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レクセリア戦記 第03話 『アミュレット』


太陽が燦々と輝くお昼前。ロイとイリスは馴染みの宿である「アルブル・ヴェール」に入っていた。この宿屋はクルムロフ通りの傍に面し、かつての上級騎士の屋敷を宿に改築した1〜2名向けのやや広めの個室を12室を有する宿屋。1泊代、1人2〜10ナリウスであるが、そのぶん清潔であり、サービスも行き届いている。

石造りと木造建築を合わせた建物で成り立っている、アルブル・ヴェールのオーナーであるエミリアはイリスの姉とは親しく、その姉から紹介された事もあって、ロイとイリスの二人は、この宿をよく利用するようになっていたのだ。ただし、アルブル・ヴェールは誰でもが泊まれるわけでもなく、身元がはっきりしている人しか利用できない。

また、エミリアの夫がアルブル・ヴェールの隣でパン屋を開いており、
そこから供給されるパンなどもあって、食事のバリエーションは豊富だ。

二人は借りた部屋に荷物を置くと、買い物に出かける前に少し早い昼食を宿屋の木造建築側に設けられた食堂で取り始める。お昼にしては2時間近くも早いので、食堂に居るのはロイとイリス、そして厨房に立つエミリアと従業員の4名だけである。

4人が座れるテーブルにロイとイリスは向かい合うようにして座る。二人の昼食は同じもので、鮭の切り身に塩コショウして下味を付けて、香ばしさを出すための小麦粉をまぶして、バターで両面を色よく焼いた後、レモン汁を振りてある鮭のムニエルがメインディッシュ。後は豚肉とそら豆のスープ、東方から伝わったライスの、合計3点である。また、依頼完遂の祝いとして、食後にマフィンとオレンジジュースを注文していた。ライスはパンに比べて安価でありながらも腹持ちが良く、栄養価も豊富なので冒険者はよく注文するのだ。

スープ皿からスプーンを用いて可愛らしい仕草で吸うイリス。
ムニエルを熱心に食べていくロイ。

空腹でかつ美味しい食事の為に二人はそれなりの速度で食べていたが、二人はイリスの姉からテーブルマナーをみっちりと仕込まれており、食事の作法は中流階級出身と言っても通じるぐらいに確りしている。

食事を一時中断して、嬉しそうにイリスが言う。

「次の8級をこなせば、等級昇格もあと少しだねっ」

イリスが言った等級とは冒険者ギルドには依頼に定める難度階位の他に、冒険者自身の功績によって等級が定められている。最高位の第1階位はほんの一握りの人物しかなれない。駆け出しの冒険者であるロイとイリスの階級は最下位の第9階級であった。階位は冒険者登録証として発行されている魔法付与がされたプレイングカードのようなサイズの持ち運びに適したカードに記されている。階位が上がれば、冒険者として動きやすくなるし、受けられる依頼の幅も広まるだけでなく、冒険者ギルドから所定の仕事を引き受けると指定された商店で使える商品券が貰える様になるのだ。

「あ、そうか……もう少しで昇格かぁ。
 だから乗り気だったんだな」

「うん。 第8階級になると少し特典が付くから」

「イリスは確りしてるな」

「えへへ〜」

イリスはロイを嬉しそうに覗き込む。

これは褒めて欲しい昔からの癖である。イリスのような少女がおねだりするのは絵になす光景だ。ロイはしっかり者のイリスを褒めて労った。

お兄ちゃんが駆け出しの冒険者から昇格して、
もっともっと周りの人から認められて欲しいのが本当の狙いなんだけどね。

それに月に一回、桃缶も支給してもらえるし!

