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レンフォール戦記 第一章 第13話 『準備』


カトレア市で猛威を振るっていた20機中のAH-64Gのうち10機が、作戦スケジュールに従ってUH-60Lと共に強襲揚陸艦ゼイレンに帰塔していく。

攻撃の終了ではない。
しばらくすると、新手のヘリ部隊が到来する。

着陸地点に近づくと、UH-60L編隊を率いる編隊長が先に降下している統合末端攻撃統制官と前進観測員に無線を送る。

「こちらシアラー1-2-4、間も無くランディングゾーンに入る」

インカムにより響き渡る機長の声。強襲揚陸艦「ゼイレン」から飛び立った 第2陣の「UH-60L」6機だ。各機が急造の着陸地点に進入していく。

積荷は兵士ではない。
キャビンには武器弾薬が詰め込まれ、ヘリから吊り下げる形で GAU-19/G(7.62mmのガトリング砲)と15式軽対戦車誘導弾を装備した 8式高機動車(高機動多用途装輪車両)を1両づつ、それぞれ輸送していた。

避弾経始を考えて作られたこの車両は装甲板と相まって 小銃弾だけでなく一定の機関銃弾に耐えうる強度を有している。

ランディングゾーンとして設けられた広場の一角に「UH-60L」の1機が進入し、 8式高機動車の強化タイヤが地面に着くまで降下して、手際よくワイヤーを切り離す。 車両投下後、広場を切り開いた平地に着陸するや、周辺の兵士達がキャビン内の武器弾薬を 次々におろしていく。武器弾薬を降ろして空いたキャビンには、担架に乗せられた 守備隊に属していた重度の負傷者が次々と担ぎこまれ、負傷者を満載したヘリは素早く上昇し、戦場を離れていく。

負傷したレンフォール王国の守備隊兵の大多数が先端医療によって命を取り留めることになった。


ゴーリアの先鋒部隊を粉砕したレインハイム皇国軍は、直ちに戦線の整理に取り掛かる。
周辺の部隊を掃討したと言っても安心は出来ない。

空爆に投入できる機体数に限りがあり弾薬も無尽蔵ではない。 そして、政治的な理由で街ごと吹き飛ばすことが出来ない。 火力を抑えつつ、敵を殲滅しな ければならないアーゼンは、その事実を逆手に取った。

カトレア郊外に展開していた敵部隊は艦砲射撃やVOTL機による空爆で大きな損害 を受けるのは確実であろう。そして、生き残った彼らは、恐怖に駆られ目先の死から逃れる為に高確率で思慮から程遠い決断を下すと、アーゼンは判断していた。

郊外の生き残りからは、一度も艦砲射撃を受けていないカトレア市内が安全地帯に 見えて逃げ込んで来るに違いない。

ならば、その逃亡先のカトレア自体を罠に変えてしまえばいい。

彼らを逃し、分隊単位で山賊にでもなった場合は余計な労力が必要になるので、アーゼンはゴーリア軍を生かして返すつもりは無かった。狩場という土壌に罠という種を丁寧に埋めていく。


アーゼンの計画に従って、 特殊作戦軍の兵士達が分隊単位で動く。低空飛行のヘリのメインローター が巻き起こす強烈な下降気流(ダウンウォッシュ)が巻き起こす砂煙の中、分隊兵が 一定距離を保ちつつ相互支援の中進んでいく。

特殊作戦軍の各分隊は指定された地点に到着すると、防衛線の一環として野戦陣地の構築に取り掛かる。

本格的な陣地を構築する時間は無かったが、後3時間もすれば強襲揚陸艦から上陸を果たしたレインハイム皇国軍第28装甲旅団が駆けつける。つまり、レインハイム軍と特殊作戦軍の勝利条件は、それまでの時を稼げば十分であり、その場しのぎの陣地でも問題は無かった。

彼らはヘリが着陸するランディングゾーンと、その付近の設置中の野戦病院を囲むように次々と即席の各陣地を構築していく。

永久陣地ではない即席の野戦陣地だが、よく考えられた守りやすい地形に布陣している。

更に、 視界の良い場所に作られたキルゾーン内には敵の行動を阻む幾多の鉄条網や阻止壕が張り巡らされ、その後方には12.7mm重機関銃や120mm重迫撃砲が据えられていた。

