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レンフォール戦記 第一章 第09話 『奇襲』


リリシアによって仲間が殺されていく状況の中、ゴーリア軍の兵士達は動くことが出来なかった。
広域魔眼によって引き起こされているヘミシンク効果によって、運動中枢が侵されているのではない。

リリシアの強烈な視線を向けているからだ。

パイロープガーネットのような赤い瞳に 身がすくむような凄まじい殺気と噴火のような怒気が加わって 凄みのある雰囲気を出していた。 魔力の篭った残酷な波動も男達に行動を縛り付けた。

まるで蜘蛛の巣に捕らえられた獲物のようだ。

男達にとって周りの情景、現実時間にして僅かな時の流れが酷く長く感じられる。
人生の追体験を早送りのように感じていたのだ。死が降りかかる瞬間の刹那。

リリシアは最初の兵士が地面に崩れる前に次の兵士に駆け寄っていた。
魔力で強化されているとはいえ、恐ろしい瞬発力である。

そして、斜め下から力いっぱい蹴り上げた。 蹴られた男は全身を駆け巡る激痛で言葉を失う。肺がつぶれ呼吸と共に、血を吐いていく。 痛みの余り自らの状態どころか、体が宙に舞っている事すら気が付かない。

しかも、折れた肋骨が凶器となって自らの体を傷つけ、命の灯火を弱めていく。
地面に落ちたとき、初めて己に起きたことに気がつき、その数瞬後に死んだ。

「止めてくれぇ」

「全部やる、全部やるから!」

「何でもするから・・・」

叫ぶ者、命乞いをする者、しかしリリシアは彼らを許すわけにはいかない。

リリシアは兵士の命乞いを無視して、魔力を込めた左手をすばやく水平に一閃した。
空気を切り裂き、鋭い空気の断層が兵士の喉まで達して、喉を綺麗に切り裂いた。
近接魔法格闘の技の一つだ。

「うわぁあああああ!!」

リリシアは、怯えながらも何とか逃げようと足掻いている兵士に視線を一瞬だけ向ける。

リリシアの赤い瞳は軽視に染まっていた。
『責任』という原則の元で動いている彼女からして、このゴーリア兵の 行動は下劣さを通り越していた。

好き勝手に人を殺し、勝てない相手が来れば命乞いをし、無様に逃げようとする・・・
見るにも耐え難いこの世界の膿。

リリシアは過去にも同じような人種を見たことがあった。
騎士団を率いて野盗集団を制圧したときだ。捕まっていた村人の悲惨な、なれはてを見て 生き残っていた野盗を砦ごと焼き払ったのだ。

過去の状況がフラッシュバックする。

リリシアは広範囲魔法で焼き払いたい衝動を押さえる。

中級以上の魔法は探知され捕捉される危険性が高すぎるので、 このような特殊な状況でなければ地獄の業火によってゴーリア兵は 焼き殺されていただろう。 力を抑えつつ殺さねば為らない矛盾に皮肉を感じつつも、リリシアは 次の行動に移っていた。

足掻いている兵士には見向きもせず、 テレキネシス ――――― 意思の力だけで物体を動かすとされている念動力 ――――― で先ほどの兵士が所持していたと思われる地面に落ちている剣を宙に浮かせる。

宙に浮いた剣はある程度まで浮き上がると一瞬だけ動きを止める。 しかし、その一瞬には恐ろしい勢いで飛翔し、ゴーリア兵の背中から突き刺さって絶命した。

テレキネシスの操作を行っている間ですらも、リリシアは無駄のない動きで別の2名の兵士を殺害していた。





11人の男達の処分を終えたリリシアは女兵士の下へ足を進める。

ゴーリア軍の犠牲となった女兵士の下に駆け寄ると、抱え上げて遺体を 近くの建物の中に安置した。周辺に散らばっていた衣服をすばやく集め、何も纏っていなかった女兵士の上にそっと優しく掛ける。

