レクセリア戦記 第01話 『二人の冒険者』
【注意】
本編の各所に概ね全年齢向けながらもアダルトな要素が含まれていく事をご了承ください。
神話上の生物が数多く生息しているレーヴェリア界。
この世界にはかつて、人間（ヒューマン）を中心とした複数の友好的な種族から成り立つ、世界の盟主として君臨していたエリシオン帝国が存在していた。かの帝国は優れた魔法技術によって大都市を空に浮かべ、生命の創生すら成し遂げた偉大な文明。その力は魔王や魔神のような最高位の存在ですらも、隷下に収めていたのだ。
魔法文明の頂点を極め、世界の覇権を握っていたエリシオン帝国。
しかし、そのような超大国であっても、栄華の終わりは唐突に訪れる。
転移門（パッシブゲート）の最終進化形態である、異世界との空間を繋げる大型次元門による事故よって生じた世界規模の大破壊によってエリシオン帝国（以後、旧帝国と表記）は歴史の表舞台から姿を消すことになる。
帝国滅亡による混乱期を経て、
現在、この世界を統べる絶対的な国家は無かったが、
他勢力より強大で支配的な国家が六つあった。
すなわち、中央大陸のレクセリア大陸に君臨する六強国と呼ばれる勢力である。
幸か不幸か六強国の力は互いに拮抗しており、衝突は起こっても大きな戦争には発展していない。これは互いに均衡する総合力に加えて、大破壊によって生じたマスティアと言われる空間の歪みによる行動制限領域の影響が大きいだろう。マスティア領域が補給路の障害となっており、防戦側が圧倒的優位になる戦略環境が大きな戦争を抑制している。
マスティア領域による歪みは均一ではなく、低領域の範囲ならば魔法に長けた者ならば、相応の労力を払えば通過する事ができたものの、軍事作戦として大軍を投入するにはリスクが大きすぎた。 かつての大破壊時に比べれば、僅かながらだがマスティア領域は減退していたものも、まだまだ広く存在しており、移動に著しい制限を受けていたのだ。
特異な戦略環境の下で、
六強国が勢力を競うレクセリア大陸の中央圏から遠く東部に位置するライナス圏。
ライナス圏の北部には険しい山脈がそびえ立ち、西部から南部には大森林と肥沃な大地が広がっている。ライナス圏に於ける盟主国家であるレオスト王国を中心に、無数の都市国家や小国家群で形成で統べられていた。また、地域によっては、マスティア領域による極端な交通網の不便もあって、村や部族単位の自治領も存在している。
ライナス圏東部には小国家群の一つである小さな王国があった。
名はマティエ王国と云う。
保有する国土はさほど広くはないものの、豊かな自然からもたらされる恵みと、鉱山を始めとした要地から得られる希少資源によって国民の生活水準は低くはない。
そのマティエ王国ヴァイセンフェルス領南部に属する"ロヴェーシの森"には青々と茂る豊かな原生林が広がっていた。木の葉の隙間から太陽の日差しが漏れ、地面に投影された木漏れ日が柔らかな雰囲気を出している。木の葉が風によってさわさわと擦れる音が心地よい。鳥の鳴き声も、それらの音と調和し、豊かな自然を森全体で表現しているようだ。
そのロヴェーシの森の中に作られた小路を2人の男女が歩いている。
男女のうち、長く伸びた耳を有した、
青い瞳で小柄な少女の方はイリス・マークライトと云う。
イリスは妖精族（エルフ）と人間（ヒューマン）の混血であるハーフエルフである。
森に流れる心地良い風にさらさらとショートカットの銀色の髪を舞わせる彼女は13歳と云う年齢から、容姿の各所に幼さが残っていたので、エルフの血を引きながらも、美しさよりも可愛らしさが引き立つ容姿だった。
また、イリスは魔術師（ソーサラー）である。
もっとも、実力的にはまだまだ見習いの領域に過ぎないが。
イリスの隣を歩くヒューマンの黒髪の青年はロイ・フィールズである。イリスの幼馴染の剣士で、二人で組むパーティーのリーダーでもあった。
