gif gif
■ EXIT
gif gif
gif gif
レンフォール戦記 第一章 第04話 『カトレア防衛戦:後編』


カルーゼル広場の上空を飛んでいるリリシアは側近の一人のリオンの部隊を確認すると優しく微笑んだ。

「リオン…後退せずによく頑張ったわね」

リリシアにはリオンを目視できなくても、気配と魔力波から大雑把な位置が判るのだ。

彼女が浮かべた春の恵みのような温かみを感じさせる表情も、視線をリオンの部隊から ゴーリア軍に向けると一変し、氷点下のように冷たい表情に変わる。 その瞳はリリシアの加勢によって混乱の一歩手前に陥っているゴーリア兵を見据えていた。

「先ほどの攻撃でこの辺りには騎士らしき敵は全て討ち取った…
 後は恐怖を与えるだけ…」

リリシアは、眼下のゴーリア軍の指揮系統を奪い終えたと判断すると、仕上げに入る。

一気に上昇して高度を稼ぐと、揚力を得るために羽を最大限まで広げる。 広げた羽の揚力によって緩やかな自由落下に入ったリリシアは 最小の攻撃で最大の効果を出すために、混乱を生み出すのに適した呪文を唱え始める。


リリシアが魔法詠唱に入ると、その強い魔力波長を感じ取ったリオンが 、100メートルほど離れた上空に位置するリリシアを見つけた。 リオンは、その華麗な姿を恋する乙女のような目で見つめていた。

それはリオンだけではなく、彼女の周りに居たレンフォール軍兵士の中で魔法を使える者も同じように見入っている。

リリスやリリシアのように高位の夢魔族になると見た目の美しさだけでなく、 意識して抑えなければ、彼女を直視した者に対して常時 魅惑魔法を展開しているような効果が出てしまう。これの効果は性別に関係なく、一定以上の実力が無ければ魅惑効果から逃れられない。また魔力消費も無く、ある種の結界とも言えた。

リオンの実力ならば魅惑効果は無いのだが、彼女の場合は純粋な恋心による反応であった。

「リリシア様…素敵です…はぅ…」

リオンは瞳をうっとりとさせ、想いを呟いていた。
とても、先ほどまで冷静にゴーリア兵と死闘を繰り広げていた姿には見えない。

突然クールからデレデレに変わる激しい変わりようのリオンの話は有名で、彼女が所属する親衛隊のみならず、レンフォール軍の各方面部隊にすら伝わっており、密かな人気を得ていたのだ。

夢魔族や、その血を濃く引く混血が生む子供は、女の子の比率が極めて高かった。
その為に女性が女性の愛人や恋人を持つことは珍しくないのだ。

最もレンフォール国では男性自体少ないのだが…



リリシアは 胸から肩に掛けて両手の指が複雑な印を組みながら、これから唱える魔法発動に不可欠な呪式を組上げていく。 呪式を組み終えるとリリシアは、透き通った声で歌うようなに死の言葉を紡いで行く。


「ディアル・デ・ジー・フォウル・フォール・ディー・バーゲスト
 赤い目を持つ、漆黒の魔犬よ
 凶兆の遠吠えにて、マナの歪を生み出したまえ
 死哭霊(デュ・バスゥラーニア)」


リリシアの華麗な姿は、ここが戦場でなければ、夜空を舞いながら詩節を音楽的に謳う夢魔族の歌姫に見えるだろう。


彼女は素早く両手を突き出すと、その先にある指揮系統の崩壊で混乱状態へと落ちかかっている ゴーリア兵達の中心で不可視で強烈な魔力偏差洞が発生した。その周辺にいたゴーリア軍の兵士達は神経系に強烈な過負荷がかかり、抵抗(レジスト)に失敗したものは苦しむ間も無く絶命していった。


彼女の一撃が止めになった。

リリシアの狙い通りに範囲外の残存のゴーリア兵は唱えられた魔法の継続時間などの本質など知る由も無く、ただただ死の連鎖を恐れて恐慌状態へと陥って壊走した。恐慌状態へと陥った彼らを再び戦力化する為には、後方で本格的な休暇を取らさなければ無理であろう。

