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レクセリア戦記 第02話 『冒険者ギルド』


マティエ王国ヴァイセンフェルス領南東のレニウス海沿岸部にある都市リスタル。この街は海運と魔石産出で繁栄しており、経済規模は王都に次ぐ。重要性からヴァイセンフェルス領の中心地として開発が続けられており、街の北部には行政機関が集中する城館が佇む。

経済的な要衝にふさわしく、街の大動脈とも云えるメリュ運河の桟橋では積荷を詰め込む船や、行き来する人々でごったがえしており、その賑わいぶりは夕方になっても運河を航行する船は後を絶たない程だ。

魔石採掘拠点を保持する為の城塞として建設されたのが街の始まりであり、その名残として街の北部には城壁があった。この北地区には貴族や富裕層の居住区が広がっている。対するリスタルの南地区には一般が広がる。そして、西区画の中心部には冒険者ギルドがあり、この事から冒険者が多く滞在していた。ロイ一行も、この街の冒険者ギルドから依頼を受けている。

元々の西区画は放置された未開発地域だったが、生活基盤を求めた冒険者たちの要望によって、開発が進められた場所である。このような街づくりが行えた理由は、この西区画の一角には、魔獣やキメラなどが数多く生息する地下迷宮ベイレムの入り口があったからだ。

ベイレムは未だに全貌がつかめていない、
危険でかつ、巨大な地下迷宮である。

そして、海運と並んでリスタル経済の礎である、
各種に及ぶ魔石の産出地でもあった。

魔石とは、大魔法の触媒や魔法機器に使うだけではなく、魔法兵器の運用に必要な動力源。その重要度は良質な魔石ともなれば金にも勝る価値と示す。

もちろん、魔石は自然界にも存在するが、その数は少なく産出の手間も大きい。

故に世界に流通する魔石の多くは、魔獣やキメラなどの、体内で蓄積したマナを凝縮して魔石化を行ったものから得ていたのだ。そして、年齢を重ねた強大な個体になればなるほど、良質かつ大きな魔石を産出する。リスタル産の魔石の取得方法も同じであった。

このような迷宮は世界の各所に存在しており、付近には採掘の拠点となる様な都市が建設されているが通例である。このような都市だからこそ、ギルドの拠点が存在し、大きく羽ばたく事を夢見る冒険者たちが集まっていたのだ。

また、冒険者に与えられる魔石関連の依頼の中で一番楽なものでも7級と認定されていた。それでも、低品質の6級魔石(エイドスクラス)の獲得が精々であり、冒険者といえども上位魔石の獲得は容易ではないのだ。超一流の冒険者ならば少数や、人によっては単独で上位魔石の獲得も可能だったが、彼らの様な存在は極めて少数である。

このような良質な条件もあって数多くの冒険者が集う、
早朝にも関わらず活気のある都市。

「ふう……やっと戻ってこれたな」

久しぶりにイリスと共に街に戻ってきたロイが言った。
二人は依頼の完遂をギルドに報告する為に町の中央を通るクルムロフ通りを歩いている。通りの両脇に綺麗に並んだ商店や露店が街の経済状況の良さが判るだろう。

「片道3日も掛るからね〜
 でも、これで久しぶりにベットで休めるよ」

「道中は野宿だからな」

「うんうん、だから余計に嬉しい♪
 お風呂にも入りたいしね」

マティエ王国では入浴の文化が根付いており、その影響から主要都市には必ずと言って良いほどに大浴場が整備されていた。これらの大浴場の多くは貴族階級でなくても浴場に通う事が出来たのだ。また宿屋にも浴室を備えたものもある。