「埋葬出来なくてごめんなさい・・・」
 リリシアは冥福を祈ると速やかに移動した。

制限された魔力で短時間の放出であってもリリシアは安心はしていなかった。
戦場では何が起こるか判らない。一刻も早く現場から離れなければならない。

補足され、包囲されてしまえば、物量の前に押し切られてしまう。

盗賊行為を働いていたゴーリア軍の1隊の不幸は、ゴーリア軍全体の不幸に繋がらなかった。
偵察活動に出ていた一隊が偶然とはいえリリシアの魔力探知に成功したからだ。

カトレア市内に展開するゴーリア軍を指揮するキィーム将軍は軍の将としては凡庸以下でしかなかったが、リリシアを補足するために行動していた騎士アンドラス・エレネフコフは違っていた。迂回戦術や奇襲・強襲作戦を行うに当たっては稀代の逸材と言って良いほど 非常に優秀な人材であったのだ。

アンドラスは市内に入る前に3隊の魔法探知に長けた兵士を観測兵を偵察隊として掌握すると、自分を基点として三方向に配置して街の中の操作を開始していたのだ。 巧みにリリシアと思われる残留魔力を辿って行き、その中でリリシアと思しき波長を一瞬でも感知すると、自分を基点に集めた情報を元に、概略位置を絞っていく。

これは、地籍測量に使われる三角測定と同じ概念である。

リリシアと思われる魔力を探知するたびに、包囲網を縮めていき 目標の正確な位置を探っていく。

三方向からの観測情報を元に、同じように現地で指揮を掌握した地竜隊や周辺の軽歩兵部隊の行動を目的地に逐一誘導して、反応を測っていく。

アンドラスに率いられた部隊が牙を磨きつつ正確にリリシア周辺に迫りつつあった。











遺体安置後、再び積極的な妨害工作を続けていたリリシアは周囲の気配の変化に気がつく。

「捕捉されている!」

昨晩から続く戦闘や警戒行動によって蓄積していった疲労が 彼女の逆探知能力を鈍らせていた。自らの迂闊さを叱咤する。

リリシアは視認率を下げる為に裏路地に入る。
直ちに捕捉者を割り出し、何らかの対処しなければならない。

僅かな変化を捉えるために感覚を研ぎ澄ませる。
数秒後、レッサーアースドラゴンの巨体が民家の壁を粉砕してリリシアに襲い掛かってきた。

「!っ」

リリシアは咄嗟に身を引いて、食い千切ろうとして来た ドラゴンの鋭い牙が並んでいる口から逃れる。 食らっていたら間違いなく、魔法防御に大きな負荷が掛かっていたであろう。

リリシアはドラゴンの攻撃を回避しつつ思う。

 『やるわね!
 探知魔法で気を引いている間に認識障害魔法で限界まで接近し奇襲!
 位置不明だけど他にも数体接近中ね…』

リリシアは心の中で策を立てた相手を賛賞した。 瞬間的に自らの状況を把握し、すかさず間合いを取る。

『概略探知じゃないとなると、直接探知?
 いえ違う…複数の構成を感じる。
 ならば! 突破して振り切るだけよ! 』

心の中で状況を取り纏めるとリリシアは決断し、速やかにドラゴンを倒す手順を組み立てる。

「空裂(ヴェイン)!」

レッサーアースドラゴンの顎に向けて無詠唱魔法を放つ。


無詠唱魔法は2つの問題がある。
一つ目は、詠唱魔法に比べて威力が2割〜3割落ちてしまう。
二つ目は、通常よりも余計な魔力を消費し、 体内魔力ではなく防御を司る表層魔力から消費して行くので 、連続使用は魔法障壁の強度低下に繋がった。

ただし、これは中級魔法までの定義である。
魔力の消費は桁違い多くなる上級魔法は周辺の力で補わなければ 魔法障壁もとより自ら蓄えている魔力を瞬く間に使い切ってしまう。

隙が出来る長い呪文をあえて唱えるのは、魔法障壁の減退防止と 体内魔力の消費を出来る限り抑える為である。


体の多くの部分を鉄より硬い鱗に囲まれた優れた直接防御力と 高い魔法防御力を誇る竜族には並大抵の攻撃は通用しない。
アースドラゴン最下種のレッサーアースドラゴンであっても同じだ。