ロイは正義感に富んだ血気盛んな青年であり、年齢は16歳になったばかり。1年ほど傭兵として小競り合い程度の実戦経験を得ていたものの、身につけている剣技は我流に過ぎず、実力的にはまだまだ未熟である。装備品も左腕に装備している鉄と木材を組み合わせたライトシールドと、腰に帯剣したロングソードだけであり、マジックアイテムなどは無い。
二人は駆けだしの冒険者。
ざっくばらんの表現を行えば、定職を持たない何でも屋である。
彼らの様な駆けだしから中堅の冒険者は、各々の力量に適した冒険者ギルドに仲介料を支払って仕事を受ける身分であった。ギルドを介するメリットは依頼を果たした際にギルドから報酬が支払われるので、踏み倒される危険性が無い。それに依頼を行う際に必要な情報も集め易いのもある。ギルドの多くは多くの場合に於いて商業ギルドがスポンサーとなっており、彼らが仕事の多くを斡旋する。例を上げれば各街を移動する商隊護衛や、希少素材の採取など。
時としては領主に雇われて領地に出没するモンスター退治を担う事もある。
これらの事からギルドは世界各地に存在していた。
余談だが、人材を必要な時だけ使える冒険者ギルドの仕組みは、商人達の人件費削減に繋がっているだけでなく、深刻な失業者を出さない副次効果もあった。そして、主要都市ともなれば、国家機関からの仕事を引き受ける冒険者ギルドも存在しており、辺境開拓、古代魔法王国の遺跡や地下迷宮の調査、場合によっては国軍の一部隊として働くなどの依頼があるのだ。また、地方であっても領主軍の中核としての雇用もそれなりに行われている。
このようにギルドは有名機関への登竜門としても機能していたのだ。
閑話休題
ロイ一行はギルドで受けた依頼をこなす為に、
ルゼア村の周辺に出るモンスターの討伐に向かっていた。
むろん、討伐と云っても二人が選んだ仕事は、盗賊の討伐や、まして魔獣や竜の討伐のような華々しいものではない。自分達の力量に合った、3体のリバークラブ（陸大蟹）の討伐である。リバークラブ（陸大蟹）とは、やや紫色を帯びた外郭を有し、そのサイズは人の子供位の大きさの陸大蟹であった。第1歩脚にある頑丈な鋏脚（ハサミ）と全体に広がる固いキチン質の背甲を有し、第1歩脚を一杯まで広げれば2メートル近くにまで達する。
リバークラブは雑食性で攻撃的な性質を有するのも特徴で、
ゴボルトよりも手ごわく、
駆けだしの剣士が放つ剣戟では甲羅に攻撃を阻まれるのは確実だった。
故に、リバークラブ討伐は数が少なくても、ギルドが定める難度階位の十段階のうち八級になっている。もっとも楽な依頼は十級。その難度は駆けだしの冒険者がこなせるお使いクラスのものばかり。そして、一級ともなれば超熟練者クラスの冒険者でも重大な危険を伴うもの。
本来ならば、駆けだしのパーティーが八級に挑むには、
あまりにも無謀な依頼。
だが、リバークラブに関しては例外があった。ある程度の物理攻撃を阻むリバークラブの甲羅の強度が物理的な強度ではなく、周辺に満ちる不可視なる力―――すなわち魔法の源である、マナを月日を経て少しづつ蓄えていく事によって得ていた点にある。つまり、魔術師が唱える魔力付与術（エンチャント・ウェポン）の魔法があれば、駆け出しの剣士でも十分に対応になるのだ。
現に、ロイとイリスもリバークラブの討伐は3度目だった。
もっとも、駆けだしのパーティーに、
見習いとはいえ魔術師が居ること自体が珍しい。
だからこそ、八級なのだが。
ロイ一行は森を抜けて、水の流れる音が聞こえる草が野原に出た。
近くに綺麗な水の流れる清流が目に付く。
川岸の所々には大人の背丈まである草が生い茂っている。
