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レクセリア建国記 第06話 『序章 6』


夕食を終えると、それからはワインを片手に話題に花を咲かせていた。時が流れて夜が深まる頃、リリシアはイリスが眠気を我慢している様子に気が付く。必死に隠そうとしていたが人の様子に敏感なリリシアには御見通しだ。

リリシアはイリスの前に屈んで、
その瞳を見つめながら優しく口を開く。

「イリス、そろそろお風呂に入って寝支度をしなさい」

「リリシアの言う通り。
 今日はもう寝たほうが良いよ」

リリシアの言葉を後押しするようにシルフィも言う。シルフィにも判っていた。幼少のイリスには夜更かしは体力の面から厳しいものがあった事を。リリシアは円滑に進めるために、イリスが納得する状況を作り出すためにイリスの肩越しから口元は微笑をたたえたままロイに視線を向けてウィンクを行う。ロイはリリシアが言わんとすることを理解して頷いて返答する。

「ロイ、悪いけど、イリスをお願いできるかしら?
 あと今日は例のアレもお願いね」

「判った。
 じゃあ、行こうか」

ロイはイリスの手を優しく取った。大好きな義姉とロイ、そして親友のシルフィの三人が同意見となればイリスは楽しい時間を惜しみつつも素直に応じるしかない。

「うん…」

「また明日にでもお話しようね」

「シルフィ、約束だよ!」

イリスはそういうと、名残惜しさを残しながらもロイに連れられて食堂を出た。二人が退出してしばらくして、リリシアとシルフィもリリシアの部屋に移動する。リリシアは部屋に入るとシルフィに座るようにすすめた。シルフィはお礼を言ってから、品の良い椅子に腰を下す。

リリシアの真剣でありながらも嬉しそうな表情からシルフィは状況を察し、一言一句たりとも聞き逃さない様子で告げられるであろう言葉を待つ。

「朗報よ。
 例の領有優先権だけど一歩進んだわ」

リリシアから述べられた言葉にシルフィの顔色が代わった。

「ほんとっ!?
 ヴィエールの領有優先権が認められたんだ!」

「夕方に協力者から知らせがあったのよ。
 正式な決定はまだだけどね」

「よかった〜。
 このまま決まれば良いなぁ」

と、シルフィが我が身の事の様に喜ぶ。

ルヴィエールとは、レナール川を通ってイシュリア自治領に通じる地域の事を指す。マティエ王国の辺境の位置する地域であるが、その全てに於いて集落すら存在しない未開発の土地であった。土地の調査から始めなければならず開発の手間が大きかったが、レナール川に面し、ライナス圏に至る航路の中間地点に位置しているので、イシュリア自治領からすればルヴィエールの価値は大きい。何しろルヴィエールに中継拠点が出来れば、イシュリア自治領の開発も進め易くなるし、物資の搬入も今よりも楽になるからだ。

シルフィが喜ぶのも当然である。
彼女の家族もこの計画の協力者であったからだ。

そして、領有優先権に伴う領地権を保障するのはマティエ王国である。
これはマティエ王国による間接統治の一環であった。

小さなマティエ王国では辺境まで開発の手が回らず、このような恩貸地制によって開発を促進させようとしていた地域が往々にしてあったのだ。恩貸地制とは、土地を恩給として貸し与え、その見返りとして貢租や労役、現地の治安維持などの軍事的貢献などを提供する制度である。一種の代理運用契約のようなものとして考えれば良いだろう。未開地域で知られていない集落及び村を発見した際にも同様の権利が得られる。

リリシアは過去に傭兵団を率いてマティエ王国側に立って隣国との国境紛争で相応の活躍を見せて、その戦功から叙勲すらも受けていたのだ。当然、恩賞や恩貸地制を受ける権利を有していた。ただし、戦功に伴う金銭的な恩賞は全て辞退している。流石に戦功を挙げたとはいえ他の恩賞を受けていては、恩貸地制の適応は難しいと言わざるを得ない。

これらの点から恩貸地制は領地を手に入れられる、
良い面ばかりが目に付くだろうが、
現実はそれほど甘くは無い。

何しろ恩貸地制として任される領地はいわくつきなものが大半である。果てしない辺境か、モンスターが多数生息する危険地帯かのどちらかだ。辺境かつ危険を備えた可能性も大きい。それに、マティエ王国の場合では、開発4年目からは王室に対して規模に応じて小さい額であるが一定の租税を上納する義務が発生し、6年目には開発地域の周辺の治安維持の責任が生じる点を忘れてはならない。多くの場合に於いて領地の運用は全て自費で行う必要がある。これは特例を除いて失敗したときの補填は何も無かった。

そして、領有優先権と言われるのは開発が成功すれば正式に領有権として認められるが、開発が行われなかったり、開発の頓挫が続くなど失敗したと見做されれば、その権利は喪失もしくは削減されるからだ。その後の業績に応じて領地権が永代・世襲と変化するが、開発途中で災害に見舞われたり、賊などの襲撃によって失敗に終わるケースが多く、成功者は限られていた。

王室からすれば自らの懐が痛まずに、新たなる富を生み出し、褒賞として与える金銀を抑え、場合によっては褒賞として与えた土地の回収すら可能とした、一石二鳥どころか三つの利点がある政策だったのだ。 庶民に夢を与える点を考慮すれば、利点は四つになるだろう。

