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レンフォール戦記 第一章 第06話 『連なる絆』


派遣艦隊旗艦 戦艦『長門』のバイタルパート――――― 軍艦における重要防御区画のこと。 特に戦艦、巡洋戦艦、装甲巡洋艦においては弾薬庫や機関部などの 区画は200oを超える特殊装甲版で防御されている。 ――――― 内に設置されたCDC(戦闘指揮センター)で、アーゼンはスタッフ達 と攻撃計画を練っていた。

スタッフの一人がアーゼンに集計情報を報告する。

「無人偵察機からの情報をこちらに集計しました。」

戦艦長門は近代改装を受けた際に、 ブロックXと呼ばれる、各種通信機能の充実にあわせて レベルYの無人機制御能力を付属されている。

「カトレア周辺では住民の避難が行われているので、目立った被害はありませんが…
 周辺国では酷いものです。
 略奪、暴行…処刑らしき行動も確認しました。」

士官の口調には静かだが、怒りがこめられていた。

「これ程とは…通商連合が紳士的に見えるぞ」

「確かに」

「ゴーリアめ…やって良い事と、悪いことの区別もつかぬか!」

CDC(戦闘指揮センター)に居る士官達は怒りの模様を表していた。



蹂躙するのは一瞬で済む。生産に比べれは破壊は容易い。

ゴーリアによる侵略を受けた街は血と死体に覆われていた。生き残った住民は資産は奪われ、奴隷として連れ去られてしまう。ゴーリアは自らが生き残るために他国を全力で蹂躙して行ったのだ。

無闇な処刑や略奪は、文明国に有るまじき行為であったが、国家の基本原則とは国民を食べさせて行くことなのだ。その観点から見れば、ゴーリアの行動は決して間違ってはいない。

国際政治とは基本的に冷酷なのだ。非征服者の末路は、奴隷か死しかありえない。差があるとすれば過激な方法で行われるか、紳士的な方法で行われるかであろう。富の差が生まれて出て以来の不変の法則でも有る。

しかし、食料居不足を解消するために数多くの地域を制圧していったが、それもかかわらず必要生産量に満たなかった。

各諸国の制圧によって行われた広域にわたる略奪によって食料と資金に若干の余裕が出てきた現状であっても『開発』という単語を何処かに捨て去ってきたとしか思えないような占領政策を執り行ってきた。

彼らが有する遊牧民気質だけが問題ではない。ゴーリア陣営の行政官の数が少なすぎたのだ。さらに、輪を掛けて農耕技術に疎かった。これでは、まともな開発計画など立ちようが無い。無茶な制圧がその土地の産業基盤を支える人的資源をかき乱してしまい、利用することも難しかった。

多くの場合、不毛な荒野を生み出すだけであった。

ゴーリア国には奴隷収集を更に熱心に行うしか道は残されていなかった。

そんな百害あって一利なしのゴーリアによって国を終れ追い詰められていく人々は強く思った。
南方諸国連合を解体に追い込んだ連中は一体何を考えていたのだと…

もちろん、南方諸国連合を解体に追いんだ貴族の大半は死に絶えており、民衆の 疑問に答えることは出来なかった。

悲惨な現実から、生き延びた民は心底リリスの正しさを思い知らされていた。




しかし、ゴーリア軍は知る由も無かった。

満天の星々が漆黒の夜を照らす中、ゴーリア軍の手の届かない高空の空 からレーヴェリア界の基準を大きく上回る高性能な探知装置を用いて、彼らの蛮行を余すことなく見られていることを…
そして、その情報を見ていた者達にはゴーリアに対して全く好意が無かった。
むしろ怒り心頭であった事を…

リリスは部屋の一画で魔法通信に神経を集中していたが、 間違いなくこの情報を見たら冷たい怒りを持ったであろう。無意味な虐殺は彼女の最も嫌う行為であった。

「詳細は写真分析の結果待ちです。」

一呼吸置いて士官は報告を締め括った。

「巡航ミサイルでやつらの本国を攻撃しましょうか?」

仕官の一人が言う。

「駄目だな。破壊力があり過ぎて助けるべき民まで巻き添えにしてしまう。
 それにだ…デジタルマップが完成してない。」

アーゼンは冷静に反対する。

当然ながら、現段階においてレーヴェリアには軍事偵察衛星は存在しない。
衛星網によって構築されているGPS(全地表測位システム)が 無ければ長距離精密誘導兵器の能力が大幅に落ちてしまう。

攻撃目標付近に作戦機や警戒機からの電子支援がない場合 は、高度技術兵器を生かしたACM(発達型巡航ミサイル)などのスタンドオフ・精密戦略攻撃を 行うには、それなりのバックアップが必要なのだ。

艦隊が所持する凶悪な性能を有する97式巡航ミサイルは 衛星リンク等の機能が使えなくても、上記 のシステムだけでCEP(半数必中界)は15mに達する。

15m…
通常弾頭弾頭ですら、 60m範囲の一般建造物は倒壊、 遮蔽物が無ければ125m以内の人は即死、 375m以内に人(対爆訓練未経験)が居れば、確実に鼓膜は破れてしまう。
爆発エネルギーは475メガジュールにも及ぶ。

