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レクセリア建国記 第11話 『変異種戦 前編』


裂奇蟹(リッパークラブ)は威嚇行動を終えると、イリスとシルフィの両方に裂奇蟹(リッパークラブ)の頭部から突出している第1触覚を向ける。第1触覚は匂いや魔力を感知する器官だった。裂奇蟹(リッパークラブ)にとってイリスやシルフィが保有する魔力が御馳走に見えたに違いない。ロイも魔力を有しているが、それは二人と比べれば小さいものなので、裂奇蟹(リッパークラブ)にとっては餌に満たない存在だ。

ただし、魔力を好む裂奇蟹(リッパークラブ)と言えども、ブロードソードに掛けられた魔力付与術(エンチャント・ウェポン)は純粋な魔力から変質していたので、吸収する事は適わなかった。

にらみ合いは直ぐに終わる。

裂奇蟹(リッパークラブ)はイリスとシルフィに向かおうとする裂奇蟹(リッパークラブ)だったが、ロイの妨害によって当面の敵をロイと認識した。陸大蟹(リバークラブ)や裂奇蟹(リッパークラブ)にしろ、自分に害を及ぼしそうな敵を無視してまで獲物に向かうような習性はない。

黒い鋏脚がロイに勢いよく突き出され、ロイはそれを剣で弾く。陸大蟹(リバークラブ)と比べて裂奇蟹(リッパークラブ)は気性が激しく、行われる攻撃も激しいもの。ロイは裂奇蟹(リッパークラブ)による連続攻撃を避けていく、回避しきれないものはブロードソードで受け流す。

振るわれる鋭い右鋏脚の攻撃を回避して、左鋏脚から繰り出される攻撃を切り払いを避ける。そのまま左肘を下げ、剣の切っ先を上にして裂奇蟹(リッパークラブ)の下腹を突く。下腹を狙ったが裂奇蟹(リッパークラブ)は危険を察知して最も硬い箇所の甲羅で防ぐ。僅かに刺さったが致命傷には程遠い傷。

(比べ物にならない位に甲羅が硬てぇ…
 ここまでとなると下手に攻撃を行うよりも、
 魔法攻撃に繋げることを優先したほうがいいな)

陸大蟹(リバークラブ)と比べて手強い事を痛感したロイは、
改めて変異種の危険性を理解する。

ロイは身体強化の魔法が使えるといっても、まだまだ駆け出しの領域だった。魔法剣士(ルーンフェンサー)のように攻撃や防御の直前に魔力を流し込む事は出来ないので、甲羅を貫けないのも仕方が無いだろう。むろん、剣士としての技量も年齢にしては高いものだが、それでも一人前には程遠いもの。

ロイは自分の力と仲間の力を考慮して戦いの方針を固める。

「魔法は威力重視で頼む」

ロイの言葉にイリスとシルフィは無言だったがロイは気にしない。
よほどの熟練者でもない限り、
魔力練成の詠唱を行っている最中に発言は出来ないからだ。

十分に魔力を練って発動させた魔法は消費する魔力量は変わらずとも、その効果は大きく変わった。純然たる威力の出力は殆ど変わらないが、構成が確りしているだけに魔法抵抗による威力減少が起き難くなる。つまり、その効果が増す。

ロイは回避と受け流しに徹して、
隙を突いて牽制目的の反撃を堅実に行う。

(奴の速度は変わらないが攻撃が重いっ…
 無理に攻撃を行わなくて正解だった)

ロイは僅かとはいえ身体強化(エニシス)によって能力の底上げを行っていた事に安堵した。動きがある程度予想できるとはいえ、陸大蟹(リバークラブ)と比べて受ける一撃が違う。まともに食らえば致命傷になりかねない一撃なのは確かだった。鉄材も使われているライトシールドなら一撃で壊れることは無いだろうが、緊急時で無い限りロイは試す気はなかった。このように裂奇蟹(リッパークラブ)からの強烈な攻撃を出来る限り受け流したり避けなければならない事が、精神的な圧迫に繋がっている。受け流すのはなまじ受けるより難しい。

