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レクセリア建国記 第07話 『序章 7』


リリシアとシルフィの二人と別れた後、ロイとイリスの二人は屋敷の一角に設けられた露天風呂を有する浴場に居た。浴場の作りは大の入浴好きのリリシアの趣向もあってかなり本格的なもので、浴槽に満ちるお湯は館の地下に存在する魔晶石鉱脈の自律的励起現象によって適度に熱せられた温水湧水を引き上げたものだった。

僅かであるが熱せられた水には魔力が篭っており、
浸かるだけではなく、湯気にも小さいながらも魔力・疲労回復の効果がある。

また、浴場にも光石(蓄光魔石)が夜空に広がる星々も十分に楽しめる程に調整されたものが備わっていたので視界不良になる事はなかった。これは、ムードを大事にするリリシアらしい配慮と言えよう。

「先に入るよ〜」

脱衣場で着けていた衣服を脱いで一糸まとわぬ姿になったイリスがロイに言う。
イリスは大の入浴好き。その声からして上機嫌なのが判る。

「! 判った。直ぐに行く」

ロイは僅かに焦りながら、その様子を悟られないように返答した。イリスはロイの返答に対して「うん」と嬉しそうに答えて浴場に向かう。 ロイも衣服を脱ぎ終えると、それらを籠の何に入れてから、タオルなどの入浴セットを持ってイリスの元へと行く。

露天風呂といっても単純な野晒し方ではない。

その風呂はやや高台に作られており、風呂の一部には壁と屋根が設けられている半露天型のものである。風の簡易結界も張られており、気温も丁度良いのに調整されていた。また足元には花崗岩を加工して作られた滑り止め処置が施されているタイルが一面に張られている本格的なもの。

ロイが浴場へ足を伸ばすと、イリスはお湯で体を気持良さそうに清めていた。
お湯に込められた魔力の効能でイリスは先ほどよりも元気になっている。
魔力との親近性が高いエルフだけにその効果は抜群だ。

「まずはロイの背中を洗うよっ。
 清潔はすべての基本だからね」

イリスはロイに向かって言う。

「ああ……頼む」

脱衣場で感じた焦りと同じように、
何故か見慣れているイリスの表情と仕草に思わずドキっとした。

そして二人が入浴するのは特別なことではない。

マティエ王国では入浴の文化が根付いており、それはイシュリア自治領に於いても変わりが無いからだ。無論、リリシアのように個人レベルで入浴施設を持つことが出来るのは、裕福な人に限られていたが、都市部や街では大浴場が整備されており、浴場に通うことが可能だった。辺境の集落でも然り。

イリスは鼻歌を歌いながら、
石鹸をタオルで泡立ててロイの首元から洗い始める。

肩の下から肩甲骨あたりまでしか、うまく手が届かない。それはボディーブラシを使用しても完全に補うのは難しかった。背中に関しては誰かに洗ってもらうのが一番気持が良く、綺麗に洗えるのだ。ロイとイリスが背中を洗い合うのは子供の頃から続く日課のようなものだった。これも入浴する理由の一つだ。もっとも、この理由を考えたのはリリシアであるが…

イリスがロイの背中を優しく丁寧に洗い終えると、次はロイがイリスの背中を洗う番だ。ロイもイリスと同じように慣れた手つきで背中を洗い終える。背中の次は各々が体と髪の毛を洗う。それらを終えると、ロイは入浴セットから一つのビンを取り出す。

ビンの中には透明色の液体が入っていた。

ロイはコルクの蓋を開けて、それを自らの中身を掌に注ぐ。
液体の様子からしてかなり粘液質なのが判る液体を桶の中のお湯で薄める。
それを手にとって練る様にして掌の上で延ばす。

先ほど感じた感覚に得心がいった。

(まいったなぁ…
 イリスも所々が少しずつ成長してきてるし…
 何時まで平静で居られるか心配だよ)

内心の焦りを隠すようにロイは作業に没頭する。
そして、稀にだが、この液体をイリスに塗る事こそが、
二人が一緒に入浴する最大の理由だった。

ロイが手にしている液体は、かつてイリスが盗賊団によって投与された催淫薬のアブリティークの効能を抑える為にリリシアが調合した専用の解毒薬である。救出されたときのイリスの状態は、同じように囚われていた女性たちと大差のない軽い症状であり、本来ならば僅かな治療で完治する筈だった。しかし、極めて珍しい事にイリスは体質的にアブリティークが効き易かったらしい。他の女性たちと同じように症状が収まったと思いきや、イリスは半年ほどの時を置いて症状が盛り返した過去に例の無いケースを見せていたのだ。もっともアブリティーク自体が精製に手間が掛かるもの。故に、存在自体が珍しいので治療例もあまり多くないのが現状だ。

