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レンフォール戦記 第一章 第08話 『リリシア』


―――――カトレア郊外 ゴーリア軍先遣隊本陣―――――

進まない攻略戦に業を煮やしたゴーリア軍のキィーム将軍が天幕の中で叫んでいた。

「何を手間取ってるのだっ!
 損害に構わず突き進めぇ!!
 正義と大義は我等にあり、逆らう愚か者共に目にみせてやれっ!!」

ゴーリア国の大貴族であるキィーム家に連なる キィーム・ラシヤ将軍は周囲に唾を飛ばしながら喚き立てる。 蛮国ゴーリアの貴族階級も例に漏れず彼のように粗暴で傲慢であった。更に 付け加えると欲深く下劣で下品で感情的である。

彼の率いる軍団は戦力はともかく、命令系統が神出鬼没の攻撃によって 命令系統に大打撃を受けていた。戦争は兵士だけでは行えない。 上の命令を末端部分に通す指揮官も必要で、また末端の兵士を指揮する者も必要なのだ。

生き残りの情報から、その攻撃を繰り返しているのが リリシアと知って、怒りの度合いが増す。

リリスとリリシアによって幾度も苦渋を舐めさせられており、情報に疎いゴーリアであっても彼女達の名前は有名なのだ。

美貌、智謀、人徳を備えた彼女達を捕らえ、犯し、奴隷にすることもキィーム一族… いや、キィーム・ラシヤにとっては当然の考えであった。精鋭を誇るレンフォール王国軍との戦いに赴いているのもその為であった。

カトレアの陥落と共に引き摺り出されるリリシアの姿を想像していた矢先。

失敗する事すら考えていなかったカトレア攻略戦。

予想に反する侵攻の遅さ。
潰された面目。

歪んだプライドに激しく火がつく。
そして決断した。
戦術的要求ではなく、自己満足の為に。

暗い情念の炎は対象か己を燃やし尽くすまで消えることは無い。

「地竜隊!
 地竜隊を投入だっ!
 ワシの力を目にみせてやれっ!」


地竜隊とは、知性の無いレッサーアースドラゴンを魔法と薬によって 従わせた地上部隊。レーヴェリア全般で使われている地上における重突破戦力の一翼を担う戦力。亜竜だが、その力と生命力は絶大で、数で押し切らない限り、並みの技量では勝つことは難しい。

また、これの竜戦力の使用種類によって軍事魔法技術力の度合いを図ることが出来る。


将軍は嫌らしい笑いとともに、下心に満ちた命令を加える。

「だがっ!
 リリシアは決して殺すなよ?
 ワシが直々に教育しなおしてやるわ…」

索敵能力に乏しい兵科に索敵撃滅任務に投入しようとする行いに、 周りにいた騎士や参謀たちは戸惑った。例えるなら、重装歩兵や重装騎兵が斥候偵察を行うようなものだ。

一人の騎士が前に進み出て助言を試みた。

「お待ちください!
 突破用の戦力を索敵戦に投入するのは…」

控えていた騎士が助言するが、全く報われなかった。
騎士の助言は将軍の怒りを買っただけだった。腰に帯剣していたロングソードを抜き放った将軍は、躊躇う事無く騎士に対して剣を振り下ろす。

「死ねぇ!」

ただ切りつけるだけではない、事切れても剣で滅多切りにしていく。

更に騎士の遺体に向って唾を吐き、激しく激情の赴くままに何度も足蹴りを加え、 体の各部を剣で突きたてながら更に言い捨てる。返り血を浴びて激昂する。

「はぁはぁ…
 ワシに意見するとは身の程知らずめっ!
 無能が!
 下衆がぁ!
 神に選ばれたキィーム一族に間違いが有ると思ってるのかぁ!」

声が裏返るぐらいの怒り。
剣を振り回しながら感情を爆発させても、将軍の怒りは当分収まりそうも無かった。


ともあれ、地竜の投入は決定事項となった。

企みが成功しても、将軍の力ではなく竜や隊を率いている人物の力である事をキィーム将軍は失念していた。このような雰囲気の中で、周辺の幕僚の中に指摘する者は居なかった。











