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レンフォール戦記 第一章 第19話 『魔王:後編』


アンドラスとリリシアが迫り来る威圧に身構えているとき、レインハイム皇国軍第28装甲旅団が周辺掃討部隊を残して、2個大隊規模の部隊が装甲車両と共にカトレア市内に突入を始めていた。圧倒的な威圧感と共に装甲車両郡を先頭に突き進んでいく。

「HQより各隊に通達、
 戦術マップを都市戦用に切り替えろ。  市街戦(MOUT)準備!」

凛とした女性の声がクロスコムを介した無線ネットワークを通じて各員に届く。
声の主はレインハイム皇国軍第28装甲旅団を指揮するレティシア・レインハイム准将である。

彼女は、 月光と共に宝石箱のような満天の星々が漆黒の空で輝く中、 月の神秘的な光に照らされて光沢を放つ赤茶色の髪を風に靡かせたまま、美しくも猛禽類のように鋭い表情を浮かべていた。 レティシアの纏う雰囲気は戦場に佇む戦女神と見間違うほどであろう。



上級将校である彼女が戦車から身を乗り出しつつ号令を下したのは訳がある。

レティシアは、宣伝的効果を含めた開放戦にするために部隊指揮に適した指揮車ではなく、わざわざ戦車に乗車して絵になるような演出を行っていたのだ。レティシアは、あのアーゼンの養女であるだけあって、やる事に一切無駄は無かった、戦いだけにしか視野を向けられない猪武者では将軍職は勤まらない。

宣伝戦略を展開するのは戦後の情報戦において優位に立つ布石の一つであった。

レティシアは自分自身が広報塔になるのは不本意であったが、カトレア方面に展開している他の女性の上級将校はユーチャリス方面に残ったマーガレット准将しかおらず、情報戦略の観点から自分が受け入れるしかなかった。宣伝はタイミングを逃せば効果は激減する。

レティシアはアイドルになるために軍人になったのではない。
養父の期待に応えるべく、祖国と国家権益を守るために軍人になったのだ。しかし、そのレティシアの高貴な姿勢が軍での人気を高めていたのは皮肉なことであろう。

ともあれ、格好の宣伝素材を提供されたレティシアのファンが多い軍広報部は、異様な熱意を持って職務に励んでいく事になる。このような背景もあって、後にレティシアは「レーヴェリアの戦乙女」 として勇名を轟かせる事になるのだ。


「良いか! 敵は浮き足立ってる。
 このまま一挙に押し潰すのだ!」

クロスコムを介した演出としての命令伝達を終えたレティシアは戦車に増設したコンソールに手を乗せる。コンソール上で次々と必要なアプリケーションが動き出す。指で操作するのではなく、脳内言語を体内のナノマシンを介してデジタル圧縮信号に変換して操作しているのだ。

レティシアは養父の期待に応えるためには血の滲む様な努力でアーゼンと同じく魔法原理―――― 魔法とは旧文明時に大量に散布された気象調整用ナノマシン郡が体内の各種神経細胞の干渉下におかれた際に発生する高度な物理現象の一つである。 ――――を応用した端末やコマンド入力を使用せずに電子機器を掌握する能力を有している。その能力はアーゼンには及ばないが1個旅団規模の電子管制もこなすほどだ。

常人から見れば、レティシアの掌握能力は化け物染みているが、ER軍上層部にも化け物染みた人物が多数居るために異 能力者であっても差別を受ける事は無い。全て「特殊技能」の一言で済むのだ。 しかし彼女の本質は辣腕な内政官であり、レーヴェリア方面レインハイム直轄領太守としての役目を担うことが本当の役目である。

余談だがアーゼンは殲滅戦の際には、数万の無人兵器を直接統率することが出来る。

レティシアの感覚の一部はカトレア全域の無人偵察機と無線偵察機の情報をリアルタイムで同調していた。カトレア上空を旋回するRQ-12ハルファス型無人機の偵察状況、ドローンの動体探知装置などの情報を並列で処理して整理する。極め付けが全セントリーガンの攻撃ログの検索も入っていた。

電子情報として集められた敵味方の位置と状況を瞬時に把握すると、彼女はそれを都市戦用2km戦術マップに変換し、突入部隊の制圧箇所を選定し命令を伝達する。

アクセスから変換までに5秒という短時間だ。
作戦概要は既に電送済みだが、軍の命令伝達システム上、概要だけでも通信による伝達も行う。これは一つの通信チャンネルに依存する危険性を考慮した結果だ。

「HQより、第三、第四大隊へ。
 グリッド4047にて索敵撃滅任務を開始せよ。
 繰り返す、第三、第四大隊はグリッド4047にて索敵撃滅任務を行え。
 復唱は不要だ、以上(オーバー)」

