レクセリア戦記 第04話 『アルブル・ヴェールの夜』
アミュレットを購入した後、ロイとイリスは明日の依頼に向けて消耗品と保存食の買出しを行う。それらを終えた頃になると時間は夕方になっていた。アルブル・ヴェールに戻った二人は夕食を済ませると自室として用意された12号室へと戻っていた。もちろん二人は仲進展を願うエミリアがチョイスしているので、当然のことながら相部屋である。
かなりの頻度で選ばれる部屋だけに、
ロイとイリスにとっては自室に近い感じがしていた。
二人の想いは既に愛着といっても良いだろう。
12号室の広さは一般的な二人部屋の水準に留まっており、その内装は入り口には小さなテーブルと、そこに2脚の椅子が置かれている。部屋の奥にはダブルベットが備わっており、その周辺に鍵付きの収納棚も置かれていたので、休息の場だけではなく、冒険の拠点としても使えるようになっていた。小さいながらもバスルームが設置されているのが特徴と言える特長だろう。もちろん、入り口の扉には安心して留守が出来るように鍵が付いている。
室内を照らすのはレーヴェリアで広く使われている蓄光魔石によって照らされる光である。蓄光魔石は、太陽の光を吸収して光続ける蛍石と魔石を合成したもので、昼間に太陽光を十分に浴びせておけば、暗い夜間でも書物を読むぐらいの明かりになる優れものだ。
間取りからして、12号室は完璧に恋人用の相部屋であったが、
ロイとイリスの二人は気にしていない。
駆け出しの冒険者にとって安さこそ正義なのだ。
雑談を交わしながら明日の準備の一環として、ロイはロングソードの刃を研磨剤で磨き、イリスは杖を魔法薬を浸した布巾で丁寧に拭いていくなどの手入れを椅子に座りながら行う。
それらの手入れを終えると冒険に持っていく所持品の準備は全て完了となった。
イリスが椅子すわったまま、
ぎりぎり床に届かない足をぱたぱたと揺らす。
まるで愛らしい犬が喜びを表現するような仕草だ。
イリスが嬉しそうに口を開く。
「所持品の手入れも終わったらから、そろそろお風呂にしない?」
「そうだな。
お風呂に浸かって体をリフレッシュするか」
ロイはイリスの言葉に若干あせるも、その気持ちを悟られないように言う。
イリスが「うん」と言って嬉しそうにバスルームへと向かった。
「入れるよっ」
そういうと、イリスは蛇口の栓を捻って栓を開放する。
蛇口の先には宿屋の屋上に作られた分散型貯水タンクに直結しているパイプと繋がっており、そこから水が流れ出てきた。必要量以上の水がバスタブに貯まらないように、排水口と繋がる逃げ道が適度な場所に設けられている。もっとも、制限無しに水を利用できるわけでもなく、1日に補充される水の量が決まっていたので、それを超える分を望むならば追加料金を支払わなければならない。
イリスは水が注がれていく浴槽に一つの布袋を入れる。
布袋の中にはローリエ(月桂樹の葉)を細かく刻んで乾燥させたものが入っていた。要するにローリエ風呂にするもの。ローリエ風呂は疲労回復効果、美容効果、血行や新陳代謝の促進などの効能があるので、古来から愛用されている。冒険者として疲労が溜まりやすい二人に適した入浴剤であろう。
これはエミリアから好意としてもらったものである。
イリスは砂時計で時間を測りながら、水が溜まるのを待つ。
溜まるまではイリスはロイとの会話を楽しむ。
やがて水が溜まった。このままではただの冷たい水風呂だが、二人が一緒に入っても十分な広さのバスタブの底に設置された、魔力石湯沸かし器と呼ばれる装置によって水を温めるのだ。仕組み簡単で、6級から8級の低品質の魔石精製の際に生まれる9級魔石(クエイタークラス)を粉末として、その反応を加熱材として熱を得る仕組みだ。故に便利でありながらも薪に比べて安く済むのも魅力だった。欠点と言えば、それほど熱くならない点である。
魔力石湯沸かし器はエリシオン帝国時代に作られていたが、
普及率と単純な構造も相まって、
いまでも製造方法が残っている民需品の一つ。
イリスは水を温めるために装置を起動した。起動から15分ほどで水が適度なお湯へとを変わるので、その間に二人は体を拭くバスタオルを始めとした着替えの下着や衣服を用意し、バスルームの扉の横にある籠に入れるなどの入浴の準備を行う。
「そろそろだね」
「そうだな」