クローディアはアーゼン率いる軍勢の手際のよさに舌を巻いていた。

付近のゴーリア軍を掃討するだけでなく、優れた野戦陣地の構築技術を有する能力。 出来上がっていく陣地を見て背筋が寒くなる。

多方面からの監視によって敵の動きを逐一捉えて備え、 刃物のような鉄線(鉄条網)で敵兵の行動を制限して火器で殲滅。しかも射線を 集中しやすいように陣を構築する……同等の武器をもっても攻め辛い布陣。

これらの事実は、彼らの実力が所有している武器の性能だけでなく、徹底した訓練と厳格な規律によってもたらされているとクローディアは判断した。

有能なクローディアは正鵠を射抜いていた。そして 『絶対に戦ってはいけない相手だ』と心に誓った。

クローディア率いる親衛隊や守備隊の面々も、ただレインハイム軍 を眺めていたわけではない。最初は戸惑い警戒していたが、クローディアから 彼らが友軍と伝えられると直ぐに、防衛線の強化や負傷兵の手当てや消耗部隊の再編成を始めていた。

アーゼンは探知範囲を広めているにもかかわらず リリスに類する波長のリリシアと思われる魔力反応を感じられないことを怪訝に思う。

特殊な例を除いて魔力波長は親等に近いほど類似する。

少数が大多数を翻弄するためには、遮蔽物や地形を生かさなければならない。 よってリリシアがカトレアにいるのは間違いない。

しかし、どのように隠蔽しようとしても、気配を消しても心臓の音は消せないのと同じで、攻撃や強化の瞬間には魔力が漏れてしまう。

アーゼンは、余程の準備を行われていない限り、この街位の範囲程度ならば、どの様な存在であっても探知する自信はあったが、微弱魔力だけでなく、瞬発的な魔力圧力の高まりが一切感じられなかった。

これらの事から、幾多の可能性の中から状況が絞られてくるが、断定するには情報が足りない。
アーゼンは詳細な事情を知っていると思われるクローディアに尋ねる。

「リリシアは何処に居る?」


「・・・御一人で敵後方にて阻止戦を行っているわ…」

悲しそうな表情でクローディアは応える。

「そうか…ラインは繋がっているか?」

アーゼンが問いかけたラインとは、指揮官を中心に下士官と 必要最低限の情報をやり取りする 魔法管制の一種であり、特殊作戦軍も同系列の魔法を作戦中に 使用している。

「繋がってるわ。 でも、既に距離が離れてすぎて街に居ること位しか判らないわ…。
 で…貴方達はこれからどうするの?」

「そうか…訂正の余地は無いな…」

アーゼンは状況を正しく認識した。 つまり探知目標たる発信源、つまり術者(リリシア)の魔力欠如 が原因で探知が出来ない。
有るものに比べて、無いものや乏しいものの探知は難しいに決まっている。

アーゼンは状況と情報から推測した。
リリシアの状態は街の何処かで生存はしているが、殆どの魔力を喪失し ている。最悪の一歩前の状況だ。早急に保護しなければならない。 結論を纏めると行動に移る。

「私はリリシアを探す。残りの者は防衛線の構築だ」

アーゼンは冷静なまま応える。
その付近でレインハイム皇国軍の仕官が下士官に命令を下していく。

「願っても無い返答だけど…当然、私も連れてってくれるわよね?」

「期待している」

アーゼンは満足そうにうなずいた。
彼はカトレアを敵から守り、リリシアと合流しな ければならない。

早急にリリシアを探すためには、日頃からリリシアと接して、より詳細な波長や 特徴を知っており、なおかつラインの繋がっている クローディアが必要であったし、リリスを呼び寄せる猶予もなさそうだった。

状況の進展を確認したクローディアは1秒たりとも時間を無駄にしなかった。 アーゼンの了承をえると直ぐに、近距離魔法通信で周辺の連絡の取れる指揮官に 今後の方針を伝えていった。

