gif gif
■ EXIT
gif gif
gif gif
帝国戦記 第03話 『接触2』


上村大佐は秋津洲ではなく、一足先に高野とさゆりと共に、UH-60Lによって本土へと目立たないように帰還した。

そして、日清戦争の際に豊島沖海戦で第一遊撃隊司令長官を勤めて活躍した坪井航三少将ことミスター単縦陣に連絡を取る。坪井は非常に先見性に富んだ将校であり、(明治30)1897年4月9日に常備艦隊司令長官として選ばれる程に将来を期待されていた。

上村と同じく未来の道具を見せられた坪井は、
その利便性と将来性を見抜いて全面的な協力を確約する。

日清戦争時の黄海海戦にて優勢だった清国の北洋艦隊に対して
勝利を収めた英雄の一人である坪井の人脈は太い。

有能にして勇敢な二人の精力的な行動によって、高野が希望する第2次伊藤博文内閣にて陸相を勤める山縣有朋との関係を確保していく。高野が山縣を選んだには訳がある。山縣は軍部が接触しやすく、また史実に於いて1895年8月5日に勲一等旭日桐花大綬章を授与して侯爵になるのだ。天皇とのパイプを作りやすい人材と言えよう。

そして、高野との会見で山縣も彼らと同じように
未来の道具に驚き、歓喜し、当然の如く魅せられていった。

その会見の中で、未来の悲劇を避けるためという言葉が引っかかった山縣は、陛下との謁見を実現するべく奔走していく。謁見までの極秘情報と言う高野の上手い焦らし方が山縣をより一層に急がせ、彼を含む高野、さゆり、坪井、上村の5人は驚くべき速さで明治天皇との謁見を実現させたのだ。




謁見が行われると高野はまず、この世界の技術では作ることの出来ないノートパソコンを天皇に提示した。信じられない高度技術を目のあたりにして驚愕する明治天皇を前に、高野は未来から来たことを述べる。

激動の時代を乗り越えてきた現実主義者の明治天皇も"のーとぱそこん"という隔絶した科学技術で動く道具を前にしては、未来からという突拍子もない話を信じるしかなかった。

驚きはこれだけに留まらない。
ノートパソコン内に保存された一つのデータ……日本帝国が滅亡するまでの歴史をダイジェスト映像を見せられると、山縣、坪井、上村…そして明治天皇は絶句した。

その後に続く、政治の腐敗、食糧危機、資源不足、列強の理不尽な支配…
そして世界に広がる終わりの始まり。

明治天皇にとって、全ての情報が驚きに満ちていた。

突拍子もない内容だったが高野が提示した道具に使われている技術は、この世の水準を大きく逸脱している。 それが逆に信憑性に繋がっており、彼らには高野の提示した内容を否定することは出来なかった。

「高野とやら…信じたくは無いが、これは真の事なのか!」

「陛下、残念な事ですが、私達の時代では確かに起こりました。
 私の存在と、その高度科学技術製品の存在が証拠であります…」

高野は"教授"という愛称で呼ばれるに相応しい知性と優雅さをもって、自分の存在、引き起こる人口問題と資源問題を丁寧に説明していく。そして、どのように振る舞っても、世界の支配者になっても最終的には破綻することを…言葉の壁、貧富の壁、思想や宗教の違いなど、統一を拒む要素の数々を高野は授業の説明にように話していく。

「対立に全世界規模の食糧危機……
 絶望的で救いようの無い未来としか言いようが無いな…
 で…高野、歴史は変えられると思っているのか?」

「我々の歴史では、この時期に秋津洲の機関部故障は起こっておりません」

「それが根拠か……
 で、お前には何らかの手立てが有るのだな?」

「手段は2つあります」

「申してみよ」

「はい、これはお勧めしませんが…
 1930年までに世界大戦に関わる全主要国を軍事力をもって日本の制圧下に置くことです。
 しかし制圧後の抵抗運動を考えれば、無用な国力低下を招くでしょう…
 あのイギリス帝国ですら、これから植民地支配を破綻させていきます」

「だろうな…独立運動の果ては独立戦争。
 結果は日中戦争や越南戦争(ベトナム戦争)を見れば誰だって判るぞ。
 散財にならないように、不必要な植民地獲得は止めるべきだな」

