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レンフォール戦記 第一章 第17話 『反撃』


巧みな認証制御魔法によって見つかることなく建物の上から見下ろしていた男女が、 進撃を開始するゴーリア軍を冷ややかに見ていた。

「怪我は大丈夫なの?」

「危うく死に掛けたが行動に支障はない。それより魔力を漏らすなよ。
 一瞬だけ探知できたが、間違いなくリリスより強烈な力を有した何かが居る…
 探知されたら絶対に逃げ切れないだろうよ」

「まさか…」

「間違いない。しかし問題はそれだけではない」

「連中の武器ですね」

「ああ…ゴーリアはあんな途轍もない武器を操る連中と本格的に戦うつもりだ?
 どう思う?」

「正気を疑いますね。
 これでは自殺も同じです……」

「そうだな…で、私はまた豚共の中(ゴーリア)に戻ればいいのか?」

「既にゴーリアに利用価値は無くなりました。」

「くくっ…それは良い知らせだな。
 では、脱出前に野暮用を済ませるとするか…」



夜の闇に隠れカトレア市内に潜むゴーリア全軍がゆっくりと進んでいく。
しかし彼らの行動はレインハイム皇国軍をによって漏らすことなく探知されていた。


特殊部隊偵察チームや無人偵察機によって…


ゴーリア軍の動きに合わせて特殊作戦軍野戦司令部の動きが活発になり、警戒レベルの上昇に合わせてスタッフが動きが活発になる。士官たちが必要事項を手配していく。機動防御担当の8式高機動車や軽装甲機動車を初めとする車両部隊が動き始める。

赤い夜間照明に一帯を照らし出された特殊作戦軍野戦司令部内 では、 戦域管制用電子装置によって算出された情報を オペレーター配置に付いた、 柔らかい茶色の髪と紫の瞳を有し、少女の面影を残した神崎 蛍 少尉が LOEL(ラージ有機エレクトロルミネッセンスモニター)戦術情報表示端末 を通して表示される情報に目を凝らし、各諸元の報告を始めていた。

「カトレア市内全域にてゴーリア軍に動きあり。
 状況3-5、警戒ラインを突破しつつあり…」

報告を受け取った高島中佐は指示を下し始める。

「警戒配置から戦闘配置に切り替えろ。
 無線は現状の機密コールサインに変更し、設置済みの全防御システムに起動信号送れ。
 それとカトレア守備隊に回した連絡将校にも同様の内容を通達しろ」

「了解しました。
 全部隊、戦闘配置に切り替え、無人防御システム起動信号の送信を開始します」

神崎少尉が流れるような手つきで電子端末を操って命令をこなしていく。

ゴーリア軍が傍受するとは思えないが、レインハイム皇国軍は敵対する相手に対しては常に、同等の軍事技術を有しているように慎重に対応していた。

軍事技術的に圧倒的に優勢なレインハイム皇国軍であっても慢心は無い。
6世紀以上の軍事技術の開きがある相手の油断に付け込めないゴーリア軍は悲惨としか言いようが無いだろう。

各拠点に設置されたセントリーガンと言われる携行型設置式の 自動歩哨銃座(7.62mm)や固定自動銃座(12.7mm)は、 圧縮暗号による起動信号を受け取ると 管制地雷原と共にスリープモードからスタンバイモードへと移行した。


「各野戦陣地の状況は…問題ないな」

電子端末を見て高島中佐は決断の時を待つ。
高島中佐は神崎少尉の言葉に耳を傾けつつ、モニターから目を離さない。

「敵1個大隊規模の兵力が間もなく、
 戦域防御圏(エリアディフェンスゾーン)に入ります」

レインハイム皇国軍は小隊〜師団単位で情報処理システムと各種探知システムを生かした戦闘を行えるように、自軍の戦術ユニット全てに兵科の隔たり無く、リアルタイムで高度な戦術データリンクを行っている。

これは、艦隊防空の概念と同じだ。

これらのシステム化の考えは集団的知性の概念から発している。 集団的知性―――― 多くの優秀な者を高度に取りまとめて、より高い知的能力を発揮する―――― を重んじ、 異なる分野であっても競合性があれば一つのシステムとして扱うことに長けているER圏では、この考えを軍事に応用するのは当然の結果といえる。

敵を完全に罠に掛けるべく高島は命令を下す。

「攻撃開始60秒後に全防御システムに対して全周囲自動攻撃を送信せよ」

「了解。攻撃開始60秒後に全システム対してR-5コマンド(全周囲自動攻撃指令)を送信します」

神崎少尉の指が流れるように動いて電子端末を操り、 各種の命令コマンドを構築していく。
彼女のその姿は鍵盤楽器の演奏のように優雅であった。

神崎は教養の一貫として幼少の頃からピアノを嗜んでいたのだ。
彼女の操作によって、ゴーリア軍の葬送曲が始まろうとしていた。

ゴーリア軍の各部隊は鉄条網によって動きが阻まれながらも、
傷を負いつつ慣れない手つきで、なんとか剣や斧で切断しながら前進を続ける。
しかし障害物の多さによって部隊行動に支障が出始めて徐々に動きが鈍くなる。工兵という兵科が存在しないゴーリアにとってこのような障害物は効果的に排除できない。