リリシアは壊走中の敵部隊の上をフライバスすると、近くの屋根の上にスッと着地して、付近の 良く知っている魔力波長に対して意識を集中した。

『リオン…聞こえますか?』

リリシアはカルーゼル広場の中、自分の近くに感じられるリオンの波長に向けて、 近距離魔法通信(テレパシー)を用いて話しかける。

リリシアから近距離魔法通信を受け取ったリオンは可愛い表情を薄い桜色の色に染めて【喜び】と【魅惑】 が入り混じった微笑を浮かべた。

『聞こえてます』

『今、そっちに向うわ』

『はいっ!』

リオンから嬉しそうな波長を伴った返事が返って来たのを確認した リリシアは羽を駆使して一気に空を駆け巡る。 彼女はテレパシーのやり取りの時にリオンの詳細な位置を魔法感知によって調べたのだった。


リオンの目の前に降り立ったリリシアは見る目も優しく包み込むような表情を浮かべていた。
魅惑効果を抜きにして、リリシアが放つ深く静かに浸透してくる見る者を虜にする 雰囲気は、そのリオンの周りに居た種族を問わず男女に浸透していく。

夢魔族は生まれながらにして一流の娼技としての素質を持っている。
まして、成人の儀を終えている夢魔族にとっては、 恋や愛に壁は無い。種族だけでなく性別も障害にはなりえないのだ。

「リオン…ここまで良く頑張ったわね」

「勿体無いお言葉です」

リリシアは腰を少し落としてリオンの瞳を真っ直ぐと見据えて、 懸命に尽くそうとする愛らしい少女の姿を目に焼き付ける。見つめられた感極まったようにリオンは目を潤ませて、薄い桜色の色がかかった顔を更に赤くしていく。リリシアは見つめながら小声でリオンに向けて言う。

「リオン…立派な働きだったわ…
 戦いが終わったら貴方にご褒美を上げなきゃね」

「…はい…」

「その時は寝かさないわよ?」

「はい…楽しみです…」

キワドイ格好をしたリオンが体を震わせる。
怒りや恐怖ではなく、喜びの余りに震えているのだ。

リリシアのご褒美とは閨事なのだ。

姿勢を戻したリリシアは優しく優雅にリオンの頭を一度だけ撫でると、 親しげな語らいの時間と別れを告げる。既にリリシアの表情は軍務時の顔へと戻っていた。

「プランは第二段階へと移行します。リオンは直ちに部隊を率いてクローディアと合流しなさい」

「…ご主人様は?」

「かく乱してから後で向うわ・・・・気にしないで。
 さぁ、行きなさい」

「っ! 御主人様…お願いです。 私の魔力を持っていってください!」

リオンが珍しく感情を爆発させた。

彼女には、ここを放棄する意味を理解しており、それと同時にリリシアの行おうとする事の危険性が判っていたのだ。 他の兵士達も魔法を使える者は口々に同じような事を言い出すと、それに対してリリシアが諭し始める。

「ダメよ…リオンだけではないわ、他の皆も我慢していても、かなり疲弊しているのが判ります。
 …それに大変だと思うけど、私達の役目はまだ終わっていない。

 私がゴーリア軍をかく乱して、その間に貴方達が民を逃がす、これが最善なのよ。
 忘れないでね。一人でも多くの住民を守り、この街から逃がす事が私達の務め…」


リリシアの指摘は鋭く正鵠を射抜いていた。やや余裕のあったクローディアとは違って、 リオンやその配下の者達は昼間からの戦闘でかなり疲弊していたのだ。リリシアが駆けつけなければ、数時間の内にリオン達が守っていた防衛戦は突破されていたであろう。

「・・・判りました・・・」

諭された者達は諦めるしかなかった。
我侭を言っていられる状況でもなく、リオン達はにも果たすべき義務があるのだ。


リリシアはリオン達の後退を見送ると友軍支配圏から離れるように飛び去って、しばらく飛行するとリリシアは部隊単位の気配を感じ取った。

彼女は、すぐさまに屋根の上に隠れるように身を隠して神経を集中すると、獲物を狙う豹の様に、ゆっくりと近寄っていく。彼女の外見からは想像し辛いが、暗殺や襲撃は十八番なのだ。

更に注意深く進んでいくと、目を凝らして見える距離にゴーリア軍の部隊を発見する。 彼らは警戒しながらなのか、周辺に散開しており、その為に移動速度は遅かった。

市内各所で幾度も奇襲や罠に掛かれば、どの様な軍隊であっても、こうなるであろう。
密集しきってしまえば、敵の罠に掛かったときに手遅れになってしまうからだ。

「80…いや100人くらいね…まだ、気付かれてない…
 指揮官は…あの騎士ね…」

リリシアはスゥと目を細めて次の目標を定めると、魔法探知にかからない様に 放出量を絞りつつ必要最低限の認証障害魔法を自らに掛けた。この状態だと、注意深く見られると魔法力を用いずとも見破られる可能性があるが、余程の事が無い限り、受動的(パッシブモード)魔法探知では見つかることは無かった。