そして、このような処置を魔法に精通したリリシアではなく、
ロイが行うのもアブリティークの発動メカニズムに理由がある。

アブリティークは女性なら誰しもが有する生殖器官を介して生殖本能を活性化させ、そこから性欲を異常に増幅させる仕組みにあった。

症状が一定以上進んだ者び治療となれば異性との接触しかないし、それすらも避けて症状を抑える事に集中しても限界がある。そして、治療ともなれば男性であり基本的な魔力を扱えなければ如何にもならないのが厄介なところであろう。治療の取り掛かりが遅いほど、直りも難しくなる点も忘れてはならない。

魔法薬によって発症した症状を強引に治そうとすれば、どのような反動があるかが判らなかった。アブリティークの場合では、女性が症状が進んだ対象者に対して治療を行えば、性的趣向が女性に向く可能性すらあるし、より症状の悪化になる場合もある。

故にリリシアが作った解毒薬は強引に治すものではなく、負担を掛けないようにイリスの体に浸透しているアブリティークの発症を抑えつつ、男性の波長を介してイリスの体内に残ってるアブリティークを分解していくものだった。 幸いにもロイはリリシアから身体強化に関する魔法を早い段階から教わっていたので、このような役目を担うことが出来たのだ。ロイが居なければアンドラスのような年齢の離れた男性か、面識の無い者に頼まなければならなかったに違いない。もしくは、より面倒でかつ、リスクのある治療を行わなければならなかったであろう。

確かにアブリティークの効果がそれなりに残っている間なら、アブリティークの力によってどのような男性であってもイリスは殆ど嫌悪感を感じる事がなく接することが出来るに違いない。最初の投与で抵抗(レジスト)に失敗したらそうなる魔法薬だからだ。しかし、治療が進むごとに、つまり正常になればなる程、本来の感性に戻る。

そこで治療を止めれば元に戻ってしまうのが、
アブリティークの恐ろしい所だ。

リリシアはイリスに無理強いするのは避けたかった。このような状況でイリスがロイに懐いていたのは、リリシアにとっては不幸中の幸いである。

ロイの焦りは第二次性徴が殆ど進んでいない、可愛らしいイリスの体の変化に気が付いたからだ。所々に若干の成長が出てきた些細な変化であったが、年頃の男性にとっては印象的な変化である。 妹のような存在として見ていてもイリスは可愛い女の子だけに気になってしまうのは男として仕方がない事だった。

それでもロイはイリスに不安を与えないように平然を装う。

対するイリスはまだ第二次性徴期に入っておらず、加えて精神的に幼い(人間に換算して10ぐらい)ので、親しい相手ならば異性との混浴でもあっても羞恥心や抵抗を感じていない。そして、イリスの考えの根幹にはリリシアの教えが根付いている事も、その考えの後押しになってる。

その教えは次のようなものだ。 「良いかしらイリス。ロイのような親しい男性とはお風呂も一緒に入るべきなの。むしろ、それこそが信頼の証でもあり、絆の証拠でもあるわ。 これからもロイと一緒に居続けたいならこの事を肝に銘じなさい」という内容であった。

リリシアの言葉が巧妙だったのは、時には品性を保ちながら性に開放的な姿勢を取り入れる夢魔族(サキュバス、リリム等)の例を挙げていた事だろう。リリシアの教えに加えて、今は亡きイリスの母親も親しい異性との交流に関しては似たような事を言っている。 これらの想いが重なった結果、イリスにとってはロイとの入浴はこれからも当たり前の行為を通り越して、イリスにとっては親愛の証を確認する大事な時間になっていたのだった。

イリスは元から純粋にお風呂が好きだったが、このような教えが加わればロイと一緒に入浴するのは最優先事項と言って良い位に大事な事へと昇華している。

(塗っていると何故かエッチな感じがする薬だが、
 これを塗るのはイリスの為なんだよなぁ…
 そう、イリスのためだ)

