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レンフォール戦記 第一章 第02話 『カトレア防衛戦:前編』


「……さてと……」

街の上空を飛んでいたリリシアは、そっと呟くと着装している軽装鎧に対して 決められた波長の微量魔力信号を素早く伝達させて行く。

彼女の着ている軽装鎧の装甲板は、優れた魔力伝達と強靭性を有する同じ重さの金よりも高価な特殊金属ミスリルをふんだんに使用している。更に、形状変化を行うために細部においては、エルフ族と夢魔族の魔石精製技術によって作られたミスリル鋼糸を幾多のミスリル鋼板と共にドワーフの名工の手によって作り上げた稀代の一品である。

その軽装鎧は定められた魔法信号を受け取った彼女の鎧は、瞬く間に夜間戦闘形態に変化して行った。

小国だが優れた魔法工学が発達しているレンフォール王国ならではの製品であった。


鎧の操作を終えたリリシアは声に出さず静かに考える。

ゴーリア軍を押し返すことは戦力差から言って無理だわ……
精々、防戦時間を引き延ばすことが限界ね。となれば、私が行う事はあらゆる手段を用いて友軍の撤退時間を稼ぐ、この一点に集中する。

「よし!」

考えを纏め終えたリリシアはカトレア市の大まかな現状を、自らの目で確認するために 飛行高度を上げていく。

変化し終えた彼女の軽装鎧は漆黒を基調としている。
しかし、軍用の鎧ですら彼女の魅力を損なうことは無かった。 むしろ、妖艶さと清楚さが絶妙の配分で表れている美貌と、 漆黒の軽装鎧の隙間から覗かせる彼女の満月の光に反射して輝く白い肌が相まって、 より一層魅惑的に見せているとも言えた。

美女がまとう漆黒の軽装鎧に透き通るような白い肌。
見え隠れする豊かな胸の谷間。
風によって美しく舞う長髪。
広がる翼・・・

満月に照らされた彼女は美しく、そして幻想的ですらあった。

リリシアの振る舞いはチャームドクトリン(魅惑基本原則)を重んじているレンフォール王国軍の上級将校に相応しく、その魅力も夢魔族の頂点に位置すると言われると納得出来るであろう。


上昇を終えたリリシアは周辺を素早く見渡して状況を把握する。
偵察と状況の把握は軍事の基本だ。

「本陣らしき敵中心部は…やっぱり、近くには見当たらないわね」

周辺を見渡し終えると、リリシアは静かに言葉を続けた。

「長くは飛んでもいられないし…」

リリシアの悩みは以下の理由から来ている。
翼の具現化には3つの大きな特徴が存在する。

揚力の増加による飛行能力の付属。
吸収面積の拡大化による周辺魔力の効率の良い吸収。
防御面積の増加による魔法障壁の範囲拡大による防御力の著しい低下。

メリットの方が大きく感じられるがそうではない。

彼女達の翼だけでは飛行に必要な揚力が足りず不足分を魔力で補う必要があるだけではなく、動かすにはスタミナも必要だ。ただの飛行ならば問題なかったが、敵を警戒しながらの飛行はメリットが少ない。

低下した防御力を強化しようとすると魔力の消費効率が悪化する。

彼女達は魔法、魔力、精神に関しては素晴らしい能力を有しているが 、スタミナや防御力に関しては鍛えなければ人間の女性とほとんど変わらない。

この事を熟知しているリリシアは空中戦という選択肢を 積極的に採るつもりは無かった。

親衛隊長クローディアの好意によって一部の魔力を受け取っているとはいえ、 市内各所で遭遇戦の模様を見せている状況では無駄には出来ない。

なにより空中戦は目立ち過ぎる。

リリシアがこれから 行おうとしているのは短期戦ではない。彼女は今後の方針を詳細に纏めつつ市内の前線にむけて移動を続けた。

しばらく飛行するとリリシアは進行方向上の遠方に何かを感じとった。

「あの微かな揺らぎは……微弱な魔力の漏れ?」

不振な点を感じた箇所にリリシアは意識を集中すると、約300メートル先の何も飛んでいないにも関わらず、違和感と不審な点を見つけてる。そこから、1秒に満たない時間で魔力構成が組まれているのを発見した。

認証障害魔法ね…
隠れているつみりだけど…構成が甘い!

リリシアは瞬時に解析すると、認証障害魔法によって隠れていたガーゴイルの一群を発見した。 あえてガーゴイルの一群の魔法を無効化せず発見に留めたのは、油断させておいて奇襲による一網打尽を行うためだ。

「どうやら…間違いなさそうね」

万が一に備えて幻術や魔法トラップ等の有無を確認する。

罠は無し…と。
どうやら偵察中のガーゴイルみたいね。

リリシアは、8体に上るガーゴイルが、 それぞれが20メートル程の距離を取りながら飛行しているのを捕捉しながら呟く。

「ふふっ、そういう事ね……」

リリシアの冴えた頭脳は 飛行区域と認証障害という二つの事実から、 その行動目的と重要性を即座に理解した。そう、リリシアはカトレア市内の地図と完全に網羅していたのだ。

見過ごす事などは到底出来ないわ。
それに、これは絶好の機会よ!

