は無い。
本来ならば、その機材を使用してロシア軍によって爆破破棄されたウラジオストク基地を、米軍の要請によって、内陸侵攻用の拠点として一から作り直す予定であったのだ。
間宮級大型補給艦は荷役能力が貧弱または破壊された港湾で迅速な揚搭を行うために右舷に巨大なツインクレーン2組と艦載艇10隻を持つ。そして、1070TEU(TEUとは20フィートコンテナ1個分)の積載能力を有し、主燃料、航空燃料、真水用の搭載量は自衛隊時代に竣工していた「ましゅう」級と同等である。
夜間のうちに幕張湾に接近した大鳳、明石、早埼、白埼の4艦は、開発の手が及んでいない幕張湾では、深度が浅く、岸壁に接舷が出来ないために強襲揚陸艦の大鳳が搭載しているヘリやエアクッション型揚陸艇を艀(はしけ)の代わりにして、次々に陸地へと機材を運び込んで行った。
未来の世界においても世界最先端の工廠艦といえども一度に作れる生産能力は無限ではなく有限だ。購入した33,94000平方メートルの土地を一気に開発することは出来ない。そして、早埼、白埼が搭載している資材があるとはいえ、限りがある。
高野は第一次工事として艦隊を収容する簡易ドックと資金獲得用の生命環境事業部を重点に置いて重工業事業部の一部生産設備の建設に全力を注ぐことにした。
港湾施設として完成させるには膨大な月日が掛かることから、艦船が着岸するために陸域部から水上へ向けてF字型桟橋を作るに留まった。本格的なドック(大型船渠)は予算確保に従って順次建設していく予定である。
そして、工事区画に関係者以外の人が立ち入らないように特殊作戦郡の兵士達が目を光らせており、その目を掻い潜って侵入を計ったとしても、侵入防止用として部分的に16ヘルツ以下の超低周音響波が放たれているので、忍び込んだ者は吐き気、頭痛、嘔吐感の症状に見舞われるであろう。超低周音響波という概念すらない明治の時代において、完璧ともいえる保安体制であった。
港湾施設として完成させるには膨大な月日が掛かることから、建設用資材を取り出して空になったコンテナを流用して、艦船が着岸するために陸域部から水上へ向けてF字型桟橋を作るに留め、投入できる工兵を動員して一つの生産工場を作り出す。
僅か1週間でひとつとはいえ、工場が完成した。これほど早く出来上がったのは、早埼に必要な機材がコンテナ単位で分解梱包され、既に組み立てスケジュールも出来上がっていたからだ。後は、機材を揚陸してしまえば、プレハブ工法の技法に従って、同じく揚陸した重機で組み立てて行けば良い。
こうして、幕張の地に最初に組み立てられたのが、主に軍用建造物の外壁として利用される生分解性繊維材を作り出す専用設備であった。
生分解性繊維材とは、環境負荷の小さいタンパク質主体の繊維から作られており、改良を重ねた結果、炭素繊維を凌駕する強度と半分の軽さを実現した。また、炭素繊維よりも加工が簡単なのが特徴である。
日本からウラジオストク基地まで多数の建築資材を運ぶ際の、戦時下ゆえの輸送コスト・リスクの軽減を狙った事から、このような高価な生産設備が輸送艦に搭載されていたのだ。
従来の鉄を遥かに上回る素材が、栄養素と設備を動かす電力のみで作り出されている様を見たら、海外列強は絶句するに違いない。また、膨大な電力が必要だったが、明石は核融合動力で動いており、電力に不足は無い。高野によって1世紀ほどは門外不出の技術に指定されているだけでなく、販売禁止の物資としても扱われていた。
もっとも、販売したくても重要拠点の構築分の生産で精一杯という寒い事情もあるのだが……
1895年6月4日火曜日
生分解性繊維材生産工場から、やや離れた場所に作られた、コンテナを流用した生命環境事業部の仮設生産工場に高野と"さゆり"は居た。
「抗生物質自体の生産は少量ならば全く問題ないですが…
何時までも抗生物質の為に明石の貴重なプラントを使い続けるわけにも行かないわけで、
順次に陸上生産へと移行していかねばなりません。
その際の試案は此方です……大雑把な計算ですが、
大量生産に関しては明石にて必要機材を優先的に生産すれば3ヶ月程で目処が立ちます」
技術幕僚の真田忠道准将が高野に進捗状況を説明していた。
工廠艦の内部プラントの一角にある量子科学の極致ともいえるナノウェア工廠を使用すれば、分子構造の近い素材があって時間さえ許すならば、大抵のものを作り出せる。そこで、医薬品の生産工場が完成するまでは、ナノウェア工廠で少量だけ作り出して、画期的な新薬として少数ずつ高値で市場に流していく。特許元は当然、帝国重工である。
「順調のようですね…ならば、蘭計画A-25項を計画通りに進めていきます」