「畜生! この鉄線はどれだけ張られてるんだ!」

「ぼやくなよ。しかし何で奴等はこんな見え見えな罠を張ったんだ?」

「知るかよ…」

最前列の兵士が小声で愚痴を吐く。
軍規の引き締めが甘いゴーリアは 奇襲作戦にも関わらず私語が流れていた。

なまじ大部隊で進行しているだけに簡単に後退や迂回など出来ずに、 兵士が鉄条網の中を切り開いて作った回廊を進み続ける。

ゴーリア軍にレインハイム皇国軍と同レベルの工兵がいたならば気が付いていたであろう。

進みやすい場所には、待機状態の管制地雷が多数埋められていることを…

事前に定められた最終起動信号を受け取ったとき、この一帯に埋められている地雷は起動状態へと移行するようにセットされている。レインハイム軍の仕掛けた辛辣な罠は閉じようとしていた。

鉄条網や地雷は、それで敵を食い止めるというよりも、敵の移動を制約して火力を活かすことを重視して配置する。キルゾーン内からの脱出に関して彼らは絶望的な状況へと追い込まれるであろう。

置かれている状況を知らないゴーリア軍はゆっくりと野戦陣地郡に近づいていく。 彼らは反撃のない状況から奇襲に成功していると思っているのだ。

電子端末の情報から機は熟したと判断した高島は指揮下に有る全部隊に対して命令を下す。

「HQより全部隊へ。敵は罠にかかった。個別防御圏(ポイントディフェンスゾーン)に入り次第攻撃を開始せよ。繰り返す、個別防御圏に入り次第攻撃を開始せよ」

準備を整えていた各小隊の反応は素早かった。
そして、ゴーリアに対する対応も一切の迷いが無く 、また容赦が無かった。

「アントーン1-1よりベルタ2-4へ、敵集団を確認」

「ベルタ2-4、これよりアントーン1-1の援護に入る」

「ツェーザー5-3、側面警戒に入る」

「…ドーラ3-2よりアントーン1-1へ、状況開始後に火力支援を開始する」

「ユプシロン4-6、車両部隊準備よし! 即時支援可能」

フォネティック・コードによって分類された呼び名で確認しあう。レインハイム皇国軍が主体なために皇国軍形式だ。(ER軍ではアルファー、ブラボー、チャーリー等で呼び合う。)

クロスコムに備え付けられている統合戦術無線システム(JTRS)というパッケージは、音声・データ・画像をすべて扱え、更に利用者が(周波数を)手動で切り換える必要がなく、システムが自動的に切り換える優れものだ。

「アントーン1-1よりHQへ、これよりグリッド4251に対し、制圧射撃を開始する! 繰り返す、グリッド4251に対し制圧射撃を開始する!」

ゴーリア軍部隊の一つが、最初の阻止壕まで50メートルまで迫ると状況が一変した。 先鋒だけでなく、後続部隊もキルゾーンに入ったのを確認するとレインハイム皇国軍の 各野戦陣地から射線内にいる敵に対して12.7mm重機関銃の猛烈な射撃が始まる。

闇雲の撃つのではない。クロスコムに送信された都市戦闘用の2km戦術マップの指定グリッドに対する射撃を重点的に攻撃し始める。高度な統制システムがこれらの 統制射撃を混乱無く実現化していた。 また、パッシブ暗視装置を装備している皇国軍の兵士たちには昼間のように見えており、狙いを大きく間違えることは無い。もちろん、この暗視装置は必要以上の光源を変換しないように自動的に調整する失明対策も施されている。

打ち込まれた12.7mmの機銃弾は密集していたゴーリア兵はまとめて打ち抜いていく。近距離ならばコンクリート支柱ですらぶち抜く威力を遺憾なく発揮してゴーリア軍の兵士は五臓六腑を撒き散らして死んでいった。勇敢にも盾をかざした騎士も盾ごと撃ち砕かれて上半身すら残らない。生半可な遮蔽物では身を守れず、身動きすら困難になっていく。

そして見渡しの良い狙撃ポイントに鎮座している全ての狙撃兵に高島中佐からの命令が下る。

「始まったな…
 狙撃兵は指揮官を狙え!」

射線に捉えられ、浴びせ続けられる制圧射撃によって満足に移動すら出来なくなったゴーリア軍の歩兵部隊に更なる災厄が訪れる。必死に指揮を執っていた騎士が狙撃に頭を打ち砕かれて絶命する。ゴーリアのような軍隊において指揮官と判断するのは豪華な格好をしている者だ…派手な格好が仇をなして徹底的に狙われていく。短い時間のうちに隊の全ての騎士が死に絶える。それは組織的行動の終焉と同意語であり、彼らの秩序が失われた瞬間だ。