砂時計があるので時間の把握は正確だ。
バスタブに溜まった水が温まる頃にロイは意を決して衣服を脱ぎ始める。
それにイリスが続く。
第二次性徴期に入っているロイはともあれ、イリスは精神的に幼い(人間に換算して10ぐらい)ので異性との混浴に抵抗は無い。もっとも、年齢が離れたとしても、イリスの根幹には年齢の離れた姉の教えが根付いているので、一緒に入る以外の選択肢は無いだろうが。
その教えは次のようなものだ。 「良いかしらイリス。ロイのような親しい男性とはお風呂も一緒に入るべきなの。むしろ、それこそが信頼の証でもあり、絆の証拠でもあるわ。 ロイと一緒に居続けたいならこの事を肝に銘じなさい」という内容である。
イリスが幼少の頃から、イリスの姉は機会がある度に、そのような内容の言葉を形を変えて言い聞かせており、故にイリスにとっては姉の誘導もあってロイと一緒にお風呂に入る事が親愛の証になっていたのだ。 姉の言葉が巧妙だったのは、イリスが異性と入浴しても不自然じゃない子供の頃から、関係を続ければ吉兆へと通じる教えとして刷り込みを行っていた事にある。しかも他人には秘密にすることで効果が増すと言う、「秘密の関係」という言葉を湾曲して伝える事で、他者の常識と比較をさせない念の入れようがあった。時には性に開放的な夢魔族(サキュバス、リリム)などの例を挙げてすらいる。
経験豊富なイリスの姉は、ロイが信用するに足る男性と判断しており、イリスが望む限り、結ばれるような、可能性を切り開けるように配慮していたのだ。
可愛いイリスには信用に値する伴侶に恵まれて欲しいと思う姉の想いである。
姉曰く、善は急げ。
加えて、イリスは純粋にお風呂が好き。
好きな行為が信頼の証ともなれば積極的になるは当然の流れであった。
バスルームへと入る二人。
イリスがバスルームの扉を開け、その後に続くロイが足を止める。
「どうしたの?」
「い、いや、なんでもない」
何かに気が付いたように少し驚いたロイだが、
それを口にする事は無かった。
「まずはロイの背中を洗うよ〜
清潔はすべての基本だからね」
「ああ……頼む」
石鹸を泡立てて、その泡をタオルに付けると、
イリスはロイの首元から洗い始めた。
ロイが焦ったのは第二次性徴が殆ど進んでいない、可愛らしいイリスの体の変化に気が付いたからだ。前々から、気にはなっていたが、先ほど見て確信に結びついていた。ところどころに女らしさが出てきた些細な変化であったが、年頃の男性にとっては印象的な変化だった。
まいったなぁ…イリスも…所々に色気も出てきたし。
何時まで平静で居られるか心配だな。
背中に柔らかいイリスの手を感じつつロイは思いながらも、イリスの嬉しそうな顔を思い浮かべると、流石に別々に入ろうとは言えない。もっとも、それを抜きにしても他の理由もあって、イリスが拒まない限り、別々に入浴する選択肢もなかったのだが。
この状況まではイリスの姉の狙い通りであった。
しかし、姉の思い浮かべるような更に進んだ進展には至っていない。
イリスは精神的な交流で満足し、ロイはイリスにとって良き幼馴染であろうと決意を固めていた事と、イリスの精神的な幼さとロイの真面目さが、この計算違いを生み出している。
二人は体を洗い終え髪の毛の汚れも落とし終えると、二人はバスタブへと入る。ただし、体が小さなイリスは座った時に顔が浸からないように桶の一つをバスタブの底にちょこんと敷く。
イリスの仕草が微笑ましい。
それほど熱くないお湯だったが、じっくりと浸かるとそれなりに体が温まるものだ。二人は体が温まると、冒険の疲れを癒すために交互にマッサージを始める。首から背中を中心としたマッサージであり、イリスの姉直伝のものだった。効能しては疲労回復や筋肉への癒しの効果がある優れもの。
ロイの番が終わり、イリスが受ける番になっていた。
ロイが行うのはイリスから受けたマッサージを感じたまま再現する見様見真似であったが、イリスの気持ち良い表情から効果があるのが判る。ロイはイリスの背中、肩甲骨のほぼ中央をやさしく摩っていく。ここの筋肉をほぐすと肩に掛かっていた負荷が和らぐ効果があるのだ。
ツボの刺激を受けてイリスが小さな悲鳴を上げた。
ロイは経験からそれが痛みの悲鳴ではない事を知っていたのでそのまま続ける。
「ひゃ…うん…そこ……気持ちいいよぉ…」