「はい、もう一つが経済的な地域覇権を取りつつ、
 いち早く軌道エレベータのような橋頭堡を作って宇宙への移住を推し進めます」

「うっ、宇宙だと! それに軌道エレベータとは!?」

「惑星などの表面から静止軌道以上まで伸びた昇降機の事です。
 適正地は赤道上なので…そうですね、トラック島辺りに立てるのが好ましいですね」

明治天皇を初めとして、山縣、坪井、上村は軌道エレベーターの建設は、万里の長城が砂山に見えるような気運壮大な計画に聞こえたが、あの破滅へと至る未来の映像を見た後では、世界覇権か宇宙移民しか残されていないようにも思えたの確かだった。そして世界覇権など重荷でしかない事も未来の歴史を見れば火を見るより明らかである。

高野としては軌道エレベーターが理想であったが、無理ならば往復宇宙機を扱う大型宇宙港でも構わないと考えていた。

「陛下、やりましょう!」

山縣がそう言うと、坪井、上村も熱心に同意した。

状況の推移を見極めた高野は悟られないように"さゆり"に無線通信を送る。

『さゆり、プランEで行きましょう』

『判りました!』

ニューロインプラントを介して、通信を行える高野と"さゆり"にとっては密談どころか完璧ともいえる意思疎通を行う事が出来るのだ。事前に取り決めた幾つかのプランの中から、E案に従って"さゆり"は一歩前に進み出て言葉を放つ。

「陛下…私達は幸いにも2063年までの科学技術を大筋で網羅しております…」

"さゆり"の後に高野も一歩前に進み出てから言葉を続ける。
見事な呼吸だ。

「そう、日本帝国が世界に冠たる科学技術立国として君臨することも可能なのです」

高野の言葉は余りにも魅力的であった。
欧米に比べて立ち遅れた科学技術の分野で追いつくどころか、独走状態で追い越していけるのだ。

三人の意見に加えて未来道具と衝撃的な映像、そして、高野と"さゆり"の言葉で明治天皇は、未来人との共闘を決意した。大日本帝国の今後の基本方針は国力を強化しつつ、非公式にだが生存圏を得るために宇宙移民に向けて進む事になる。




1895年5月8日水曜日

天皇との謁見を終えた高野とさゆりは大鳳へと帰還した、高野と"さゆり"は 戦闘指揮所(CIC)ではなく、艦長室で話し合っていた。

「激動の幕末を経験し、日常生活は質素を旨とし、
 自己を律すること峻厳にして天皇としての威厳の保持に努めたか…
 そして茶目っ気を忘れない…間違いなく、大物だな」

「そうですね…あの時の政府には居ないお人です。
 もし居て下されば…あのような事には、ならなかったでしょう」

「そうだな……
 さて、会社設立に向けて頑張るとするか」

「はい!」

高野の問いに擬体のままの"さゆり"は嬉しそうに微笑んだ。 彼女は祖国の輝ける未来だけでなく、人間として振る舞える事も嬉しい。

人間として振舞う指示に伴って、"さゆり"は自分の姓に尊敬、敬愛する上官である、高野の姓を名乗ることを懇願した。それに対して高野は「もっと良い姓があるのに」と苦笑いしながら了承すると、"さゆり"は喜色満面に喜んだ。

彼女は思考容量的に人間を遥かに超えている高度な電子知性であるが、真に人間らしい豊かな感情を有している。付き合いの長い高野にとっても"さゆり"は娘の様な存在であった。"さゆり"にとっても高野はただの上官ではない。"さゆり"の初任務時が高野の副官であり、付き合いは10年にも及んでいる。

"さゆり"は最初から、ここまで感情が豊かだったわけではない。

高野との交流でここまで育ったのだ。
"さゆり"にとって高野は、育ての親でもあり、恩人でもあり、敬愛する上司である。

"さゆり"だけでなく準高度AIも使用する擬体の基本ベースは骨格フレーム以外は完全に生体素子とナノウェアで構築されており、細部にわたって人間に似せて作られていた。更には、重症であっても自己治癒機能によって治るだけでなく、飲食すら楽しめる。