更にリリシアは魔力が漏れない程度に身体を強化して、屋根から音を立てずに地面に下りると、 素早く、そして静かに地形に身を隠しつつ、目標に接近していく。

夜間の闇に紛れて、可能な限り建物の影や遮蔽物を利用して接近していくリリシアに誰も気付くことはできなかった。 そして、目標の騎士の背後まで接近し終えると、リリシアは自らの手に瞬時にして高濃度の魔力を通す。

「……!?…」

背後に気配を感じた騎士が歩みを止めて振り向こうとした時にはすでに勝負は決まっていた。

騎士が振り向き終える前に、リリシアは騎士の肺から心臓に掛けて 魔法槍並みの貫通力を有する手刀を突き立てて、生命活動に必要不可欠な器官の活動を停止させた。

刺された騎士は悲鳴すら上げる事もかなわず、彼は人生に幕を下ろすこととなった。

一瞬の内に手を抜き取ると、リリシアは騎士が地面に倒れきるまでに、音も無くその場を後にした。 恐ろしい事にリリシアの手には一滴の血すら付いていなかったのだ。周囲のゴーリア兵が気が付いた時には、隊長の亡骸だけが残されていた。









レンフォール国王都ユーチャリスから南方5Kmにあるリリス所有のロニセラ島。
目立った資源の無く面積9.2ku、周囲16.1km、海岸線の7割が険しい断崖に囲まれている。
この地域では珍しくない島。

見た目こそは珍しくないが、レーヴェリア界屈指の希少性を秘めていた。

リリスが掛けた大規模認証障害魔法によってセーブル岬に隠されている、 直径120メートルの環。金属に近い物質で作られている環を中心にした遺跡で、 環は50メートル程海没して、外の海へと繋がっていた。 その巨大な環は垂直に固定するように石とも鉄とも判断できない物質で設置されている。


レーヴェリア中、何処を探しても、この様な物を作ることの出来ない。


そこにリリスの娘であり、リリシアの妹のアリシア・レンフォールは居た。


アリシアは環を見上げながら呟く。

「島名の由来・・・献身的な愛・・・
 愛の絆・・・
 美しい名前なのに、これを見ている時のママの心は寂しそうだった・・・」

アリシアは、悩みや考えがまとまらない時は、ママと同じように この場所に好んで来ている。
不思議と気分が落ち着くからだ。

もっとも、最近は情勢の悪化によって王城に入浸りで滅多にこれないが…

「昔、ママが言っていた…」

 強くて、寂しくて、優しい、人との思い出の場所…
 その人が貴方のパパ…
 でもね…これが使えなくなってから会えなくなった…

母の言葉を思い出しながら、考えに浸るアリシア。

パパとの連絡…この遺跡を魔法通信のような形で利用していたのかな?
うーん…詳しくは教えてくれなかったし…

この環には不思議な力を感じるけど・・・
魔法通信に使うにしては無駄に大きすぎるよね。
残る可能性としては何らかの転移装置かなぁ?

でも、例えこの環が転移装置だとしてもドラゴンが使うにしても大きすぎるよね…


思考に浸っていたアリシアに対して、何ら予兆も無くイメージが伝達される。


『リリシアちゃん…アリシアちゃん…
 …も…う・・少しで…』

「っ! ママっ!? 近くに居るの?」

ほんの一瞬だがアリシアはリリスが得意としていた広範囲魔法管制『聖戦』(ジハド) ―――― 士官クラスのユニットと連結して有機的な戦術展開を行う戦域系魔法。 ―――― と似たような感覚に陥った。聖戦の魔法は並の術者では維持するどころか発動すら出来ない。

不安と期待を一杯にして周囲に感覚を浸透させる。 わずかの間にアリシアの顔は目に見えて落胆の表情に変わった。感覚を研ぎ澄ませても周辺に母リリスの面影どころか波長すらも感じられなかったからだ。