これらの点から開発の難しさを物語っていた。

「王室の定期収入の面もあるから、
 よほどのことが無い限り、お流れになる様な事はないわ」

「だよね。
 元々、リスクが大きいからなり手が少ないし」

「だからこそ堂々と自分たちの街を作れるよ」

二人が言うとおりだった。

領地開発は簡単ではない。相応の開発資金や開拓員の確保を始めとした、準備しなければならないものが多岐に及ぶ。しかもルヴィエールには拠点となるような集落や村どころか、資材を荷を下す為の港すら無い。全てを一から造らねばならず、開発用の資材を現地に運び込むだけでも相応の資金が必要だった。有力貴族や大商人のような大きな力を持った存在ですらも、このような辺境での開発は行わない。辺境では開発が成功しても得られる利益が少ないし、初期投資分と維持費を考えれば、利益を回収できるまで時間がかかり過ぎる。要するに採算度外視になり易いのだ。

また、最初に作る集落の建設に必要な資金はリリシアとシルフィの姉との共同出資である。 人員の手配に関しても同様で、双方が用意した人材が中核を担う。
一流の冒険者とそれに連なる人々の助力に加えて、
商会とのコネクションが無ければ不可能だったに違いない。

「まだ先の話だけど…
 開発が成功すると良いね」

シルフィが将来に想いを込めて言った。
それに対してリリシアは安心させるように言う。

「大丈夫。
 最初の集落開発は苦労さえ惜しまなければ失敗しないわよ。
 大きな商業拠点にするなら別だけど。
 まぁ、心配があるとすれば…」

「あるとすれば?」

シルフィの問いにリリシアは一呼吸置いて話し始める。

「実のところ、この件はもう少し後になると思っていたの。
 貴方たちが冒険者としてある程度慣れてからが、
 タイミング的に丁度良かったのだけど…」

「そればっかりは仕方が無いよ〜
 どちらにしても、やらなければならない事は変わらないし、
 それにね、どんな事でも始めないと進まないから」

「始めなければ進まない、ね…黄金の価値がある言葉だわ。
 確かにその通り。
 頑張って冒険者としてのシルフィの名を売らないとね」

「精一杯頑張るよ。
 故郷の将来にも繋がるし、一族の悲願だからね」

リリシアの言葉にシルフィは綺麗な笑顔で言った。それは進む先の苦労は判っていても乗り越える覚悟がある人物の顔である。リリシアは簡潔ながらも心を込めた言葉を放つ。

「期待してる」

シルフィはルヴィエールの開発が軌道に乗った際、後に近隣に建設する別の集落を率いる村長か、もしくはその片腕のような指導的立場になる予定だったのだ。冒険者としてそれなりの名が無ければ、助力を理由に王国から代官が送り込まれるなど余計な介入を招く元になる可能性も捨てきれない。未開発のルヴィエールには魅力は無いが、開発が進めば事情が変わるだろう。名があればその様な事態を未然に防げる。それに、そのような事を抜きにしても実績と指導力が無ければ、危機が直面した時に部下は付いて来ない。それらの対策として冒険者としてある程度の名を馳せるのは必要だったのだ。

また、アンドラスやリオンにも、その手の話があったが自由に動けなくなるのを嫌って辞退している。リオンはリリシアにベタ惚れで出来る限り一緒に居たかったので、一緒に居られなくなる地位は御免被りたいのだ。リオンは男か女かという枠組みに拘っていない両性愛(バイセクシャル)である。その度合いはクールな雰囲気からは想像しにくいだろうが、時間があれば目を潤ませて閨事をおねだりするほど。

もちろん、リリシアも恋愛の分野では男女の枠組みに固執してない。
いわばリオンはリリシアの恋人のような立ち位置だったのだ。

アンドラスに関しては戦いの時間を減らしたく無いのが理由である。
戦人のような彼らしい理由と言えるだろう。

「まぁ、どちらにしても正式に決まっても手続きがあるから、
 実際に開発に取り掛かれるのは準備諸々含めて、
 早くても来年になるでしょうね」

「だよね〜
 まずはロイとイリスと一緒に冒険者として成功する事に集中するよ」

「そうしなさい。
 シルフィの担当は冒険者である程度成功しないと始まらないし」

リリシアの言葉にシルフィがウンウンと頷く。
シルフィが疑問を言う。

「そういえば、集落の開発計画だけどイリスとロイには話すの?」

「時期が来たらね。
 そうね…冒険者としてある程度の水準に達したら話すわ。
 私が話すまで秘密よ」

「判った」

シルフィは秘密を共有できなかった事を残念に思いながらも納得し、
その方が良いと自分自身でも思う。

そのような考えに至ったのは簡単である。責任感が強くリリシアに恩義を感じているロイがこの話を聞けば、協力を言い出すのは想像に難くない。そして、その行為はロイが目指す一流の冒険者になる夢を妨げになるのは確実だった。確かにシルフィも冒険者を経て開発に参加する予定だが、シルフィが目指すのは名を売るレベルであり、それは二流の領域でも十分である。しかし、ロイが目指すような一流ともなれば違う。

一流と二流では次元が異なるし、それに達成するまでに必要な時間も一流ともなれば簡単にはいかない。そして、イリスもリリシアとロイに着いて行くのは火を見るより明らかだった。ロイとイリスの想いを大事に思うからこそ、リリシアは下手な事は言えなかったのだ。

リリシアが何かを閃いた様な表情をする。

「フフフ…良いこと思いついたわ」

「え、どうしたのリリシア!?
 なんだかボクは凄く嫌な予感がするなぁ〜」

シルフィの一人称は嬉しい時や驚いた時ではボクになるのだ。付き合いが長いシルフィはリリシアが突拍子もない事を考えていると察知し、それを肯定するようにリリシアは何かとてつもない悪戯を思いついた様な表情を浮かべる。その内容にシルフィは再び驚きの声を上げたのだった。当分の間は明かされる事は無いが、その思いつきは後に思わぬ流れへと繋がっていく事になる。
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【あとがき】
前回予告してました入浴シーンは次に持ち越しになりました。
次こそは書きますよ〜


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