視界の先に流れる川はルゼア村の住民にとって貴重な川魚を提供する川であり、彼らの生活には欠かせない存在だった。村の自警団が討伐を試みたものの、農耕具ではリバークラブの固い甲羅を貫けず、リバークラブの反撃によって逆に怪我人を出している。下手に放置して、リバークラブに住みつかれては生活に支障が出てしまうので、ルゼア村はギルドに討伐依頼を出していたのだ。
「最近は討伐関連の依頼が多いよね」
「交易路の整備を本格的に始める噂とも関係あるかもな」
「だよね。
討伐依頼の多くに商業ギルドの援助が出てるし」
二人の言うようにルゼア村はそれなりの行商人が休息所として立ち寄る事から、討伐依頼にも商業ギルドの援助があった。交易が滞れば経済にも陰りが出てしまうからだ。
イリスが辺りを見渡しながら口を開く。
「ロイ、この辺りがルゼア村で聞いた出没地域だね」
「そうだな。
魔力は大丈夫か？」
「うんっ、ばっちり！」
元気良く応じたイリスの仕草には美しさよりも可愛らしさが感じられる。言葉にロイは判ったと応じると、腰に帯剣したロングソードを抜く。
イリスも魔力を練りながら手に持つ、理解の杖（コンパートワンド）を握りしめて、直ぐに詠唱に移れるように体内の魔力を活性化させる。理解の杖（コンパートワンド）は、僅かにだが魔力操作の補助能力を有しており、まだまだ未熟なイリスを補助していた。
ロングソードを構えたロイは前衛として先に進み、後衛のイリスはやや離れて進む。
リバークラブが住み着く地形には、必ずと言って良いほどに彼らが隠れるのに適した植物がある。
奇襲の危険性を考慮すれば油断は出来ない。
これまでの経験で二人は学んでいたので備えも慣れたものだ。
ロイとイリスが警戒しつつ川岸に近づくと、近くの草が不自然に揺れる。
「イリスっ！」
ロイの声にイリスは「はい！」と応じ、
呪文詠唱を始める前段階である魔力の構成を始める。
そのロイの警告と同時に草むらから3体のリバークラブが飛び出してきた。
「でぇい！」
先頭のリバークラブに対してロイはロングロードを斜め上から振り下ろす。固い音と共にロングソードが甲羅に弾かれる。剣と甲羅がぶつかった際の衝撃がロングソードの刃から、柄を握るロイの手に伝わり、眉のあたりにしわが寄った。だが、その効果もあって先頭のリバークラブは動きを止め、後ろに続く2匹も警戒から動きを鈍らせる。知能が低いリバークラブとはいえ、攻撃を受ければ判断するぐらいの知恵は備わっていたのだ。
その間にイリスによる詠唱が始まった。
唱える魔法は、武器に魔力を付与する魔法である。
「あまねし存在するマナよ、武器に宿りて輝きを増せ、
魔力付与術（エンチャント・ウェポン）」
詠唱に伴って活性化した魔力により、イリスが纏うローブが緩やかに靡く。
イリスはロイが握るロングソードに対して、魔力が宿るイメージを行う。
魔力付与術は継続時間が長く、使い勝手の良い支援魔法の一つである。
そして、今回の依頼を完遂するに不可欠な呪文。
また、戦いの前に付与しなかったのは、イリスの実力では継続時間が短いのが理由である。
「よしっ」
魔法付与を受けるとロイは右から回り込んできたリバークラブを見据えて牽制しながら、正面のリバークラブから突き出された鋏脚をロングソードで弾く。鋏脚で攻撃を行う構造上の制限から、攻撃を行う前には大きく振りかざす必要があったので、剣士としては未熟なロイであっても、備えていれば避けるのは難しくはなかった。もう片方の鋏脚からの攻撃が繰り出される。
その攻撃をロイは何とかライトシールドをかざして防ぐ。
鋏脚が当たったシールドは鈍い音を立てるも耐え切った。
攻撃を凌いだロイは隙を突くように反撃へと移る。
「食らぇ！」と叫びながら、
剣先をリバークラブの頭胸部へと向けて全力を込めて前へ押し出す。
先ほどは軽々と剣を弾いた甲羅だったが、魔力付与術（エンチャント・ウェポン）によって、その剣先が頭胸部を守る甲羅へと突き刺さった。
ロイは、そのまま体を押し出すように剣先を押し込む。