辺りを見ながらイリスが言う。

「ねっ、ロイ。
 お昼は買い物に出かけない?
 ギルドに報告を終えれば時間もあるし…その…アクセサリーを見たいの」

イリスの言葉にロイは少し考える。
嬉しそうな表情のイリスを見て思う。

 イリスが喜ぶなら悪くは無いか…
 生抜きも大事だよな

「わかった。
 後で一緒に見に行こう」

そう思ったロイはイリスの笑顔に釣られる様に応じた。ロイとイリスは駆けだしの冒険者でありながらも、3度も8級の依頼を完遂している二人は金銭的に多少であったが蓄えがあった。そして無駄遣いは行っていなかったので、必需品以外の物を多少なりとも買う余裕があったのだ。

「やったぁ〜。
 ロイっ、大好き!」

ロイの言葉にイリスは笑顔を浮かべて、ロイの抱きついて喜びの感情を示す。頻度に行われるイリスの親愛表現だけにロイも慣れており、ロイは照れつつもそれに応じる。道行く通行人からは、イリスの耳を見なければ仲の良い兄と妹のやり取りにも見えなくはない、若いカップルにも見える二人の行いを微笑ましく見ていた。

周囲の視線に気が付いた二人は恥ずかしそうに退散する。

二人は、やがて冒険者ギルドに到着した。冒険者ギルドは地下倉庫を有する4棟に分かれた3階建てのレンガ作りの建造物にある。1階は大ホールで、等間隔にて六級までの各受付口が設けられている。五級からの上位の依頼になると、2階にある別室に移動して受ける事になる。二人は1階の受付口へと向かう。

「二人ともお帰り。
 その様子だと無事に依頼を終えたようね〜」

声をかけたのは受付嬢として勤務するマナミだった。マナミは東方系の黒い髪が特徴的な受付嬢で、元冒険者という経歴の持ち主。年齢は30歳以上であったが、20代に見える若づくり。熟練冒険者として身体活性系の魔法を習得していた結果、人間でありあながらも老化の速度は遅くなっていたのだ。故に、女性としての魅力的は全く失われていない。

そして、マナミは人物眼に優れている。ロイとイリスの実力を正しく把握して、駆け出しの冒険者に過ぎない二人にリバークラブの依頼を紹介したのも彼女だったのだ。一生懸命に頑張る若者を影から支援するのが彼女の楽しみの一つだった。

「おかげさまで無事に終える事が出来たよ」

ロイの言葉にはおべっかではなく本心から来ている。マナミは職務権限が及ぶ範囲で情報を収集し、可能な限り鮮度の高い情報を提供していたからである。少なくとも、情報不足で悩むことは無い。冒険者としての経験が十分に活かされており、ロイやイリスのように駆け出しの冒険者にとってマナミはありがたい存在だった。

ロイはカバンから依頼書と布で包んだ、討伐の証拠となるリバークラブの触角をマナミに提出する。イリスはロイの後ろに邪魔に為らない様にちょこんと立つ。

「ロイとイリスは、リバークラブに関しては手慣れたものね。
 斡旋した私の鼻も高いわ〜」

「サンキュー。
 これもイリスのお陰だよ」

「彼女は良い子なんだから大事にしなさいよ?」

「それは、判ってるって」

うーん、大事にしているのは判るけど、
まだまだ妹に向けるような感覚だね〜
まっ、今後の進展に期待かな。

マナミは妙な事を考えながらも、すばやく鑑定を行う。
ロイの真面目な人柄とイリスの純真さを疑ってはいないが、鑑定を行うのはプロとして当然の行いだった。

鑑定を終えると依頼完遂の証として51ナリウス(小銀貨)の報酬をロイに渡す。

一般的な労働者の日当が平均して銅貨の15イウス(10イウスで1ナリウス)であり、それを考慮すればロイとイリスの日当は約3.6倍(移動を含めて1週間の時間を含む)になるのだ。これは8級の中で簡単な依頼としては低めな報酬だが、駆けだしの二人からすれば、非常にありがたい依頼である。

