帝国戦記 第02話 『接触1』
ガンマ線爆薬を使用した核励起魚雷と思われる攻撃を受けた第3任務艦隊であったが、閃光が治まった後に状況を確認しても、どういう訳か全艦が全くの無傷であった。不可解な点はそれだけではない。地球上に溢れかえっていた人為的な電磁波が、殆ど全周波数帯に亘って綺麗に無くなっていたのだ。
本土全域に弾道ミサイルを受けても、弾道ミサイル防衛システム(BMDS)の存在があり、何割かは必ず生き残るようになっているにも関わらず、司令部だけでなく政府との一切の通信が取れなくなった高野は不審に思い、各方面に無人偵察機を放つ。
15分ほどして信じがたい事実が判明した。
太陽系惑星の位置、地形情報、無人偵察機からの映像…情報と名のつくものは徹底的に調べて
判った事は現時間が西暦1895年4月23日火曜日であることだ…
信じがたい出来事であったが、軍事AIのさゆりは所有する膨大なデータと各方面から得られた情報から、一番高い可能性はそれしか無かった。
「各艦艇の状況はどうなっている…」
「此方と同じく、混乱気味のようです。
また、現在非常事態下につき特例A22条の第1項を適用いたします」
「了解した…」
高野は投げやりに言ったがその頭の中は、今後の行動を考えて忙しく動いていた。
上級司令部との連絡が取れない今、第3任務艦隊において、現地司令官に全兵装使用権限を与える特例A22条の第1項が適用されており、高野はこの艦隊を自由に操る事が出来るのだった。
大鳳の戦闘指揮所(CIC)もざわめき始めていたが、決定的な破局ではない。
激戦区に投入される第3任務艦隊は不幸中の幸いか、遺族年金を減らすための試みとして、9割以上の乗員が自我を有する、準高度AIと言われるアンドロイドで占められており、純粋な人間は艦長、などの指揮官クラスで占められていた事が混乱を最小限に留めていた。
軍事AI開発部主任は驚異的ともいえる情熱をもって軍部の反対を押しのけて、教育型感情因子を埋め込んでいたのだ。彼は猫型ロボットに親しんで育っていた世代だったのだ。熱烈なマニア独自の情熱が、必要な時には感情因子をカットすれば問題ないと周囲を説得して回った。このような背景があって、感情溢れる軍事AIが生まれる事になったのだ。
警戒態勢が解除された今の状態の"さゆり"の表情には優しさが戻っており、
提督の副官としての立場も兼ね備えている彼女は提督に心配そうに問いかける。
「提督、どの様に致しますか?」
「……このまま呆然としている訳にもいくまい…
2063年の祖国に貢献することは出来なくなったが、祖国が消え去ったわけでもない」
「まさか!?」
「そうだ…少しでも良い未来にするべく、我々が介入していこう」
「提督…私も…全力でお手伝いさせて頂きます」
さゆりの基本ロジックは愛国心なのだ。
投射されるホログラム画像の頬を桜色にして、控えめに俯きながら彼女は上官からの次の言葉を待つ。
国家に対して精力的に尽くしてきた高野に対して、さゆりは部下という立場を超えた、尊敬、敬愛、愛情という複雑な要素が絡まった感情を持っている。
高野は"さゆり"に微笑んでから帽子を正すと、次の行動を取るべく全艦に対して回線を開くように命令した。そして回線が繋がると、艦隊乗員全員に自分の考えを明確に伝える。西暦1895から西暦2063年に戻る手段は現在のところ不明…そして、戻ったところで祖国に未来は無い。故に、歴史に介入して、あのような未来を避けるべきだと。
反対意見は無かった。
本土に対して核攻撃が行われた情報はすでに伝わっており、むしろ滅び行く世界から祖国を救える可能性が与えられた事に感涙するものも居た位だった。
また、もうひとつの理由がある。
日本国防軍の士官は軍事クーデターを避けるべく、命令系統に忠実に従うように戦術情報過程を睡眠学習で受ける際に、命令遵守の強制暗示が施されているのだ。非人道的に聞こえるが、荒廃した世界で人道主義など空想の産物でしかない。生存が関われば幻想などはたちまち吹き飛ぶ良い例だった。また日本側の暗示には律儀にも国際法遵守など平和団体に配慮したものも含まれている。
ともあれ、この1895年の世界においての命令系統最上位は高野であった。
高野からの命令を受けた、第3任務艦隊は長距離レーダーで捉えた最寄の軍艦と接触するべく、加速を始める。
彼らは軍艦を足がかりに日本帝国と接触を図るのだ。
「ライブラリ確認、旧帝国海軍、防護巡洋艦「秋津洲」と判明」
第3任務艦隊は大きな騒ぎを避けるために、旗艦の大鳳のみで行動していた。
さゆりは、高野の判断に異存は無い。もっとも司令部からの命令が無ければ"さゆり"は常に高野に好意的に接している。
「よし、秋津洲に発光信号を送れ…」
こうして158年の技術格差の有る軍艦同士のファーストコンタクトが行われた。
秋津洲にとっては未知の宇宙人と会合するような感覚だったに違いない。
