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レクセリア建国記 第08話 『序章 8』


レナール川を航行する一隻の船があった。
船名は青空色を意味する「フローラ」と言う。

フローラは、この世界に多く存在する民間から軍で哨戒艇として幅広く使われている小型の動力船であるセルレア級哨戒艦の派生の一つ、高速交易船型だ。動力船の機関部は魔導機(ウィザード)でも使われている魔石を燃料とした魔力炉を使用している。ただし、魔力炉の出力は旧帝国時代に作られたものには及ばない低出力のものだったが、それでも船体に水系統の魔法を応用した魔法機関によって帆船を上回る速度を有していた。

旧帝国時代に作られたデザインを参考にしているだけあって波浪の影響にも強く、速度と直進性に優れている半没型水中翼船なので、小型船にも関わらず横揺れは殆ど無い。

これらの利点からセルレア級哨戒艦は少し値は張るが、
その価値は十分にあるものだ。

そしてフローラはマスティア領域航行対策が施された準軍用版である。

兵装こそは交易船と同じで控えめ(海賊が出没する地域もあるので無武装は基本的にありえない)だったが、このようなタイプは標準型と比べてマスティア対応型は結界などに出力を回さねばならない関係上から仕方が無いことだった。第一、マスティア領域を避けて余計な迂回をせずに済む分だけ結局は早く付くし、対策が施されていない船でマスティア領域を突っ切ろうとすれば、最悪の場合は立ち往生してしまうケースも無きにしも非ず。

そして、この船はリリシアの所有物である。

現在、フローラに乗ったリリシア、シルフィ、ロイ、イリスらはレナール川を航行し、ライナス圏中部レニウス海沿岸部にあるマティエ王国の直領の都市リスタルに向かっていた。乗員はリリシア等4名を入れて、船を動かす乗員3名と執事のアルバートである。少人数でも十分に運用可能な事もセルレア級哨戒艦の利点の一つ。

ロイとイリスは、このフローラの甲板上に居た。
二人は甲板上で行っていた基礎鍛錬を終えたばかりである。
風に当たりながらイリスがロイに向かって話す。

「船が速いと風が気持ちいいね!」

「そうだなぁ、
 この調子だと姉さんの言うとおり明日には着きそうだ」

二人が言うように哨戒艇としても使われるだけあって、優速を保ったままレナール川を通って中部に向けて進む。既にライナス圏南東部から中部の中間地点に差し掛かっている。

「そういえばあの魔法の感触はどうなんだ?」

「う〜ん、攻撃系は覚えてまだ一週間ぐらいだから、
 まだ制御がちょっと甘いかなぁ…
 もう少し風を上手く操れれば良いんだけどね」

「まぁ、発動はするんだ。
 その先は焦らずゆっくり慣れていけば良いさ」

「そうだね」

ロイとイリスの二人が楽しそうに話す。
その様子をリリシアとシルフィの二人はコンパクトに作られた艦橋から、
時折見ながら会話を交えていた。

「ほんと、あの二人は仲が良いね」

「うんうん。実の兄妹みたい」

シルフィの言葉にリリシアが心の底から同意しながら思う。

(私としては二人の仲はそろそろ、
 もう少し先に進んでくれると嬉しいんだけどね)

リリシアとしてはロイとイリスが出会った当初の頃はともかく、今では二人の関係が兄妹のような関係で終わるのは惜しいと考えるようになっていた。 確かに二人には絶対的な寿命の差はあったが、それを埋める手段は無いわけではない。 熟練した魔術師(ソーサラー)等で見られる長命化ように、長期間に及ぶ高水準の魔力行使に伴う身体機能の魔力対応化による恩恵によって寿命が延びる事象がある。長命化の要因になるのは洗練された魔力行使なので、熟練魔術師(ソーサラーや魔法剣士(ルーンフェンサー)などの修練技能による隔たりは無い。

もちろん、長命化に作用する程の魔法技能の習得となれば簡単な道ではなかったが、人間(ヒューマン)にも関わらず、アンドラスのように成し遂げた者も居るのだ。

(ロイのように教えに熱心な子ならアンドラスほどには至らなくても、
 それなりの領域には達しそうだからね)

しばらくしてロイとイリスの二人も艦橋に戻ってくる。
リリスは三人が興味を持ちそうな話を出す。

「そういえば、アンドラスとリオンからの報告があったわ」

リリシアの言葉にロイ、シルフィ、イリスの三人は嬉しそうに頷く。
三人とも親しい二人の動向が心配なのだ。
リリシアは二人を案じる優しさに嬉しく思う。

「二人はイスウェイク男爵領の支援に向かったわ」

イスウェイク男爵領とはイシュリア自治領にもっとも近い諸侯。
但し、近いといっても比較の話である。

イシュリア自治領から見れば都市リスタルに向かうより若干近い程度であった。

そして、イスウェイク男爵領とイシュリア自治領を結ぶ航路の間に隔たる複雑なマスティア領域によって、現実的な航行可能な動力船を用いても魔石消費が激しく、交易船を送り込もうにも積荷の多くを魔石にしなければならない。マスティア領域の小さな境目を通過可能な小型動力船と違って、交易船のような中型級になれば魔石消費に拍車が掛かる。帆船や漕船で向かうのは大冒険すら生易しい試練になってしまう。

