レクセリア戦記 第05話 『セレーネ』
アルブル・ヴェールで一夜を明かした翌朝。ロイとイリスはリバークラブ討伐に関する詳細な依頼内容をギルドにいるマナミから聞くと、出発前の腹ごしらえとして少し早めの昼食を食べるためにアルブル・ヴェールの食堂に来ていた。街の外に出れば保存食がメインになるので、二人は冒険者として街の外に出る際には、美味しい食事は食べられるときは食べるようにしている。
美味しい食事は精神的にも良いし、
何より二人にとって楽しい時間だからだ。
「二人ともやっぱりここに居たのね」
昼食を席で待つ二人に食堂の入り口から声が響いた。
その声にイリスの長い耳がピクンと小動物のように可愛らしく動く。
ロイも心当たりのある声にまさかと思う。
入り口方向へ視線を向けとイリスは思わず席から立って指を指す。
「え、お姉ちゃん!?」
入り口から声を掛けてきたのは、
来週に来るはずだったイリスの姉のセレーネである。
可愛らしさを前面に押し出したイリスと違って、セレーネは大人びた雰囲気が感じられる容姿をしていた。人によっては美乳といえる適度なサイズの胸に目が行くに違いない。見た目の年齢は10代後半から20代前半だろうか。瞳は豊かな感受性を表す様なサファイアのように美しいコーンフラワーブルーのような色をしている。腰まで伸びたダークブラウンの髪が美しい。髪の隙間から出ているイリスと同じく長命種族に多く見れる尖った耳がチャームポイントになっていた。
服装はイリスと同じようなデザインのローブに上品な布地で造られたマントを纏い、右手には金属製と思わしき素材で作られた珍しい形状の杖を持つ。
イリスが物心が付いたころから現在の外見を保っており、
姉曰く実年齢は100歳を軽く越えるとか。
亡き母からイリスとセレーネの父親は別人と聞かされていたが、イリスにとっては大好きなお姉ちゃんに変わりなかった。その信頼の根底にはセレーネは仕事柄から、家を留守にしがちだったが、それでもイリスに対する仕送りや配慮を忘れておらず、イリスにはセレーネから向けられる愛情が本物だと感じ取っていたからだ。
もっとも、留守中のイリスを心配する余り、村はずれにある家に城館警備用のヘルハウンドゴーレムをどこからともなく調達して配備しようとするなどのやりすぎな面もある多々あったが…
セレーネがイリスの隣に座るとイリスの顔がほころぶ。
大好きな姉が隣に来たのが嬉しいのだ。
イリスは嬉しかったが同時に疑問が沸く。
そのイリスの様子を見てセレーネが得心が行った表情をした。
「一週間も早く来た理由を聞きたいのね」
「うん…ってなんで判ったの!?」
「イリスが考えてることはお見通し」
「えへへ、流石はおねえちゃん!」
「ありがと。まぁ理由は簡単よ。
入れていた予定が先方の理由でキャンセルになってね。
次の仕事を入れるにしても中途半端な期間だから休みが多くなったわけ」
「なるほど〜」
イリスが頷きロイも納得した。自分たちがリスタルで取る宿は親しみやサービスの面から言ってアルブル・ヴェールに限られている。この宿とギルドのどちらかを訪ねれば自分たちが何処にいるか、また何時ごろ戻ってくるかが判るからだ。
二人を交互に見たセレーネから笑みがこぼれる。
「久しぶりに会うけど、二人とも元気にしてて安心したわ」
「お姉ちゃんもね!」
笑顔のイリスにセレーネは微笑み返す。
イリスはほのかに姉の体から香る良い香りに、心が落ち着き気持ち良さそうな顔をした。イリスは椅子を寄せてセレーネに嬉しそうに寄りかかると、セレーネは慈愛の笑みを浮かべてイリスの頭をやさしく撫でる。
積もる話もあって三人の会話が弾む。
セレーネの来店を見て、厨房の奥からエミリアが笑顔で出てきた。
「ようこそセレーネ」
「お邪魔してるわエミリア」
セレーネは座ったまま、色っぽく親友のエミリアに向かって会釈する。