もっとも、史実において宇宙人という表記が大々的に知られるキッカケとなった、イギリスのSF作家、H・G・ウェルズが執筆した小説『宇宙戦争』は1897年に発表されており、秋津洲の乗員は目の前の途方も無い存在の表現に困り果てていた。
全長91.8mの秋津洲の4倍はあろうかという巨艦は灰色で配色され、船体のあちこちから鋭角的なギザギザで彩られた部分が見られたが、それであっても目の前の巨艦は驚くほどスマートな印象を受けた。鋭角的なギザギザはステルス技術の一環である対レーダー波対策の処置であったが、電波探知という概念の無い19世紀において理解の範疇外のものであろう。
艦の大きさの割には目に付く武装は殆ど無く、また巨大さゆえに側舷から上の上部船体構造がどうなっているか窺い知る事が出来ない。
飛行甲板の周囲に対アクティブステルスの新型のECM/ESMフェーズドアレイが組み込まれた巨大なアレイ構造物が特徴的だ。
あまりにも唐突な存在によって、秋津洲の露天艦橋に立ち尽くしていた上村大佐は我に返って発光信号の内容を確認する。
「各員、戦闘配置のまま待機」
上村は命令を下し終えてから、呟くように言葉を続ける。
「………当方はタイホウ。
秋津洲代表者へ、当艦搭乗者の貴艦への乗り込みを許可されたい。……か」
「許可なさるのですか?」
上村の言葉に反応した、
近くに居た士官が声を掛けてきた。
「許可するしかないだろう。
我が艦の砲で沈められるような大きさでもない。
まして敵とも思えん…
そもそも、あれが一体何なのかも判らない……
故に知るためには会合するしかあるまいよ」
「しかし、司令部の許可は…」
「アレを放置したままで、連絡の為に港まで戻るのかね?」
史実では1901年 (明治34年)になって海軍省が無線電信機を兵器として採用するのだ。海軍艦艇に装備が始められるのは1903年の海軍36式火花送信機(到達距離130Km)が最初である。つまり、この時期の秋津洲には無線機は搭載されておらず、上級司令部に対して連絡する手段を持ち合わせていなかったのだ。
「いえ…」
「覚悟を決めたまえ。
通信参謀、タイホウに対して許可すると返信しろ」
秋津洲の乗組員が見守る中、大鳳の飛行甲板から汎用戦術輸送ヘリである1機のUH-60Lが飛びたった。本来ならば護衛にAH-64Gが付くのだが、重厚感を与えすぎるAH-64Gはかえって悪影響を及ぼすと判断され、出撃は見合わせている。
「ばっ、馬鹿な!!」
「鉄の箱が…そっ、空を飛んでいるぞ!!」
秋津洲の露天艦橋と甲板上にいた者たちが、周囲と同じような驚きの声を上げる。
動力装備の飛行と広く認められているのは、1903年12月17日のライト兄弟によるライトフライヤー号であり、1895年の彼らは知る由も無く、ただただ飛行している事実に驚いていた。
UH-60L。ブラックホークとして名高いUH-60の改修型。
軍用機開発費高騰の煽りを受けてUH-60の後継機開発計画が閉じられてしまう。そこで、ベトナム戦争から50年以上も現役で居続けたB-52戦略爆撃機と同じように、近代改修を行って延命措置を取る事が決定した。経済的な事情によって2063年の軍隊でも使われている。
数度の近代化改装を施したUH-60系は「枯れた技術」を基礎としていることから兵器として最も重要な信頼性に結びついていたのだ。また、制空権下の戦術輸送に関しては全く問題なく、搭載能力と価格の面から2063年度においても、重要な位置を占めており一般的な現役機であったが、秋津洲に乗っている人々には、まったくもって未知の存在にしか見えなかった。
高野は未来から来た事を信じて貰うために、あえて衝撃を与える要素の高い航空機での来艦を試みたのだ。
UH-60Lが秋津洲の後部甲板上空へと差し掛かると、ホバリング状態に入る。秋津洲にはUH-60Lが直接着陸するスペースが無いので懸垂降下しかなく、綱が降ろされていく。それをたどって、交渉要員として擬体に移った"さゆり"は、無武装だが護衛用の擬体と共に降下していく。
難しいヘリからの航行中の船上降下であっても、降下マニュアルをインストールしており全く関係なかった。
しかも同乗していく擬体は日本が世界に先駆けて配備した準高度軍事AIの搭載を前提に開発された、潜入工作すら行える人間と何ら外的特徴の変わらないタイプの特殊作戦用のものであった。人ではなく、このような擬体を派遣したのは…これは万が一にも秋津洲が敵対行動をとった場合に備えての措置である。特殊部隊用の擬体は並みの対人兵装は効かず、12.7mmクラスの機銃弾であっても対装甲徹甲弾でなければ致命傷は与えられない。
また、擬体のみならず高野などの高位の指揮官の体に埋め込まれた、軍用システムの認証キーを兼ねているニューロインプラントのネットワークを介して何時でも高野と情報のやり取りが出来る"さゆり"はうってつけの交渉代理人であろう。現在は衛星回線が使えないので通信距離が限られていたが、それでもこの時代ならば十分すぎる機能と言える。