方針を決定したリリシアは行動を開始する。

リリシアは自らも認証障害魔法を掛けて、気付かれないように接近する。
音も無く攻撃ポジションに着くと、すぅと息を吸い込むと静かに魔法詠唱を始めた。
その仕草は殿方に恋の歌を詠む様で、また色っぽい。

「爆ぜよ 大気の精霊
 テル・ディーウ・レーシー
 炸裂魔弾っ!(ザミエル)」

魔力探知に掛からないように気を配りつつ標的の方向に顔を向ける。 素早く印を切りながら力ある言葉を紡ぐと、かざした手から七発の 魔弾を同時に放つ。狙いは遠距離にいる3体と中距離にいる4体だ。

炸裂魔弾(ザミエル)
使い手のレベルによって、速度、威力、有効射程、誘導精度の 変わる狙撃攻撃に多用される攻撃魔法である。

この魔法はリリシアのような高レベルの者が唱えると性能は格段に向上する。

例えガーゴイルのような高い機動性を有する生物であったとしても運が良くなければ避けるのは困難であろう。

更にガーゴイル達には運が無かった。
認証障害の魔法によって索敵されないと油断しきっていた。


油断の結果は大きな代償となって現れた。

リリシアの攻撃魔法は放たれた直後まで探知出来ずに、 完璧な奇襲となってガーゴイル達に襲い掛かっていく。

「!?」

中距離に居たガーゴイルは迫り来る魔力は感じることが出来たが 、どのような魔法かを理解する前に撃ち抜かれて絶命していく。

遠距離のガーゴイルは少しだけマシだった。
感知出来た魔力の正体が魔弾という事を知る事が出来たからである。

もっとも、攻撃方法を知る事が出来ても回避や防御は出来なかった。 鋭く洗練された魔弾は彼らの魔力障壁を簡単に貫いく。魔力量は抑えられていたが収束率が桁違いなのだ。ともかく、ガーゴイル達は何をするにしても絶対的に実力も時間も無かった。

魔弾の誘導作業から開放されると、すぐさま魔力隠蔽を行い、突然の出来事に混乱している最後の1体に対して最後の仕上げに入る。リリシアは夜の闇に溶け込み、風に乗りながら緩降下によって速度を増しつつガーゴイルに近づいていく。

リリシアは、控えめに見ても混乱の極地に達しているガーゴイルを目で捉えていた。

必死に逃げようとしても……無理ね。
私の方が優速、そして貴方は私の場所が判らない。

『終わり』と心の中で呟くと、腰に着けていた愛用の魔法鞭(ルーンビュート)を手に取り、豹のように鋭く狙いを定め、射程に入ると同時に手に力を込めて鋭く振りかざした。

「悪く思わないでね!」

リリシアはそう叫ぶと同時に、必殺を規すべく抑えていた魔力を開放する。彼女の体は魔力操作に最も適した姿になるべく、頭に角が生え、尻には尻尾が生える。

「グア!?」

超至近距離に圧倒的な力の存在を感じたガーゴイルは恐慌状態に陥って動きを止めてしまう。擦違う同時に操作用の魔力を覆わせたルーンビュートをガーゴイルの首に向けて放つと、落下中にもかかわらずルーンビュートは意思を持ったように伸びて狙いを違うことなく首に絡まった。



首に絡まった鞭が伸びきった瞬間にガーゴイルの首に言葉にならない程の衝撃が走る。
リリシアの体重と降下速度によって加味された衝撃が加わり、延髄周辺の神経網を断たれたガーゴイルは己を死に追いやった存在を知ることも無く絶命した。

リリシアは標的消失を確認すると、すばやく鞭を戻して攻撃前と同じように魔力隠蔽の状態に入った。

彼女が敵の魔法使いに座標探知される危険性を看破してまで攻撃した理由は、 あの行動は上級司令部、もしくは前線司令部と直結している戦術偵察と判断したからだ。つまりゴーリア軍は此方の魔力チャンネルを洗い出して、司令部を特定しようとしていたのだ。

カトレア市内で最大の魔力を有するリリシアと遭遇するのは必然であったが、ゴーリア軍がそれ程数の多くないガーゴイルを集中投入してきたのは、司令部の特定後に確実な生還を目論んでいたからであろう。

指揮官を補足し、それを叩く事によって戦場の流れを有利にしていく。

相手の目と耳を潰すのは戦場の定石だ。

ゴーリア軍もやるじゃない…
でも、これは司令官の仕業じゃないわね。

偵察行動を重視している割にはカトレア市内での戦いぶりと合わないし…
これを指示したのは上級騎士かしらね?

この予見は完全に当たっていた。

ガーゴイルによる後方偵察を指示したのは、知略に優れ近接魔法に長けた恐るべき上級騎士であった。能力から言えば間違いなく魔王眷族級の実力者で、戦力比にも関わらず自軍が苦戦している現状を見て、レンフォール軍側の司令官を補足して暗殺するつもりだったのだ。

リリシアは相手の策を防いだだけでなく、ゴーリア軍の偵察隊に対しても大きなダメージを与えたと確信していた。偵察に適しているが個体数の多くないガーゴイルの大量投入とそれらの損失は決して小さくは無い。

相手の目と耳を大きく制限出来た事に満足したリリシアは各守備部隊の中間地点の上空に達すると暗視魔法を使用して各所を見渡す。

上空からは橋や川などの地形要衝を利用した市内各所でカトレア守備隊による防御戦闘が確認できる。リリシアは昼間と殆ど変わらない守備位置で少しだけ安堵していた。

それは、カトレア戦が始まってからリリシアやクローディアが隷下部隊に下してきた指示の的確さを証明するものであった。

「イルリー公園は・・・まだ大丈夫そうね・・・
 テルトル広場も・・・
 どうもカルーゼル広場が一番押されているようね」

リリシアはカルーゼル広場で防衛戦闘を行っている守備部隊の援護に向うべく、翼を大きく羽ばたかせて加速して行く。

柔らかい月光が彼女を照らしていた。
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