リリシアが遊撃戦を開始して14時間…
既に太陽は昇り、戦火の中でなければ爽快な空の模様を見せていた。


リリシアは軽い昼食を食べるために住宅街にある民家の中に隠れていた。
昼食は民家で拝借した堅焼きパン、ドライソーセージ、リンゴだ。

「お風呂に入りたいわね・・・」


リンゴをかじりながら偽りなき本音を口に出す。

潤沢な水資源を誇るレンフォールでは毎日の入浴はアルマ教の教義に連結する大事な風習であった。この時代において、レンフォール王国が有する、進んだ公衆衛生概念と優れた下水道網によって街は清潔に保たれていた。レンフォール国民からして清潔好きが多い。

もっとも、リリシアは風習に関係なく生粋の入浴好きだ。
そんな彼女であったが、この現状では入浴は諦めていたが、警戒しつつも民家にあった井戸水を使って、顔の洗浄と濡れタオルを使って体の部位を拭く程度は行っていた。

手短に食事を終えると水筒に水を補給する為に井戸に向う。 井戸で汲んだ水を水筒に移し終えると、追跡を避けるために痕跡を残さないようにしてから再び行動を開始する。

地の利、認識障害魔法の利用、巧みな襲撃によってリリシア の位置は、未だにゴーリア軍から補足されていなかった。

6万2000千人が住んでいた町で、太守として着任してから、防衛計画の一環として 街の構造について調べ尽くしていた、リリシアにとって隠れる場所はいくらでも見つけ出す事が出来た。

戦利品の回収を終えていない現状では、ゴーリア軍に街に火を放つ選択肢は存在しない。レンフォール軍の素早い行動によってカトレア市民を捕縛出来そうも無い現状からして、ゴーリア軍は侵攻目的を失わない意味でも、戦利品だけでは確実に獲得しなければならなかった。


リリシアの神出鬼没な戦いによって ゴーリア軍のカトレア侵攻スケジュールは大きな遅れを見せていたが、この方法では時間稼ぎが精々で勝利には結びつかない。

当然だが、リリシアは現状を認識している。

人口の少ないレンフォール国では無駄にしてよい人的資源などはない。

リリシアの目的はカトレア・・・いや、レンフォールにとって宝ともいえる 熟練技師や熟練工を始めとした貴重な人的資源の損失を最小限に押さえ、 彼らが無事に王都ユーチャリスまで逃げ切れるまでの時間を稼ぐことに絞られていた。

リリシアの策を理解している親衛隊長のクローディアは防衛戦に徹して、市民避難状況の推移にあわせて、順次防衛線を縮小していった。粘り強い抵抗によって、最小の損害で市民が安全圏に避難するまでの時間を稼いでいたのだ。


しかし、どのように巧みに防衛戦を行っても、逃げ遅れた兵士というのは存在する。
老若男女問わず残された者の末路は悲惨だ。

カトレア守備隊の兵士だった女性は、一糸も纏わず地べたに横になったまま 身動き1つしない。身に纏っていた衣服や武器防具が周辺に投げ捨てられて いるのが痛ましい。

その女兵士は既に事切れており、周りに11人のゴーリア軍兵士が点在していた。
彼らは可能な限り戦闘を避けて、疲弊し脱落した相手のみを、暴行する目的で狙うハイエナなような連中。

襲い、奪い、殺す…女なら気が向くまで犯して部隊で囲うために連れ去るが、女性の衰弱が激しければ殺す。 人間的感情の欠落した欲望のままに動く獣で、 この類の人種は戦闘が収束に向うと必ずといって良いほど沸いてくる。