秋津洲の露天艦橋から降下の様を見ていた上村は、聞いたことも無い乗艦手段に呆れつつも、感心していた。
「空からロープを使って降下とは…器用な」
「ええ…女性です…しかも…」
さゆりは副官時として行動する際には美少女タイプの擬体を使用している。
明治時代の日本の平均身長からみれば、美少女ではなく美女に近い。それを見た上村と話していた士官は、言葉の続きに"美人"だと言い掛けたが、帝国海軍士官としての自覚からなんとか自制した。
常装は開襟型でネクタイを着用した、紺色の国防軍礼服が恐ろしく似合っており、スカートのスリットから見えるタイツがなんとも魅力的だ。
日本国防軍が使用する擬体の多くは、国防士官の大半を占める男性を考慮して、このような美女か美少女タイプで占められていた。また、性格が良く献身的でもある。その理由は、部隊に受け入れられやすく為と、擬体という理由で自我を持った存在を険悪に扱わないようにする目的があったのだ。
これには、21世紀初頭に栄えたオタク文化を参考にしている。
そして、もうひとつの理由があった。
戦場に於いて、一瞬でも相手が躊躇うことを期待している。
美女や美少女を前にして、容赦ない攻撃を行えるものは少ない…優れた容姿はそれだけでも恐るべき武器となるのだ。
一生分の驚きを使い果たしたような表情をした秋津洲の露天艦橋に立ち尽くしていた上村大佐を始めとした、士官達の前まで、さゆり達は歩いてくると、見事な帝国海軍式の敬礼をする。
「お初にお目に掛かります。
この度は突然の乗艦要求を了承して頂きありがとうございます。
私は日本国防海軍所属、大型強襲揚陸艦「大鳳」から交渉代理人として参りました、
高野さゆり大佐と申します」
さゆりは美しくも少し切ない感じがする声で言った。
彼女が、高野さゆりと名乗ったのは、高野中将が明治の人間に軍事AIや擬体といっても通用しないと考慮し、また言われ無き差別を未然に防ぐべく、高度軍事AIや準高度AIなどを搭載して自我のあるタイプに対しては人間として振舞うように指示していたのが理由である。
「日本国防軍とは一体なんだっ!
その若さ…しかも女の身で大佐だと!?」
艦橋周辺がざわめくも、その雑音を無視するように上村が口を開く。
「私は常備艦隊所属、防護巡洋艦、秋津洲艦長の上村彦之丞大佐であります」
上村は粗相が無いように、見事な最敬礼をさゆりに返す。
彼は46歳の若さにして日本の主力艦隊の一翼を為す軍艦の艦長になるほどの知性の持ち主であり、史実において1895年7月25日に常備艦隊参謀長に抜擢される程の人物である。目の前の存在がどうであれ、彼らを超大型艦や飛行機械などを有する、世界の一線を画す技術力を持つ集団として捉えており、その力を借りることが出来れば…日本帝国にとって大きな力になると感じたのだ。
上村が"さゆり"から高度技術で作られた携帯軍用端末を見せられた瞬間に、
その思いは確信へと変わる。
この日を境に、日本帝国は水面下で力を蓄えつつ、将来に起こる有事に備えて行く事になるのだ。
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【あとがき】
上村彦之丞(かみむら ひこのじょう、鹿児島出身、海兵4期)
1894年(明治27)12月7日に秋津洲の艦長として着任。後に"船乗り将軍"とあだ名が着く。日露戦争の分岐点、日本海海戦においては、判断を誤った東郷司令官の指令を直ちに修正し、自ら率いる巡洋艦中心の第二艦隊単独で勇猛果敢に追撃し、日本海海戦を勝利へと導く。
秋津洲(Akitsushima)
明治1889年に建造計画
1890年3月横須賀工廠にて起工、1892年7月に進水、1894年3月竣工。
イギリス式の質実剛健な設計で作られ、自国で設計から建造までを行ったのは秋津洲が初めてだった。ある意味、日本海軍の国産化の始まりとなった船。
話の流れとしては、基本的に第3任務艦隊は索敵活動に専念して、表立って暴れることは"余り"ありません。
彼らは世界を焼き払ったり、世界を救おうとする差し出がましい目的ではなく、滅び行く世界から日本だけを救うのが目的です。
大きく活躍するのが工廠艦です。国力強化に必要不可欠な高精度工作機械を始めとした色々な部品を作って、国力を底上げしていきます。また、熟練工不足に対しては明治の時代においては超優秀な熟練工に匹敵する擬体兵の一部を当てて対応します。
工廠艦で作った電探を取り付けた近代型砲戦重巡を作ったり…また、準高度軍事AI搭載の擬体がハートマン軍曹のような鬼っぷりの叱咤を繰り返して、近衛師団を鍛えたり(笑)
しかし…9年後に起こる戦争は酷い戦いになりそうだなぁw
(2009年04月19日)
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