命令に従い2つの装甲部隊は増速した。
最初の目標は前方に接近しつつあるカトレア市から脱出しようとしているゴーリア軍部隊だ。

特殊作戦軍の猛反撃に、我先にカトレア市から逃げ出そうとしたゴーリア軍の一部部隊は市内に突入してくる装甲部隊を目にして立ちすくんだ。主力戦闘車両という存在は知らなくても、1台50tを超える鉄量が時速65kmで突進してくる 姿は恐ろしいまでの迫力と威圧感を放っており、ゴーリア兵の目には漆黒の闇から襲ってくる地獄の鉄騎兵のような様に映っているであろう。

双方の距離は800mを切っており、有効射程内に入っている120mm砲、100mm砲、30mm機関砲、12.7mm重機関銃などのあらゆる砲がゴーリア軍部隊に対して火を噴き始め、恐ろしい速度で光の束となってゴーリア軍に降り注いでいく。

特に30mm機関砲から使用している特殊レニウム合金弾が恐るべき効果を出していた。 この砲弾は、やや値が張るが特殊加工によって焼夷効果と自己先鋭化現象(セルフ・シャーピング現象)を有しており着弾付近のゴーリア兵を引き裂いて焼き尽くしていく。

なんとか初弾を生き残った満身創痍のゴーリア兵は蜘蛛の子を散らすように逃走を必死に試みたが、レーヴェリアの水準を大きく上回る装甲部隊の進撃速度の前に、努力空しく逃げることも適わず死んでいった者達の後を追うことになった。

地上からの逃走経路を完全に押さえたレティシアは相手に時間を与えるつもりはなく、 一気に畳み掛ける。市内に突入した装甲部隊を8つの中隊に分けて、掃討エリアを設定し、効率よく無駄の無い掃討作戦に取り掛かったのだ。遮蔽物に潜伏している敵兵であっても、上空からの最先端の赤外線監視システムによって捕捉されており順に従って撃破していく。

爆薬で建物ごと潰されるケースも珍しくない。

派遣軍の爆薬はレンフォール界で使われているような黒色火薬とは訳が違う。
特に歩兵携帯用爆薬の中で皇国軍がカトレア市内に持ち込んでいる中で一番凶悪なものは電気信号によって分子配列が瞬時に変換し、爆燃性の金属水素に酸素分子を混合したものを基本とした特殊爆薬に変化するNE3と言われる爆薬であろう。

NE3は安定物質を用いた次世代型爆薬の一つで、熱量よりも固体から混合気体(爆鳴気) への第一種相転移による爆発的変化によって得られる25気圧に上る爆轟圧力と正圧保持時間 の長さで殺傷力を高めている。もう一つの特徴として、TNT、RDX、HMXなどの過去に使 われていた爆薬と違って、酸素バランスがマイナスにならず環境汚染物質を殆ど出さない点もある。

いくら汚染物質が出ないとはいえ殺傷能力はTNT、RDX、HMXなどの 固形火薬と比べて桁違いの破壊力で、固形爆薬のように一瞬の爆発ではなく、連続して全方位から爆風を浴びるのだから受けるものはたまったものではない。

皮肉な表現をすれば、80km/hで突っ込んでくるガソリン自動車に轢き殺されるか、180km/hで突っ込んでくる燃料電池自動車に轢き殺されるかの位の差でしかなく、殺される側からすれば全く慰めにはならなかった。

自業自得とは言え、悲惨な末路である。カトレア方面に展開したゴーリア軍は呆気ないほどの速さで終焉を迎えた。言い換えるならば、隠れているつもりのゴーリア軍の掃討も何ら問題なく処置を終えたことになる。

彼らの戦争は終わった。

その人生と共に…















派遣軍が電光石火の速さでカトレア内のゴーリア勢力の掃討を終える頃、アンドラスとリリシアは外の変化を知らなかった。結界で遮断されているが、外界との接触手段が無かったわけではない、探る余裕が無かったのだ。この状況で時間のかかる詠唱をするのは現実的ではない。

そんな中、ゆっくりとした足取りで男が近づいていく。

「何奴!」

アンドラスが緊張を含ませた声で尋ねた。
豪胆なアンドラスがこれほど緊張しているのは、目の前の相手は間違いなく一勢力の長としてやっていける魔王級の実力を兼ね備えているのが判ったからだ。しかし、これほどの力量にも関わらず聞いたこともない風貌と顔立ちをしているからだ。認識障害魔法を使っている兆候も無い。