カトレア市内でゴーリア軍主隊から離れた場所で、戦利品を獲る為に、死体すらも漁っているゴーリアの1小隊があった。彼らも獣の様な一団だったのだ。

ゴーリア兵が貨幣の収まった袋を見つけると、乱暴に中身を取り出して呟く。

「くっくっく・・・これだから略奪は止められないなぁ」

そして、次の死体に目線を合わせ、懐を漁ろうとゆっくりと歩み始める。

しかし・・・
その試みは第三者の介入によって終わりを迎えようとしていた。





リリシアは敵の指揮官を探すために 認識障害魔法を掛けながら移動していた。

その途中でリリシアは見てしまった。

一糸も纏わず地べたの上で絶命している女性の遺体を…

その周りに散らばっている衣服と装備品で状況を一瞬で理解した。
深海のように深く冷たい殺意が体の中に駆け巡る。

リリシアは無駄な殺生は好まない。平和を愛し民を労わり守る自愛に満ちたよき統治者だ。
しかし、戦う時には戦い、殺すときには殺す。覚悟と現実を見据えた統治者でも有る。

これから行おうとしている行為は戦術的には無意味だが看破できなかった。
非道な行為によって死んだ仲間の無念を晴らさなければならない。


「探知される前に終わらせる・・・」

リリシアは自分に言い聞かせるように小さく呟くと、体に魔力を巡らせて身体能力の強化を図る。
数瞬で地形との把握を終えると、一番近くの兵士に向って豹のように駆けた。


ゴーリアの兵士は欲に目を眩み、視線を下に向けていた報いを受ける羽目になった。

「ギャっ!」

男は疾風のような速さで、閃光の様に鋭い蹴りをもって 顎を下から斜め上に蹴り上げられる。
その衝撃によって、 鎧を纏っているにも関わらず、顎の骨が粉砕する鈍い音と共に、体を宙に浮かせて10メートル程の高さまで舞う。

メロンが潰れるような音と共に哀れな男は地面に叩きつけられ絶命する。 ヒビの入っていた頭蓋骨が割れたのだ。

近くの仲間が異変に気がついて叫ぶ。

「なんだぁオメェは!!」

叫び声でハイエナのように死体を漁っていた周辺の兵士が集まる。
リリシアの姿を確認して下品な笑みを浮かべる。その目は既に欲望に染まっていた。 仲間のすら死を忘れ、彼女の美貌に欲望を燃やしていた。 新しい戦利品が舞い込んで来たと、彼らは幸運に感謝していた。

しかし、それは幸運ではなく、災いの凶星そのものだ。

魔王リリスの長女であるリリシアの名声を知っていても、彼女の特徴を知らなかった。角も翼も尻尾も具現化 してない彼女の見た目はエルフそのものであった。
故に見間違え勘違いした彼らの運は尽きた。もっとも見間違えなくても、リリシアは逃がすつもりは、全くなかった。

彼らの下衆な態度は、リリシアの入れてはいけないスイッチを入れてしまった。



「屑ね・・・一片の後悔もなく殺せるわ」

リリシアは底冷えする冷たい殺意と共に小さく囁く。
広域魔眼――――――ヘミシンク効果を利用し、特定の音の周波数を組み合わせて、人の意識状態のコントロールする音響技術――――――によって、絶対に聞き逃せない言葉を送った。


リリシアは夢魔族だから強いのではない。
確かに魔力総量と回復力は夢魔族特有の高さがある。
高い技術によって高められた収束率と伝達率・・・才能に胡坐をかかない 努力と強い精神力が彼女の強さを底上げしている。

そんな彼女の怒りと殺意は不可視なる重圧となって兵士達に向けられた。

兵士達の体中から嫌な汗が流れ始める。呼吸が苦しくなる・・・
彼らは理解してしまった。いや、理解させられてしまった。



                   ここで殺される事実を



リリシアは魔力で強化した瞬発力によって一瞬の内に兵士の一人に接近した。 躊躇うことなく首筋に魔力を伝達させた中指と人差し指を差し込んだ。 中指に陽属性の魔力、人差し指に陰属性の魔力を瞬間的に伝達させる。 二種類とも小さな魔力だが、双方が反発しあって弾けた。

「ぎぁ゛!!!」

それが男の最後の言葉となった。

魔法熟練者がこの場所に居たら心底驚いただろう。 リリシアが男の中に解き放った魔力量は一切の無駄のない、男を殺すのに丁度の魔力だったからだ。
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