「メリッサ、後のことは頼むわね」

「判りました。リリシア様の事をお願いします」

クローディアはメリッサに指揮権を委譲した。 これは、魔法戦ではクローディアには劣っているが、指揮能力では同等のメリッサが居るからこそ出来る芸当だ。

長年、クローディアの副官として従ってきたメリッサ は上官の気持ちを痛いほど理解できていた。メリッサはクローディアの期待に応えるべく動き始める。 手際よく準備を進めていくクローディアであったが、その 心中は何とも言えない胸騒ぎに駆られていた。根拠は無いが抑えることの出来ない不安であった。

近距離魔法通信を受け取ったリオンもクローディアと一緒に捜索隊に加わろうとしたが、 自分が率いている部隊の現状で泣く泣く諦めた。

副官の負傷。戦闘に於ける仕官の負傷による仕官不足。 更に、防戦の際に小隊長が討ち死にした 部隊を壊滅から救うために兵を受け入れ続けた結果、指揮系統が限界に達していた。 リオンは探索隊に加わる前に 部隊の再編成を行い、余剰兵力を予備隊として組み直さなければならなかったのだ。

これは、これまで大過なくレンフォールを統治していたリリス一族が如何に民や貴族を問わず大多数から好かれていた 事を証明する良い例の一つであった。

アーゼンは高島に作戦継続を任せ、捜索隊として行動を開始した。















「…っ、アンドラスは…」

魔法の余波から回復したリリシアは周辺を確認する。

視界はぼやけているが先程と場所が違うのが判った。どうやら余波で飛ばされてしまったらしい。立ち上がろうとするが激痛が走って立ち上がれない。

周辺には胸から流れた血溜まりが出来ていた。

アンドラスが解き放った颶裂斬(ボレアスブレード)の不可視なる刃が リリシアの胸の中央やや左側まで、心臓まで後僅かの位置まで届いたのだ。

リリシアは改めて颶裂斬を心底恐ろしい技だと思った。天煌滅爆(ディヴァインレージ) が生み出す大威力の力場奔流を突き破ってなお、殺傷能力を保っている技。

「ハァ、ハァ……魔力…も限界ね…」

苦痛で呼吸を荒くしながらリリシアの自嘲に言った。しかし、表情は曇っていない。勝敗は判らなかったが、尊敬に値する敵手との生死を掛けた戦いに不満は無い。

傷の回復ではなく、残された魔力による血の操作でこれ以上の出血を抑える。 褒められた手段ではないが、殆どの魔力を攻撃にまわした結果、他に手段は 残されていなかった。血を失いすぎて聴力と視力の低下だけでなく、意識も朦朧としている。

止血を行うと、痛みを我慢しながら力を振り絞りなんとか立ち上がる。意識が朦朧としていても、命ある限りリリシアは諦めない。民を守る王侯としての義務が彼女を突き動かしていく。

苦痛に耐えながらも、ほとんど出し尽くした魔力を無理やり媒体にして周辺から魔力を集め ようとする。

魔力を集めながら、今後の方針を練ろうとするが、上手く思考が纏まらない。周辺の状況すら正確に把握する事が出来ない。それどころか、生死に係わる深手と魔力の急激な喪失によって、急激が遠退こうとする。

血も失いすぎた。体温が下がっていく。

「…駄目…ま、だ…やらなきゃ……」
力の入らない体に檄を飛ばして必死に意識を保とうとする。 四肢から徐々に力が抜けていく。必死に力を入れても 体の反応は鈍くなる一方で、バランスを崩して大地へと倒れた。

その時の衝撃も苦痛も感じないほど、頭の中では情報が氾濫していた。

「あ、れ…」

意識混濁に加えて、過去に体験した情報を追体験しているのだ。

家族の笑みが満たされていた平和だった懐かしい情景が流れていた。 しかし、意識が混濁しており、その意味すらも殆ど理解できない。 体力の限界か、すでに体から力は感じられない。

「アリ…シ・ア……」

リリシアは小さな呟きと共に地に倒れたまま意識を失った。
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