と、ロイは自らに言い聞かせていく。その甲斐もあって悶々とした気持を心の奥に押さえ込む。どのような経緯があるにしろ、ロイにとってイリスは大切な存在である。このような場面であっても、イリスの嬉しそうな顔を思い浮かべると、慈しみの感情を前面に持ってくるのは難しい事ではなかったのだ。

そして、ロイがエッチな感じがする薬と感じていたのは気のせいではない。

精神が未成熟なイリスが捉え切れてない分の幾分かを、治療主にフィードバックさせるからだ。それを抑えると薬としての効果が著しく下がるし、現行のままならばロイとイリスが本格的に異性を意識する前に治療を終えることが出来るので、リリシアは必要な機能として黙認していた。

「じゃあ、準備が出来たので背中を向けてくれ」

「うんっ」

イリスが嬉しそうに言って素直に応じる。イリスにとってはロイはリリシアと同じように信じているので何も心配していない。むしろロイに構って貰える事に嬉しさすら感じていたのだ。

イリスの背中を中心に体の各所にロイが満遍なく薬を塗りながら、
リリシアに教えられた通りの微弱な魔力をイリスに流し込む。


「あんっ…そこ、く、くすぐったいよぉ〜」

「もう直ぐ終わるから」

「はぁい…」

薬を塗る部分は首から下から背中を通って、可愛らしいお尻から太股の付け根までだ。ロイがイリスを妹のような存在として見ていても、やはり年頃の男性であるロイがイリスのような可愛い女の子の体を触るのだ、心が納得してもやはり悶々とした気持が沸くのも仕方が無い事だろう。そしてリリシアは完全にロイならば間違いを起こさないと信じており、また別の目的もあって、この役目を辞めさせる気は全くなかったのだ。

すべての処置を終えると、イリスの体に付着した体の中に浸透しなかった分の薬をお湯で洗い流し始める。ロイは問題なく終えたことに内心で安堵した。イリスも少しくすぐったいようなムズムズするような感覚から開放されてほっと一息ついた様子である。

二人は体が冷える前に、
岩で区切られた浴槽へ移動して、お湯に浸かる。

ただし、体が小さなイリスは座った時に顔が浸からないように桶の一つを浴槽の底にちょこんと敷く。

小動物のようなイリスの仕草が微笑ましい。

それほど熱くないお湯だが、じっくりと浸かるとそれなりに体が温まるものだ。二人は体が温まると、鍛錬の疲れを癒すために交互にマッサージを浴槽に浸かったままの状態で始める。それは首から背中を中心としたマッサージであり、リリシア直伝のものだった。効能しては疲労回復や筋肉への癒しの効果がある優れもの。

ロイの番が終わり、イリスが受ける番になっていた。

ロイが行うのはイリスから受けたマッサージを感じたまま再現する見様見真似であったが、イリスの気持ち良い表情から効果があるのが判る。ロイはイリスの背中、肩甲骨のほぼ中央をやさしく摩っていく。ここの筋肉をほぐすと肩に掛かっていた負荷が和らぐ効果があるのだ。

ツボの刺激を受けてイリスが小さな悲鳴を上げた。
ロイは経験からそれが痛みの悲鳴ではない事を知っていたのでそのまま続ける。

「ひゃ…うん…そこ……気持ちいいよぉ…」

イリスは第三者が盗み聞きすれば誤解しそうな声を上げた。桶からはみ出るイリスの可愛らしいお尻から伸びる大腿部がマッサージの刺激に合わせて、もぞもぞと可愛らしく動く。

マッサージによって全身の血行が良くなり、
血流の促進によってイリスの額や首筋がほのかに汗ばむ。
イリスの頬がほんのりと紅が指す。

「この辺りをもう少し念入りにマッサージをしようか?」

「お願いしても良いの?」

「任せろ」

このマッサージに関しては鍛錬に直結した事なので、ロイも流石に気恥ずかしさを感じておらず、先ほどのような悶々とした気持はまったくない。何気にロイもリリシアの教えの影響を多々に受けていた証拠である。ロイもリリシアと同じように理由があれば拘らないのだ。朱に交われば赤くなる、という諺どおりであろう。

こうして二人はお風呂から上がるまで交互にマッサージを繰り返していった。
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【あとがき】
少しエッチな入浴シーンに(汗)


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