このように、
大切なお兄ちゃんへの愛情と実益が絡んだイリスの熱意は大きい。

その気持ちの根幹には、幼少からの一緒に過ごした月日がある。ロイは親身になって落ち込んでいたをイリスを励まし癒し、時には庇ってくれた。イリスがロイに対する気持ちを育てるには十分すぎる時間といえよう。この事から、イリスの心の中はロイに対する想いに満ちていたのだ。偶に会うイリスの姉もイリスの気持ちを応援し、後押しすらしている。

厨房の奥から猫人族(獣人科の一種のキャットピープル)の女性が出てきた。宿屋のオーナーのエミリアである。頭には猫耳、身に纏うチュニックの腰にある穴から尻尾を出していたが、それ以外は人間と変わりない。

「二人とも直ぐに次の依頼に向かうのかな?」

猫人族の多くは、気を抜けば語尾にニャとかニャーなど付けてしまうが、きちんとした教育を受けていたエミリアは見事な標準語を難なく話せる。 品の良いアルブル・ヴェールもエミリアの感性によるもので、受けてきた教育の良さが伺えた。

「明日には簡単な討伐に向かうけど、
 今日はゆっくりするよ」

「ロイ、体調は万全にね。
 行方不明になっている冒険者がそれなりに居るらしいわ」

「街で噂なのか?」

ギルドで聞いたあの件だけではなく、留守の間に他の行方不明もあったのかもしれないとロイとイリスが同じ推論を立てた。根拠の理由は簡単だ。あの件はまだ調査隊の準備の段階であり、そのような情報がここまで伝わるにはもうしばらくの時間が必要だった点にある。

「そうよ。
 なんでも7階位の依頼でもこなせる面々が、
 第8階位の討伐系の依頼で行方不明になったなどの噂がね」

「そうなんだ…」

「だから二人とも油断しないでね」

「…そうだな…うん、注意するよ」

「私も気をつける!」

イリスが愛らしい表情で言う。
素直で可愛い女の子が大好きなエミリアは、イリスの反応に嬉しく感じて開く。

「素直は美徳よ。
 素直な二人にサービスしちゃうわ」

エミリアは厨房に戻ると、一つの皿を持ってくる。
その皿には2本のフォークと小山になった嗜好品の苺が乗っていた。
あまり食べられない新鮮なフルーツにロイとイリスが驚くばかり。

「二人とも遠慮せずに食べなさい。
 それと、この事は他の人には内緒よ?」

「エミリアさん、ありがとう〜」

イリスの素直な反応にエミリアは慈母のような笑みを浮かべた。

エミリアがここまでイリスに肩入れする理由は、イリスを実の妹のように気に入っていたからだ。それに加えて、エミリアはカワイイものに目がない。宿にイリスが泊まった際には、頻繁にイリスを自室に誘って用意した色々な衣装を着せ替えたりする程だ。そして、イリスだけでなく、ロイの真っ直ぐな性格も気に入っている。

このようにエミリアがロイとイリスに向ける好意もあって、
二人の関係が良好になるように陰ながらサポートを行うのは当然だった。

エミリアが行うサポートの具体的な例としては、二人が泊まる部屋は空いている部屋として恋人向けの二人部屋を用意し、ムードが出るようなお酒をサービスとして提供するなど。アルブル・ヴェールでは宿屋側が指定する部屋を選ぶと安くなるので、駆け出しの冒険者である二人には他の選択肢は無い。そして、その恋人向けの二人部屋には小さいながらも魔石で熱するお風呂も用意されていたのだ。

ちなみに、このサポートはイリスの姉の意思も大きく関わっている。

こうしたエミリアの決め細やかな配慮も、
宿屋のサービスに加えて人気を支える要素の一つと言えるだろう。

エミリアを交えた談笑を交えた昼食を終えると、

二人は朝に約束したアクセサリーを買うために市場へと向った。

ロイは街道を歩きながら尋ねる。

「イリスはどのアクセサリーが欲しいんだ?」

「こっちだよ」

イリスが向かった場所は市場の一角にある小さな店。店の内装は質素なものだったが、綺麗に系統別に整理されており、客が品物を選びやすいように考えられている配置なのが一目でわかる。店主のセンスのよさが伺える店だった。

商品棚が置かれているカウンターの後ろの椅子には、この店の店主である人の良さそうな初老の男性が座っている。

「…って、ここはアミュレットの販売店じゃないか」

アミュレットとは込められた魔力によって身体強化を行う護符である。身に着けるだけで数々の恩恵が得られるもので、当然ながら効果が高いものほど希少であり価値も高い。そして、アミュレットは効果が低いものでも価格はそれなりにする。一応、効果が限られているレベルの低いものならば、貯蓄に励んでいる二人ならば買える額だが、それでも安いものではない。