イリスは第三者が盗み聞きすれば誤解しそうな声を上げた。桶からはみ出るイリスの可愛らしいお尻から伸びる大腿部がマッサージの刺激に合わせて、もぞもぞと可愛らしく動く。
マッサージによって全身の血行が良くなり、
血流の促進によってイリスの額や首筋がほのかに汗ばむ。
イリスの頬がほんのりと紅が指す。
「この辺りをもう少し念入りにマッサージをしようか?」
「お願いしても良い?」
「任せろ!」
ロイによる丹念なマッサージが続く。
実のところ、ロイはマッサージに関してはイリスよりも熱心に行っている。
最近まではスキンシップの一つとして、
軽めのマッサージを行っていたが今では違う。
初めて八級の依頼を完遂し、このアルブル・ヴェールでマッサージを行ったときにロイは、イリスがどれだけ無茶をしていたかを――――イリスの小さな体の各所に及ぶ疲労と負担から来る筋肉の緊張によって知ってしまったからだ。考えれば当然である。体がまだ出来上がっていないイリスにとっては冒険者が背負う荷物が相応の負担になるのは当たり前だ
。イリスは幼少でかつ華奢なハーフエルフの女の子。それに魔術師が持つ杖といっても決して軽くは無いので、それだけでも体に掛かる負荷が大きいのは当然だった。
故に気恥ずかしさや、異性の体と接する感情よりも、
イリスの負担を軽くしようとするロイの想いが前面に出るのは当然の流れである。
この事から、ロイはイリスの姉がイリスに吹き込んだ妙な習慣の中で、このマッサージだけは純粋に感謝すらしていた。マッサージがなければ、知らず知らずに今でも負担に気が付かなかった可能性があったからだ。このマッサージがロイがイリスとの混浴を続ける大きな理由である。ベットの上でも出来たが、お風呂の中で行う方が効果も高い。
イリスが思い出したように話し始める。
「…来週になるね。
お姉ちゃんがこの街に遊びに来るのは」
「手紙だとそうだったな。
会うのは四ヶ月ぶりか?」
「うん、そのくらい。
…久しぶりに会えるから楽しみ。
少しだけど前よりも上がった魔力を見てもらいたいし」
「判っている。その間は依頼は控えような」
「うんっ」
大好きな姉の話題にイリスは嬉しそうに話す。
しばらく話題に花を咲かせていたがマッサージを終えて、お湯が完全に温くなる頃には二人は風呂から上がっていた。
就寝前にロイは筋肉ストレッチを始める。イリスはカバンの中にあるビンを取り出してからベットに腰を掛け、ビンの中に納まっているアイボリー色のクリームを大事に少量だけ取り出す。髪のケア用として姉からの贈り物だ。
特別な加工が施されており、匂いが抑えられていたのでイリスは知らなかったが、このクリームは髪の乾燥に効く、カンラン科ボスウェリア属の樹木から分泌されるから精製されるフランキンセンスの精油から作られていた。せっかくの匂いを抑えていたのは、他の冒険者からの僻みを避けるため。何しろ、フランキンセンスの精油はお肌にも良く、美容液としても優れていたので、それなりの値段がするものだ。無用なトラブルを避けるために、クリームの性質はよほどの目利きで無い限り、気が付かないようになっていた。
イリスはクリームを両手で薄く伸ばして大事に髪の毛に塗りこんでいく。
この髪の手入れも姉の教えの一つである。
ロイはストレッチを終え、イリスは髪の手入れを済ませると、室内を照らす蓄光魔石の明かりを弱めて二人は就寝に入るためにベットへと入っていく。就寝の挨拶を交わしてから二人は目を閉じて明日の依頼に備えて眠りについた。
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【あとがき】
ロイとイリスのお互いを労わる話に少しだけ色気を入れましたが、
まぁ年齢から考えれば微笑ましいシーンかな(汗)
次回はユニークな思考を有するイリスの姉の登場の予定になります。
【現在、イリスが習得している魔法の一覧】
・補助魔法
魔力付与術(エンチャント・ウェポン)
解明(エマディネーション)
・攻撃魔法
空裂(ヴェイン)
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
(2012年06月24日)
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