1分にも満たない時間で600人程の兵士が無残に死んでいく。敵の姿を直視することなく阻止壕に最も接近していたゴーリア軍の部隊はそのまま殲滅された。狙撃兵の射撃は徐々に後ろ側の敵に移っていく。


カトレア市内のゴーリア全軍からみれば、まだ耐えられる物理的損害だったが 与えた心理的損害は遥かに大きかった。一方的な力によって叩きのめされていく 友軍の凄惨な姿を見て生き残った兵士達の勇気と勢いは下降を辿り、マイナスへと至る。 長距離狙撃によって一方的に刈り取られていく上官たちの姿が追い討ちを掛けていく。

しかしゴーリアにとって本当の地獄はこれからであった。

レインハイム皇国軍野戦陣地後方に効率よく配備されたそれぞれの重迫撃砲が火を噴く。打ち出された迫撃砲弾は通常弾ではない。半数必中界1mという高い命中率を有するレーザー誘導砲弾は終末突入速度はマッハ2.5に達する。此処まで来ると防空ユニットの支援が無ければ回避が難しい。

無人偵察機や特殊部隊偵察隊による誘導によってゴーリア軍に対しては額面上の性能を遺憾なく発揮していく。統一射撃によって統制された重迫撃砲の散布界には一切無駄が無かった。迫撃砲弾が後続部隊の中心部に放射状に広がるように砲弾が降り注ぐ。

「どこから攻撃されてるんだ!?」

「わぁ」

「ひぃ 母さ…」

「何処ッ…どこへ逃げればいいんだ!」

遮蔽物や建造物に隠れて設置されていたセントリーガンは、
起動時間に達すると探知圏内に存在する敵に対して容赦ない射撃を始めた。

奏でられる葬送曲は激しさを増していく。

ゴーリア軍の勇気は消し飛んでも、生還のためには行動しなければならない。しかし、無情にも彼らに行動の自由は無かった。 迫撃砲による攻撃に加えて死角なく十字砲火を浴びせられる機銃が彼らを縛り付けた。 先ほどまで安全圏であったはずの場所が、管制地雷の起動によって危険極まりない場所に変貌したことも、彼らの行動視野を狭くしていく。

攻撃を受け続けるゴーリア軍にとっては、場所が安全なのかも全く判らない。

損害に任せて突破を図ろうとした区画もあったが、レインハイム皇国軍にとって想定内の出来で、しかも十分な対応策も準備されていた。

「HQよりユプシロン4-6へ、
 グリッド4221にて敵が警戒ラインを突破、直ちに迎撃に向かえ。
 繰り返す、グリッド4221の敵を迎撃せよ」

「了解(ラジャー)、ユプシロン4-6、受信(コピー)、
 グリッド4221の敵を掃討する、以上(オーバー)」

報告を受け取った部隊長は部下達に命令を下す。

「ヘッドリーダーよりユプシロン4-6各車へ。  グリッド4221へ向かい阻止戦を開始する、復唱は無し、以上(オーバー)」

ユプシロン4-6(車両部隊)の部隊長が号令を掛けると、 GAU-19/G(7.62mmのガトリング砲)と15式軽対戦車誘導弾を装備した8式高機動車が動き出す。悪路脱出性や高速走行性に優れた8式高機動車は舗装されて無い場所においても問題なく性能を発揮していく。

セントリーガンの弾切れによって皇国軍の 無人哨戒地域の突破に成功したゴーリア軍だが、彼らの軍事的価値は 車両部隊の到着で急変した。

時間的にも資材的にも全ての防衛線を強固にできない事を知っていた レインハイム皇国軍は一計を案じる。防衛線が突破されたときには車両隊が駆けつけやすい場所の無人哨戒線の防御線をあえて薄く作ったのだ。

途中まで成功した作戦ほど性質の悪いものは無い。

8式高機動車各車両から毎分4,200発の7.62mm高速弾を浴びせられ、散々に蹴散らされ恐慌状態となって壊走するが、機銃弾の嵐の前に逃げ切ることも出来なかった。

物理的にも精神的にも攻勢意図を粉砕されたゴーリア軍。動きを封じられた 彼らが再度の軍事行動を行うにしても、損害確認、士気の建て直し、計画立案、隊列再編成 などの難事を行わなければならない。しかし、ゴーリアにはその時間すら残されていなかった。

装甲車両を従えたレインハイム皇国軍第28装甲旅団がカトレア市目前まで迫りつつあったのだ。
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