イリスは着飾るアクセサリーじゃなく、冒険に使う実用的なものが欲しかったのか…
8位の依頼ではいつも負担を掛けているから、俺も半分ぐらいは出さないとな。

ロイがそのように考えていると、イリスが一つの商品を手に取った。

「前に見かけてね……これが欲しくて来たの」

そう言ってイリスは手に取ったアミュレットは小さな金属性のリストバンド型の物である。イリスは手に取ったアミュレットに対して、マジックアイテムなどを調べる際に使う、解明(エマディネーション)のスペルを唱えた。イリスが行った行為は失礼にあたらない。客が店の商品として置かれている魔法品に対して、解明(エマディネーション)の魔法を掛けて商品を調べる事は、冒険者ギルドのみならず、商業ギルドも強く推奨している行為だったのだ。魔法品を偽った偽商品の流通を防ぐとと同時に、商品の信頼性を世に知らしめる意味がある。

イリスが選んだアミュレットは、
術者の魔力強化や魔法力の回復速度を向上させるものではなかった。

それは周囲のマナを集めて手に取る武器の打撃力や剣戟の補助とするもの。魔力付与術(エンチャント・ウェポン)と比べれば些細なものであったが、アミュレットが壊れない限り、その補助が常に続く。弱い効果であったが、0が1になると考えれば、その影響は馬鹿には出来ない。

アミュレットを見てロイは怪訝に思う。

確かにイリスが持つ理解の杖(コンパートワンド)でも効果は出るだろう。しかし、それを買う位なら魔力強化が魔法力回復補助か防御力強化のアミュレットを買えばいいのではないかと。少し遅れてロイはイリスの目的を理解した。

「まさかっ!?」

「えへへ〜 ロイに使って欲しいの!
 エンチャント・ウェポンと併用すれば威力も上がるし、
 あと、あとはね、マナの感覚に慣れれば魔法剣などの練習にもなるからね」

「その理由なら、俺が全額出すべきだろう。
 この額ならなおさらだし、その金はイリスのために使うべきだ」

イリスが選んだアミュレットはレベルの高い付属効果は無かったが、それでも価格は24ナリウス(小銀貨)である。報酬は二人で均等に分けていたことを考えればイリスにとっての財産の大半を意味する額。浪費をしなくても、当然ながら生活にはお金が必要だった。

当然、ロイにも駆け出しの冒険者の水準からすれば、大金ではないが、まぁまぁの貯蓄はある。イリスに負担を掛けたくない気持ちから、ロイは自分が買うと主張を始めた。

その気持ちに対してイリスが言う。

「私が買いたいだけだから気にしないでっ」

お兄ちゃんに負担させたら意味が無いの。
いつも助けてもらってるから、今日ぐらいは…

イリスはロイをどのように説得するべきか思案を始めようとしたとき、
二人の様子を孫を見るような落ち着いた笑みで見守っていた店主が口を開く。

「その商品ならば19ナリウスでいいよ」

「えっ?」

「なかなか微笑ましいものを見せてくれたお礼だね」

「でも…」

突然の申し出にイリスが困惑する。
ロイも同じように困惑の様子を隠しきれない。
安くなるのは嬉しいが、無条件に好意を受ける理由が無いからだ。
その様子を見て、店主が感心したように話し始める。

「その若さで欲が無いのは良いことだ。
 君が手に持っているアミュレットは他の商品のおまけで、
 仕入れたものだから気にする必要は無い。
 それでも気になるなら、
 君たちが大成を果たしたときに、別のアミュレットを買ってくれればよいさ」

このような店主の好意もあって、二人はアミュレットを購入する事となった。イリスは、あの手この手で支払いは折半ではなく、イリスが全額を支払う形となっていたのはご愛嬌であろう。
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【あとがき】
イリスの姉はかなり顔が広かったりします。
そして、イリスはロイにべったり(笑)


【現在、イリスが習得している魔法の一覧】
・補助魔法
魔力付与術(エンチャント・ウェポン)
解明(エマディネーション)

・攻撃魔法
空裂(ヴェイン)


意見、ご感想を心よりお待ちしております。

(2011年10月29日、2012年06月20日改編)
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