美人だけに仕草も様になっていた。
「どう、セレーネも少し早い時間だけど昼食を食べていかない?」
「ええ、せっかくだから頂くわ。
いつものでお願いね」
「判った。腕によりをかけるわね」
エミリアはセレーネからの注文を受けると厨房の奥へと戻った。
イリスは椅子の横に器用に立て掛けた姉の杖が、
前に所持していた杖から変わっていたことに気が付く。
「そういえば杖を変えたんだ?」
「ええ、ディレキシオンという名のロングワンドよ。
前の杖は砕けちゃってね」
「あ、あれが砕けるって…何をすれば…」
「ちょっとした実験でね」
セレーネが前に使っていた杖は木製だったが、その材質は天然乾燥による品質低下はほとんど無く、加工するら難しいほどに硬く耐久性に優れたタガヤサンで作られた杖だった。タガヤサンは木でありながら水に沈むほど重い。どのくらい硬いかといえば、のこぎりで切るのが難渋な程である。セレーネは言葉巧みに杖の話題から離していく。流石に砕けたり理由が"重複魔法を使用した際"などと言えないからだ。
幾つかの雑談を交わした後、
イリスが申し訳なさそうに口を開く。
「ごめんね、お姉ちゃん…
実は、お昼ご飯を食べてからギルドで受けた依頼の為に、
街の外まで出かけないといけないの」
「そうなんだ」
セレーネはイリスの体にそっと手を当てて体内の魔力量を調べる。熟練者になれば、魔力による薄い膜によってジャミングを掛ける事も可能だが、イリスのような実力的にまだまだ未熟な魔術師は己に蓄えた魔力量を隠すことが出来ない。
セレーネは状況を把握して小さく溜息を付いてから話す。
「魔力は回復しきってないようだけど大丈夫?
見たところ、ぎりぎり魔力付与術が一回分だけのようだけど。
街の外でかつ二人が受けそうなギルドの依頼となると…例のカニさんかしら」
姉の言葉にイリスが素直に頷いた。イリスが口を開く前にロイが先に話す。ただし、イリスではなく自分の意思でリバークラブ討伐を受けた事にして伝えた。ロイはイリスの提案を了承したのは自分であり、その責任は自分が負うべきと考えていたからである。
何かを考えるように沈黙した姉に対してイリスが口を開く。
「もしかして、無茶だって怒ってる?」
「怒るほどじゃないわ。
受けた依頼もこれまでの経験があるものだから、少し心配なだけよ」
イリスがほっとした顔を浮かべた。セレーネは滅多に怒らないが、怒るときには怒る。もっとも感情的なものではなく、理路整然と無茶や無理を戒める例を挙げた静かな怒りであるが。そして、最後には優しく抱きしめるのがセレーネの終わらせ方であった。
セレーネがなにか小さな悪戯を思いついたような表情を浮かべる。
その思いつきを紡ぐべく美しく潤んだ唇が動く。
「そうね……二人の今の実力を見たいので私も同行するわ。
もちろん、報酬はいらないわよ。それは二人で分けて頂戴ね」
セレーネは「荷物には4日分の携帯食が残ってるから、食後に直ぐに出られるわよ」と言葉を付け加える。一緒居られる時間が増え、しかも一緒に冒険が出来る事にイリスは喜びの表情を浮かべた。ロイにとっても子供の頃から色々と世話になったセレーネは実の姉のような存在なので否定する理由は無い。こうして、今回の依頼にはセレーネが同行することが決まったのだ。
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【あとがき】
セレーネのイラストも近日中に描けたら描きますね!
ああ…早く領地取得編に入ってリリシアたちも出してあげたいなぁ。
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
(2012年07月01日)
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