高野は真田の報告に満足し、予定通りに計画を進めることにした。
「おおぉ……世界を滅びに導いた奴らの慌てふためく顔が目に浮かぶようですぞ…
いやはや、長生きするものですなぁ」
真田は非常に満足そうな笑みを浮かべる。
高野の言う"蘭計画A-25項"とは1637年のオランダで起こったチューリップ・バブルの焼き直しともいえる計画であった。
帝国重工が売り出す新薬(抗生物質)
この効果を知ったとき、世界はこの新薬に飢えるであろう。
計画の概要は、恨まれないように利益を独占せず、欧米企業に対して帝国重工が完成した新薬を売るだけである。後は、マスコミを介して魔法の様な新薬(抗生物質)のイメージを強めていくだけでよいのだ。通常の宣伝活動と何ら変わる事が無い。
しかし、欧米の企業が暴利を貪る行動に出た時に懲罰計画が始まるのだ。
需給の不均衡による高値が付くように仕向ける事が第一段階、投機家が参入してきた第二段階、そして元手をもたない庶民をまきこんだ第三段階である。
この第三段階に至ってバブルの様相を呈し、ヨーロッパ市場にいる、少なくない投資家は経済の原則に従って、更なる利益と調達資金の確保の為にバンクギャランティー(銀行との連帯保証人)を結んでいくだろう。
そして、暴騰の頂点に達する直前に、大量の供給を行って必要以上に釣り上がった値を一気に大暴落させる。供給時の発表は状況に応じて変わっていくが、概ねの内容として「暴騰に苦しむ人々を救うため、そして一人でも多くの命を救うために不眠不休で新技術を確立させた…」と言えば政治的にも倫理的にも失点にならず、バブル崩壊の責任が追求されるとしても、不必要に儲けに走った欧米の投資家に帰するであろう。
また、この時期の日本人がこのような投機に参加することはありえなかった。外貨不足であり、金の保留量も最低限しか有していない日本では、貧しさゆえに海外に投資したくても出来い。
そして、ただの懲罰計画ではなかった。
このような背景の基で、幾つかの仕掛けも加える事によって、
欧米経済の弱体化を図りつつ、バブル崩壊の余波を受けて経営の悪化した一部の欧米企業の買収を狙っている。もちろん、買収を行うのは帝国重工や日本と無関係な海外の企業であり、巡り巡って最終的に日本帝国の国益に繋がるように仕向けていく。
新薬が暴落しても製造方法と特許を抑えている限り、供給量さえ調整すれば幾らでも元が取れる計画である。高野も"さゆり"も、この時代における欧米列強諸国の行いを知っており、バブル崩壊による必ず起こる経済混乱に対しては気に病む必要は無いと割り切っていた。
愛国者にとっては、仮想敵国よりも祖国の方が大事なのだ。
嬉しそうに将来を想像する真田に対して、"さゆり"が少し申し訳なさそうに口を開く。
「真田さん…ご機嫌のところ、申し訳ないですが、私達は鬼じゃ有りません。
彼らが適正価格で販売した場合はこの計画は実行に移しませんよ?」
「むっ、そうなのか!? 高野さん、さゆりが言った事は本当なのか?」
真田が残念そうな表情で尋ねる。
「ええ、本当ですよ。
それに彼らが適正価格で売れば、引き起こしようが無いのですから」
あのような酷い世界を見せられていたにも関わらず、無闇に牙をむかないところが、高野の優しさであり、高野に育てられた"さゆり"の優しさでもあった。
「そうか…まぁ、いいわい。
確かに…日本は常任理事国の奴等とは違う……お前達の考えはワシの考えより正しい。
彼らが必要以上に私欲に走らなければ、不要な攻撃は慎むべきだな。
ワシらが忌々しい白人や中国人のように為らない為にも…」
しかし、伊達に長く生きていない真田は、歴史が証明するように白人種は、簡単に儲かる商品に関しては競い合うように奪い合って値を吊り上げて行くと確信していたが、高野と"さゆり"の手前もあって、言うのを控えた。それに、いずれ歴史が証明するから急ぐ必要は無いのだ。
「そうですね。
私達の目的は領土征服や復讐ではありません。
目的は、ただ一つ。
他国の掣肘を受けずに、世界に先駆けて日本の宇宙移民を実現すること…」
"さゆり"の言葉に高野と真田は尤もな表情で頷いた。
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【あとがき】
生分解性繊維はクモの糸の遺伝子を改良したもの。
土地代金は1897年の大阪港第1次修築工事を参考にしています。
(2009年04月27日)
↓"さゆり"です↓
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