「気のせいかぁ……」

もちろんアリシアもリリシアと同じく、ママが生きていると信じていた。
信じているからこそ、王位継承の儀式を執り行わず、リリシアとアリシアを中心にした 合議執政という形で凌いでいるのだ。

しかし…逼迫する情勢がアリシアの心に重く圧し掛かる。
リリスの娘に相応しい高い魔力と知性を有するアリシアだが、その本質は成人の儀を終えていない少女に過ぎない。長い月日を生きているとはいえ、夢魔族は非常に長い月日を得て、肉体と精神を成熟させていく種族だ。

よってアリシアの年齢は人族の年齢に当てはめれば、まだ14歳に達してはいない。

故に、物事に対して多少の落ち着きを見せていても、その本質は 年齢に見合った精神しか持ち合わせていなかった。

ほんの少しで心が揺らいでしまう。

「う…うっ…ママぁ…帰ってきてよ…
 助けてよ…パパぁ…何処…にいるのぉ…」

会いたい、会えない。
アリシアの心の中が悲しみの暴風が吹き荒れていた。
崩れるように泣き続ける。

ポタポタと地面に涙が落ちていく。
見るものが居たら、とても痛ましかったであろう。

泣き続けているとことに、エルフ族出身の侍女長レリーナからの魔法通信が入った。

『アリシア様
 申し訳ありません。
 至急、王城までお戻りください』

『……わかった』

何とかアリシアは泣いていた事を悟られないように応える事ができた。
急いで翼を具現化して王城に向かって飛びだった。









アリシアが立ち去って暫くすると、環を中心に力場が構築され始めていたが、その現象を レーヴェリア側で察知した人物は誰一として居なかった。

そう、この変化は4日前から短時間だが定期的に発生していたのだ。









王都に戻ったアリシアは 首都ユーチャリスにある王城の会議室で、 私は容易に妥協してしまったのではないかと思っていた。

今先ほど、カトレアの状況を知らされた。
壮絶な遅滞戦が行われている事実を・・・

そして、殿の中心は敬愛する姉リリシアだった。

成人の儀を済ませていない私自身が悔しかった。
無理を言ってでも、姉から『許し』を貰うべきだった。

掟には逆らえない。
逆らう事は、ママや先人たちの努力を無駄にしてしまう。

夢魔族の掟の一つ。
個体数の少ない夢魔族は次世代を担う子供達を守るために 成人の儀を終えていない者は、家督上位者として定められている者の命がない限り 戦場に赴いてはならないと定めている。

戦火に巻き込まれた場合は例外として扱える事ができる。
しかし、今回のような状況ではどの様に解釈しても『例外』として扱えるわけが無い。

それに、定時連絡として行われている長距離魔法通信では 援軍を求める内容は一切無かった。

それどころか、姉自身から避難計画を優先して欲しいと念を押されていた。

愛する姉は優勢な敵に対して貴重な時間すらも作り出している。
直接手助けの出来ない私自身に歯痒い。

私が…掟を破ってしまうと、仲間意識の強い夢魔族の事だ。
他の子供達も同じように破ってしまうだろう。

体力も無く、魔法構成が未熟な子供では戦えない。
私のように魔法を旨く構成できる子供は少数だった。

助けに行きたい。
でも行けない。

泣きたい。
でも、王女として人前では泣けない。

アリシアは体の震えを侍女長のレリーナに悟られないように必死に隠した。


「アリシア様…
 少し、お休みに下さい…」

リリシアの隣にいたレリーナが心情を察して心配そうな口調で言った。

「大丈夫っ!
 ちゃんと休んでいるから」

アリシアはレリーナを心配させまいと元気良く振舞うと 、思考に没頭する為に地図を見下ろして考える。

地方からの避難計画を進めている今、余力のある騎士団は一つも無い。
幸い王都には大きな港があるから海路は確保してる。

王都周辺には穀倉地帯が広がっており食糧事情は悪くない。
要衝に作られている王都地域…

「上手くいけば防御面積を最小に出来る…」

彼女は独り言のように呟いて、自らの懸念を取り下げた。
そう、今は策を練りつつ時を待つしかなかった。
-------------------------------------------------------------------------
【あとがき】
誤字脱字がありましたらご指摘をお願いします。
自分自身では、前回よりも読みやすいように修正や加筆をしているですが、感想がほとんど無いのでどの様な評価を受けているかが全く謎(汗)

(2008年06月11日)
gif gif
gif gif
■ 次の話 ■ 前の話
gif gif