体重をかけて突き刺したロングソードを勢いよく引き抜くと、リバークラブは口から泡を吐いて痙攣し始める。様子からして致命傷なのが伺えた。ロイは次のリバークラブへと向かう。
イリスも魔力付与術（エンチャント・ウェポン）を掛けて終わりではなく、魔力を循環させながらロイの死角になる背後を後方から警戒する。ロイの背後に回ろうとしたリバークラブを視界に捉えると、直ちに先制攻撃を始める。
ロイはやらせないっ！
「大気に漂うマナよ、誓約に従い風となれ！
ディーロフ・ザイン・ルーシス・パルティオン、
空裂（ヴェイン）！」
圧縮した魔力が分散する際に発生する膨張速度に伴う衝撃波によって攻撃するのが空裂（ヴェイン）である。空裂（ヴェイン）がリバークラブの側面、人間で例えるなら脇腹に相当する部位に直撃した。衝撃波によって甲羅が砕けて、内側に収められていた器官の一部が派手に四散する。
イリスは肩で息をしながら、もう一撃を加えるべきかを見極め、
動きを止めたのを確認すると、安堵したようにイリスは杖に寄り掛った。
少し魔力を使いすぎたね…
二発で限界に近くなるなんて、私はまだまだだなぁ…
イリスは苦しそうに、肩を上げ下げして呼吸を繰り返す。見習いの身で魔力付与術（エンチャント・ウェポン）に続いて、空裂（ヴェイン）を使った事により多くの魔力を失ったからである。この状態になれば、魔力の使用を控えて、しばらくの休息を取らねば回復しない。
やがてロイは残る1匹のリバークラブを仕留める。
辺りの安全確認を終えると、ロイはイリスを川のほとりで休ませて自らはリバークラブ討伐の証拠として、それらの触角を回収していく。リバークラブの触角は極めて短く小さいので、持ち運びに適しており、討伐の証拠としてうってつけだった。
ロイは全ての回収を終えると、イリスの隣に腰を下ろす。
並んだ二人からは仲の良い兄と妹のような雰囲気が伝わってくる。
「今日も背後を守ってくれてありがとうな」
「ううん、ロイが前衛で頑張ってくれたから、
頑張れたんだよ」
「これからも宜しくね…お兄ちゃん」と、イリスは言葉を続けた。イリスは特別なときはロイに対して「お兄ちゃん」と呼んでいる。普段人前で言わないのは、イリスは、ロイが「お兄ちゃん」と呼ばれたとき、少し気恥ずかしいそうな表情をするのを知っていたからだ。これも迷惑をかけたくないイリスの配慮の一つである。
二人は場所を離れて、木陰の下で休息に入った。
気持ちの良い風が流れ、穏やかな時間が流れる。イリスはロイと一緒に何かを成し遂げた満足感、その暖かい気持ちを心に満たしていく。木に寄りかかる形で座るロイとイリス。イリスはロイの肩に寄りかかるようにする。
「このまま寄りかかっても良い？」
「いいよ」
イリスは花のような笑顔を浮かべてロイの好意に甘えた。魔力不足からくる疲れから、イリスは直ぐにうつらうつらとして、直ぐに穏やかな表情で寝息を立てる様子へと変わる。ロイの表情も自然と頬が優しげに緩む。無防備に眠るイリスの様子とロイの様子から、お互い対する信頼の強さが伺える。
この穏やかな時間は、それから30分ほどしてイリスが目を覚ますまで続いたのだった。
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【あとがき】
精神的、技量的に成熟した人物ではなく、未熟で無鉄砲なロイ君と、見習い魔術師のイリスが主人公になります。最初の話としては、ファンタジー系の王道である、障害を乗り越えながら少しづつ強くなって、色々な事に挑戦をしていく話になるでしょう。
また、途中まで進めていた魔王リリスが村長として村開拓を行っていた話は、
後々この話で出していきます。
意見、ご感想を心よりお待ちしております。
（2011年10月14日、2012年05月20日改編）
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