ここまで来ると2060年の科学技術が無ければ見分けがつかないだろう。
それもそのはず、日本製擬体は人々の生活の中に溶け込めるよう設計されている。


また、彼の言う会社とは、皇室費の一部を用いて立ち上げる予定の高野が率いる会社を指す。

本社設立の場所は幕張。ここは千葉郡に編入されたばかりであり、のり養殖などが盛んに行われていたが、人口過疎地帯である。広大な平坦地ではあるが生活用水となりうる水源の乏しいのが原因だった。どのくらい過疎地かと言えば、5村が合併して出来上がった人口約4,500人の津田沼村には1個の電灯すら無い。

しかし、主に陸軍演習場を使用する際の軽貨物輸送であったが1894年12月に幕張駅が開業しており、続いて1895年に津田沼駅が開通していた。このように最低限の交通の便は整っていたのだ。

史実では1899年(明治32年)に騎兵第一・第二旅団が駐屯する施設が津田沼村大久保に設置されるが、この時期では田畑や野原が広がっている。

だからこそ、土地も安く、開発地域から離れており、高野が欲する専用の造船施設と開発工廠を設けるのに適していたのだ。

この幕張の地に高野率いる、6つの事業部が作られる。


 電脳事業部
通信、電探、電装品、コンピュータ技術の研究開発生産を担当。

 生命環境事業部
バイオ・ナノテクノロジーを駆使した医薬品やバイオ燃料関連の研究開発生産を担当。

 重工業事業部
製鉄、造船、航空、車両、軍需品の研究開発生産を担当。

 国土開発事業部
惑星内外の資源地帯や産業地帯の開発を担当。

 広報事業部
対外的な広報や外務交渉の他、それらを含めた報道や出版による大衆操作等を担当。

 民間軍事事業部
第3任務艦隊が有する陸海空の戦力をもって海外権益や機密情報の防衛を極秘裏に担当。


高野は6つの構想を元に、5年後までに借り受けた資金を倍額で返すことを約束し、皇室費として入れられた賠償金の一部、2000万のうち500万円を借り受けた。500万円の使い道は資源購入費と土地購入費…そして事業が軌道に乗るまでの艦隊乗員の食料品購入に当てられる。

高野の中で返済プランは既に出来上がっていた。工廠艦で作ったプラント機材によって大量生産する抗生物質と、この時代では絶対に作ることの出来ない分子配列制御による機能性材料を新素材として販売するのだ。

そして、高野が起す新会社を政府直轄にしなかったのは、万が一に軍部や政府が暴走した際の抑止力とするためである。"さゆり"もこの考えに大賛成だった。 野党議員の横槍で死に掛ければ誰だって、そう思うであろう。




1895年4月17日に結ばれた下関条約によって、日本帝国は当時の国家予算4年分に相当する賠償金2億両(約3億円)を清国から得ただけでなく、その後の三国干渉による遼東半島を手放す代償として、清国から更に3000万両を獲得する快挙を成した。

日本帝国はこの資金を元に、重工業育成や南下政策を隠そうともしないロシア帝国に備えるべく軍拡に励むはずだった。

しかし、日本帝国の方針は高野が天皇との謁見後に一変した。

明治天皇自らの勅命によって、陸軍は現状の7個師団に留めて、装備と訓練の充実に当てる事になる。海軍に関しても同じように老朽艦の代艦と錬度向上に留めて、軍事費の劇的な増大を防いだ。

史実において陸海軍の拡張費は、陸軍は8年間で約9千万円、海軍が10年間で約1億8千7百万円に達したが、この世界においては陸軍は8年間で約3,250万円、海軍が10年間で6,200万円に抑えられ、残った賠償金の殆どを鉄道の敷設・改良、電信・電話・航海事業の拡張、製鉄所創設、日本勧業銀行・農工銀行創設、治水事業、台湾経営、教育充実に当てて行く事になる。
-------------------------------------------------------------------------
【あとがき】
坪井 航三(つぼい こうぞう、鹿児島出身、海兵--期)

巡洋艦で清国の戦艦「定遠」を蛸殴りにした猛者…

「定遠沈まずとすれば、これを沈める必要はない。艦上の敵兵を射掃して皆殺しにすれば即ち定遠無きに等しい」と言って実践して、戦艦を拿捕しているw

ごっ、豪胆だ…
(明治31年)1898年2月1日、在職中死去する彼を延命しなければw


1895年で500万円あれば土地付きで製鉄所が作れます。
そう、財閥級のお金ですwww

(2009年04月20日)
gif gif
gif gif
■ 次の話 ■ 前の話
gif gif