リリシアはリスクよりもタイミングを取った。
魔法威力が減退しているとはいえ、絶妙なタイミングで放たれた 魔法はリリシアが狙った通りの効果を表した。

彼女は直接的なダメージではなく、間接的なダメージを狙ったのだ。

レッサーアースドラゴンの顎に直撃した衝撃波の塊の影響によって、 脳が大きく揺れて一時的とはいえ行動が大きく鈍った。

その隙にリリシアは決め手となる魔法を唱え始めた。

「ヴェーム・ウォル・エ・ジー・レリア・フォル・ディー・シェブロン
 大いなる皇霊よ
 霊嶺より来たりて 神霊の象徴よ、我が命ず
 霊歪爆(ラ・ドゥナージ)」

絶縁破壊によって電離差に干渉し、術者の示す特定のエリアに超高電圧の電気爆発を引き起こす上級魔法。 並みの魔法と比べて力場構成にかかる負荷が大きい為に、 使用できるのは技術力の強い術者に限られる。 術者の技量によって 瞬間最大放電量は数万〜数十万アンペア、電圧は5000万〜10億ボルトに達する。 使い手を選ぶが、落雷と同等の威力を有する回避とレジストが困難な高等魔法。

リリシアの放った魔法はレッサーアースドラゴンの周囲で炸裂し、 低い音と共に魔法障壁を一瞬にして貫通し、咆哮を上げるまもなく絶命させると同時に、魔法によって引き起こされたイオン種の高速衝突現象によって引き起こされた高放電によって、周辺の空気から、3つの酸素原子からなる酸素の同素体であるオゾンが発生し、オゾン臭が周辺に漂った。その中に肉が焼けるような匂いも混じっていた。

高い知能を有さず竜言語魔法(ドラゴンロアー)の使えない 竜族最下種レッサーアースドラゴンであっても一撃で絶命させるとは恐るべき魔法であろう。
竜族とはそれ程の強さを有する生物なのだ。

「ふう…流石にドラゴン相手は厳しいわね」

本来ドラゴンのような強力な存在に対して一人で戦いを挑むような事はしない。
普通ならば集団で当たる。

一瞬で勝負が付いたのは、リリシアの魔法攻撃力がドラゴンの生命力を上回っていたためだ。

放電現象が収まり辺りが落ち着きを取り戻すまえに、 この一帯から一刻も早く離れようとしたリリシアは、周辺の違和感に気がついた。
自分の魔力に隠れるように、誰かの魔力が入り込んで構成を開始していたのだ。

詳細探知を避けるべく放出範囲を限定した魔法故に付け込まれてしまった。 放出範囲を限定した分、限定空間内の魔力濃度が高くなる。それ故に魔力波長が 混在して探知しにくくなる。
ミスというには余りにも酷であろう。

「これって! 探知魔法(ディテクトサーチ)!」

探知魔法を直接掛けられてしまうと、その波長が目印になってしまう為に生半可な潜伏では簡単に見つかってしまう。 この状況では悪夢に等しかった。
探知されている状態で不正規戦を続けられるほど戦いは甘くは無い。

残されたアリシアのため、仲間や民の為に1日でも長く妨害工作を続けなければならないリリシアは このような場所で終わる心算はなかった。

構成が終わるまでが勝負と、リリシアは探知魔法のレジスト(抵抗)を開始する。

『妙だわ・・・』

構成を解析し、無力化に成功しつつあったリリシアは違和感に囚われていた。

『高度な魔力隠蔽と遠隔構成を行ったの対して魔力量は必要最低限・・・
 この魔力量だと確実にレジスト・・・・』

リリシアは相手の目的に気が付く。

『しまった!!
 相手の目的は私に魔法を掛ける事じゃない!!
 本当の目的は・・・・』

相手の目的は探知魔法を掛けるのではなく、一瞬で良いからリリシアの注意を奪う事だった。
リリシアが己の上空に殺気を感じた時には既に手遅れであった。

圧縮魔力伝達によって薄紫色の鈍い光を放っている剣の斬撃が迫っていた。
それは、どのような達人であっても避けられない間合いであった。
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