「しかし、なんだかギルドが慌しいな…どうかしたのか?」

なにやら慌しく動くギルドの職員に何かを感じたロイが問いかけた。
マナミはここだけの話だからと前置きを付け加えながら、溜息ながらに云う。

「詳細は言えないけど、
 討伐に向かったパーティーの一つが連絡を絶ったのよ。
 その原因調査に向けて、調査隊を送ろうとしているところ」

「そうなんだ…無事だと良いね」

イリスが心配そうに言った。

ロイもイリスと同じような心境である。
同じ冒険者として他人事ではない。

この様にギルド側が調査隊を派遣するのは、行方不明者の捜索に加えて、情報になかった不確定要素の有無を確認するためである。正確な情報を確認する事で、二次被害を防ぐ意味もあるし、ギルドの信頼を保つ意味でも大きい。失敗を続けて出してしまえば、ギルドの沽券だけでなく、冒険者からの信頼も無くしてしまうだろう。信頼を失って冒険者が依頼に対して尻込みをしてしまえば、ギルドにとってもスポンサーにとっても利益にはならない。それを避ける為の出費であり投資であった。

信頼とは黙っていて得られるものではなく、
一度失ってしまえば取り戻す事が難しい事を冒険者ギルドはよく理解していたのだ。

「そういえば、ロイは次の依頼はどうする?」

「街に戻ったばかりだから、
 明後日に無難に九級位の依頼を行おうと考えてるよ」

「九級の依頼はもちろんあるけど、
 八級で二人に丁度よいのがあるわ」

マナミの言葉に後ろに控えていたイリスが反応する。

「それってリバークラブ討伐ですか?」

「うん、イリスちゃんの言う通り!
 数は2体のようね。
 場所はニーシェル川のふもと。期限は受けてから5日よ」

「やった!
 ニーシェルなら1日で着く場所だし、
 ねぇ、ロイっ、受けようよ」

「でもなぁ…魔力付与術はイリスの負担が大きいだろ。
 3日前に使ったばかりだしな」

「大丈夫っ。
 前よりも魔力量は増えてるから、宿屋で休めば1回分までは回復するよ♪」

イリスはそう言ってから、
『私は少しでもロイの役に立ちたいの』と、心の中で付け加えた。

なにしろ、イリスにとってロイは大きな存在である。

イリスはハーフエルフだった事もあって、幼少の頃から村では露骨ではなかったが差別的な扱いを受けることがしばしばあった。そのような環境の中で、魔術師としての師匠でもある年齢の離れたイリスの姉と共に、ロイが親身になってイリスを庇い、励ましてきたのだ。イリスの心の中でロイの存在が大きいのも当然の流れであった。そして、彼女が決して楽ではない魔術師としての修練を幼少の頃から続けていたのも、冒険者を目指していたロイに付いて行く為である。

イリスは常に魔法の練習には真剣に取り組み、14歳ながら3つの魔法を習得していた。ライナス地域に於ける魔術師育成機関のエリートと目されるリクシア魔法学院の生徒には劣るものの、魔術師を目指す者としては合格点と云えるだろう。

マナミが微笑みながら話す。

「ロイ。貴方の負け。
 まぁ二人とも今までに4回も討伐してるし、
 これまでの経験があるから油断しなければ大丈夫」

「イリスは本当に大丈夫なんだな?
 無理はしてないよな?」

「平気だよっ
 それに、適度な魔法使用は私にとっても丁度良い鍛錬になるから」

ロイの心配に対してイリスは笑顔で応じる。
イリスの熱意に負けたロイは八級のリバークラブ討伐を受ける事にした。

「詳細な依頼を聞きに明日の昼ごろにまた来るよ」

「おっけー」

ロイはマナミの仕事の邪魔にならないように雑談を切り上げると、約束していた買い物に出かける前に馴染みの宿の「アルブル・ヴェール」へと向かった。
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【あとがき】
イリスにとって優先すべき事はロイなので、依頼を受けたのもロイが冒険者として一人前に認めてもらえるようにするためだったり。


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(2011年10月29日、2012年05月23日改編)
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