無論、比較的魔石の消費効率が良い小型船では運べる量も高が知れていたし、加えて小型船でも相応に魔石を消費するので費用効果があまり良くなかったのだ。

この事から航続距離を抜きにしても、
あえて交流を行うメリットはなかったのもある。

何しろイシュリアとイスウェイクの双方が物資を得ようとするならばリスタルに向かった方が、必要としている物資を迅速かつ確実に得られるからだ。

しかし、ヴィエールが魔石補給所や休息所のような中継基地として機能するようになれば、イシュリア自治領からリスタルやイスウェイク男爵領へのアクセスが容易になるのは明白であり、これまで苦労していたイシュリア自治領への物資供給がかなり楽になる。

採算の面から他勢力が整備する事はまず有り得なかったので、
リリシアたちがヴィエールの取得に向けて大きな力を向けるのも当然の流れであった。

イリスがなるほどと頷いてから言う。

「そうなんだ。確か、イスウェイクを納めている男爵様って…
 昨年の魔獣討伐で当主が戦死したんだよね?
 なんとか立て直しつつあるって聞いていたけど」

「そうよ。
 今は男爵の一人娘のエイアス・イスウェイクが後を継いでいるわ。
 贅沢を好まず不要な税を撤廃して領民の生活向上に努めようと頑張っているけど、
 頻発する魔獣とその警備費用の圧迫に頭を悩ませているのが現状よ。

 で、根本的な魔獣対策として女男爵が傭兵募集を始めたところ、
 それに応じたのが今回の派遣の理由よ」

「その枠組みに良く入れたね」

「過去に彼女の父親から依頼を受けていた事もあったけど、
 今回に関しては成功報酬…つまり後払いだった事と、
 その報酬も安かったので応募する傭兵が少なかったのよ。

 男爵領といっても小さな村と集落の二つだけだからね。
 財政が逼迫しているとなれば出せる額にも限界はあるわ」

リリシアの説明した金払いの件の他にもイスウェイク男爵領が田舎だったことも、傭兵の集まりの悪さの要因になっていた。

それにもかかわらず、
シルフィがリリシアがあえて受けた理由に気が付く。

「ふむふむ…あっ、そうか!
 リリシアは今回の依頼は報酬じゃなくて、
 コネクション確保に主眼を置いてるんだ?」

「ご名答。
 強い相手を助けても感謝されないけど、困ってる相手に手を差し伸べれば、
 良い関係を築き易いわ。
 ましてお隣さんともなれば、可能な限り友好的に居たいし」

「なるほど〜。
 確かにそうだね。
 ヴィエールが整えば、あっちとも交流も始まるかもしれないし」

シルフィの言う通りに今回の依頼は報酬は安かったが、リリシアは近隣領主とのコネクション確保の意味合いから受けている。それに、レイナード商会経由の依頼を終えた後に、小さな討伐目標が残っていれば、ロイ、イリス、シルフィの三名に魔獣討伐の経験をつけられると考えもあった。魔獣討伐は冒険者として歩む上で持って置いて損は無い実績である。

この事からリリシアにとってはイスウェイク男爵領の案件は、あわよくば一石二鳥のプランになり得るものだったのだ。三人の事を常に思っている証拠でもあった。

もちろんリリシアとしては対魔獣戦とはいえ、駆け出しの冒険者に相応しい相手を選ぶ。すなわち強すぎず適度な苦戦が得られる相手だ。未熟なうちに名声だけが先走る危険性をよく理解している彼女らしい判断であろう。

もちろん魔獣討伐ともなれば三人だけにやらせるつもりは無く、
リリシア同伴で行う安全を考慮したものだ。

シルフィの言葉にリリシアが同意を示す。

「そうよ。だからこそ打てる手は打っておくの。
 もちろん問題があれば私も向かうけど、
 あの二人ならよほどの数でもない限り魔獣に後れを取る事はないわ。
 不利になったら際の引き際も心得てるし安心よ」

「だよね〜」

二人のイスウェイク男爵領に関する会話はロイとイリスが艦橋に上がってくるまで続く。リリシアは皆が揃うとアルバートを呼んでお茶の用意を頼んで、皆で楽しいティータイムを始める。飲むお茶も魔力回復の効能が僅かながらにあるもの。このようなお茶が選ばれていたのはリリシアやシルフィにも関係があった。何しろリリシアやシルフィも、ロイとイリスが鍛錬に励む間、遊んでいたわけではない。二人もまた自身に魔力負荷をかけて自己鍛錬を行っている。

このように4人はリスタルに向かう船旅を無駄にせず、
有意義に過ごしていたのだった。
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【あとがき】
個人武勇に頼る点が大ですが、軍事力が中堅諸侯並みに揃っているイシュリア自治領が自領の発展に向けて動き出しました!


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