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レクセリア建国記 第05話 『序章 5』


「シルフィ様がお着きになりました」

「は〜い」

その声にイリスが返事をする。

知らせに来たのはリリシアに使えているアルバート・ムスカールである。彼は侍女のレリーナと共に4人のメイド達を率いてこの屋敷を切り盛りしている、紳士服が似合う人間(ヒューマン)であった。外見は黒髪で精悍な顔つきを有する口髭を生やした物静かな白髪の老紳士だが、屋敷の整備、客人のもてなし、侵入者の迎撃から卒なくこなす執事の鑑である。

シルフィが来たのはパンが焼きあがった丁度よい頃合だった。

イリスとレリーナの二人は慣れた手つきで完成した夕食を皿に盛り付けていく。レリーナは先ほど炒めたバターライスをフライパンから各人のスープ皿へに盛り付けて、その上にはパセリをちらす。次にバターライスの周りに香り付けとしてタイムハーブと甘い香りと苦みが特徴で消化促進の効能があるフェンネルシードを炒めて味付けしたもの添えてバターライスの色合いを良くする。それらを終えると、ワイン風牛肉の煮込みの最後の締めくくりとしてバターライスの隣にワイン風牛肉の煮込みを乗せた。レリーナがワイン風牛肉の煮込みの仕上げを行っている頃、イリナは食堂の中央にある6人は座れそうなダイニングテーブルの上にパンなどを運び込む。

ポトフは食卓でよそうので鍋ごと持って行く。

最後にワインを冷やすために、ある程度水を注いだワインクーラーの中に冷蔵庫の隣にある冷凍庫で作った氷を砕いて入れる。このワインクーラーは水滴が付き難い2重式構造になっている特注品だ。手際の良さもあって、二人は短時間で準備を終える。別室で待っていたシルフィがリリシアとロイと共にレリーナに連れられて食堂に入ってきた。

「おいしそうだな」

ダイニングテーブルに並ぶ料理を見てロイの笑顔がほころぶ。
好物であるポトフの存在に喜びを隠せない。

「イリス様が手伝ってくれたお陰です。
 ロイ様の好きなポトフも十分な出来具合ですよ」

レリーナはプライベートでない限り、イリスを主リリシアが引き取った身内として接している。リリシアとイリスの血は繋がっていないが、心が繋がった妹として接しているからだ。ロイに対しても同様で、リリシアに弟子入りしている時点で侍女からすれば客人である。このように客人の前ではレリーナは侍女としての姿勢及び礼儀を忘れていない。また、レリーナはシルフィとも親しくあったが、この場では侍女として接していた。これも侍女と言う役目に誇りを持っているレリーナのこだわりの一つだったのだ。

また、執事のアルバートがこの場に居ないのは、
レリーナの親しい面々が揃っている夕食故に彼女に全てを任せたのが理由だ。

そして、既に日は暮れていたが室内は明るい。

室内を照らすのは光源の正体は蝋燭やランタンの火では無く、レーヴェリアで広く使われている光石(蓄光魔石)によって照らされる光である。光石(蓄光魔石)は、太陽の光を吸収して光続ける蛍石と魔石を合成したもので、昼間に太陽光を十分に浴びせておけば光を放つ明かりになる優れものだ。 1基だと書物を読むぐらいが精々だったが、リリシアの館にあるものは複数個を束ねたもので明るさも十分だった。このような設備が各部屋に整備されている事からも、成功している一流の冒険者の生活水準の高さが良くわかるだろう。

暖炉がある方、そして入り口から最も遠い奥の席にはリリシアが座る。
ダイニングテーブルの端に設けられた上座の席だ。

「さぁ、座って頂戴」

リリシアの言葉にシルフィ、イリス、ロイがそれぞれの席に座っていく。入り口から見て左、リリシアから見て右側の席にゲストとして呼ばれたシルフィが座る。シルフィの正面にはイリスが座り、シルフィの隣にロイが座る。リリシアは冒険者の嗜みとして上座のルールを始めとしたマナーを教え込んでいたのだ。冒険者と言えども、名が売れるマナーが必要な場面に出くわす事が多い。地方領主や中級騎士との付き合いも出てくる場合もある。超一流ともなれば大貴族から招かれる事もある程。

それにマナーは学んでおいて損は無い。
教養が無ければいざという時に恥を掻く事になるからだ。

全員の着席を終えると、レリーナがリリシアのグラスにワインを注ぎ、続いて各人のグラスにワインを順次注いでいく。 レリーナの手によって焼きたてのパンが各人の皿に乗せられ、上品で落ち着いたデザインのスープ皿にポトフがよそわれた。ポトフの上に適量のパセリがかけられ見た目を良くしていく。それらを終えるとレリーナは如何なるタイミングでも支給が行えるように食堂の隅に立つ。

「冷めないうちに料理を頂きましょう。
 さっ、堅苦しいのはここまで、これからは何時もどおりにね」

「はいっ」
「やった」

リリシアの言葉にロイとイリスが喜び声を上げた。リリシアも格式に則った厳格な食事よりも、会話が弾む普通の食事の方が楽しいと思っている。もちろんシルフィも然り。ただし、4人とも最低限のマナーは守るのは忘れない。

そして食事が始まった。リリシアは上品な仕草でスープスプーンを使ってポトフを口に入れる。ロイも同じだ。シルフィは千切ったパンをポトフに浸して食べる。

そのポトフの味は粗塩、粗びき黒胡椒、オリーブオイル、サワークリーム、ブイヨンと具材として入れた燻製状態の鴨の脚とソーセージから滲み出した味が絡み合っており、美味いの一言に尽きるものだ。