本来の使用目的である、拠点、水上艦艇などの高価目標に対する攻撃を行う際には 15mの誤差は問題ではなかった。


ただし、軍事偵察衛星の不在を補うために、INS(慣性航法装置) ―――― 外部から支援を得ることなく、 搭載する装置で自らの位置や速度を算出する装置。 移動距離が増えると誤差も大きくなる。 ―――― とTERCOM(地形照合航法装置) ―――― 写真情報をXY座標配列としてデータ化し、その座標配列と同じになるような コースに修正し直すように誘導する方式だが、目標となる物がない海上では使用できない。 ―――― を併用して目標付近まで誘導し、終末突入誘導には前方監視カメラによる デジタル情景照合システムを使用する必要がある。

しかし、そんな優れた巡航ミサイルであっても 精密なデジタルマップ情報がない状態で攻撃すれば、15mの誤差では済まない。 つまり、少なくないハイテク兵器は梯子を外された状態なのだ。


―――――――――――――97式巡航ミサイルの本来の性能――――――――――――
半数必中界:8m
射程:3500km
速度:1080km/h

本来は拠点や大型艦艇用の兵器だが、子爆弾ディスペンサーに換装すれば、兵員、非装甲車両、 露天駐機中航空機などの地上目標も効果的に攻撃できる。
また融合弾の搭載も可能。

ER軍、帝国条約機構軍、レインハイム皇国軍、 ラングレー王立軍、佐伯自衛軍 で主に使用されている。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

「攻撃に関してだが…当面はカトレア方面に絞る」

「宜しいのですか?」

「戦略目的は限定した方が良い」

アーゼンの彫りの深い横顔に、参謀の一人が考え深そうな視線を向けるが、 アーゼンの視線はコンソール上に表示されている偵察情報に 視線を落としたまま動くことは無かった。

戦略に精通しているアーゼンは知っている。手を下せる力を有していても、弾薬が限られている現状では、無計画に攻撃すことの出来ない事を。一時の感情で動けば、結果的により多くの民に被害が大きくなる。

アーゼンとの共同作戦を幾度か 経験している参謀はアーゼンが静かな怒りを燃やしていることを感じ取ったのだ。

アーゼンはいまさら正義を気取るつもりはない。 しかし、幾多の流血を生み出し、敵から悪魔とも恐れられ、反応弾攻撃を指揮したこともある彼であっても、それなりの憤りを感じていた。

とはいえ、感情のままに行動する事はありえない。
指揮官は常に冷静でなければならない。 感情に押しつぶされては大局的な視野を失ってしまう。 冷静さを失う事は戦争遂行にとって妨げにしかならない。派遣艦隊の第二陣が来ればいつでも殲滅できると心の中で納得させた。

アーゼンは自分自身の考えを冷静に捉えて心の中で皮肉った。
これはアーゼンの悪癖であろう。

「やむを得ないさ」

「了解しました」

民衆に対する誤爆を恐れていたアーゼンであったが、攻撃を控えた理由がもうひとつ存在していた。 弾薬の問題だ。補給艦に全力戦闘で6回戦という膨大な弾薬を持ち込んでいるとはいえ無限ではない。 計画の前倒しによって、補給計画に齟齬が出ていたのだ。 予想外の出来事に備えて可能な限り弾薬を温存しておきたかった。

「ゴーリアよ…精々、短い春を楽しむが良いわ」

アーゼンは凄みのある声で言い切った。
そして、言葉を区切るとリリスの方に振り向いて言葉を続ける。


「命令! 本艦隊はカトレアに向けて急行する。
 艦隊速度32ノット、進路をカトレアに向けろ!
 先導は観測船だ、水測は徹底させろ。」

アーゼンが命令を下す。スタッフ達が動き出す。

「ここからカトレア最寄の海岸まで…
 230km程ありますから、およそ4時間で到達できます。」 士官の一人がすばやく計算する。

そして、言葉を区切るとリリスの方に振り向いて言葉を続ける。

「リリス…ローゼンベルクに移って予定通りに計画を進めてくれ」

「勿論よ!」

リリスはアリシアとの魔法通信を一時中断して、アーゼンの方に近づく。

「アーゼン…
 リリシアの事を頼んだわ…」

「勿論だ」

リリスの本心は、アーゼンと共にリリシアを助けに行きたかった。
しかし、今のところ不可能であることも承知している。 事前の計画に従って王都ユーチャリスに赴いて、今後の準備を整えなければならない。 時には政治を優先しなければならない、それが女王としての勤めであり義務でもある。

リリスは装甲巡洋艦「ローゼンベルク」に向うためにCDC(戦闘指揮センター)から出て行った。


アーゼンは艦隊を二分し、リリスと一旦別れた。

しかし、今回の別れは700年前のような悲しみの別れではない。

門という目に見える物理的な絆…
愛、信頼という目に見えない心の絆…
信義に値する国家同士の条約という絆…

幾つもの強固な絆に支えられているのだ。

想いを為すために派遣艦隊は2つに分かれる。

リリスが率いる一つ目の艦隊は、装甲巡洋艦「ローゼンベルク」、巡洋艦「ケルン」を中心に、 護衛艦x6、測量艦x14、補給艦x4、雑貨船x18を隷下に従えて計画の為に動き出す。

アーゼンが直卒するもう一つの艦隊…
戦艦「長門」、巡洋艦「高雄」「愛宕」、強襲揚陸艦「ゼイレン」、護衛艦x8、測量艦x6、補給艦x4、雑貨船x7 を率いて戦場へと…

そんな中、戦艦「長門」のCDC(戦闘指揮センター)の士官たちの心の中は多少の違いはあれ、ゴーリアに対する怒りで統一されていた。
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