もちろんロイは二人に余計な緊張を与えないように内心の感情の変化を表に出さず、そしらぬふりで防戦に徹していた。

裂奇蟹(リッパークラブ)の注意を集めて魔法詠唱の時間を稼ぐ為の攻防戦が続く。
シルフィとイリスの魔法詠唱はまだ始まらない。
二人は威力を高めるために十分な魔力を練っているからだ。

ロイが魔法の連打で一気に叩きかけないのは裂奇蟹(リッパークラブ)がどのくらいの生命力があるのか、判らないからだ。知識はあっても経験が無い以上、大まかな目安でしか判断できない。だからこそ、肝心な場面で魔力切れを起さないように慎重な戦いを選択していた。シルフィとイリスの詠唱準備が進むなか、僅かであったがロイは泥濘で足元を取られ回避のタイミングがずれる。

「くっ、この程度っ」

裂奇蟹(リッパークラブ)の右鋏脚がロイの頭に迫るも、咄嗟に構えたライトシールドで軌道をずらして直撃を避ける。ライトシールドは裂奇蟹(リッパークラブ)からの攻撃に良く耐えたが、裂奇蟹(リッパークラブ)の力によってロイの体勢が崩れ、再び繰り出された右鋏脚からの攻撃を受け損なう。

「グッ」

右鋏脚が当たる直前に後ろに跳んでいたのと、リリシアが餞別として用意してくれたレザーアーマーのお陰で胸に出来た傷は浅いもので済んでいた。ロイはアンドラスとの模擬戦も軽症が絶えなかった事もあって、痛みに対する耐性はそれなりにあったので軽症ならば問題は無い。一応出血は少しあったが、視界を防ぐような場所でなかったので、とりあえず無視する事にした。戦闘の興奮もあって痛みも直ぐに気にならなくなる。

ロイは取り乱さず直ぐに体勢を立て直す。

むしろ取り乱したのはイリスの方だ。ロイの出血に驚いて小さな悲鳴を上げてしまい、その際に練成していた魔力の内、少しを霧散させてしまう。ロイが直ぐに体勢を立て直したのを見て、直ぐに魔力練成を再開する。

これは失態というには余りにも酷だろう。イリスは年齢からして子供に過ぎないし、イリスが経験している血を見る機会といえば、動物を狩る程度のものだ。命のやり取りには程遠いもの。

シルフィもイリスと同じようにロイが負傷した事には驚いたが、魔力を散らさずに済んでいる。ロイと同じように模擬戦を経験していた事と、魔法攻撃を確実に成功させることがロイに対する最大の支援になるのを理解していたからだ。シルフィはイリスよりも精神年齢が高い事も幸いしている。

ロイが体勢を立て直した直後に裂奇蟹(リッパークラブ)からの攻撃が放たれた。
その攻撃をロイは危ういところで避ける。

(っお、あぶねぇ…魔法はまだか!?
 いや…落ち着け、二人を急かしても好転しない。
 二人は十分にやってる、俺が慌てたら二人の足を引っ張ることになる)

ロイは焦る心を落ち着かせる。ロイはお返しとばかりに裂奇蟹(リッパークラブ)の攻撃を回避した際に出来た相手の隙を突いて攻撃を行う。

「食らえっ」

間接部分に突きを放つと見せかけて、ライトシールドで第1触覚を思いっきり叩く。間接部分に対する攻撃は失敗したが、第1触覚に行った攻撃は綺麗に入る。裂奇蟹(リッパークラブ)にとっては、むき出しの感覚器からの痛みは堪えたらしく、ロイから距離をとった。

「こいつはお返しだ!」

己を奮い立たせる意味を込めてロイは言い放つ。
時間稼ぎの甲斐もあって満を持したシルフィの魔法詠唱が始まった。
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【あとがき】
次の話で裂奇蟹(リッパークラブ)との戦いも終わります。
裂奇蟹(リッパークラブ)は強敵に見えますが変異種の中でも最弱の部類だったりします。なんだかんだで初心者のパーティなので苦戦は免れませんね(汗)


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