リリシアはスープを飲んでから、
続いて一口サイズに分けられた鴨の脚の肉を口の中に入れる。

「とても美味しいわイリス。
 ここまで来れば何処に出しても恥ずかしくない味よ」

リリシアは優しく微笑んだ表情で高評価を下す。ポトフはサワークリームを入れなければ野営でも作れる料理であるが、少しでも調理を間違うと肉の味が全てスープの中に抜けてしまうし、他の具材は煮崩れしてしまう。すなわちイリスは食材を生かしきる技量を有している証明である。

「しつこくなく…でも薄くない優しい味だね。
 凄く美味しい」

リリシアに続いてシルフィが褒めた。
夢中になって味わっていたロイも手放しで褒める。

「イリスの努力とレリーナの教育の賜物ね」

「恐れ入ります」

イリスが気恥ずかしそうな表情を浮かべた。
リリシアから礼を言われたレリーナは表情にこそは出さなかったが、レリーナにとってもイリスの成長は自分が事のように嬉しい。その喜びは自分が褒められると同じぐらいだ。もっともリリシアからすれば付き合いの長いレリーナの内心はお見通しであったが。

リリシアは後でレリーナに臨時報酬を渡そうと決めた。

その理由は簡単だ。リリシアの館に於いてイリスは妹のような待遇であったが、本音を言えばリリシアにとっては実の娘のような存在である。そして教育に誠意を惜しまないのがリリシアの方針であり、それが実の子のようなイリスの成長の寄与ともなれば大きな評価となるからだ。リリシアは教育に対しては労力と金は惜しまない。

続いてリリシアが食べたのはレリーナが作ったワイン風牛肉の煮込みだった。とろとろの柔らかい肉であるが、それでも煮崩れしていない絶妙な具合の肉の触感、肉の甘みとワインを始めとした調味料が絡み合った香り高く風味豊かな仕上が口の中に広がる。

満足な味にリリシアが満足げに食べていく。
他の面々もワイン風牛肉の煮込みの味を楽しんでいるのが判る。

リリシアは次にワイン風牛肉の煮込みの隣に乗っている好物のバターライスを口に含んだ。バターライスのほのかな甘みと絡まりふんわり優しい味が舌の上に広がる。ゆっくりと味わいながら食べていく。ワイン風牛肉の煮込みとはまた違った美味しさに皆が褒めた。

雑談を軽く交わしながら、
ある程度食事が進む頃にリリシアが言葉を切り出す。

「少し急だけど、
 再来週には三人には私と一緒に街に向かってもらおうと思っているわ。
 言わば冒険者として歩めるかの課題ね」

「本当ですか!」

「予定を早めるには何か理由があるんだね?」

ロイは課題に挑戦できる事に純粋に喜ぶ。すなわち、それは挑戦に値する技量に至った事の証明だからだ。ロイと同じようにイリスも嬉しそうな表情を浮かべる。イリスの場合はロイが喜んでいることが嬉しいのだが。そしてシルフィがリリシアの言葉に驚かないのは、ロイとイリスが課題を行う際には一緒に同行するのは前々からの予定だったのだ。もちろん、シルフィもロイと同じように冒険者を目指している。無論、この事はシルフィの家族も了解済み。そして、シルフィは6年前には既に課題の挑戦する資格があったのだが、とある止む得ない事情で今日まで先延ばしになっていたのだ。もっとも、この遅れはシルフィにとってはロイやイリスと一緒に冒険が出来る機会として、今では良かった事だと極めて前向きに受け止めている。

「レイナード商会経由で、丁度良い依頼があったのよ。
 冒険者として歩む第一歩として、これとない依頼だと思うわ。
 内容に関しては街に着くまで秘密。
 もちろん依頼は三人で遂行するのよ」

「なるほど〜
 適切な依頼があれば急ぐ理由も判るよ」

シルフィとイリスが納得した。イリスはロイと一緒に歩みたい理由で修行を受けていたので問題は無いし、加えて姉として慕っているリリシアと一緒に居られるのも嬉しい。

また、レイナード商会とは交易や小規模ながらも魔導機(ウィザード)の修理などを手がけている商会である。リリシアは商会の総帥とは個人的にも親しいので利益面でも共存体制といってよい程に親密な関係を有していたのだ。そして、この僻地でもリリシアが情報を受け取れていたのは、長距離魔法通信のお陰である。

長距離魔法通信。

これも旧帝国の崩壊時に魔導機(ウィザード)と同じように辛うじて残った技術の一つ。魔導機器内で用いる伝達信号技術と遠距離魔法理論を応用したもので、遠距離に於いて情報を伝達する事が可能だった。欠点としては使用時に魔石及び使用者にある程度の魔法資質を要求する点と、遠距離間の通信には大きな制約がある事だろう。後は機材自体も高価であり、安易な移動が出来ないぐらいに大きなものになる事も忘れてはならない。魔法資質に関してはリリシアに水準ならば全く問題が無いし、機材費用及び魔石費用も彼女の収入からして、大きな負担ではない。制約に関しても、最寄の連絡先とイシュリア間ならば辛うじて大丈夫である。 そして機材は屋敷に設置するので、拠点間の通信と限定すれば十分に使えるものなので、リリシアは重宝していたのだ。

ただ、地域によっては通信が行え場所もあるので、
絶対的な通信手段とは言えなかったが。

リリシアは三人の顔を見てから言う。

「依頼だけど、受けるかしら?」

リリシアの言葉に三人は異口同音で受けると答える。
その返事にリリシアは満足げに頷いた。

イリス、ロイ、シルフィの三人は食事を行いつつ、まだ見ぬ依頼に花を咲かせていく。その様子をリリシアとレリーナは暖かく見守っていた。
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【あとがき】
夕食の後は入浴シーンを予定(笑)
少しだけエッチな感じにした方が良いでしょうか?w


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