これ程の実力者なら闇の世界では僅かながらでも噂程度の情報は流れる筈だが、 目の前の男に該当しそうな情報は一切入っていなかった。

未知の存在というのは、それ自体が強力な武器となる。相手の実力と情報不足で アンドラスの警戒心は極限まで高まっていた。

男はアンドラスの問いに答えず、用件のみを言った。

「リリシアだな?」

確信染みた視線と虚言を言わせぬ力強い口調で問い質されたリリシアは、
今後の行動を冷静に模索した。

少なくとも、相手は言葉が通じ、問答無用で攻撃を仕掛けてこなかった。
そして私に興味がある。

知れ渡った名前を知られたところで困るものではないし、 それにあの問いは確認の意味で問い質して来ている事から、ほぼ確実に私の正体を知っているはず。 また、例え万全の状態であっても私とアンドラスが二人掛 りでも勝てそうも無い、目の自然の摂理から外れていそうな男に対して嘘が通じるとは思えなかった。

アンドラスとの連携を崩さないようにポジションを保ちつつリリシアは正直に答えた。

「そうよ」

「私の名前はアーゼン・レインハイム。援軍の責任者と言ったところだ。
 この街の掃除ももうじき終わりを迎える。
 詳細はクローディアにでも聞けばいい」

リリシアはアーゼンと名乗る男から聞かされた内容に愕然となる。

(1万を超えるゴーリア軍の掃討を終える?
 魔王級といえども物量には勝てない。

 そうなると残された可能性は、複数の魔王級の降臨、
 もしくはそれに匹敵する軍隊の来援…まさかね)

リリシアが考えを終える頃には、いつの間にか周囲の結界は綺麗に消えていた。
「そう…わかったわ。クローディアも近くに居るみたいね」

リリシアはクローディアと繋がっているラインを辿り、副官が近くに居ることを知ったのだ。

アーゼンの存在、守備隊指揮を任せたクローディアがこの付近に居る状況、あれほど街中に張り詰めていた戦場の雰囲気ともいえる緊張感が霧散はしてないが薄くなってる、この3つの状況証拠が自分の根拠を確かなものへと昇華させていた。

「彼女…クローディアと、直ぐにでも会えるかしら?」

「ああ、外で私の部下と共に待っている。
 若干衰弱しているが会話には支障ない」

「案内して頂けるかしら?」

「こっちだ」

「ありがとう。ではアンドラス、貴方も行きましょう」

断る理由が無いアンドラスは頷く。
しばらく歩くとアーゼンは立ち止まって二人に言った。

「すまぬ、野暮用が出来た…
 館の外に出ればラインも鮮明になり迷うことは無いだろう」

「判ったわ」

リリシアは怪訝な顔をするが追求はしなかった。
クローディアと合流して詳細な状況を把握することを優先したからだ。

アーゼンは二人を見送ると、先ほどから自分を中心に、この周辺を探っていた 監視魔法に意識を向ける。悟られないように構成を解析を終えて位置を特定すると、アーゼンは空間干渉魔法の最高峰にして、距離と状況によって難度が劇的に上がる使い手が非常に少ない任意座標跳躍法(アクティブジャンプ)を発動した。


「まさかっ、気付かれた!?」

カトレア市を監視していた男は信じられないものを見たような表情で退避行動に取り掛かる。諜報能力に優れ、監視や警戒に関しては一目置かれている彼は、それだけにショックは大きい。カトレア戦の予想を大きく覆した謎の軍隊の情報を集めるために時間を掛けすぎたのかもしれない。

リリシアにすら感知出来なかった隠密遠距離監視魔法をこの短時間で見破るとは…っ!

「なっ…消えた…居ないだと!?」

逃げることも忘れるほどに驚愕した。監視対象が一瞬にして消えたからだ。視界遮蔽などではない、存在自体が感じられないのだ。男はひとつの可能性に思い至る。かつてレーヴェリア界を恐怖に陥れた大魔王アルファスにしか使うことの出来なかった無詠唱跳躍。

「馬鹿なっ、無詠唱で跳躍だと!?」

「そうだ」

地獄の底まで響き渡るような低い声が響き渡った。声に驚き振り向くと 先ほどまで館内にいた、レーヴェリアでは見かけない格好をした男が立っていた。 しかし、男には相手が絶対的な存在であることを判ってしまった。

任意座標跳躍法(アクティブジャンプ)の存在だけではない。

敵対行動を受けていないにもかかわらず、その存在だけで竜に追いかけられた時とは比べものに為らないほど恐怖を感じていたからだ。魂の底から湧き上がってくる恐怖に身体中が震えている。失禁し、体が振るえて歯がガタガタとかみ合わない。

「っ!」

考えるまもなく生存本能の赴くままに背を向けて走り出す。恥も外見も無かった。
しかし、瞬きひとつの間に回り込んで、視線で動きを封じると冷たい視線で男を見る。

「知らなかったのか?
 魔王からは逃げられない、という事実を…」

アーゼン・レインハイムは死刑宣告を告げる裁判長のように厳かに宣言した。
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